ストレスが溜まっているなんて自覚は、全くなかった。
「お疲れ、二階堂」
「八乙女? お疲れ。……何?」
「いや、お前……なんか痩せなかったか。この辺とか」
「っセクハラ!!」
突然隣にやって来た楽に腹部を衣装越しにとはいえ前触れもなく触れられて、あられもない声が漏れそうになって、思わずそんな返事をしてしまっていた。自分では自覚がなかったため、そう言われるとなんとなくそうかも知れない、なんて思ってしまう。
「あぁ、悪かったな。いや、でもお前痩せただろ。何かあったか」
善良な八乙女楽という人間は、本心から自分を心配してそう言ってくれているのだと思う。だからこそその心配がこそばゆくて、居た堪れない。自分など、そんな風に心配してもらうような人間ではないのに。申し訳ない気持ちと、なんとなく気恥ずかしい気持ちが強くて、いつものようにへらへらと笑って返してしまう。それがよくない癖であるとメンバーたちにはたびたび叱られていたけれど、真剣な空気も心配されることも、苦手なのだから仕方ない。
「なんも~? 最近暑いから、食欲なくてさ」
「今度なんか美味いもんでも食いに行くか。最近お前ら忙しそうだしな。久しぶりに飲んでもいいんじゃないか」
「お、マジで? 行こうぜ」
楽との呑みは純粋に嬉しくて、簡単に返事をしてしまう。とはいっても、仕事の詰まり具合を考えると、実際に行けるのがいつになるのかなんて今の自分にはわかるはずもないのだが。
「言ったな?」
「は?」
「小鳥遊さんに連絡して、時間作ってもらう。覚悟しろよ」
「えぇ……」
急にやる気になった楽に眉を顰めつつ、自身でもさりげなく腹を見下ろす。確かに、最近あまり食べられていなかったかも知れない。仕事にかまけて食事を抜いたこともあったし、なんとなく喉を通らなくていいか、と食べなかったこともある。こんなことではメンバーに心配されて怒られるな、なんて理解しつつ、名前を呼ばれてしまったことでそのことはすっかり頭から抜け落ちていた。
だから、仕事終わりに当然のように楽から呑みの連絡が入っていたことには驚いたし、マネージャーがすぐに対応したことにも驚いた。まさか、そんなに簡単に通るとは思っていなかったのだ。
思っていたよりも飲み会として用意された日は近くて、まごついているうちにその日になってしまった。なんとなく朝から調子が悪くて、朝ごはんも抜いてしまった。気が進まないまま楽と合流すると、また眉を顰められてしまって、なんとなく気まずい。あれから、そんなに経っていないのに。
何か言いたげな楽は、それでも大人な態度をとってくれたようで、深く追求されることはないまま、久しぶりの飲み会が開始する。いつものメニューを簡単に注文していく楽を横目に、少しずつ違和感の大きくなる腹部に目をやる。なんとなく、痛い気がする。
「悪い、ちょっとトイレ」
「ああ」
難なく楽の前から逃げることができてほっとしながら、少しずつ痛むようになってきた腹部に首を傾げる。変なものを食べたわけではないし、生物は口にしていない。
何だ、と思っていると、ひときわ痛みが強くなって、たまらず口を開く。
ぱたぱた落ちていく『あか』に、現実逃避したくなる。汚れた床をぼんやり見つめて、どうしようかな、なんてどこか他人事じみた思いを抱く。
戻ってこない自身を心配して楽がやって来るまで、あと数分。