主人公 プエルタ
成人女性。
感情そのものは豊かなものの、目元の表情が一切変わらずいつも半笑い、かつリスニング教材のような平坦な喋り方なのでとっつきにくい。
まともに飯を食わない。いつもやりたいことだけ黙々とやろうとするので、あいさつ回りもろくにしない。ヒギンズのことを気に入ってからは街の施設をまともに利用するようになった。
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「おはよ、今日も早いね」
「ふん。お前は遅かったようだな」
そうだね、と、薄く笑った女にヒギンズは不快げに鼻をならした。誰が見ても嫌味な男と判断するだろう彼はしかし、嫌いなやつでも無視はしないという一点においては美徳を有していると言えなくもない。
そして彼女はヒギンズのそんなところがなんとなく憎めないままでいる。ただし、『今のところは』という注釈は必要なものの。
「俺の邪魔だけはしないで欲しいもんだね」
「ええ、まあ、最初からダメ元で来てるからいいの」
まだ原料しか作れないからね。薄く笑ったままでパンプキンパイをかじるプエルタを嘲笑い返して、ヒギンズが掲示板へ目をやった―――数秒後。こめかみに青筋を立てたヒギンズが風を切って振り返る。
「眩しいんだが!?」
「よく言われる」
「それはそうだろうな!」
探鉱ヘルメットをかぶったまま薄く笑い続けるプエルタの悪評は、街の人々にとっても専らの話題だ。ピンクの野良猫やブタなどは毎日おやつをくれるはずの彼女のことを宿敵扱いしているし、ジンジャーに至ってはプエルタにだけは関わらないようにと兄から日頃言い含められている。
そして、目の前のヒギンズ。彼もまた彼女のライトに目を焼かれて、とうとう辛抱たまらず声を張り上げた。
「住人からも苦情が出ているぞお前!」
「他の人を引き合いに出すの、あなたらしくないね」
「うるさいな、いいからまずライトを消せよ!俺のことをまっすぐ見るな!」
「ここがベッドルームだったらかなりきちゃうセリフかも」
「ここは街中で!お前は害敵で!お前が眩しいんだ!!」
最後だけ、語弊がある。美しく整えた指先で「まあ」と口を押さえたアントワーヌを視界の端に捉えながら、プエルタは小さく笑う。
「ロマンチックね」
「怒られている自覚があるのか!?」
「ごめんね」
「クッ……、お前のその忌々しい光が目に焼き付きでもしたら一生後悔させてやるからな――!!」
「あら、まあ……」アントワーヌの口を押さえる手が増えたことを確認したプエルタもまた大きく頷いて、ライトの光量をさらに強めた。
「おもしろい人ね、あなた」
だいぶ気に入ったわ。平坦な声に笑みを少し乗せたプエルタは、ようやく柔らかな人間らしさで破顔した。
もっとも、その顔が見える人間など存在しなかったのだが。物理的に。眩しくて。
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親友だ、と、彼女がそう呼んでくれるだけで自分には過ぎた幸福だ。嫌がらせをして、罵倒をして、泥棒扱いをしたことさえある。そんな自分のなにもかもを彼女は許して、抱き締めてくれた。その上で呼ぶのだ。
あなたは私の親友だ、と。
昔から貧乏で、昔から嫌われものだった。そんな己の名を親しく呼ぶ友人がこの世にひとりいる、それが幸福以外の何だと言うのか。
「あの男とはもういいのか」
静まりかえった広場でふたり、ブランコに腰かけて言葉を交わすのは久しぶりのことだった。思春期の少年少女のような余暇の過ごし方も、まあ、“親友”とならば悪くはない。しかし我々はとうに成人を迎えた大人であり、男で、女だ。彼女が例の色男と交際を始めてからしばらくはお互いに距離を取っていたものの―――
「だって、他の娘とのデートやめないんだもの」
「まあ、それは」
それはな、と頷いた歯切れの悪さにプエルタが薄く笑う。珍しいとでも思っているのだろうか。少なくとも、自分自身ではそう、思っているが。
「付き合い始めたのに」
「ああ」
「自分のことを明らかに好きな娘とデートしつづけるの、どうなんだろう」
ああ、だか、まあ、だか、唸るような曖昧な返答を不思議に思ったのか、プエルタが興味深げな表情で首を傾げている。“俺が知るか”だの“まったく理解しがたいな、おまえも含めて!”だのと言ってやれれば良かったものを、出てくるものと言えばただただ重い溜め息だ。これでは、彼女が不思議に思うのも無理はない。
「なに、怒ってくれてるの」
相変わらずの平坦な声で問いながら微笑うプエルタは、表情の硬さのわりには華やかな顔立ちをしている。その力強い瞳に貫かれて言葉を呑み込んだ俺をどう捉えた素振りもなく、彼女は小さく呟いた。
「あなたと会うのを控えるほど楽しいことはひとつも無かったよ」
ただでさえ平坦な声が、ひときわ沈んで地に落ちる。
「向こうがしているからと言ってこちらも、とは、ならないじゃない」
じゃあ、もういいかなって。どこまでも乾いた声色は、最初から奴のことをどうとも思っていなかったかのようなものだった。
「ハン、まさか俺が“自分のことを明らかに好きな男”だとでも?」
「え?」
「な、なんだ、なんだよその反応は、べつに、べつに『俺はあの女との対比構造にはならないぞ』って話なだけだろ」
「ああ、うん?ええ、ああ」
よく分かっていないような顔で眉間に皺を寄せたプエルタは、そのまま兵団施設がある方向へと目を向けて―――重い息を吐く。
「なんかさ」
「なんだよ」
「好きな人の頭が自分だけになってほしいって、わがままよね」
今度こそ、適当な相槌でさえも絞り出せず息を吐いた。“最初から奴のことをどうとも思っていなかった”だなんて、そんなことがあるわけがない。それはもう、俺の、願望だ。
「お前はバカなのか」
「ええ?」
「思うだろ。思うだろ、思うよ、思うんじゃないか、よっぽどのことがない限り」
「そうかな」
「思うから、想ってやって欲しいから、お前のことをそう想ってやって欲しかったから会わなかったんだ、俺は」
どうしたって荒くなる語気を抑えるため、奥歯を噛みしめて両手で髪をかきあげる。ひたいの脂と整髪料でベタついた手のひらの隙間から、落ちていく毛がいくつか見えた。
「お前のせいでハゲる!!」
「もともとキてるでしょ」
「お前……」
「まだ自分はハゲてないと思ってたのね」
「今月はお前にクソ野郎って言ってなかったか」
「いま言っておいて」
「クソったれ!」