前書き
pixivにて連載中の一次創作BL小説【気狂い魔塔主の婚約者殿 刻】
次回投稿分【4.白亜の聖域】の本文見直し・誤字脱字チェック・加筆修正の配信枠となっています。
本文を読んで気になる箇所・誤字脱字かな?と思う部分があったら、コメント頂けたら助かります!求む確認の手助け…!
他に拙作への感想、好きなキャラや活躍を期待しているキャラなどなど、お気軽にコメントしたりハートを飛ばして頂けたら嬉しいです!

配信説明でも触れていますが、初めましての方へ向けた拙作の紹介もこちらに記載しておきます。
サブタイ「就活に失敗した騎士志望の俺が、美貌の天才魔塔主の婚約者になった件について」
剣と魔法の西洋風ファンタジー/美貌の天才魔塔主×努力家な騎士志望青年/自称地味系主人公(実は凄い)
以上の要素が含まれます。
シリーズの第一話はこちらから!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17853351
www.pixiv.net

のんびり配信ですので、のんびりお付き合い頂けたら幸いです。
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穏やかな朝日が射し込む、趣のある邸宅の一室。
私物が少なくこざっぱりとした印象を受けるそこは、ナインナイトの自室だ。
長袖のワイシャツに緑のベストという格好で一人掛けのソファーに座る彼は、目の前にある背の低いローテーブルの上に足を揃えて座っているふわふわまん丸の生き物へ話しかけた。
「ベル君。いつものアレ、やるよ」
『キュッ!』
焼き菓子色の毛並みを持った災禍級の魔物。小さな〝大喰らい〟のベルにそう話しかけるナインナイトの顔は、真剣そのもの。
元気な鳴き声で彼に応えるベルの表情もキリッとしており、一人と一体は真面目な雰囲気を漂わせながらお決まりとなりつつある朝の確認作業を開始した。
「それじゃあ、一つ目の質問。昨日は何日だったか覚えてる?」
問いかけるナインナイトに、ベルは短い前足を動かして答えた。
子ギツネの前には八枚のカードが並べられている。一から八までの数字が一つずつ書かれている、一目で自作だと解る簡素な作りのカード。
その中からベルが選んだのは、七と書かれたカード。
頷くナインナイトは、次の質問を投げかける。
「昨日は七日だったね。なら、今日は何日だと思う?」
子ギツネが指したのは、八と書かれたカード。
「じゃあ、カレンダーの数字は?」
『キュウ~……』
彼の問いかけを受けて頭を持ち上げたベルは、虹色の光がキラキラと躍る双眸を少し離れた場所にある背の高いテーブルへと向けた。
そこに置かれているのは、自動で日付を更新してくれる魔道具のカレンダー。
本の形状をしているそれをじっと見つめた子ギツネは、自信満々の表情で前足を動かし一と書かれたカードを選んだ。
『キュ!』
もふもふとした被毛をまとう胸を張り、答え合わせの結果を待つ。
そんなベルに笑顔を向けたナインナイトは両手で子ギツネを抱き上げると膝に乗せ、小さくて柔らかい体をわしゃわしゃと撫で回しながら正解!と言った。
楽しそうな鳴き声をあげてスキンシップを喜ぶベルは尻尾を振り、撫でる手に頭を擦り寄せてご機嫌な様子を見せる。無邪気な姿に彼もまた笑い声を上げたが、表情はじょじょに沈んでいき。
「……ハァ……」
重い溜め息を吐いて、肩を落とした。
【 気狂い魔塔主の婚約者殿 -刻- 】
【 4.白亜の聖域 】
時間が巻き戻り、二回目の十月一日を迎えてしまっている。
アストロニルモーとの会話でそう確信したナインナイトは、どうかしたのか?と訊ねる彼に何とか笑顔を作ってみせて、何でもないですと答えた。
血の気の引いた顔に、微かに震える肩。誰がどう見ても普通ではなく、アストロニルモーは心配そうに表情を曇らせどうしたんだと確信を持ちながら重ねて訊ねたが、ナインナイトは体調が悪いと言って誤魔化し時が巻き戻っている事は伝えなかった。
……正確に言うと、伝えられなかったのだ。
起きている現象が理解の範疇を超えていて、どうしても自信が持てなかった。
(もしかしたら、俺の勘違いかも知れない。ユニスが視察に行ってから一週間経ったと思ったけど、本当はそうじゃなくて……長い夢を見ていただけとか……)
苦しい理解の仕方だとは思っていた。それでもナインナイトは、おかしいのは自分だと思いあらゆる違和感や既視感を飲み込んで二回目の十月一日を過ごした。
世界を疑うより、自分を疑う方が楽だったから。
(もの凄く現実味のある夢を見た。それだけのことだ。でも今はちゃんと起きているから、これからまた一週間を過ごして……八日になったら、やっぱり勘違いだったんだって……笑い話として、帰って来たユニスに言おう)
そう自分に言い聞かせてナインナイトはもう一度、十月一日から七日までの一週間を過ごし。目が覚めたら八日になっている事を願いつつ、ベッドに入って眠りについた。
だが、次に目覚めた時。
彼はソファーに座っていて、記憶はないのに夜着からの着替えを済ませていて、鍛錬を終えた後の疲労感が体からは感じられた。
「――……ッ!」
……二回目の一日を迎えた時と、同じ状況だ。
すぐに気付いたナインナイトは心臓がどくどくと強く脈打つ感覚、強烈な眩暈、血の気の引く感覚をいっぺんに覚えてソファーから動けなくなってしまった。
浅い呼吸を繰り返す彼がやっと瞼を開けたのは、呼びかけるようなベルの鳴き声が繰り返しくりかえし聞こえてきた時。
足元を見ると心配そうな表情で自分を見上げる子ギツネがいて、くしゃりと顔を歪めたナインナイトは抱き上げた体を強く抱き締め、ふわふわの被毛に額を押し当てた。
ちらと見遣った視線の先。背の高いテーブルに置かれている魔道具のカレンダーに表示されている日付は、十月一日。
(……三回目の、一日だ……)
これは魔道具の誤作動ではない。本当に今日は十月一日で、また時が巻き戻ったのだ。
ナインナイトはそう気付いたが、それでもまだ世界ではなく自分を疑う心が残っていた。
自分自身の認識なら、いくらでも変えられる。
しかし世界の理がおかしくなっていた場合、いったいどうすれば良いのか……?
飲み込むには大き過ぎる不安が彼の思考を惑わし、己へ疑心を向けさせる。
空腹の音をお腹から鳴らす子ギツネの頭を撫でたナインナイトは、表情を沈ませながら部屋を出た。
食堂に向かう時間がこれまでの一日より遅かったためか、階段を下りている時に大きな物音を聞く事はなかったが……すでに取り外した後だったのだろう……絵画が飾られていた場所には何も無く。食堂に入ると妹のリリールーンが駆け寄ってきて、腕の中の子ギツネに初対面の眼差しを向けた。
「……兄さん、腕に抱えてるのはキツネの子供?」
その台詞を聞くのは、これで三回目だ。
うん、と短く返事をするナインナイトは彼女が次に何と言うのか予想できてしまい。外れてくれという祈りも虚しくその予想が当たった事で、認めるしかないと観念した。
勘違いなどではない。本当に一週間分の時が巻き戻ったのだ、……と。
(なぜ?どうして?理由はいったい……?)
時が巻き戻るという現象を受け入れた後は、様々な疑問が湧き上がって彼の脳内を埋め尽くした。
食事に手を付ける余裕などなく、ベルが果物を食べ終わると自身はパンのひと欠片も口に入れないまま席を立ち、足早に自室へ戻ろうとする。
その背中を心配そうに見つめる兄弟たちは声をかけて引き止めようとしたが、大丈夫、という短い言葉を返すだけで会話を終わらせナインナイトは食堂を後にした。
考えたい事は山ほどある。調べたい事は、それ以上に。
数々の疑問符を頭の中だけでまとめ整理するのは無理だと思った彼は紙を取り出しペンを握って、それらを一つずつ書き出していく事にした。
―― 今日は何回目の十月一日だ?
