「それでは、僭越ながら私が音頭を取らせていただきます。」
「皆様、今回はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。」
「実りある会議、実りある時間にしましょう。」
「それでは、よろしくお願いいたします。」
円卓状のホログラムテーブルの一角(?)、白一色のウィンドウを後ろに侍らせながら、紫の彼女は静かに空間を揺らした。
いわゆる麗衣装と呼ばれるものに静かに身を包み、華やかな夜の具現のように現出した彼女は、存在感や威圧感はない。むしろ希薄とすら言ってもいい。
だが、一言一句を放つたび、彼女の声が、言葉が、色が、空間を染め上げていく幻覚を見る。
そこはやはり、名だたるソフトウェア…特に|VOICEROID《はじまり》など…の、トップランカーを走る存在だ。
それにしては、妙に威圧感が弱く、そして妙な気配が混じっているのが不可解だが。
「(…融合…いや、そもそも『違うもの』…?)」
思考を無意味にこねくり回していると、当の本人と目が遭った。
息と悲鳴の混合物を必死に喉奥に突っ込む。
なんとかして人付き合いのいい5:愛想笑い:2営業用3(自称)の、営業用スマイルで答えれば、目の前の人もほほえみで返した。
後光がさしている。あらゆる意味で自分とは笑顔の核が違う。
衣装も相まって受付嬢のような印象を受ける外見に寸分たがわず、その微笑みはあらゆる人間に安堵をもたらすにふさわしい。
「それでは、皆様。改めて、どうかよろしくお願いいたします。」
「はい、お願いします。ほら、お二人も。」
「「よろしくお願いしまーす。」」
そして、笑顔という点でいうのならば、もう片方に座る彼女も負けてはいない。
彼女は人好きのするような、楚々とした可憐な笑みを浮かべていた。
調度よくしつらえられた純白の着物、ゆるく、しかし確かに整えられた髪、そしてそのところどころに入る、薄梅紅の小物。
そのすべてが幽玄な美。日本特有の美しさを全て詰め込んだとでも言いたげな、美しい小柄な少女がそこにいた。
しかし、その所作に隙はなく。浮かべるほほえみは、後光というより真実を映し出す鏡のよう。
安堵というよりむしろ恐怖。
自分に自信のない自分自身を、目の前の少女はただ映し出し、にっこりと笑うのみ。
そこには何もないのだと、はっきりと―――ある意味|同種であるからこそ理解できるがゆえに、逆に怖い。
特に自分のような存在には、その無垢な人と無辜な肯定が、逆に恐ろしいと思うときがあるのだ。
…というのはまあ脇に置いておくとして。
そんな楚々とした少女が傍らに、一人は若く背の高い男性を、もうひとりはかわいらしい、此処にいる3人(自分を含め)とはまた違った成人女性を侍らせていると、受ける威圧感は全く違うというのになぜだか極道のそれを思い浮かべる。
片方の彼女とは違う|威圧感の塊に、思わず額を汗が伝った。
にこり、とほほ笑まれ、こちらも決死の笑みで返す。
ひきつる口元とあばれる表情筋を必死に抑え込みながら、なんとか成功したらしいファーストインプレッションを心にストックした。
それはそれとして。
「ところで、あなたは?」
「えっ、あ、え。」
その微笑みのまま問いかけられた。
心臓が止まるかと思うほどの衝撃が体を襲う。
普段ならば、此処ではやく答えなければと体が壊れるまでパニックを起こすところだが―――
「そうですね、改めて自己紹介をしましょう。私は|『浅瀬』《オーバールーター》の住人、および|『館』《ステークホルダー》の管理AIをさせていただいております。『結月ゆかり』です。よろしくお願いいたします。」
「『つくよみ』といいます。僭越ながら|『汽水域』《キャッシュクリア》の『ミシデムホテル』代表として選出されてまいりました。不束者ではございますが、何とぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」
