※取調べ前
※局♂フォ
※捏造
だいたい3000字くらい完結
──S-077 自室
「……クソ…」
男は、ブルーライトで疲れた目を解すように眉間を揉みながらそう吐き捨てた。
────これで何件目だ。
革張りの黒の椅子に背を預け、男は目を瞑る。先月来た依頼には2件。先週のには3件。そして今回にも2件。なんだこれは。嫌がらせか何かか?
送り主である『ニューシティ弁護士事務所 事務』の文字を、聞き分けの無い依頼主を見るように睨む。
複数人を抱える事務所であるが故に、仕事の振り分けは機械的だ。その弁護士ごとに得意な仕事が与えられるのではなく、上から何件で区切って纏めて概要が送られ、その中から自分が今抱えられる範囲の仕事を選び、それ以外は受け入れ拒否の返信をする。
勝訴率が高い弁護士であればあるほど、早い段階で仕事が振られる分、自由に選ぶことができた。
男は、“不敗神話の代名詞”と言われている。負けたことがない。
男は、どれだけ依頼主が窮地に立っていようが関係がない。依頼された通りに結果を与えることができる。
白を黒に、黒を白にできた。勝利への執着があったから。
故に、事務所への依頼はいの一番に男に知らされていた。
故に、自分には合わないものを、一番に弾くことができた。
――――がしかし、である。
量が多い。
いやまったく、量が多い。
男は几帳面で、酷く慎重だった。
男は送られてきた依頼概要から依頼主の身辺整理を行い、先に依頼内容の事実関係を事細かく調べ、依頼主だけではなく依頼内容に関わる重要人物までも細かく調べた。例えばそれは、学生が主軸にあるならば送り迎えの有無から、好きな相手、普段の生活環境。少しでも怪しいと思った相手は、私立探偵を非公式に雇い、徹底してその素性を調べ上げた。
そうして、自分に合わないものは徹底して避けるようにしていたのである。
そうやって調べ上げた結果、
先月は2件、
先週は3件、
今回は2件。
「……はぁ~~~~~~…………」
固く締めていたネクタイを緩ませ、再度眉間を揉む。
目に悪いブルーライトを閉じ、男は席を立った。そのまま部屋に散らばる金塊を数秒眺めた後、無表情のまま部屋を出た。
***
わるいこね。
いいこならどうしたらいいのかな。
わるいこね。
うそつきはいらないこ。
わるいこね。
わるいこね。
わるいこね。
だいすきなこ。
女と、それから男。
図書室のような静かに反響する薄暗い部屋で、右手だけが酷く熱い。
男は椅子に座っていて、女は薄い板を持っている。それを少年の右手にパシンと軽く当てている。
女は滔々と「どうしようね。わるいこね。」と少年に慈愛の眼差しで語りかけている。
男は少年に見向きもせずに、女になにか言った後、音もたてずに典麗な仕草で部屋から出た。
少年は知っている。
これからが酷くなることを。
女と男の期待に応えることができなかった――規律違反を犯した者には、絶対的な罰があるのだと知っている。
少年は瞳に涙を浮かべ、だけれども泣くことは無く、女の言葉を待った。
わるいこには?
「罰を」
よくできました。
***
珈琲一つ淹れるのも億劫になったその男は、部屋を出て食堂を目指していた。目的は併設されてあるカフェの、安っぽい珈琲である。正直言って何も美味しくはないが、極稀に、飲みたくなる時が来る。
それが、今日。
どんよりとした気分を分厚い面の奥に押し込めて、男は速足で目的地へと向かっていく。
男の名前はMr.Fox。
『ニューシティ弁護士事務所』花形、“不敗神話”の代名詞。生ける伝説である弁護士にして、疫病蔓延の原因コンビクト様である。(無論疫病とは『狂瞳病』のことで、そしてそれはまったくの事実無根なのだが。)
Mr.FoxはMBCCに逮捕され、MBCC内で暮らしているが、その実MBCC自体は随分と自由が利く場所であった。MBCC内にいる彼自身に、仕事依頼が来るほどだ。所謂、普通の刑務所ではないことを彼は経験則から知っている。
故に、夕方に誰の監視もつかず―監視カメラがそこかしこに張り巡らされてはいるが―廊下を速足で歩いていてもお咎めはない。仕事上がりの局員とすれ違う際には、「お疲れ様です~」と声を掛けられている。
――が、現在、Mr.Foxには余裕がない。
愛想を良くできるパワーがない。
彼は一段と酷い真っ白な顔色で、誰にも見向きせずにただひたすら目的地へ急いだ。
安くて、薄い、インスタントの、粉っぽい、マズイ珈琲。
ただそれだけを求めている。
依頼内容精査によって、どうしようもなくこみあげてくる胃のムカつきを、除きたい。