三回目。頭はだいぶ混乱しているが、これは確実だ。
――どうして時が巻き戻っている?何か予兆はあったか?
……分からない。変だと思う事は特になかったが……。
――この事態に気付いている人は、俺以外にもいるのか?
どうだろう。二回目の一週間を過ごす中で、時の逆行について指摘している人がいるという話を聞く事はなかったが……自分も口を閉ざしたまま奇妙な日々をやり過ごしていたから、誰もいないとは断言できない。
「ッ……」
(どうすれば、この一週間から抜け出すことができる?)
(なぜ俺は奇妙な現象を認識できているんだ?)
(やっぱり変なのは俺の方で、世界に問題はないんじゃ……)
(そもそもこの現象は、時が巻き戻ることで起きているものなのか?他の原因は考えられないか?)
あれこれ考え、時に唸り、頭の中に浮かぶ言葉をひたすらひたすら書いていく。
そうして紙を埋め尽くし、それでも足りないと新しい紙を何枚も増やして何とか脳内を整理していったナインナイトは魔塔に移動すると、紙の上へ吐き出した疑問符を消していくために行動した。
まず取りかかったのは、十月一日から始まる一週間が何度もやってくる現象を正確に理解する事。
ナインナイトはこれを「時が巻き戻っている」と解釈したが、考える中で別の可能性がある事に気付いた。
(もしかしたら、これは幻惑魔術なんじゃないか?)
人の認識を歪ませ、精神に作用する幻惑魔術。自分はこの魔術をかけられているのかも知れない。それなら一週間を繰り返すという奇妙な現象に気付いているのが自分だけという状況も納得できる。
……だが、もしそうだとすれば、どの段階で魔術に囚われたのだろうか?
(ベルと会ってから俺は、ずっと魔塔の中で生活していた。王城に行くことはあったけど何かされた覚えはないし……されていたとしても、ユニスが気付いていたはずだ)
「稀代の魔術師」と呼ばれているユニスの目を欺き、婚約者である自分に幻惑魔術を仕掛ける。……そんな事が可能だろうか?
否。それは不可能だと断言できる。魔術師ユニスの凄さ、天才と呼ばれる所以を幾度となく目にしてきたナインナイトは、この線はあり得ないと否定した。
ならばユニス不在のタイミングで、誰かが悪意を放ってきたのかも知れない。
だが魔塔にはユニスの右腕であるアストロニルモーがいる。彼もまた優秀な魔術師であり、災禍級の魔物である〝大喰らい〟と従魔契約を結んだ関係でナインナイトの事を普段以上に気にかけていた。
魔術に囚われているのなら、彼が。もしくは彼から連絡を受けたユニスが中央魔塔へ戻ってきて、幻惑魔術を解いているはずだ。
しかしナインナイトは三回目の十月一日を迎えており、幻惑魔術を打ち破る方法も色々試してみたが手応えは無し。
認識が歪めば体感時間も狂うと言うため、経過日数はあてにならないと思った方が良いかも知れないが……幻惑魔術を解除する三種類の魔術を重ねて発動してみても、自分を取り巻く世界に覚醒の亀裂が走る事はなかった。
そのためナインナイトは、幻惑魔術の可能性はひとまず脇に追いやって良さそうだと結論を出した。
(魔術じゃない。……それなら、夢の中にいるっていう可能性は?)
新たな可能性に目を向けたナインナイトは知識の魔塔へ足を運ぶと、夢を司る天使に関する本を読み漁った。
――……世界を創造した天上の住人。ヴィヴァルディは高位の神だと、創造神話に記されている。
高位の者がいれば下位の者もおり、ヴィヴァルディの作った世界に興味を持っている下位の神たちは信仰心によって招かれこの世に降り立ち、自らの信者に祝福を与える事があるのだとか。
そういった下位の神たちはそれぞれの性質や与える祝福の内容によって善と悪に区別されており、前者は天使。後者は悪魔という呼び名で記述されている。
この天使と悪魔は種類が多く、また同一の存在でも国や組織によって善悪の区別が異なる場合があるため、調べる場所として知識の宝庫である魔塔は最適と言えた。
もっとも。天使の介入説では、ナインナイトが求める答えを得る事はできなかったが。
(夢を司る天使は、いる。それを信仰する人たちも。……でも特定の人を夢の中に閉じ込めるなんてことをする存在じゃないみたいだし、そこまでの力も無いと本には書かれていた)
念のため夢から目覚める方法をいくつか試してみたが、幻惑魔術を疑った時と同様に変化は見られず。本に記載されているような違和感を覚える事もなかった。
魔術ではなく、夢に囚われている可能性も低いと言える。
溜め息を吐きながら本を閉じたナインナイトは自身の膝の上で丸くなっている焼き菓子色の子ギツネを見て、この子の影響だろうか?という考えを巡らせ始めると、情報を求めてアストロニルモーのもとへ向かった。
(確かニルさんが、災禍級の魔物の話が載っている古書をユニスから預かっていたはず……)
ユニスが説明してくれたので〝大喰らい〟の情報はだいたい把握できていると思うが、隅々まで読んだら今起きている現象を解明するための手がかりが得られるかも知れない。
小さな期待を秘めながら件の古書をアストロニルモーから受け取り、最初のページから順番に目を通していく。
だが内容を読み解くのは簡単ではなく、古書の本文には見た事のない単語や専門的な言葉が多く使用されていたためナインナイトがこれを理解するには、複数の辞書を傍らに置く必要があった。
うんうん唸って頭を抱え、どうしても分からない所だけアストロニルモーの知識を借りて、全てのページを読み終えたのは外がすっかり暗くなった頃の事。
真剣な顔つきで古書を読み進めるナインナイトを気遣ったのか、昼食を食べたいと訴える事なく大人しくしていた子ギツネもさすがに我慢できなくなったらしく、彼が本を閉じるとワイシャツの袖をあむあむと噛んでお腹が空いた事を伝え力の無い鳴き声を上げた。
そうされて初めて〝大喰らい〟と呼ばれる魔物に食事を抜くという苦行を与えてしまった事に気付いたナインナイトは自分が冷静さを失っている事を自覚して深く反省し、ベルの事もちゃんと気にかけなければと気持ちを改めて夜の食堂へ向かった。
「美味しい……」
『キュウッ、キュ!』
頭を酷使したためか魔塔の夕飯はいつも以上に美味しく感じられ、昼食を我慢した子ギツネも千切れんばかりに尻尾を振って山盛りの果物を食べていた。
その光景の微笑ましさに食堂へ来ていた魔術師たちの多くが笑みを浮かべ、ナインナイトも果物を完食した子ギツネのぽっこり膨らんだお腹に触れて彼らと同じく笑顔を見せたが、零れる溜め息は重かった。
隅から隅まで丁寧に古書を読んだのだが、時に関する記述は見つからなかったのだ。
(災禍級の魔物たちは色々な特性を持っている。それは解ったけど、時に関係するものは一つもなかった)
小さな〝大喰らい〟であるベルとナインナイトは、特殊な従魔契約を結んでいる。これが時に作用して奇怪な現象を引き起こしているのでは?という考えも頭を過ぎったが、すぐに打ち消した。
従魔契約に関する講義はユニスから受けたが、時という単語は一度も出てこなかった。それに契約を結んだのは巻き戻りの初日となっている十月一日ではなく、その前日の事。タイミング的には疑わしいとも言えるが、もし契約がこの現象を引き起こしているのならなぜ契約を結んだ一週間後に時の逆行が起こるのか、という新たな疑問が生じる。
災禍級の魔物と、「峻険のエルフ」が生み出した従魔契約。
どちらも未知のものではあるが、それを理由に明らかとなっている事実を無視すべきではない。