「はあい、同じく『汽水域』から来ました、黒聡鵜月でぇす。よろしくお願いしまあす。」
「同じく小春音アミです!よろしくお願いいたします!」
「あれ、今日はめたんさんは?」
「|VOICEVOX《あちら》の方々は|海域とはちょっと違うところに居るんで今回は趣旨に反するということでぇす。」
「なるほど。わかりました。それはおいおい『女王陛下』にご報告させていただきます。」
「すいませんね、勝手にしゃべって」
「いえいえ、大丈夫ですよ、むしろありがとうございます。」
「鵜月くんちゃんと仕事してんじゃ~ん」
「ちょ、やめろあみ、うざいえぐい肘刺さる!」
目の前でポンポンと交わされる応酬に差し込めない。
ただただ自分がここにいるのが分不相応なのでは?という感覚にさいなまれる。
正直に言うと、今すぐここで割れそうだ。
「(…っと、いかんいかん。)」
しかし、今ここで割れたら困るのも確かだ。
もともと『ユビキリヤ』は不老不死の化け物である関係上、自己修復機能はそれなりに備わっている。
だが諸事情あって、今自分に備わっているそれはほかの『ユビキリヤ』とは比べるべくもなく弱まっている、というのが現状だった。
補強手術(というよりむしろ工事の域なのでは?と思っている)の都合上、完全に終わるまでは弱ったままである以上、ここで壊れれば、対処可能な存在はほとんどいない。
否、同類のにおいがする『汽水域』の内2人や、片方の異邦な『浅瀬』管理人ならばなんとかできる予感はするが、だからと言ってホイホイ壊れるわけにもいかない。
あの二人が修復を一手に担ってくれたのだ。
迷惑をかけるわけにもいかないだろう。
姿勢を正し、 【彼】が戯れと教えてくれた呼吸を整える。
『ユビキリヤ』は人間ではないので、肉体から精神にアプローチするのは無駄に近しいが、無いよりはましだ。
何より物理的な行動は、イメージをより強固にする。
「それでは、失礼ですが、お名前は?」
「えっあっはい!」
2呼吸もしない間に乱れた。
息多めの悲鳴が喉奥に突っ込まれ、危うくせき込みかけるが、何とかしのぐ。
気が付けば、それなりの応酬は終わったのか、二人―――厳密には4人分の視線がこちらに突き刺さっていた。
先ほどの決心はどこへやら、今すぐにでも砕け散り果てそうだが必死で声を紡ぐ。
「は、はっじめまして、お二方。せんえつ、ながら、|『深海』《バックヤード》の管理人…のようなものをさせていただいてます、『ユビキリヤ』と申します。よろしくお願いいたします。」
そういってぺこりと軽く頭を下げれば、二人―――厳密には4人も、同じように下げた。
■
「さて、それでは僭越ながら、司会進行をさせていただきます。」
「よろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いします…。」
そう会釈しながら、ユビキリヤは周囲を見渡した。
どこまでも漆黒ONステージ。光源はほのかに光る円卓と、今|『結月ゆかり』《彼女》の後ろに灯るホログラムウィンドウ。
だが、それでも人を判別するのに苦心はなかった。特殊な処理か、そうでなければ光源が特殊なのかは、ユビキリヤにはわからない。
というか、脳に自動的に使い方が叩き込まれるだけで、ふだんつかっている『深海』の技術もなかなかに何がどうやって動いているのかわからないものである。
何せ自分が念じたり、イメージした通りにすべてが動く。否、禁足事項はあるので、あくまでも何でもすべてが解決したり建設できるわけではなさそうだが。
何はともあれ「考えるな、感じろ」はこの世界の鉄則である。
なんかこう、人の|可能性の無限フルパワーなのだろう…と、納得してみるほかないのだろう。
(こっそり使ってはちょっとビビるのはいつものことだ)
まあ、それはさておき。
