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◆◇◆ キピ・モルシュカの調理日誌 ◆◇◆
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4. ヴァレンティオンケーキ
「胸焼けしそう……」
≪レストラン「レイタ」≫の女主人、キピ・モルシュカはぐったりとテーブルに伏せた。いつも以上に艶のない、毛羽立った尻尾。ぺたんと潰れて見る影もない耳。それでいて店内はむせ返るほど濃い、ククルマスの匂いが一面に充満している。噂によれば、ククルマスの香りには多幸感をもたらす効用があると聞く。じゃあ一体、この様はなんだ。ほぼグロッキーな蒼い顔を晒して、彼女はオーブンの方を見やる。
ごうんごうんとやかましく火力を上げ続ける旧型の製菓用オーブンは、キピが冒険者を引退して初めて買った設備だ。上段・下段に分かれていて、熱風の通りがいいコンベクションオーブン。金属部分が錆びていたり、中は若干煤けていたが、それらは大した問題ではなかった。彼女はこのオーブンを使ってマフィンを焼くのが特に好きだった。朝に夕に焼きあがるたび、甘い匂いが店いっぱいに漂うのだ。
(だからって、物には限度ってものがさあ……)
キピは恨めしかった。こんな依頼をいけしゃあしゃあと持ってきた、あのいけ好かないシェーダーのことも、目先の生活費に目が眩んで、安請け合いした自分のことも。
オーブンの中でふつふつと焼けているのは、ヴァレンティオンケーキになるはずの土台だ。ロイヤルククルビーンをふんだんに使っているから、生地色は闇のように深い。そのサイズは彼女の頭部よりも大きく、優に10人以上の屈強な男たちの腹を満たせるだろう。あるいは、うら若き乙女なら5人くらいでもペロリと食べきれるのかもしれない。
そんな代物を、キピは朝から数十台も焼き続けていた。
「こりゃ……大したもんだ!」
しばらくして、店を訪れたアルトが見たのは、美しくデコレーションを施されたケーキの山々だ。見事なテンパリング技術でコーティングされたチョコレートケーキは、夕暮れ時の照り返しを受けて輝いている。どの土台の上にも可愛らしいチョコボのマジパンが乗せられていて、今にも鳴き声をあげそうだ。ヴァレンティオン家の特長的なハート形のエスカッシャンも、なんとまあ緻密な仕上がりか。
あとは、肝心の女主人さえ健在であればどれほどよかったか。
「……こんなのは、もう、金輪際受けないぞ」
よたよたと、まるで齢六十にでもなったかのように、女主人が現れた。
「今回のことではっきり分かった。生活費のために働くのは、僕の性に合ってない。次はもう受けないからね。たとえ雑草をしゃぶることになっても…!」
「この辺りに猫草は生えてないだろ」
「僕・は・猫・じゃ・ないっ」
キピはフーッと尻尾を逆立てるものの、その姿にはどうも覇気がない。相当甘ったるさにやられているらしい。