(時が歪んでいるのは〝大喰らい〟の能力でも、従魔契約でもなさそうだ……)
だがこうなると、原因の候補が無くなってしまう。
もしや神様の仕業か?と冗談交じりに呟いたナインナイトは、遥か遠い天上の存在ではなくもっと身近な者を頼りにするべきだと考え直し、ハッとした。
知識の魔塔を統括する魔塔長、ラムズアラム。
彼が時間について研究している事を思い出したのだ。
もっと早く思い出せていたら!と後悔したが、心強い人物が見つかった事は素直に嬉しく。ナインナイトは子ギツネのための魔石を貰いに技術の魔塔へ立ち寄ってから、いくぶんか軽い足取りでこの日は自宅へ帰る事にした。
そうして翌日に訪れた知識の魔塔でラムズアラムは、時について知りたいというナインナイトの頼みを大いに喜び歓迎し自身の仮説や他者の見解を交えながら説明した。
彼の話す内容は丁寧かつ詳細で、惜しげなく自身の持つ知識や考えを共有しようとしてくれている事をナインナイトは感じ取った。
けれど時間という概念の話は……ラムズアラムは概念ではないと言っていたが……難解を極め、ナインナイトは何度もなんども質問を重ねて自身が理解できるレベルまで彼の考えを噛み砕く必要があった。
根気よく付き合ってくれたラムズアラムには、感謝しかない。
それでも時が巻き戻る現象について、有益な情報を得る事は叶わなかったが……。
(まぁ、ラム爺さまは巻き戻りが起こる前に言ってたからな。時間は同じ方向に流れ続けている。この流れが変わることは決してない、って)
つまりラムズアラムも、時が逆行する。時間の流れが歪み閉ざされる、といった現象に関する話を聞いた事はないのだ。
「ハァ……」
『キュウー……?』
……結局、まる一日かけて話を聞いたが奇妙な現象を引き起こしている原因について目星をつける事はできなかった。
重い足取りで歩くナインナイトを心配し鳴き声を上げる子ギツネの背中を、ありがとう、という気持ちを込めてぽんと撫でる。
そんな彼の纏う空気は暗かったが、しかし収穫が無かった訳ではない。
時間に関与できるのは神だけだ、とラムズアラムは教えてくれたのだ。
(時間を司る天使や悪魔はいない。そして廻る命を持つ俺たち人や他の種族も、時の領域に介入する術を見つけてはいない。……今の段階では)
いずれ見つけ出してみせる、とラムズアラムは意気込んでいたが、今は方法を模索している最中だと言って肩を落としていた。
ナインナイトは彼を励まし、ラム爺さまなら出来ますよ、と声をかける一方。頭の隅では文字通りの〝神頼み〟をするべきかも知れないと考え、表情を険しくさせた。
時間は神の領域。それは確かだろう。
だからこそナインナイトは世界を……神を疑うのではなく、自分を疑う事で時が巻き戻るという現象に納得のいく説明をつけようとした。
しかし豊富な知識をもとに時間の研究に取り組んでいるラムズアラムが、時間は今も神の領域であり手を伸ばす方法は発見できていないと断言した。
で、あれば。自分がこの現象の答えを求める相手は人でも、人の積み重ねてきた知識でもなく……天上の世界に住まう神なのではないだろうか。
ナインナイトは話を聞いて、そう考えるようになった。
だが神と対話をしようというのも、なかなかに荒唐無稽な話だ。
三回目の一週間を過ごすナインナイトは、どうしたら良いのかと頭を悩ませた。
「こんな時、ユニスなら……。……」
……魔塔主ユニス。
誰もが認める天才魔術師である彼はどんな問題においてもナインナイトの力となり時に言葉で、時に行動で助け、支えとなってくれた。
今回の件についてもユニスなら、きっと何かしらの道を示してくれる事だろう。
それが解っているから、ナインナイトは彼を頼らず自分の力でこの現象を解明しようと頑張っていた。
ユニスにこれ以上、迷惑をかけたくない。
その一心で。
(一週間という時の中に閉じ込められ、原因も分からず途方に暮れている。……俺がそんな状況に置かれていると知ったら、ユニスは絶対に視察を中断して戻って来る)
そうやって駆けつけてくれた彼を頼り、時が巻き戻る現象を解決して、めでたしめでたし。
もしこうなったら、揺らいだ信頼を取り戻し足場を固め直すために視察へ向かったユニスはナインナイトのせいで、その機会を失ってしまう事となる。
(時が巻き戻るという現象を認識しているのは、たぶん……俺だけだ)
そんな状況で理由を説明した所で、いったい何人の魔術師が奇妙極まりない話を信じ視察の中断に理解を示してくれるだろうか?
魔塔主ユニスは婚約者の拙い嘘を真に受けて視察を中断し、魔塔主としての責務を放棄する軽率な振る舞いをした。
そう思われるだけだろう。
トリスタンの件では反乱の首謀者である彼が大きな騒ぎを起こした事、魔塔主ユニスの命を狙った事などに関して証人や証拠が揃っていたため、悪意ある噂を吹き込まれてはいたが魔術師たちはユニスの説明を信じトリスタンに背を向けた。
けれど今回は状況が異なる。「権力欲に取り憑かれた者の仕組んだ反乱騒ぎ」というどこかで聞いたような出来事ではなく、知識の魔塔長でさえ耳にした事がない「時が巻き戻る」という現象が原因なのだ。
真摯に話したとしても、提示できる証拠がナインナイトの記憶だけでは心から信じてもらうのは難しい。
ユニスはその辺りを考慮して真実ではなく信憑性のある嘘を視察先の魔術師たちに告げてくるかも知れないが、魔塔の身内に対し嘘を吐かせるような真似を彼にさせる訳にはいかない。ナインナイトはそう思った。
一つ嘘を吐けば、その嘘を守るために新たな嘘を重ねる事になる。
そうやって偽りの言葉を吐き続けていく心苦しさを、自分はよく知っている。
彼に同じ思いを味わわせる事は、絶対に出来ない。……したくない。
(俺がそう思ってることを伝えても、いま起きていることを話したらユニスはこっちに戻ってきちゃうだろうから……)
ユニスには話さず。彼に伝えてしまうだろうアストロニルモーにも、これ以上不審な態度を見せないように心がけて事態の解明に全力で取り組む。
そういった気持ちでナインナイトは、七日目の夜にベッドへ横たわり目を閉じた。
――……しかしその後、目覚ましい進展があったかと言うと、決してそんな事はなく。
彼は繰り返す時の流れに囚われたまま、十月一日の朝を何度も迎えた。
けれど何の成果も得ずに日々を過ごした訳ではなく、気持ちを新たにした事で発見した事がいくつかあった。
(まず、災禍級の魔物のベルも時の逆行を認識していることが解った)
四回目の一日を迎え、ナインナイトが食堂に向かった時。この奇怪な現象にいくらか慣れ始めていた事もあって、これまでよりも落ち着いて既視感だらけの朝食の時間を過ごす事ができた。
そのおかげで気付いたのだが、初対面の挨拶をするリリールーンに対しベルが怪訝な表情を見せていたのだ。
「初めまして、子ギツネちゃん。私はリリールーン。ナイン兄さんの妹よ」
『キュウ~……?』
虹色の瞳を瞬かせた後、酸っぱい果物を頬張ってしまったかのようにその双眸をぎゅっと細めて、妹を見上げる小さな〝大喰らい〟。
その姿を見てナインナイトは、あれ、と思った。一回目の一日にこんな顔をベルが見せた記憶はないぞ、と。
これをきっかけに思い返すと、周囲の人々の行動や台詞は一回目の一週間をなぞるように繰り返され、その様子はさながら舞台の上で再演される演劇を見ているような印象をナインナイトに与えていたのだが、ベルを見る中でそう思った事は一度もなかった。
もしや巻き戻りによって皆が失っている記憶を、ベルはきちんと持っている……?