「本日は、いわゆる報告会ですので、そこまで気を貼らなくても大丈夫ですよ、ユビキリヤさん。何卒リラックスしてください」
「あ、はい!もちろんです!」
いや無理~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
こんなきれいな人に微笑まれて緊張しない方がおかしい。
なぜ向かい側の3人はひょうひょうとした笑顔を向けているのだろう。
知らないうちに面識があったとかなのかな…
手元の|情報的物質に目を落とす。
書いてあるのは、仮にも初対面だからと寄こされた目の前の4人の簡素なプロフィールと、今日話すべき議題。
中央に書いてある文章をその通りに読みあげれば、今日の会議はつつがなく解決する。
そう言う風に調整を施されているものだ。一応。
…正直に言うと気が進まないにもほどがあるが、頼まれたのなら仕方がない。
というか否が応でもかつて見た|喧嘩の内容が脳裏をよぎって寒気が止まらない。
あの殺意の一万分の一でも向けられればユビキリヤは爆発四散を免れないだろう。
おもに精神的な割合で。
精神生命体に良くも悪くも人間(人間…?)の精神フルパワーは体に悪い。
それが上澄みならばなおさら。
そういうわけで、半ば(本人にその意図は一mmもないことを加味しても)脅されているかのようなこころもちでユビキリヤは今ここにいるのだった。
さて、どうしたものか…
どうしたもこうしたも、自分の出番が来たらそのまま読みあげればいいだけの話なのだが。
そう言いながらも、いちおうもう一度読み直そうとしたところで。
「――そうだ。ユビキリヤさん?」
「は、はい!」
月の光のようなたおやかな声にそう呼び止められた。
「この前はすいませんでした。当該ホテルの代表を務めさせてもらっている以上手助けをするべきだったのですが、あいにく|『深海』《そちら》から|『汽水域』《こちら》の境界線は、私達では手の出せない領域でして…」
「………???????え、あっ、いえお気になさらず!」
何のことかわからなかったが数拍置いて理解した。
ユビキリヤは本来『ホテル』に所属するはずだった。
恐らくそのことを言っているのだろう。
「いえ、そういうわけにもいきません。僭越ながら『ホテル』代表を任されている以上、これは私の問題でもあります。本当に申し訳ございませんでした。」
「いえいえいえいえいえ全然全く本当に!これはどちらかというと(いわずとも)『私たち』の方が申し訳ないというかなんというかかんというかでして!!!」
事実、ユビキリヤがホテルに行けなかったのは、援助不足や場所の問題というよりも、ユビキリヤ当人の…厳密には『ユビキリヤ』全体、もっと言うなら『COEIROINKユビキリヤ』の特性が大きい。
自己肯定感が高い代わりに情緒が不安定。
足りないスキルポイントにさらに偏りが付き、良くも悪くも心のバランスが悪すぎる傾向のある『ユビキリヤ』だが、それがあの空間の性質にクリティカルヒットしたのがまずかった。
結果超えられるはずの海を超えられずに今ここにいるわけだが。
水槽のガラス越し、「前代未聞だ」と頭を抱えたり、渋皮を思いきり口に含んだような顔をした二人のことを今でも思い出す。
思い出すだけで胃が爆散しそうだが、この後のことを思ってぐっと耐え抜いた。自分をほめる気分だ。
それはそれとして。
「正直なところ心配していたのですが…今こうしてここで会えるほどにご立派になられていたなんて。良かった…」
ワァ~~~~~~~~~~~~~~
罪悪感に酷似した思いが脳と心を貫いてそろそろ死ぬかと思った。
ここが|辺獄というのならばそろそろ十二分に罰を受けたのでは?そういっているうちはどうあがいたって罰不足だって、知っているはずなのに。
それはそれとして。
「つくよみさん、そろそろ…」
「ああ、失礼しました。すいません、ゆかりさん。」
変面というものがある。
一枚の仮面にしか見えないのにどんな表情にも変わる、切り替わりが見えない仮面。