それ以外を考えることはできなかった。
***
―――― 食堂
「こんばんは」
「まだ夜ではありませんね」
「ああ、あと数分の話だ」
珈琲を頼み、けれどもなんとなく飲む気にはなれず、そのままぼんやりと普段より何倍も静かな食堂を眺めていた頃。表情に乏しい男が、思いの外楽しそうな声色で許可なく目の前に座ってきた。男はバインダーを抱えていて、空いている方の手には食堂の珈琲が握られている。
「休憩ですか? 貴方ともあろう人が」
「会議後に寄っただけだ。まだまだある」
「大変ですね、局長というのは」
「どうだろうな」
無表情で、無感情で、けれども瞳にはほんの少しの喜色を乗せた男もとい局長は、飲んでいないままであるMr.Foxの珈琲を見て、眉尻を緩ませた。
「美味しいのに」
Mr.Foxは暫し局長に目をじっ…と見て、唸るように非難した。
「あり得ませんね」
「いいじゃないか。お手軽で」
「不味いですよ」
「……そうか?」
「ええ。“如何にも”な味です」
――――――メモ
男は、ほんの少しだけ苦い記憶を抱えていた。
故に、それに起因して起こる不調も抱えていた。
言ってしまえばそれは誰もが持つような内容であるし、もっと言えばどうしようもないことでもある。交通事故のPTSDみたいなもので、似たような状況を耳にすると、瞳が縮瞳し、僅かに呼吸が乱れ、手のひらが熱を持ち、音が無くなり、耳の奥で男と女の声がボウンボウンと反響するだけだ。
まったく、気に留める必要もない、些細な症状がでるだけのことであるが、男はしかし『それ』に近い話を耳にすると、そのような不調が必ず起こった。まったく、本当に、一つ息を吐けば収まることなのだが。まったく、本当に。――と、男はずっとそう思っている。
***
──MBCC カフェ
「はは、荒れてる」
仕事休憩にコーヒーを飲むついでに局内に残っているコンビクトの様子でも観察しておくか、とフラっと立ち寄ったカフェに珍しい顔を見つけ、ほんの少し目を瞬かせる。カウンターで注文した後、足どり軽く彼の元へ向かった。
「知ってるか? ため息つくと幸せが逃げるんだって」
「知ってますか? 医務室はここじゃありませんよ」
「ははは」
ジト目で睨まれ、局長はわざとらしく肩を竦める。そのまま流れるように二人席に座っていたMr.Foxの前に断りもなく座った。Mr.Foxはなにか言いたそうに口を開いたが、お得意の弁舌が飛んでくることはなく、すぐに口を噤んだ。
何度か彼が口を開閉していたが、その間に頼んでいたものが届いたので、局長は特に気に留めることなく優雅にコーヒーを嗜むことにした。共に届いた砂糖の袋を切って入れ、マドラーで緩くかき混ぜる。そのまま口元に持って行き少しだけコーヒーを口に含み熱さに慣れたあと、以前小説で読んだようにしとやかに飲んで見せた。暢気に小指を立てているが、作法の点で見るとそれはただのNG行為である。だがそんなこと、局長は全く知らないので、鼻高にコーヒーの香りを楽しんだりして飲んでいる。
Mr.Foxが何か言いたげにこちらを見ていたが、局長は素知らぬふりをしてその視線を受け流している。
「飲まないのか、それ」
「……え? あ、ああ……飲みますよ。はい」
細められた視線で、手元に置いたままの冷え切った珈琲に気付いたMr.Foxは、なんとなしにマグの縁を撫でた。そのまま、考え事をしているのか、口をつけずに宙を見ている。
「仕事は順調か? Mr.Fox」
「……把握しているのですね」
「これでもここの局長だからな」
「特に支障はありません」
「そうか。……ならいいが」
____________________ここから全く違う小説
きし‐ねんりょ【希死念慮】
死にたいと願うこと。
具体的な理由はないが、死にたいと思うこと。
[newpage]
私がMBCCの局長になってから、ずっと変わらず共に任務に行くコンビクトが居る。
それは単にまだコンビクトがいない頃に捕まったから、そもそも戦力として重宝していることも理由だが、何となく話しやすかったからだ。
彼は理性的で理知的な人で、特に数に対して造詣が深く、MBCCが動いて間もない頃の、MBCCの経理についても手を貸して貰っていた。そしてそれは今尚続いており、フェイと度々資料を付き合わせて話している姿を見ている。
自身が定義する「正義」を絶対とし、常に相手の価値を見定める目をしているその赤い瞳が、羨望を宿す瞬間があると気づいたのは、何時だっただろうか。
