海帆の考えていることは短絡的で、かつシンプルだった。海帆は蜜奈に一目惚れをしたという体で、ライブの最中やら控え室やらオフショットやらでとにかく蜜奈に絡む。蜜奈はそれに戸惑い、拒絶をしつつも絆されていく。ツンとデレの割合は黄金比の九対一で、そのデレにこそ蜜奈の神髄が宿る──という寸法らしい。多分、こういうキャラ設定にした理由は、蜜奈の負担を減らす為だ。蜜奈はただこの愛らしい先輩の前で困惑していればいい。自分を切り売りする必要は無い。蜜奈は海帆が抱きつくための柱であり、愛情をぶつける的であればよかった。
「絶対上手くいくはずないですよ」
「上手くいくよ。だって、蜜奈のこと綺麗だと思ってるのは本当だから」
あと、敬語ね。あ、敬語はたまに出てくるのはアリかもね、と言って海帆は笑った。その笑顔はアイドルらしくというよりは悪戯っ子の女児めいていて、その笑顔に一番くるものがあった。作られた瀬川海帆の空回りよりはずっと。
百合営業なるものがそんなに上手くいくだなんて思っていなかった。少なくとも、蜜奈はそうだった。蜜奈がこうして協力したとして、それでも見向きもされなかったらどうしよう? そうしたら、海帆は自分じゃなく別のパートナーを見つけるのだろうか? そう考えると落ち着かない気持ちになった。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。同じグループで百合営業しちゃったら、いきなり他の子に鞍替えとか出来ないから。そうしたら逆に私の印象が地に落ちるって」
海帆はそう言って蜜奈の頭をくしゃくしゃと撫でた。そんなことを気にしているわけじゃないのに──と思ったものの、じゃあどうして何を心配しているのかが分からなかったので、黙った。もし海帆のテコ入れが成功しなかったとしても、海帆は別の子に声を掛けることはない。それはなんだか──なんだか……なんだろう?
とはいえ、海帆の狙いは当たった。
蜜奈と海帆の業務上イチャつきはどうもファンの皆様方のツボにハマったようで、初めて二人が「実は最近蜜奈と仲が良くて、プライベートでも四六時中べったりしてまーす」「四六時中はしてない。変なこと言わないで」というやり取りをした日から、Twitter上では二人のコンビ名タグが出来ていた。
なんかでもこの二人かなり相性良さそうだもんね。クールな後輩とかわいい先輩で。
海帆はぽやぽやしてるから、しっかりしてる子と仲良くなるのは嬉しい
ていうか蜜奈かなりビジュいいから凄く映えるよね
うみつな好き
「うみつな……」
「名前が付いたのは成功だよ~こうして物語が生まれていくんだね」
「うみつなってなんか嫌なんだけど……海で……ツナとか……というか私の名前がツナ要素じゃんこれ……」
「細かいことは気にしなーい。それに、コンビ名っていうのはちょっととぼけた雰囲気の方が広まるんだよ。女子校ノリのぱやぱやさが可愛いんだから」
蜜奈にはよくわからない理屈だったが、そういうことであるらしかった。
他人事のように蜜奈が「うみつな」を咀嚼していると、不意に海帆が後ろから抱きついてきた。
「うわっ」
「もう本当にありがとうだよ~。蜜奈がいてくれたからこそ、肝心の一歩を踏み出せた感じ」
「まだ何もしてない。これからでしょ、むしろ」
「私はもう勝利を確信してるからね。あ、Short撮ろうよ。Twitterに上げるから」
蜜奈の返事を待たずに、海帆がカメラを起動する。フィルターの掛けられた二人が画面に収まる。海帆は満面の笑みで、蜜奈はちょっと呆れたような顔で。大して面白いことも出来ていない。これで本当に百合営業が成功しているのだろうか?
「今度の休みには一緒にビュッフェに行こう。服も一緒に買おうね。既成事実を作ってライブで言おうよ。ツイートとかもちゃんとするし」
「そういうことまでしなくちゃなんですか……」
「でも、ただのビジネスじゃ終わらせないよ。ちゃんと蜜奈のこと楽しませるからね。だからいいでしょ? お願い! 私、百合営業がどうとかじゃなくて、蜜奈と遊びたいのもあるから」
「調子良いこと言っちゃって」
言いながら、蜜奈はフッと笑みを漏らした。画面の中に、少しだけ柔らかい表情をした自分と、驚きに目を見開く海帆が映っている。
「ちょっ……蜜奈完璧すぎ!! 今のだよ今の!! 最高!! ああいうのを出して行こう!」
「プロデューサー気取りで指示しないでください。ていうか、そうやってわざわざ言ってくるのはウザいですよ……こっちも恥ずかしいし……」
「蜜奈本当に本当に愛してる! 二人で青メルを制覇しようね!」
瀬川海帆は本当に打算的で野心家でどうしようもない女だったけれど、それでも一緒にいて楽しい女ではあった。
海帆は人をエスコートする術に長けていた。海帆の選んだ店は外れないし、蜜奈が「こういう服が欲しい」と漠然と言うだけで、ぴったりの服を見つけてくれた。それだけじゃなく、会話の上でもサービス精神に富んでいる。人の話を引き出すのが上手く、気づけば丸三時間ほど、蜜奈だけが話していることもあった。元々蜜奈はそんなに喋り上手な方でもないのに、海帆がニコニコと聞いていてくれるだけで、なんだか自分はずっとこうして話したかったんじゃないかと思ってしまう程だった。
