この記録は俺の中での個人的なものであり、当時の本当のところであったり不明瞭なところあるいは記録にすることが憚られるものについては記憶だけに留めておいた上でのものとする。また、当時の正しい年月は20XX年であるが、うるう年の考慮を忘れていたため20XX年であることを先んじて訂正する。
連中といえば、まったく不遜であった。イングランド地区から来たらしいその二人組は、対価にかなり純度の高い鉄骨を差し出してきたものだから、たまたまニューヨークにいた俺はといえば大人しくコーヒーを提供しなければいけない立場にいるのだ。
「たしか、旧グレートブリテンからここまでって五千キロだったはずだろ。どうやって来たんだよ」
「海の連中に頼んだのさ。あいつら、食料か遊園地から拾ってきたぬいぐるみの一つや二つを渡せば体力が尽きて沈むまで泳いでくれるんだ。時々島があれば最高ってくらいだな」
「そういうこった。っていうかそれ、サイファンってやつだよな。コーヒーの器具なんざ久々に見たもんだ」
紅茶は飽きていたんだと笑う二人組は、俺の見たところではアラブ圏とインド圏の人間であるように思えた。アルコールランプの火は俺の吐息であっさりと消えて、混ざったコーヒーは濾されて芳醇な香りを振りまきながら垂れる過程に入った。その間に彼はカウンターの裏側にて彼らが差し出した鉄骨を見極める。重さはおおよそ二キロ半。塗装も綺麗に剥げており、加工する分にも困らない。苦さと酸いが混ざる香りが風と混ざってニューヨークの荒廃した大地がかつては人間によって支配されていたのだと思いだす。かつてタイムズスクエアと呼ばれた遺跡群の隙間で、二人分のホットコーヒーが淹れられるところだった。
「お前ら、おかわりか食事かどっちがいい」
「気前がいいな」
「お前らの持ってきた鉄が随分といい質だったからな。どこで手に入れたんだよ」
「パリ地区で塔が倒れたんだ。白人共、一斉に解体しはじめてな。|黒人ニグロと争って膠着してたところを掠め取ったのさ」
「……とうとうエッフェル塔がやられたか。いざ無くなったと聞いてもあまり驚かないもんだな」
「あんた、戦前の生まれか」
「あぁそうさ。俺は体を患ってたからな、憲兵逃れて今に至るってわけさ。そういうアンタら、戦争知らないクチか」
俺がそう言えば、それまで大人しくしていたインド系の方は「戦争なんてもん、知らなくたって困りゃしねぇよ!」とカウンターに足を乗せる。その足にアイスピックを刺してやろうかしばし悩んだが、それを言い訳に鉄骨を取られることは癪でやめにした。アラブ系の方が降ろせと足に手をかければ、その勢いでインド系の男は堰を切ったように喋り出す。
「戦争なんかより怖ぇのは人間の欲望に決まってんだろ!戦争もロボットも結局欲望が第八次元にいっちまった連中の考え着くことだ。結局行為に耽ってりゃいい体力を、女も男もあてになる穴がねぇからって頭使う方に向いちまったのがよくねぇんだ、あぁ」
とここで喋るのに飽きたのか最低限の言いたいことを言い終えたのか、彼は足を降ろしてぼうっと青空に眼球を向けてしまった。大人しくなった隙だと思い、商品を出す。
「ブレンドコーヒー二杯、ライ麦パンとチーズだ」
「ライ麦か!これは豪勢だな」
「パンだけじゃ釣りが必要だ、これで勘弁してくれよ」
連中、いやアラブ系の男はコーヒーに混じり物や浮いてる油がないことを確かめて満悦そうにしている。ちょうどいいので「で、そういえば坊ちゃんら、名前はなんていうんだい」と尋ねた。
「俺は」とアラブ系の男が答えようとしたが、それを遮るように天を仰いでいたインド系の男が怒鳴った。
「こいつはハイサム。モルヒネ狂いのハイサムだ!俺は……うーん。ハイサム、適当に言っといてくれ。俺はコーヒー飲むので忙しくなる」
「嘘だろオイ」
イングランドから来たくせにずるずると下品そうにコーヒーを啜るインド系の男に、ハイサムと呼ばれたインド系の彼はあきれた様子、でもって冷ややかではない視線を送っていた。
「あー、じゃあそうだな。こいつのことはアンドレって覚えてやってくれ。アンドレ・ジャック」
「アンドレか。で、お前さんはハイサム」
「ほんとは違うんだけどな。こいつが俺の名前をろくに覚えていないんだ」
モルヒネ狂いと言われていたハイサムの顔を改めて見れば、なるほど確かにすぐに年と人種の見分けが遅れたくらいに彼の見た目には汗かきという言葉が似合った。いくら中東の人間だとしてもわかる青白い顔はそう思って見てしまえばぞっとさせられ、しっかりしたシャツの下に注射器の痕が鮮やかに残っているのだろうと想像できる。一方でアンドレ(これは後の付き合いでわかるのだが、この男の本名はこれではなく、また何かに定まっているわけではない。しかしそうしているとあまりにもまどろっこしいため、ここでの表記はアンドレに統一する)はといえば、ハイサムほど薬物依存者らしき様子は見受けられなかったが、教育が行き届いていないか拒んでいるギャングのような行儀の悪さを見せた。戦争前を知らない人間のわかりやすい例だ、と俺は平々凡々としたことを考える。俺はいつものように小ぶりな看板を取り外して二人に見せつけた。
「俺はジラフ。店の名前も同じ、ジラフだ」
「ジラフ。……なんて意味だったかな。なぁアンドレ」
「俺が知るかよお」
「まぁ今度動物図鑑でも見たらどうだ。ついでだし聞かせてもらおうか。お前さんら、どうしてイングランドからはるばるお越しになったんだ?」
俺が聞けば、二人はニヤリと笑って、勇んで起き上がりこっちを睨んだ。
「俺たち、二人で『クロム・フライデーおとといおいで』ってところをやってんだ。カジノ・レストラン・娼館を併設した複合施設だな」
「そうそう。でもって俺たちはアメリカで支部を作ろうと思ってんだ。素敵だろう?」
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