[chapter: 〖狐に翼は生えるのか〗]
[newpage]
その日は、いつも通り彼を含む6名のコンビクトとの任務で、集合時間間際になっても集合場所にやってこなかった彼を探しに、他の5名をその場に残して彼の居そうな場所を探していた。
無論彼は大抵集合時間の30分前には律儀にその場にいて、任務の内容を他の職員から確認したり、メンバーを確認したりと準備に余念がなく、丁寧だったから、集合時間の5分前になっても来なかったことを心配に思い探し始めたのだ。
同じ任務のメンバーであったEMPからは、「あのセンセイだって寝坊くらいするだろ〜」と呑気に言われたが、なんだかその時の私は、言い知れぬ悪い予感というものを胸に抱き、言うなればそれは虫の知らせというもので、ともかく消化しづらい脂をひたすらとった時のような腹を揺らす違和を抱えながらMBCCを歩き回っていたのだ。
数分経っても見つけられず、次が最後の場所だと決めて屋上に来てみれば、彼は、普段の戦闘服と同じかつては仕事着だった白色のスーツを着て、風に煽られた帽子を抑えながらフェンスに寄りかかりながら太陽を見ていた。
「Mr․Fox、任務の時間だ」
そう言えば、彼は要領を得ない返事をして、だけれども向きを変えることはなく、また太陽を見ていた。私は彼の隣まで歩き、フェンスに両腕を置き、彼が見る太陽へと目を向けた。ソレは精巧に造られたモノであるから、見つめることはできず、若干焦点をズラす。
「人は、死んだらどこに行くと思いますか」
「は?」
小さな音だった。風に乗って流れ届いたその音は、問いかけの皮を被った彼の独り言だった。そんなことをいう人ではないと私は知っていたから、思わず目線を彼に向けた。けれども彼はやはり一心不乱に太陽を見つめている。
「偽物と言えど、目に悪いぞ」
「溶ける目は私にはないので」
そう言って、彼はフェンスから体を起こす。何事も無かったかのように毅然とした態度で颯爽と歩いていき、屋上から出ていった。
残された私と言えば、開け放たれた屋上の扉の先をしばし呆然と見つめ、幾度か先程まで彼がいた場所と扉を見返したあと、追いかけるようにして集合場所まで走って戻って行った。
集合時刻の59秒丁度に着いたという彼は、
「トイレくらい先に済ませておくのをオススメしますよ」
などといけしゃあしゃあというのだった。
そして、この日より、彼はほんの少し変わり始めた。または、私との距離が更に近くなった日とも言えるだろう。
[newpage]
私がMBCCの局長に就任して3ヶ月が経った頃。その頃には逮捕状を出していたコンビクトの多くがMBCCに収監され、多くの者達がある意味第二の人生を歩み始め、そしてその生活に慣れてきていた。
当初は殺伐としていた局内が、今では夜中に談話室に集まり酒盛りをする始末で、それはそれは随分と手のかかる存在になっている。
あの屋上の日から、およそ1ヶ月。
彼はあれ以降度々私の部屋へ来てはたわいも無い話をしたり、気がついた時には金の計算を私のデスクでしていたりと、一切の遠慮が無くなっていた。馴れ馴れしくは無い。分かりやすく好意をぶつけられている訳でもない。嫌味は言われるし、お得意の悪舌も吐いてくる。だが、雰囲気が以前より柔らかくなったのは間違いがないだろう。
とある夜に耳打ちしてきた内容は、MBCCであれやそれやと噂されてきたことの真相で。舌を見せながらにこりと笑う彼の姿に一瞬時を忘れたり。多忙に追われる私の書類仕事が捗るようにと珈琲をわざわざ入れてきてくれたり。
そういう風に、きっと、MBCC局長とコンビクト、という立場だけとは言い難いような話しや行いもして、満を持してというかどこか記憶の奥底にあった名前のない感情の答えを知って、求めていたのかもしれない言葉を聴いて、応えて、私たちは[[rb:そういう仲 > ・・・・・]]になった。
MBCC局長とコンビクト、という彼と私を繋げる線が細くなり、新たな赤い線が結ばれたのだった。
[newpage]
ーーーーそして、今。
神のイタズラか。
その赤い線は切れて、ゴミ箱に捨てられていた。
***
まァなんというか、生まれたら必ず死ぬように、付き合ったら別れもセットで存在している。それが男だったら尚更で、もっと言うならMBCCの局長とコンビクトの時点で別れる未来はほぼ確定で存在していた。
先日、局長はMr․Foxと別れた。
それまでは恋仲だった。
書籍で読んだ『恋人』なるものをちゃんと局長はやってきたが、別れた。別段仲が悪いとか、喧嘩別れだとか、方向性の違いだとか、そういうことなのかすら分からず。