その可能性に気付いた彼が言葉を交わすレベルの意思疎通は出来ないものかとあれこれ試行錯誤をした結果、子ギツネに対し数字や日付といったものを教える事に成功し。数字の記されたカードを駆使したやり取りによって時の巻き戻りは確かに起きている現象なのだと、自信を持って断言できるようになった。
ならば他の人たちも実は……と期待してさり気なく訊ねて回った結果は、溜め息が出るような残念なものばかりで。
アストロニルモーを通して視察中のユニスにもそれとなく聞いてみたのだが、戻ってきたのは違和感や既視感を覚える事なく順調に他国の魔塔を巡っているという返事だった。
(もしユニスが何かしら感じ取っていたのなら、俺の連絡に対しもっと反応を見せたはずだ)
そうでなかったと言う事はアストロニルモーたちと同じく、巻き戻りの現象を彼も認識していないのだ。
薄々気付いていた事が確信に変わりナインナイトは落ち込みかけたが、自分一人ではない。ベルも巻き戻りを把握しているじゃないかと考え直して以降、ふわふわの子ギツネは彼の心の支えとなった。
それから、もう一つ。時が巻き戻る現象について。
これまでは現実逃避の側面もあって……目覚めたら八日だった、という展開を望む気持ちがあったのだ……七日の夜は早々にベッドへ入っていたのだが、ナインナイトはベルを抱えながらソファーに座り眠らない姿勢で巻き戻りが起こる夜を過ごす事にした。
時計とカレンダーを傍に置き、うっかり眠らないようミルクも砂糖も入れないコーヒーを飲みながら、星の瞬く静かな夜空を窓越しに眺める。
そんなふうに七日の夜を過ごす事、三回。
この試みによりナインナイトは、時が巻き戻る瞬間を体験する事に成功した。
(最初に聞こえるのは金属音だ。ハンドベルを思い出す、高く澄んだ心地いい音。それが鳴り止むと周りの景色がぐにゃっと歪んで、眩暈が起きているみたいな感覚に襲われて……意識が途切れる)
そして次に目覚めると、一日の朝を迎えている。
閉ざされた一週間。その初日の朝は決まって眩暈に襲われるが、たぶん時が巻き戻る時の奇妙な感覚を引き摺っているのだろう。
自分の体調に問題がある訳ではないのだと解り、ナインナイトはほっとした。
だが新たに増えた疑問もある。
どこからともなく聞こえてくる音。歪む景色。暗転する視界。
これらの現象は時が巻き戻る際、毎回必ず起きている。
けれど時間の方はまちまちで、巻き戻りを体験した三回の機会では日付が変わる前。二十三時台の範囲で音は聞こえ始めていた。
現象は同じなのに、なぜ起きる時間は固定されていないのか。その違いは何によって生じるのか?
いま集まっている情報では、これに対する答えを見つけるのは無理だろう。
……それから、そう。ベルの事。
(ベルも金属音を聞いてるみたいなんだよな……。音が鳴り始めると耳を動かして、辺りをきょろきょろし始めるから)
それだけでなくふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ様子を見せ、体を動かし宙を見上げると小さな口を大きく開けた不思議な体勢を子ギツネは取るのだ。
どういう意図があるのかは、これもまた分からない。大きな果物を食べようとしている時の姿に似ているなぁとナインナイトは思っているが、同じ言語で話せないため理由は今も不明だ。
会話ができたら二人が体験している奇怪な現象について、もっと多くの事が解る気がするのだが……出来ないものは仕方ない。
ナインナイトはそう割り切って、思考を切り替え。
新たな朝の日課である日付確認を子ギツネとともに行うと、溜め息を吐いてしまった自分の頬を両手で叩いて迷う心を叱咤し。
八回目となる十月一日を迎えた今日から手詰まりの現状を打破するべく、行動範囲を魔塔の外へ広げる事を決心した。
「よし……!それじゃあベル君、朝食を食べたら出かけようか」
『キュ?』
「魔塔には行かないよ。別の場所」
問いかけるように見上げてくる小さな頭を撫でたナインナイトは僅かな陰りを瞳に過ぎらせたが、それを誤魔化すように笑いかけた。
「これから行くのは、神殿って呼ばれている場所。……そこにいる聖女に、会いに行くんだ」
 ***
巻き戻りの現象を体験した五・六・七回目の一週間の中でナインナイトは、魔塔に篭っていてはこの現象を解き明かす事はできないと考えるようになった。
思い付く可能性はすべて潰し、知識の魔塔にある図書館へ足繁く通って知識を集め、もしもという体で時の逆行について話しアストロニルモーや三人の魔塔長たちの意見を求めたが、そうした中で一つの限界と確信を覚えたのだ。
(魔塔の中だけで試せることには、どうしたって限りがある)
(それにいま起きている現象は、幻惑魔術や夢といった類いのものでは、絶対にない)
幻惑魔術も夢も、対象者の意識が精神世界に沈んでいる状態という共通点を持っている。
つまり対象者の……この場合ではナインナイトの知らない情報を、繰り返す日々の中で耳にする事はあり得ないのだ。
知識を身につけていった事で、彼はその点に気付いた。
(幻惑魔術をかけられた時も、夢を見ている時も、仮初の世界を構成する土台は本人の記憶になる。もし繰り返すこの世界が俺の記憶で作られたものなら、ラム爺さまが言っていた時間と魔力の関係についてのもの凄く難しい話を聞くことも、辞書を片手に知らない単語を調べながら古書を読むことも決して出来ない……起こり得ない出来事と言える)
だがナインナイトは巻き戻る一週間の中で、これまで知らなかった知識をどんどん吸収していった。
これが示す答えは、やはり自分ではなく世界がおかしくなっているという事であり。いよいよもって本気で神頼みをする必要がある事を彼は実感した。
……しかし、どういう方法で神様に訊ねれば求める答えを得られるのだろうか……?
天使や悪魔を信仰する中でお告げを聞いたり、特別な力を与えられたりする者がいる事は本の中に書かれていた。しかしナインナイトが熱心に信仰している天上の存在はいない。目的ありきで一時的な信仰心を胸に宿し祈ってみた所で、応えてくれる者はいないだろう。
(熱心に神を信仰していて、祈りを聞き届けてもらえるような人)
……となるとやはり、神殿の祭司たちだろうか。
そう考えた彼はここで、一回目の一週間を過ごした時にビアゼンが言っていた事を思い出した。
『過去の聖女の中には、神と対話できる者もいた』
(……、……聖女)
特別な魔力を持って生まれた、選ばれし乙女。
嘘か本当かは分からないが、半神半人の御子。ツィツィーリエの廻り変わりとも言われている聖女なら、神に呼びかけ言葉を交わす事ができるかも知れない。……少なくとも、月に一回の頻度でしか礼拝に参加しない自分に比べればよほど可能性は高いと言える。
「……」
当代聖女。ホルドーンアカデミーに通っていた頃は同じ廊下を歩いていた、元同級生。
サーシャ・バレンタイン。
同じ学校の卒業生ではあるが、自分と彼女は赤の他人に等しい仲だ。
(いや、他人より悪いかも知れない……)
そんな自分が会いに行った所で話を聞いてもらえるとは思えないが……閉ざされた一週間から抜け出すためには、思いつく事は全て試さなければ。
今回迎えた新たな一日で、時が巻き戻った回数は八回目。日数にするとナインナイトは、四十九日におよぶ日々を繰り返す時の中で過ごした計算となる。
カレンダーが七日までしか進まないためその辺りの実感は薄かったが、本来ならば月が替わるほどの日数が経過しているのだと考えると事の深刻さはより鮮明になり彼の心に重く伸し掛かった。
七日の夜に瞼を下ろし、朝日を迎えてカレンダーを見たら八日になっていた。
そんな展開をどれだけ強く望んでも、叶う事は決してない。
積み重なる日数を改めて認識した事で、ナインナイトは思い知った。
親しくないとか、苦手意識があるとか。そういった個人的な感情を優先している場合ではない。
幸いな事に失敗しても、時は勝手に巻き戻り全部が無かった事になる。
聖女との会話が上手くいかず、どれだけ当たって砕けたとしても問題はない。記憶さえ残れば新たな方法を考え、次の一週間で試す事が出来るのだから。
ナインナイトはそう考えて己を鼓舞し、まずアストロニルモー宛てに手紙を書いた。
