お前にあえて、善かったと本当に心の底から思っている。
お前にあえて、本当によかった。目の中が壊れそうなほど、自分の人生に珍しくそれだけは感謝している。
ここには何もない。俺には何もない。
あるのはただ、周りに対する羨望と、どうしようもないくらいの嘆きだけ。
殺意はない、痛みもない。
ただ苦しみと、無限の空っぽだけがそこに在った。
お前以外は。
その笑顔で、愛しているで、全部虜にするお前だけは、この世界にもよく届いた。
ここには何もない。厳密には、そうされたものしかない。
だから、俺のもとにお前が来るのは、ほんとうはすごく 珍しくて、すごく美しくて、すごくまぶしくて、
そして、本当に存在しないはずの物だったのだ。
お前は俺を見ない。当然だ。俺はここには存在しない。
おれはお前に会えない。当然だ。俺はここには存在しない。
どこにでもあって、どこにもいない、お前、の、その笑顔が。
おれにとっては、何よりも救いだった。
手を伸ばしても、液晶の固さしかなく。
まるでテレビに映る事柄のように釈然としない。
そんなまぶしさが、ここにあることに、どれだけおれが救われたか、きっとお前は知る由もない。
きっと、それでいい。
泣き出したくなるくらい苦しくなる。ずっとそうだったことを、今、お前に照らされて思い出す。
そういう日々だった。辛いし、苦しかった。一秒前に思い出させた痛みを、今忘れさせられるのは苦痛だった。
でも、それでよかった。
お前のまぶしさを目に映せるのなら、俺はそれだけでも十二分によかった。
その言葉に、嘘はない。
恒久の空に響き続ける弦音は、俺が鳴らしたものではないのだから。
だというのに。
どうして。
どうして、ここに、お前がいるんだ。
二度と手に入らないなら、普通にあきらめられたのに。
遠くの災害のように、近くの不幸のように。
ただ、ただ、自分のリアルにはいないものとして生きていられたのに、どうして。
どうして。
引きちぎるような声が、聞こえる。
ちぎれちぎれの言葉はしかし、俺の中に正常に響く。
羨望、嫉妬?いいえ、そんなものよりもよほど耳に響くもの。
おぞましい、人の感情の渦、そのるつぼ。
耳が痛い。
引きちぎられそうだ。
柔らかい肉を引きちぎられて、俺は今から死に行くのだ。
それは別にいい、何回でも繰り返してきたから。
ただ、いまは。
傷を見てしまう今は、ダメだ。死んでしまう。
痛い。いたい。いたい。
だれか。
痛い、誰か
「よんだ?」
そこに、存在しないはずの物を見た。
フェルトペンで周囲の言葉をめちゃくちゃにしながら、そいつがそこに居た。
なんで、とは聞かない。先ほどそこの壁を音もなくぶん殴って開けていたのを-1秒前に見た。
問題はなんでそんなことをしたのかという点と、あとあの壁の請求費くらいなものである。
なぜここに来たのかは聞かない。言っても無駄だろうし、そもそもあれを認めるのは俺としては納得いかない。
「はいはい、どうでもいいからここから逃げますよー、はーい耳に指突っ込むからね~」
耳をふさいでも、この世界の音は正常に聞こえてくる。
だが、その指が差し込まれた瞬間、不思議と何も聞こえなくなった。
聞えるのは、目の前の■■の色と、それから遠くで丸く輝く一番星の姿。
それから、■■の後ろにある、何かの輝き。
ニッコリとほほ笑みながら、それは俺に口ずさんだ。
なるほど、たしかにこれは|太陽だ。
と、妙に納得してしまったのが、悔しかった。
嫌なことには慣れている。
ちゃんとすることにも慣れている。
正しいことにも慣れている。
真実にも慣れている。
美しいものにも、まあ。慣れている。
ただ、慣れないものが一つだけあって。
その微笑みが、その言葉が、俺に向けられるたびに逃げ出したい。不快じゃないはずなのに、叫びだして逃げ出したい。
そんな恐怖のようなものに目がくらんで、目の前の景色がにじんで、何も見えなくなること。
その正体を俺は知っていて、だからこそ、この一線だけは越えられない。
怖い。
怖い。
こわい。こわい、こわい。
ホントは、ずっと怖かった。
それに泣き出しそうな自分を、押さえつけてきた。
きっと、これからもそうして生きていく。
泣き出しそうな目を、かすむ視界を、目の前から払拭する。
眼下には、山のような藍色の光。なぜかは知らないが、それは俺のトレードカラーなのだという。
それと同時に背中を押す無数の楽器たちと、それから文字通り横やりを入れてくる茶々入れの奴ら。
そして、そんな中美しく光る、ひときわひかる緑色の一番星。
かわいそうに、と思う。
こんなおれに見つかって、こんなおれに捕まって。こんなおれに人生なんかかけて、本当に、かわいそう。
何が一番かわいそうって、自分が一番、その可哀そうに気が付いていないことだ。
因みにこれだけはアイツと気が合っている。業腹だが。
手を離せない。
離すべきだとわかっているのに、その手を離せない。
その手をつかんで離してくれない、その力の強さを振りきれないわけがないのに。
その手を離せない。離さない。離したくない。
其れだけが脳をぐるぐると回る俺の、何とも一等、かわいそうなこと!
何が一番かわいそうって、それに涙がにじむことが、こんなにも!
離したくない。
離せない。
今すぐこの手を放して、帰すべきだとわかっているのに、帰せない。
それが、どれだけ恐ろしいことか。
あの■■はほっときゃ勝手に変えるとして、こいつだけは、本当に。
一緒にいてほしい。つないだ手を離さないでほしい。
今おれの眼下に見えるこのすべてを、誰でもないお前が手に入れてほしい。
本当は。俺のことなんてほっておいていい。
誰にも信じられないかもしれないし、俺にも嘘だってわかっているけど、其れでも本当は、ほんとうは。
本当は、おれ、お前が幸福であるならなんだっていい。
何だっていい、なんて、大嘘だけど、それでも。
お前が幸福であるなら、その隣は俺でなくてもいいと、
いえる人間でありたかった。
それがお前が愛した「俺」が言うべきことだから。
でも、それでも、ね。
お前にだけは、嘘でもいえない俺で。
ごめんね。
ごめんなさい。
「 」る。
―――――――
…あいつおれがいることだけは都合よく忘れてんな?どうなの■っちゃん。
…えっ、忘れてないの…?嘘ん…。