この村に伝わる古い儀式を、決められた手順に則って執り行なえば、一度死んだ死体が踊り始めるらしい。
平時に生きた人間が踊りだしただけでもちょっと迷惑なのに、わざわざ死体を踊らせたいと思う人間がいるはずもなく、おそらくこの儀式の肝要なところは死体が動くという一点であろう。
骨や遺灰が踊り出すのでも、床や畳が汚れて、片付けがわずらわしくはないかと私は内心思っていた。しかし、千尋の語るところによれば、そこはこちらの都合を考えてか、生前と同じ姿で蘇り、踊り終えたら消えるらしい。
千尋はその儀式を、昨年病で亡くなった母親にもう一度だけ会いたいという一心で試みるようであった。
その用意を手伝えと、幼馴染の私は耳打ちされた。
「家族の問題でしょう。人手が必要なら内輪でまかなえ」
「イヤよ、怒られるもの。こんなことサクちゃんにしか頼めないんだから」
左様に無理を押し通されて、いまに至る。
場所は村の外れ、墓地の手前、数年前に村を出ていった一家の裏にあたる空き地である。時間は丑三つ時で、儀式の手順はさほど難しいものではなさそうだった。
故人の形見の品と、ろうそく、釘と藁人形と、あとは縁故者の髪の毛。
それらをごにょごにょして、発音の怪しい古代語をいくつか唱えて祈る。
祈祷の詠唱にはボーカル二人分のハーモニーが必要とのことで、千尋は私を呼んだのだ。
私が低音コーラスで、千尋は主旋律のメロディパートである。
本当はリズム三味線やドラム代わりの木魚もあるとなお良いとのことであったが、その辺りのパートは鼻歌や足踏みで誤魔化した。
しかして、生前の姿そのままに蘇った千尋の母親は、原っぱを浮いているかのような軽さで舞い踊る。
千尋は手を伸ばし、母親の着物にすがる。
お母さん、お母さん、と泣きながら。
しかしとうの母親は、千尋など見えないかのように一心不乱に踊り続け、千尋のすがった着物の袖をたぐる。
傍から見れば滑稽な鬼ごっこのようですらあった。
ふいに千尋が動きを止めた。
棒立ちの娘をよそに、母親は踊り続ける。
あっと思うまもなく、千尋がふところから取り出した古めかしい短刀を母親に向かって振り下ろした。
絹を裂くような悲鳴が辺りに響き渡る。
おそるおそる顔を上げれば、いつのまにか母親の姿は消え、原っぱの真ん中に千尋が座り込んでいるだけだった。
「やった、私やったよ!」
千尋は駆け寄った私にそう笑顔を向けた。
その手元には、御札で刃先を固く塗り固められた古めかしい短刀が握られたままで。
「これでお母さんは間違いなく地獄に落ちたの!」
そう懐かしい微笑みを見せた。