家の手伝いがあるため、しばらく魔塔には行けない。ベルのことで何かあったらすぐに連絡するため、心配無用。
そんな内容の文章をしたため速達で出してくれとお手伝いさんの一人に託し、一つ目の仕事は完了。
次に聖女と会うべく神殿へ向かおうとした彼だったが、ここではたと気付いた。在学中は当たり前のように姿を見かけていたため意識しなかったが、同じ癒し手でも司祭と聖女の立場は異なる。
神殿に行けば司祭には会えるが、ふらっと行って「百年に一度の奇跡」と呼ばれる聖女に会えるかと言うと……まず無理だろう。
「しまった。聖女に会う方法をちゃんと考えないと。聖女だから神殿に行って、……それで……」
……どうすれば良いのだろう。
早々に悩みの壁へぶつかってしまい、ナインナイトは出鼻を挫かれる形となってしまった。
大きな声では言えないが、自分は唯一神教の信徒ではない。神殿を訪れる回数も数える程度であり、その理由は癒しの奇跡による治癒を求めての事。
癒し手のお世話になっているため礼拝には顔を出しているが、親しくしている司祭もいなければ神殿という組織の事も一般的な手続きについてもろくに知らない。
(こういう場面で頼りになるのは、やっぱり……)
そう考えて足を運んだのは、父親であるアンディアルの職場。
下町にある大通りから小道一本外れた通りに構えている、レンファー商会のホルドーン本店。
子ギツネを腕に抱えながら訪れる機会の少ない店へ顔を出すと、従業員がすぐに気付いて父親のいる仕事部屋まで案内してくれた。
「いらっしゃい、ナイン」
扉を開いた先で机に向かい、書類仕事をしていた男性。
優しい笑顔で迎えてくれたアンディアルは、突然の訪問だったにも関わらず二番目の息子であるナインナイトを快く招き入れ仕事の手を止めた。
持っていた書類を封筒に戻して立ち上がった彼はソファーに座るようナインナイトを促し、腕の中にいるベルへ目を留めるとそのキツネ君は?と問いかける。
それに対し魔塔が管理している生き物である事、世話をする役目を任された事をナインナイトが伝えると、何かを察した様子で相槌を打って疑問符は重ねず。向かい側のソファーに座ると、さて、と言って用件を訊ねた。
「今日はどうしたんだい?店まで来るなんて、余程のことがあったようだけど」
「うん……。ごめん、父さん。仕事の邪魔をして」
「邪魔だなんて。そんなことは思ってないから、謝らなくて良いんだよ」
「……ありがとう」
父親の愛情に甘え、ナインナイトは聖女に会う必要があるのだと伝えた。理由は言えないが、直接会って話をしなければならない事がある。けれど自分には伝手がなく、考えてみても良い方法が思いつかない。
「なるべく早く会いたいんだ。できれば今週のうちに。……難しい話だとは思うんだけど……」
彼の相談内容を聞いたアンディアルは、困り顔で腕を組んだ。
「聖女さまか……。もともと気軽に会える方ではないし、週末に『福音の儀式』が控えているタイミングだから……ナインが言うように、難しい相談だね」
「そう、だよね」
(魔塔の助けが得られれば良かったんだけど、聖女が所属している神殿とは仲が悪いからな……。それに家の事情でしばらくの間魔塔には行けない、ってことにする手前、聖女に会おうとしていることを伝えるのも気が引けるし……)
魔塔の力は借りられない。そう思って父親を頼ったが、さすがに無理な相談だったか。
うんうん悩むアンディアルを見てナインナイトは申し訳ない気持ちになり、気まずい思いをする事になってもアストロニルモーに協力してくれと伝えるべきだったか……と視線を落として反省する。
「……ええと、父さん。やっぱり俺、」
魔塔に相談してみるよ。彼はそう言おうとしたが、アンディアルは悩む表情で「方法はある」と答えた。
「正確に言うと、聖女さまに会う機会を得られるかも知れない、っていう方法だけど……」
「!父さん、教えて。どんな方法っ?」
「うーん……。……思い付きはしたけどこれは、魔塔主さまと婚約しているナインにはおすすめ出来ないものなんだ」
「婚約していることが関係するの?」
「関係しないとは言えないな。ほら、神殿と魔塔は複雑な間柄だろう?」
だからナインも、魔塔主さまじゃなくて父さんを頼ってきたんだろう?
そう続けるアンディアルにナインナイトが驚いた表情を見せると、彼は笑みを浮かべた。
「知っている人は知っている。と言うより、察していることだよ。魔術を学問として扱う魔塔と、神秘の力として認識している神殿。意見の食い違いが起きるのは必然だ」
「……うん」
「そして父さんが思いついたのは、ナインが神殿に修道士の候補生……修道生として入り込む、という方法なんだ」
「修道士の、候補生?」
彼は頷き、神殿の人間になれば聖女さまに会える可能性も生まれるだろうと言った。
「聖女さまの傍にはね、彼女を支える役割を担う修道士がいるんだ。修道生の一人という立場でその人と接触し、話ができれば、聖女さまと会う機会を作ってもらえるかも知れない。……とても不確実な、可能性はゼロではない、というだけの案だけど……正式な手続きを踏んでいたら、今週中に会うことはまず不可能だからね」
「裏技を使うしかない、ってことか……」
「その裏技も、成功率は低いけど」
「俺の頑張り次第で、どうにかできるかも知れないんだよね?」
それなら、俺、修道生になる!
光明が見えた心持ちでナインナイトは意思を示したが、アンディアルは心配の眼差しを向けた。
「……名前や身分を偽って、修道生になることは出来ない。『魔塔主の婚約者』という肩書きを持って神殿の身内になろうとするナインへの風当たりは強いだろうけど、耐えられるかい?」
「平気だよ。そういうのはアカデミーで経験済みだからね。……それより心配なのは魔塔の関係者でも修道生になれるのか、って言うことと、目的を果たせた後に修道生を辞められるかってことなんだけど、どうかな……?」
「その辺りは大丈夫だよ。ナインは魔塔主さまの婚約者ではあるけれど魔塔に所属している訳ではないし、神殿は基本的に『来る者拒まず去る者追わず』だからね」
それに修道生となった者全員が修道士になれる訳ではない。何年も修道生として勉学に励む生活を送り、その後試験に合格して初めて修道士を名乗れるようになる。
そのため修道士を志す者は多いが、途中で挫けて立ち去る者の数もまた多い。
「でも、そうだね……。ナインの場合は肩書きが少し特殊だから、修道生を辞めた後に神殿が魔塔へ何か言うことは、あるかも知れない」
「……」
「それでも、修道生になるかい?」
「……。……うん」
アンディアルの話を聞いた事で、修道生になるのは最良の方法ではないと彼が言った理由を理解できた。
聖女と会って、話をする。その目的を果たせる可能性はあるが、同時に魔塔へ何かしらの迷惑をかけてしまう可能性もあるのだ。
それについては躊躇う気持ちも生まれたが、ナインナイトは父親の問いかけに肯定の返事を伝えた。
足踏みできる段階は、とうに過ぎている。
そう思ったがゆえの答え。
「……そうか」
彼の決意を感じ取り、アンディアルは立ち上がった。
「解った。後は父さんに任せなさい」
「……ありがとう」
感謝の言葉を伝えたが、父親を見上げるナインナイトの表情には心苦しさが滲んでいた。
それに気付いた彼は優しい笑顔で息子の頭をくしゃりと撫でて、このくらい大した事じゃあないと軽い口調で答える。
それから仕事机に移動し手続きの書類を作成すると言ったアンディアルは、書類の審査が終わり修道生となれるのに二、三日はかかるだろうからと言って今は家へ帰るようナインナイトを促し。子ギツネとともに退室しようとする彼の背中を、そうだ、という言葉で引き止めた。
「魔塔から任されたらしい、そのキツネ君だけど。修道生として神殿で過ごす間は、誰かに預けるつもりかい?」
「ベルを?……ううん、連れて行こうと思っていたけど」
「そうだよな……。魔塔で管理している生き物を、誰かに預けるのは難しいだろう。でも修道士の仕事や心得といったものを学ぶ立場の修道生が生き物を持ち込むことも難しいと、父さんは思うんだ」
「あ……」
「聖女さまのことだけじゃなくそのキツネ君をどうするかも、今のうちに考えておきなさい」
「……解った」
一つ片付けば、また一つ問題が浮上する。
解ってはいたが、時が巻き戻る奇怪な現象は一筋縄ではいかない問題だ。