淡白な別れだった。
告白も同じくらい淡白だったけれど。
「付き合ってくれませんか?」と言われたので「分かった」と言った。だから付き合った。
次の日には何故か手を繋いでいた。
割とふうつに堂々と繋いでいた。局長が書類タワーを作ってエッサホイサ歩いていると、どこからともなくMr․Foxが現れて、紳士然としたスマートな佇まいでサッと八割方奪い「こっちですよね?」と一応形だけは行き先を聞いて(何せ行き先を知ってて聞いているので)サクサクと歩いていく。遅れそうになると、ナチュラルに腕を絡ませてツカツカ歩いていく。そうして書類を置き終わった先で手を繋いで、「お疲れ様です」と言ってくれた。耳を赤くしながら言う彼に「頑張ったな」なんて言ってやったりしてさ。
その1週間後には致していた。
しかもこっちが彼を抱いた。Mr․Foxに抱かれるのか? と思っていた局長にとって、これは青天の霹靂で、ヨタヨタわたわたしながら様々な準備をして彼を抱いた。正直嬉しかった。だって抱きたいし。Mr․Foxってエロいからさ。初夜は散々だったが、局長は地頭が良かったので2回目で既にMr․Foxを啼かせていた。Mr․Foxを楽しませるための行為が、なんだかパズルみたいで楽しかったので。局長は本の中でしか読んだことがないけれど、ピアノみたいだったのだ。押したら音が鳴る。より一層良い音を鳴らすために色々と試したりして。ふぅん、Mr․Foxの喘ぎ声ってピアノなんだなぁ、なんて疲れた夜にいつも思い出していたのだ。
淡白な告白の割には濃厚で軽快な『恋人』生活をしていたけれど。
そうしておおよそ1ヶ月くらいは付き合って、呆気なく別れた。
告白にかかった時間は、およそ三分。
別れにかかった時間も、およそ三分。
別れは唐突にやってきた。死は逃れられぬ運命にあって、そして理不尽だ。歩いていたらいきなり心臓発作で死ぬこともあるし、治療不可の難病に罹ることもある。最近の人なんかは、朝目が覚めたらいきなり、元気だった心が粉々になっていて突如鬱病に罹る人もいる。最悪にいくのは一瞬なのだ。
そしてその理不尽な一瞬が、正しく局長にとっては唐突の別れ宣言だった。
その言葉は、なんの代わり映えもしないいつも通りの夜の局長室で落とされた。
「あ、別れましょうよ」
コーヒーを飲みながら、Mr․Foxが、最近の政治がどうのこうの局長さんはワーカーホリックだから有給を取るべきだのシンジゲートのやつらは暴力でしかものを語れない猿だの云々、と日々のストレスをここで一気に吐いちまうかといわんばかりにツラツラ並べて、そしてその話の流れで。
いや、別れましょうよ、ってなんだ。
そう局長が思ったのは、「あ、はい」と反射で告げた後。それを聞いたMr․Foxが「はい、ありがとうございました」と笑って、律儀にお礼をして外に出て行ってから。
「え、なんて?」
Mr․Foxがいなくなった局長室の、ガランとしたその空間で、「わぁ……」と情けない声が響いた。
瞬きの間に、ってやつだった。
そうして、局長とMr․Foxは別れた。
呆気ない終わりだった。
***
――――――――――メモ
希死念慮に襲われいている。
漠然と、私は死ぬべきなのだと思っている。
死後の世界があると信じている。
「天国」と「地獄」があって、私は「地獄」に行くのだと思っている。
役割を捨てられた天秤を持ち、前提が壊れた「正義」なのだと、どこかで誰かが言っていたからかもしれない。
人は必ず死ぬが、私は誰よりも先に死ぬべき存在であるのは明白なのだ。
やりきれていないから、死ぬしかない。
死にきれないから、死ぬしかないのだ。
だから、天啓に縋った。
お膳立てされたものに乗っかたのは、無意識の弱さだろう。
明確に示された答えに応えられるのは、私だけだ。
男は凪いだ瞳で彼を見た。
替えはあるが、今死ぬには惜しいと思われている彼に、愛で言う。
チープな言葉かもしれないが、男だってその人を愛していたのだから。
「首を絞めてください。そうしたら、ここからでられますよ」
自分にも、“安心”という感情があることに気付いて、男は酷く嬉しくなった。
***
付き合っていた人がいる。目の前の彼だ。
思っていたより好んでいたのだと自覚したのは、周りに指摘された時。例えば事あるごとに口実を作って会いに行っていただとか、特定の時間帯は必ずその人しか自室に入れないようにしていただとか、他のコンビクトより軽口の応酬をしていただとか、そんな内容。