気を抜いているとどんどん新作映画が上映されていくのでどんどん見ていかねば。もういっそのこと昼間は映画にいって夜に仕事するスタイルにしてしまおうか。
というわけで今回見てきたのはこれ。
是枝監督の作品は実はまだちゃんと見たことはなく、本作が初見となります。
本来、邦画でいわゆるヒューマンドラマ系の作品はよほどのことがない限り手を出さない、というか邦画でヒューマンドラマ系って時点で手を出さないんですが、本作からはなにやら面白そうなオーラを感じられ、twitterから漏れ聞こえてくる感想からも「これは自分の肌に合う作品なのでは……?」と感じたので見てみることに。
結論から先に言うと好きなやつでした。
最初はいわゆる胸糞系だと思ってたんですが、完全に予想を裏切られましたね。あの美しすぎるラストで一気に持っていかれました。
本作は一連の事件を3章構成にして異なる視点、前の章にはなかった前後のシーンが挿入されることで事実関係や隠された事情を明らかにしていくというスタイル。
こうした手法自体は珍しいものではありませんが、章が進んでそれまでになかった前後関係が明らかになっていくたびに、登場人物に対する印象がおそらくは完全に是枝監督の意図したとおりに二転三転していくのを感じました。もう見てて手のひらで転がされてるのがはっきりわかるレベル。これは見ててかなりゾッとしたところでした。
こうした「隠し」や「どんでん返し」では、見てる方は情報に翻弄されるわけです。しかし本作において翻弄されたのは感情だというのがすごい。
情報が個体なら感情は液体、感情のほうが振れ幅が大きいものです。加えて悪役にヘイトを集めるといったような特定の感情の集中ではなく、一人ひとりのキャラクターに対する感情をシーンの前後を抜くというだけでこれだけ二転三転させるというのが本当にすごいというか、なんかもう自分の感情を良いように操られているようですごいを通り越して背筋が冷たくなるものがありました。
前後のシーンをちょっと付け足されただけでキャラクターに対する印象はここまで変わるのかという驚きとともに、キャラクターに対する印象や感情というものはこんなに当てにならないものかということを思い知らされるんですよね。
本作を見て最初と最後でキャラクターの印象が変わらなかったなんて人はいないと思います。一見息子思いで正しい存在であるように見える母、突然の奇行を繰り返す息子、無責任極まりなく見える担任教師、
そして最後まで見た後に、本作のタイトルにある「怪物」などどこにもいなかった……いや、この物語に搭乗する人物たちの中に「怪物」を見出そうとする、「怪物」の存在を期待すらしている視聴者こそが……というのは決して考え過ぎではないでしょう。
結局のところわかりやすい「怪物」などいないし、逆に誰もが「怪物」足り得る。加えて「怪物」であることを誰も自分では見えていないというのを作中での少年二人によるインディアンポーカーのようなゲームで示しているのがまた巧妙。
フィクションではもちろんのこと、現実でも我々はわかりやすい悪役、すなわち「怪物」を探してしまうものですが、そんな都合のいい存在はいないんですよね。一方的に悪役に見えても、ほんの少し角度を変えただけで、あるいは前後の事情を追加しただけでものの見えた方は簡単に変わってしまう。特にわかりやすい場面だけを簡単に切り取ってしまうことができるSNS全盛期の現代を生きている身としては、スクリーンから「お前が『怪物』でないとどうして言い切れる?」と指を差されている気分になりました。
そしてあのあまりにも美しいラストシーン……しかしこのラストシーンの美しさは、思えばここで物語がシャットダウンされるからこその美しさ、その先を描かないからこその美しさであって、一種の欺瞞ですらある気もします。無論、その欺瞞まで含めて作品なんでしょうけど。
わかりやすい「怪物」がおらず誰もが「怪物」であるということは、転じてわかりやすい救済もないということなのかもしれません。
次はこの作品。
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」の3作目にして最終作となる本作。
スターロードことピーター・クイルの物語であった1、2に対し、本作は喋るアライグマことロケット・ラクーンの物語となっています。
冒頭で負傷して生死の境をさまようロケットを助けるべく行動するピーターらとは別に語られるロケットの過去。
いわゆるはみ出しものチームである「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」ですが、その中でもロケットは「遺棄された者」としての過去を持っていました。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーは3作ともさまざまな形での「父と子の関係の清算」を描いてきた作品だと思うんですが、本作でもロケットをはじめとする実験生物を生んだ科学者ハイ・エヴォリューショナリーとロケットの関係の清算がメインストーリーとなっていると感じました。
本作はいわゆる疑似家族ものとしての側面があるわけですが、そのカウンターとしては「討ち滅ぼすべき誤った家族関係」があると思うんですよね。それが今回では、もうひとつの地球である「カウンター・アース」として思いっきり拡大されているのが印象的。
ハイ・エボリューショナリーが作ったこの疑似地球には彼が「凶暴性を取り除いた新生物」として開発したヒューマノイドが暮らしているわけですが、一見平和に見えるその世界でもほんの少し踏み込めば暴力や薬物といった地球と変わらない問題が転がっているのがなんとも皮肉。それを失敗とみなしたハイ・エボリューショナリーはカウンター・アースを文字通り消し飛ばしてしまいます。ハイ・エボリューショナリーは本作の中で一貫して「過去を消そう」としているわけですね。
これに対してロケットは自分と同じ実験動物として閉じ込められていた動物たちを開放することで過去にできなかった「仲間たちと一緒に脱出する」を叶えることで過去を生産しているという形で対象構造を作っているのが見事。
実は正直前半の戦闘シーンは派手なもののストーリーが進まないので寝てしまいましたが、後半部分のロケットの過去パートは、機械化された動物のエグい造形も含めてたいへん好みでした。ぶっちゃけそこだけでも元取れた気分。
さて次はトップをねらえ!2とミーガンだろうか。あとインディ・ジョーンズもあるんだよな。