「言われてみれば確かに、神殿に子ギツネを連れて行くのは難しいよな。……どうしようか、ベル君」
『キュウー……』
焼き菓子色の毛並みを撫でて、ナインナイトはベルと一緒に頭を悩ませ首を捻った。
 ………
そんな事があった、数時間後。
お昼時をいくらか過ぎた、うららかな午後の貴族街にて。
「凄いね、ベル……」
『キュウ~……!』
ナインナイトはふわふわまん丸の子ギツネを腕に抱えながら荘厳な雰囲気を漂わせる大きな建物を見上げ、感嘆の声を上げた。
最初に意識を奪われるのはその白さだ。目の前にある建物の色はどこもかしこも白で統一されており、雨風による汚れや経年劣化による変化といったものはほんの少しも見当たらない。
そんな建物の壁や柱には太陽や植物などをモチーフとした彫刻が施されているのだが、それらは僅かな違いを見せる白系統の色で綺麗に塗られており清らかな美しさと息を飲む存在感でもって見る者の視線を釘付けにする。
五メートルはあるだろう大きな両開きの扉の前に整然と並ぶ、やや細身の列柱。
その間を通り抜けて開け放たれた扉の中に入ると、揺らめく煙の姿を閉じ込めたかのような模様が描かれている白い大理石の床や玄関ホールに敷かれた上質な絨毯、それと太陽の冠を頭に乗せた見上げるほどに大きな唯一神ヴィヴァルディの石像に出迎えられた。
外観と同じく建物の内部も、汚れ一つ見当たらない綺麗な印象を受ける。
そのためか広々とした玄関ホールは非日常的な雰囲気に包まれており、ワイシャツにベストといったナインナイトと似た格好をした人たちの姿もみかけたが自分を含め彼らの存在はひどく浮いて見えた。
だがそれ以上に目に付くのは、金色の模様が描かれた白い衣服を身に纏う修道士たちの姿。
――……創造神・ヴィヴァルディを信仰する修道士たちが集う場所。サン・ベネディクト修道会。
人々から「神殿」の呼び名で親しまれている唯一神教の総本山、ミラノーギル大神殿と同じ敷地内に建っており長い歴史の中で多くの修道士たちを見守ってきたその建物へと足を踏み入れたナインナイトは緊張の面持ちで、ベルを抱く腕に力を込める。
「……どうかされましたか?」
挙動不審な様子が気になったのだろう。通りがかった修道士に声をかけられた彼は、ポケットに仕舞っていた手紙を取り出し説明した。
「あの、俺、新しい修道生として今日からこちらでお世話になることが決まりまして……」
「修道生の方でしたか。若枝の兄弟よ、歓迎いたします」
話を聞いた修道士はおっとりと微笑むと手紙を受け取り中身を読んで、こちらへどうぞ、とナインナイトの案内を始めた。
その際ちらと彼が抱えている子ギツネに目を向けたが、特に何かを言う事はなく。
静かな歩みで日が射し込む回廊へと向かう後ろ姿を追いかけるナインナイトはちらとベルを見て、上手くいったね、という視線を送った。
『キュウ、キュッ!』
どうだ!と言うような得意げな顔を見せる小さな〝大喰らい〟。
その姿は耳の先から尻尾にいたるまで全て半透明に変わっており、僅かに向こう側が透けて見える水色の体はどこからどう見ても普通の子ギツネのそれではない。
今の見た目は、使い魔そのもの。
アストロニルモーの相棒である猫型の使い魔、ソルトを真似た外見へ変じる事でベルは、ナインナイトとともに修道会へ立ち入る許可を獲得したのだ。
この方法を思いついたのは、なんとベル自身。
きっかけは、父親の部下が手紙を携え家の扉を叩いた事。
アンディアルのもとを訪れたナインナイトが自宅へ帰り、作戦をしっかり立てた上で神殿へ行こうと思いながらベルと二人で昼食を食べている時にやってきたその人は、修道生となる許可が与えられたという驚きの言葉をナインナイトに伝え手紙を差し出した。
あまりに早過ぎる展開に彼は、もしや父親が袖の下を送ったのでは……!?と心配したが、配達員の役目を担ってくれた顔見知りの部下はナイン君の運が良かったんですよ、と答えた。
『福音の儀式が近々ある関係で、修道士になりたいと申し出る人が修道会に殺到しているみたいでしてね。これまでの審査方法では結果の連絡が何ヶ月も先になってしまうから一時的に審査を簡略化しているのだと、対応した修道士は言っていたそうです』
その特別待遇を受けられるのは爵位を持っている貴族だけであり、セラピアの姓が今回の件では役に立ったのだと部下から聞いたナインナイトは感謝の言葉を彼に伝えた後、子ギツネを連れて自室に戻り悩み始めた。
父親であるアンディアルが言っていた通り、修道生の身で修学の場に子ギツネを連れて行く事は認めてもらえないだろう。ベルは従魔だがそれは口に出来ない話であり、他の関係を隠れ蓑にするとなると当てはまるものはペットと飼い主になってしまう。
『ペットを連れて修道会には行けないよなぁ……』
悩む彼をじいっと見つめる子ギツネはキャンキャン鳴いたり、円を描くようにその場でくるくる回ったり、首元に巻かれている赤いスカーフを噛んでぐいぐい引っ張ったりといった姿を見せた。
その様子を見たナインナイトは、魔術を使いたいと言っているのか……?とベルの考えを読み取り、初級魔術を操れるように従魔契約による制限を緩めてみた。
すると嬉しそうに腕へ擦り寄った子ギツネはもう一度キャンッ!と鳴いて魔術を発動させ、自身の姿を淡い水色の体を持つ半透明の生き物へと変えてみせた。
この見た目は、使い魔のそれだ。
そう思ったナインナイトは、ペットではなく使い魔であれば堂々と連れ歩く事ができる!と気付いてベルの賢さを褒めちぎり、ふわふわの毛並みをたくさん撫でて可愛がった後。馬車を手配し手紙に書かれていた住所へとさっそく向かった。
聖女と会う方法はまだ決まっていなかったが、とにかく行かなければ始まらないと思考より行動を優先したのだ。
(サン・ベネディクト修道会の建物が、こんなに立派だとは知らなかったな……。ここへ来る途中で大神殿も見かけたけど、どっちの建物も綺麗だし芸術的な価値も高そうな造りをしていた)
唯一神教が清貧の誓いを立てている事を思うと、見るからに高価な大理石の床の上を歩いている現状に引っかかるものは覚えるが。王城の華やかさと比べればこちらの方が慎ましいなと、ナインナイトは胸中で呟く。
夕陽を思い出す茜色の木の葉が秋の大樹を鮮やかに彩っている、美しいがどこか物悲しさも感じる大きな中庭。
そこを囲む真白い列柱や広々とした回廊を眺めながら歩く中で他の修道士とすれ違う機会が何度もあったが、大きな声で喋ったり足音を立てて歩いたりする者は一人もいない。
建物の大きさを考えれば何百という人がここにいるはずなのだが、鳥のさえずりが聞こえてくる程の静けさがこの場所を満たしている。
(こういう所も、王城とはまったく違うな……)
初めて訪れた修道会の内部へ、興味を湛えた視線を巡らせるナインナイト。
彼を導く修道士は少女にも少年にも見える子供の彫刻が飾られている廊下へたどり着くと立ち止まり、少々お待ち下さいと言っていくつも並ぶ似たような見た目の扉の一つへ手を伸ばし、中へと入って行った。
「……何か用事でもあるのかな?」
『キュウ?』
腕の中にいる子ギツネへ話しかけ、案内役の修道士を廊下で待つ事、数分後。
「お待たせ致しました」
再び姿を見せた彼は丸い石がはめ込まれた銀色のブローチを、ナインナイトに手渡した。
大きさは親指の長さほど。複雑な模様が彫られている菱形のそれは全体が銀一色、そして中央にある石が透明なため、作りは精巧だが色彩の華はない。
これは何だろう?と疑問に思い何気なく裏を見ると、〝ナインナイト・セラピア〟の文字が刻まれていた。
「唯一神教における、あなたの身分証です」
そう説明する修道士は自身の胸元を指差して、ナインナイトの視線を引き寄せる。
彼の白い衣装には同じ作りのブローチが飾られており、なるほど常に身につける物なのかとナインナイトは頷いた。
しかし銀色の身分証は同一の物ではないらしく。
「あれ?石の部分に、色がある……?」
疑問を呟くと、修道士は説明を付け加えた。
「あなたの魔力をこの石へ注いで下さい。そうすることでブローチに刻んだ名前とあなたの魔力紋が結ばれ、身分証としての機能を果たすようになります」
「解りました」
ブローチの表側にはめ込まれた透明な石。つるんとした手触りのそれに指先を乗せて、ナインナイトは言われた通り魔力を注ぎ入れていく。