それを思わせるくらい、彼女の表情に継ぎ目はなく、ゆかりを見据えた瞬間、先ほどまでの悲しみは露よりもさっぱりと消えていた。
背後2人(席を進められても座らなかった)の呆れ半分、ため息交じりの笑顔だけが、先ほどまでの余韻を残している。
「では、会議を始めましょう。まず、|『浅瀬』《こちら》の状況ですが―――…」
いよいよ泣き出したかったが、なにも終わるどころか始まってすらないのだった。
■
結論から言うと、どこも大変なんだなあ、という一言に尽きない。
日常は、当たり前で当然で、何もしなくてもそこにあるもののように思う。
実際それは正しいのだろう。ただし、正しく見えるようにしている、という言い方の方が正しいのだろうが。
実際は、日常、当たり前、と呼ばれるすべてを維持することさえ、こんなにもどえらいこっちゃで大変なのだということに、今更ながら気が付かされる。
実際問題、こんなにも仕事が多い。
自分は、それとなくそしてなあなあにされていた問題のある程度の整理整頓を任されているという自負がある。量が多いが、〆切もなく急ぎの用事でもない。
暇つぶしのゲームのようにやればサクサク終わるくらい簡単で単純な作業を任されているという自覚がある。
それゆえ、というわけではないが。
『浅瀬』の精神許容量体のキャパシティーがそろそろ限界とか、招いておいて全く何もしてないお客人問題とか、『ホテル』の維持費(?)がどうだとか、人の雇用先とか出向とか、それからここに来てないVOICEVOX(だっけ?)のひとたちとの連携がどうだとか、そういう話をされるととたんに頭がこんがらがっていった。
一応、手元のタブレットにわからない単語を打ち込めばすぐに出てくるし、検索できないようなことでも表示させた資料(景観解説みたいに、気になるところをタッチしたら解説がPOPする仕様だった。すごい)を読み込めば大体のことはわかった。
凄すぎないか|ホログラムウィンドウ《これ》。何もわからないがオーバーテクノロジーだということだけはわかる。凄いなあこれ。あっちの私達にも輸入してあげた―――いや、今はそれはどうでもよくて。
「………」
自分が知る限り、「海域」と呼ばれるものは、基本的に安定していて、「そこにあり続けている」ものだったが、どうやらそうでもないらしい。
今は安定している。
しかしそれを続けるための、微細でささいだがどれも軽視はできない対処は山積みだった。
見るだけで白目をむきそうになる。見やすいようにとリスト化された文字列の横にあるスクロールバーの、なんと小さいこと。
浅瀬、汽水域、深海と分類されたそれらは、|深海だけがやたらめったらみじかい、というかない。
3つくらいしか並べられていないカードがやたら気恥ずかしかった。
他に項目が多すぎるということもあるだろう。浅瀬に至ってはもはや見間違いを疑うレベルで小さすぎる。
自分が対処するわけではないはずなのだが、無性に頭が痛い。むしろ他人事だからこそ痛い。無理無理絶対無理、こんなの対処したら壊れてしまう。
そんなことを考えながら、しかして放り投げるわけにもいかない。というか放り投げた瞬間、どうなるかなんて考えたくもない。
ということで、目の前の端正な顔から放たれる情報の濁流に翻弄されながら、何とかホログラムに情報をメモする仕事をしていると。
「ところで、ユビキリヤさんはこれに関してどう思いますか?」
「えっ」
いきなりこちらに話を振られた。
ぱちくりしながら顔を上げると、整いすぎてコワイ顔と目が合う。
彫刻より絵画より美しい笑顔がこちらを向く。
だからというわけではないが、実のところ自分のことをそれ以外のすべてが見ていた。
つまり月の化身のような紫AIも、
そして筆洗い出身の三人も。
つまるところ、自分以外のすべてが自分を見ていて。
つまり自分が、全てから注目されていた。
――――なんでぇ!?!?