蜘蛛(タランテラ)の毒だ。その毒は、噛まれたときは痛みもなく、苦しみを与えることなく全身に回っていき、気がついたときにはもう手遅れ。
 そういう毒に、我々はいつしか侵されていた。
 「聖域」には、すでに熱病が蔓延していたのだ。そしてそのことには、誰もが気づいていた。気づいていたはずだったのだ。
 創造維持神との接触を実現するための手法「ダァバール融合」。データベースからサルベージされた数少ない情報、プロテクトをこじ開けて覗き見ることに成功したシステムデータから、我々はその基礎システムの構築に邁進していた。
 「融合」と名前は着いているものの、創造維持神と人間を直接的に融合させるなどということは不可能だ。それに変わって我々が構築した方法は、創造維持神の波動をデジタルデータ化し、それを人間の脳はとシンクロさせるという、いわば「神の言葉を翻訳する」とでも言うべきシステムだった。
 そのためのシステム構築には莫大な人員と資金が要求されたが、これに関してはさほど問題ではなかった。人員と資金に関しては代表的なダミー会社であるケテル製薬をはじめとする各企業からの供給があったからだ。
 さらに、システム構築のためには、一般社会に出ていない各方面のテクノロジーが注ぎ込まれていた。そのひとつであるクローニングは、ダァバール融合システムの中核を担うものとなっていた。
 今までは、創造維持神とダァバール融合の被験者を神経節(コード)で直接接続していた。しかし、その方法での成功例は皆無。この原因を我々は創造維持神の波動から受ける負担に被験者が耐えられないためだと結論づけた。
 この問題を解決するために、我々はクローニング技術を用いてクローン培養した人体である「代理体(サロゲート)」を創造維持神と被験者のあいだに、いわば防火扉(ファイアウォール)のように配置することで被験者への負担を軽減しつつ、代理体(サロゲート)をモニタリングすることによってダァバール融合実験に置ける各種データを採取しようというものだった。
 この今までの問題を大きく改善できる可能性のあるプランに、我々コリエルメンバーは沸き立った。教団内で明確な対立が起こっていないと言うだけで、マルクト教団は我々コリエルメンバーと上級天使一派で内部分裂を起こしていることは明白だった。その緊張状態ももはや限界を迎えており、あとは針の先ほどの刺激があればその緊張状態は決壊する。その針の先となる存在こそが――実在する神、創造維持神なのだ。
 上級天使の創造維持神に対するアプローチは、もはや我々と意を異にするという段階ではない。上級天使は神を守護するこのマルクト教団の頂点にありながら、創造維持神を支配しようとしているとさえ考えられている。
 神を支配するなどということが可能なのか、本当にそんな方法があるのかは検討もつかない。しかし――上級天使にはカリスマ性という言葉だけでは言い表せない何らかの大きな力がある。このまま状況を放置していれば、上級天使はやがて創造維持神を支配し、己自身が神となり変わることすら考えられる。そんな事態はいかなる手段を用いても防がねばならない。
 クローニングした人体を実験に用いることに対する倫理的忌避感に頓着している余裕など、我々にはもはやなかったし、それを考慮する必要もなかった。外界から切り離された文字通りの「聖域」であるここでは、外界の常識や倫理に従う必要などない。
 そうした熱病のような想いに突き動かされた我々は、ついに創造維持神が安置されているエリアである「聖域(サンクチュアリ)」に、大規模な実験設備を建造することに成功した。
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