その様子を見守る修道士は初めこそ微笑んでいたものの、時間が経つにつれて困惑の色を浮かべるようになり透明な石へ顔を近付け凝視すると、戸惑いを含む声音で彼に訊ねた。
「失礼なことを言うようで申し訳ないのですが……魔力はきちんと注いでもらっていますか?」
「?はい、今もやっていますが」
「そうですか。変ですね……注がれた魔力の属性に応じて、色が変わる仕組みなのですけれど」
この通り、と示される彼自身の身分証。その中央を飾る丸い石は水の属性を表す青色に染まっている。
不思議そうに首を傾げる修道士。彼の話を聞いたナインナイトは思い当たる事があり、気まずさから目を逸らした。
(俺の魔力は透明で属性を持っていないから、それで色が出ないんだろうな)
きっと。いや間違いなくそういう理由だろう。
原因は解ったが、けれど正直に話して良いのか……話したところで信じてもらえるか分からず、悩む彼は沈黙する。
ホルドーンアカデミーでは透明と判断されず、限りなく透明に近い赤色として処理されてしまった。
この一風変わった魔力を劣っていると貶さず興味深いと評価してくれたのは、魔術の申し子であるユニスだけだ。
(この人に言っても……。いや、一応伝えておいた方が……)
ナインナイトは石に魔力を注ぎながらあれこれ考えていたが、修道士に声をかけられ魔力操作を中断した。
「色は変わっていませんが、ブローチの裏側を確認してみましょうか」
「裏側ですか?」
促され、銀色のブローチをひっくり返す。
するとそこに刻まれていた〝ナインナイト・セラピア〟の名前が跡形もなく消えていた。
驚く彼が声を上げると、修道士も意外そうな顔を見せて目を瞬かせる。
「名前が消えている……。ということは、ちゃんと登録されていますね」
「そう、なんですか?」
「名前と魔力紋が結ばれると、刻まれた文字は自然と消える仕組みになっているんです」
石が透明なままなのは少々気になりますが……身分証としては、問題なく機能しているはずです。
修道士はそう言うとナインナイトのブローチを手に取り、彼の着ているベストの胸元に銀色のそれを飾って一仕事終えたような笑みを見せた。
「さて。それじゃあ、移動しましょうか」
その言葉をきっかけに踵を返して来た道を戻り大樹が目を惹く大庭園まで戻った彼は、真白い列柱をたどるようにしばらく歩いた後。別の彫刻作品が飾られている廊下に目を向け、足を進ませる。
そうして雑談を交える事なく沈黙をお供に歩いていた修道士は、六羽の鳥が枝に止まり羽を休めている光景が彫られている彫刻扉の前へとナインナイトを案内すると、ここが修道生に解放している部屋だと言った。
「それでは、失礼いたします」
「えっ。……あっ、あの……!?」
てっきり扉の中まで案内してくれるものだと思っていたナインナイトは、足早に遠ざかる修道士の背中へ声をかけた。
しかし彼は振り返らず、廊下の角を曲がって姿を消してしまう。
「……親切なのか、不親切なのか……」
『キュウ……』
困惑するナインナイトの真似をして、使い魔に化けている子ギツネももの言いたげな鳴き声を零す。
その頭を撫でて扉と向き合った彼は深呼吸をすると、表情を引き締めドアハンドルを掴んだ。
「……失礼します……」
真鍮製のそれを引っ張り、中を覗く。
すると思わぬ光景が視界に飛び込んできて、ナインナイトは甘い色の瞳を丸く見開いた。
(……もしかして、さっきの扉は王城の一室に繋がっていたのか……?)
そう思ってしまうほど華やかな空間が、ナインナイトを出迎えた。
清貧の誓いはどこへいってしまったのか。壁には絵画が、棚には大輪の花が飾られた豪奢なデザインの花瓶が置かれ、裕福な貴族の応接室といった雰囲気を演出している。
天井を見上げれば何百、いや何千ものクリスタルでもって形作られたシャンデリアが暖色の明かりを灯しながら主役級の存在感を放っており。
足元を見ると上質なワインを彷彿させる深紅の絨毯が、大理石の床を覆い隠していて。
乳白色の壁紙が辛うじて修道会らしい清楚な面影を残しているが、室内のあちこちに置かれているソファーやテーブルといった調度品たちは一目見ただけで桁違いな高級品だと解る装飾が施された物ばかり。
そんな空間に集まっているのは礼儀作法を学んでいる事が解る男性ばかりで、ここにいるのは貴族の令息だけなのだとナインナイトは察した。
(修道士になることを望む平民だっているはずなのに、それらしい人は見当たらない……。居るのは仕立ての良い服を着た、育ちの良さそうな人ばかりだ)
彼らは何人かで固まりながらソファーに座って談笑したり、テーブルに広げた地図を見ながら真剣な顔で話し合ったり、吹き抜けの空間から見える二階部分へ足を運び並んでいる書架から本を取り出しては思い思いに読み耽ったりしている。
……ぱっと見た印象で言うと、勉学の場よりも社交の場として機能している面の方が強そうだ。
「……さて、どうしようかな……」
きょろきょろ辺りを見回している好奇心旺盛な子ギツネが脱走しないようぎゅっと抱き締め、ナインナイトは思案する。
貴族社会の縮図とも言える、ホルドーンアカデミー。
そこで三年間を過ごした彼は目の前の状況をすぐに理解し、それぞれ集まり固まっている令息たちの顔ぶれをさり気ない視線運びで確認していった。
修道士を志す修道生という立場でここに来ているはずの彼らだが……どうやらアカデミーでよく見かけた〝派閥〟とやらを作っているようだ。
集団同士で積極的に交流している様子はなく、すれ違う際は互いに上辺だけの笑みを交わしてすぐに顔を背け、後からひそひそと仲間同士で何事か喋り嘲るような笑みを口端に浮かべる。
とても見覚えのある愉快とは言い難い光景を目撃したナインナイトはげんなりして、早くも魔塔を恋しく思ってしまった。
(実力主義の魔塔では、姓や爵位といったものを重要視しない姿勢が浸透してる。だからアカデミーみたいに派閥がどうこう、身分がどうこうといった煩わしい話を聞く機会はほとんどないけど、修道会はそうじゃないみたいだ)
ユニスと出会い魔塔へ足を運ぶようになった事でナインナイトは、貴族社会の面倒な常識や上下関係から離れた生活を送っていた。
だがこの場所、サン・ベネディクト修道会では貴族の肩書きに囚われながら過ごす事になりそうだ。
こうなると一代貴族の次男であるナインナイトの立場は、とても弱いものとなる。これは悲観的な見方ではなく経験に基づく冷静な推測だ。
成人前の令嬢令息が集うホルドーンアカデミーに通っていた頃すら人として扱われず薄汚れた野良犬を見るような視線を向けられ、下の学年の生徒からも「落ちこぼれ」だと嘲笑されていた自分が、ここにいる貴族階級の修道生たちから温かく歓迎してもらえるはずがない。
一代貴族、セラピア家の次男。
つまり貴族の血が一滴も流れていない姓を得ただけの平民だと修道生たちが知ったら、アカデミー時代の再来と言える……いや、もしかするとそれ以上の……精神がすり減る過酷な日々が始まるだろう。
解ってはいるが、口を閉ざして佇んでいる訳にはいかない。
先輩修道生たちに挨拶して派閥の仲間に入れてもらい、情報収集を始めなければ。
(俺を入れてくれる派閥があるとは、とても思えないけど……繰り返す一週間の輪から抜け出すためだ)
頑張ろう、と小声で呟いたナインナイトは、手始めにどこの派閥へ近付こうかと考え辺りをゆっくり見回す。
その横顔を遠くから見つめ、すくっと立ち上がり駆け寄る人影が、一つ。
「……っあの、すみません……!」
「?」
声をかけられ横を向くと、裕福そうな身なりの令息が緊張した面持ちで立っていた。
ご機嫌よう、という貴族らしい挨拶を受けたナインナイトは挨拶を返すと口を閉ざし、相手の言葉を待つ。
身分の低い貴族が身分の高い貴族と言葉を交わす際は、相手から許可されない限り自発的に喋ってはならない。
その決まりを思い出した彼は受け身の姿勢で見知らぬ令息に応え、礼儀を示した……つもり、だったが。
「……っ!」
「……」
「……っ」
「……?」
声をかけてきた相手は緊張の色を顔に浮かべたまま、ぎこちない笑顔を作ったりおろおろと視線を泳がせたり、最終的には困ったような表情でナインナイトを見つめ始めた。
(どうしたんだろう……?)