「蜜奈と一緒にいるのは楽しいね。最初は見た目で選んだけど、こうして一緒にいる時間が長い分、気の合う相手であってもくれるのは嬉しいよ」
「……そりゃどうも。話しやすさでいったら他の子の方が全然だと思いますけど」
「すっかり敬語に戻っちゃったしねえ」
けれど、海帆はもうそれを咎めなくなっていた。うみつなのキャラクターが固まり、ベタベタする先輩とそれをあしらう後輩の図が完成した結果、蜜奈の敬語はキャラとして許されるようになったのだ。特に意識したわけじゃないけれど、蜜奈は海帆以外には敬語を使わない。その線引きも、うみつなを特別なものに仕上げてくれていた。なんで海帆にだけ敬語を使いたくなるんだろう? 考えてみたけれど、その時の蜜奈にはよく分からなかった。
「色々と連れ回しちゃってごめんね」
「本当ですよ。やれディズニーランドだ、やれおうち訪問だって……これだと休みの日も仕事みたいなもんじゃないですか」
「うみつなはブラック企業だからね。三百六十五日二十四時間なんだよ」
「そもそもここ企業だったんですか」
蜜奈がふっと笑う。
「あー、それもね。良い塩梅になってきたよ。この間の生放送の切り抜き見た? 五〇〇リツイートくらいはされてたやつ」
「見てないかもです。あんまりそういうの回る時間無くて」
「蜜奈の表情がね、すっごく優しくて。見ててドキドキしちゃった。あれはもう心にくるよ。なんていうか……うん。変な言い方だけど、私のことすごく大事にしてくれてるんだなって……実感が沸いてくるような……」
「気持ち悪いこと言わないでください」
「それキャラ!? それとも本音!?」
「どっちでしょうね」
「だからこそ、蜜奈のファンも増えてるんだと思うよ」
海帆の言う通りだった。
百合営業を始めて半年くらいになるが、蜜奈は入ったばかりの四期生の中ではトップクラスに人気が出ていた。まともにステージにも立っていないのにブロマイドが売れるし、握手券も買われる。チェキの列もそこそこ長い。他の子に比べたら明らかに差が付いている。
それは、間違いなく海帆と一緒にやっている百合営業のお陰だった。いくらそういうことに疎い蜜奈であっても「海帆ちゃんのブロマイドと一緒に飾ります!」と何度も言われていれば気づく。それに、握手をしている時でさえ「海帆ちゃんとこの間どこ行ったんですか」「海帆ちゃんと仲良くしてる?」と彼女の名前が出る。なるほど、セット売り。つまり海帆が目指していたのはこういうことなのだ。
海帆自身も大躍進を遂げていた。かつては三期生の中で最も不人気だった瀬川海帆だったのに、今や海帆は三期生どころか『青のメルクマール』内でも五本指に入るほど人気である。
「健気に蜜奈ちゃんに向かっていくのが可愛い! 応援してます!」
「本当に~? でも、蜜奈は裏では私のこと大好きだから、むしろ余裕なんだよねえ。デレデレな蜜奈を見せてあげたいよ」
ファンと握手をしながらにっこりと言う蜜奈は、前にもまして輝いている。それを見る度蜜奈は『恋をすると女の子は綺麗になる』とかいう妄言を思い出した。ここには恋なんて存在しないけれど。
そもそも、蜜奈は百合営業をしなくても注目さえされれば売れるタイプのアイドルだった。努力家で実力もあるし、オーソドックスなアイドルだから。飛び抜けたものはないけれど安定していて、癖のない女の子。それが瀬川海帆だ。そこに百合属性というスパイスをまぶせば、一気に化けられるポテンシャルがあった。
セット売りをされるようになった二人はステージでも前の方に配置される。二人が会話する時間が設けられる。色々なところで『うみつな』が合わせて出されるようになり、ファンにはペアとして覚えてもらえるようになる。上手いやり方だと思った。青メルの中で同じことをやっている人間はいない。海帆はこの見えない需要に見事応え、人気を勝ち取ったのだ。
「嬉しいですか。この状況」
「え、どの状況?」
「私と海帆は絶対ライブに出れるしチェキの列も長いし。他の子達とかエースを押しのけてMCやったりすることもあるでしょ。上手いこと海帆の企みは成功したわけだ。どうですか」
「そりゃあもう嬉しいよ!」
即答だった。
「だって、蜜奈にベタベタするの好きだし、蜜奈と遊ぶのも好きだし、それで人気も出たんだから言うことないよ」
「そうですか……まあ、楽な売り方ですしね」
「楽じゃないよ! ていうかこっちは結構色々考えてるんだからね! 見え透いたものだと敬遠されるし、あざとすぎると嘘っぽいし……蜜奈を押して押してでいくんじゃなくて、たまには引いてみたりもして」
「その微妙な調整こっちには伝わってないですよ。いつも『蜜奈好き好きー』って言ってるだけで楽だなーと思ってるので」
「蜜奈は一番わかってなきゃ駄目でしょ!!!!」
言いながら、海帆はぎゅっと蜜奈の手を掴んできた。初めて蜜奈に百合営業を持ちかけた時と同じ手の熱さがある。代謝がいいのか、海帆はよく汗を掻く女の子だった。今も、湿った手の中に蜜奈の手が包み込まれている。それが全然嫌じゃない。
「ありがとう、蜜奈。普段からずっとずっと感謝してるの」