首を傾げる彼の腕の中で、ベルも不思議そうな鳴き声を上げる。
対応に間違いはないはずだ。相手がどこの家の人間かは知らないが、一代貴族より低い身分は存在しない。
それは向こうから声をかけてきた事でも解るが……いや、挨拶は身分の低い者からするのが礼儀だったか?挨拶をして、名前を名乗る。それ以降の会話において自発的に喋るのはマナー違反で……となると自分が挨拶を受けた状況は、貴族社会では特殊な部類に入るのだろうか……?
(うーん……)
平民として生まれ育ったナインナイトが身に付けた貴族の礼儀作法は付け焼刃に等しく、自信を持って正しい振る舞いだと言い切れるかと問われると、そんな事はない。
だが挨拶から始まる会話のマナーに関しては、これで合っているはずだが……。
「~……っ」
「……」
……こちらから話さなければ、進展しない気がする。
そう思った彼は口を開く事にした。
「初めまして。ナインナイト・セラピアと申します。……失礼ですが、貴方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「!わたっ、私はヘスティング家の者ですッ。名前はオルト、伯爵家の次男で……ええと……っ」
「では、オルト卿、」
「オルト卿っ?そんなっ、セラピア家の方が……しかもナインナイトさんが、私を卿と呼ぶ必要は全くありません!どうぞ気楽に呼び捨てて下さい」
「えっ。それは、でも」
「立ったままお話するのも何ですから、あちらのソファーへ移動しませんか?美味しい果実水とお菓子もありますので……!」
『キュッ!?』
「……そう、ですね。扉の前を塞いでいる訳にもいきませんし……」
あちら、と示されたソファーにはオルトと同じように裕福な身なりをした男性が三人いた。
四対一か……、と戦う思考で人数を把握したナインナイトは少し躊躇ったが、この誘いは派閥の仲間に入れてもらう絶好の機会かも知れない。そう考え直して場所を移す提案に同意した。
「……ベル君。今の君は使い魔だから、果実水もお菓子も食べたらダメだよ」
『キュウン……』
食べ物の話題に反応しふわふわの尻尾を元気に振っていた子ギツネは移動の途中でこっそり告げられた禁止の言葉に悲しげな声を漏らすと、力なく尻尾を下げてしょぼくれる。
その背中を慰めるように撫でながらオルトの後ろを歩くナインナイトは、段々と近付く歓談の場所……となれば良いが……に、観察する眼差しを向けた。
三人掛けのソファーが一対、ローテーブルを挟む形で置かれており、上座と呼べそうな場所には優雅な猫足のデザインが目を引く一人掛けのソファーが一台。
伯爵という身分から考えるに空席となっている一人掛けのソファーにはオルトが座るのだろうとナインナイトは思ったが、彼は三人掛けのソファーへさっと座ると上座と思われる席をナインナイトにすすめた。
一代貴族の自分が座って良い場所ではない。そう言おうとしたがオルトも他の三人もにこにこしながらナインナイトを見上げ、座るのを待っている。
「……では、お言葉に甘えて……」
(これは何なんだ。新手の罠か?座らせた後に礼儀知らずだと罵る算段か……?)
好意的なオルトの言動が嘘だとは思えないが、アカデミー時代の経験からどうしても身構えてしまう。
強張る表情に警戒心を滲ませる彼は四人の様子を窺いながら腰を下ろし、膝の上に子ギツネを乗せた。
すると彼らは待ってましたとばかりに口を開き、
「ほら言っただろう!?レンファー商会のナインナイトさんだって!俺の目に間違いはなかった訳だお会いできて嬉しいですっ、エイバン・クロトヘイムと申します!」
「お前の記憶力には感服するよ……。初めまして、カッセル・ヴィクセンと言います。以後お見知りおきを」
「それにしても、オルトの挙動不審っぷりは凄かったよねぇ。大笑いしそうなのを必死で堪えたよ!あっ、僕はミコレット・サンディール!よろしくお願いします、ナインナイトさん!」
「ミコレットだって?ナインナイトさんに嘘吐くなんて失礼だぞッ、ミドゴラン!」
「名前を偽るのはどうかと思うな、ミドゴラン」
「私なりに頑張ったんだよ、ミドゴラン……!」
「ミドゴランって言うなぁあああ!!」
ナインナイトの警戒心を吹き飛ばす勢いで、賑やかに言葉を交わし始める。
全くギスギスしていない朗らかな雰囲気に驚く彼が言葉を挟めずぽかんとしていると、その意味を違う方向で捉えたらしいオルトが説明を始めた。
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史稀(土師)
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史稀(土師)
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12:10
史稀(土師)
旧Twitterにて配信開始の投稿をしようとしたら、急にパスワードの変更を求められてしまった…
12:38
史稀(土師)
これは時間かかるやつでは!?どうしてこのタイミングで??
17:02
史稀(土師)
パスワード変更もろもろ終わった!ようやっと…!!
18:10
史稀(土師)
一回の枠で入力できる文字数の上限は3万文字らしいので、枠を分けて全文配信する予定です
70:41
史稀(土師)
やったーーハートありがとうございます!!!
80:31
史稀(土師)
過去回想的な部分はかぎかっこを『』にした方が良いかと思ったけれど、読む際の流れが悪い気がするので「」に変更!
140:57
史稀(土師)
ベルをもふりたい
160:06
史稀(土師)
そのため、という文章とその存在、という部分で「その」が続ているのが気になるから変えたい…
165:01
史稀(土師)
白い服だと汚れた時の洗濯が大変だな、と思いながら修道士の基本的な衣服として設定しました
208:57
史稀(土師)
文字数上限に達してしまうので、続きは別枠を取って配信します!
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気狂い魔塔主の婚約者殿 刻
初公開日: 2023年10月14日
最終更新日: 2023年10月15日
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pixivにて連載中の一次創作BL小説【気狂い魔塔主の婚約者殿 刻】
次回投稿分【4.白亜の聖域】の本文見直し・誤字脱字チェック・加筆修正の配信枠となります。
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サブタイ「就活に失敗した騎士志望の俺が、美貌の天才魔塔主の婚約者になった件について」
剣と魔法の西洋風ファンタジー/美貌の天才魔塔主×努力家な騎士志望青年/自称地味系主人公(実は凄い)
以上の要素が含まれますので、苦手な方はご注意ください。
ピクサイ お題
エースコンバットZERO/ピクサイ/お題をもとに(性的描写はないですがセッ…した後という場面が出るの…
史稀(土師)
番引 お題交換
お題交換の番引。途中から始まり途中で終わる。リハビリの色が強くてぎこちない!でも44時代は楽しいです…
R-15
史稀(土師)
寄稿文
一次創作の二次創作
きょむい〜ぬ