「主は何が好きなんだ」
審神者になって、刀が増えて、仕事にも慣れて、けれど鶴丸の行動や言葉はいつも前触れがなく唐突だから、俺はすんなり言葉を返せた試しがない。
「いきなりだなあ……何って……例えば? 漠然としてない?」
「なんでもいいから、ほらほら」
「うーん……」
鶴丸は最近ハマっているらしいルービックキューブを手の中で転がしながら俺の答えを待っている。最近よく触ってるけど、いつの間に買ったんだろう。昔、やったことがあるけど全然面を揃えられなくてすぐに投げ出したなあ。だから多分、好きなものではない。……なんでもいい、ってすごく困るな。食べ物とか、無機物とか、限定してもらえればそれなりに何かあるとは思うけど。考えながら、ちょうど今日のおやつを食べ終わったところだったな、と思い出す。万事屋で買ってきた上生菓子。安くはないから本丸の全員分なかなか買えないけど、今日は特別任務の報酬で懐が潤っていたので、少し奮発した。あっという間に食べ終えてしまったけど、おいしかった。
「和菓子は、好きかな」
言うと、鶴丸はなるほどとうなずいて、「ん、」と自分の顔を指差して、自分にも聞け、というジェスチャーをする。黙って静かにしていれば、精巧な人形かと思う位綺麗な顔をしておきながら、動いて喋るとたまにそういう幼いことをするのでなんだか微笑ましい。俺はまだ湯気が立ちのぼる湯吞みを持ちながら、仕方ないなと誘いに乗ることにする。鶴丸との付き合いも長いので、唐突な行いには慣れないものの、何を話したいのかは何となく分かってくるようになった。さっきからこれみよがしにルービックキューブをころころしているからそのあたりかな。
「鶴丸は何が好き?」
そう尋ねて、ゆっくりとお茶をすすると、鶴丸は綻ぶような眩い笑みを浮かべて、言った。
「俺は、主のことが好きだ」
「んっ?」
「主従とか、そういう意味以上にな。愛の方だ」
「!? げほっ」
噎せた。
うわ、と驚いた鶴丸がルービックキューブを放り出し、慌てた様子で俺の背中をさする。前言撤回。鶴丸の唐突過ぎる発言に慣れないし、何を話したいのかも全く分かっていなかった。
「な、なにいきなり……え? ルービックキューブは?」
「? これか? 少し前から鶴丸界隈で流行ってるんだ」
「鶴丸界隈……?」
「鶴丸国永が面白いと思うものは情報共有してる。まあ、感性が似てるから、よその俺が面白いと思うものは大体面白くてな。こいつは、俺にはあまり合わなかったが」
「そ、そう……」
「それより」
背中を支える手にぐっと力が入る。
「俺はきみのことが好きなんだが、きみはどうだ? 俺のことをどう思う? 和菓子より好きか? それとも和菓子以下か?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
蜂蜜色の目が、きらきらと輝いている。輝きながら、俺を真っ直ぐに見つめている。鶴丸との付き合いは長い。長いが、それは文字通り長い、だけであって、俺は未だにその美貌だとか、穏やかで低い声だとか、唐突に触れられた時の体温だとかには慣れていなかった。話も唐突だし、この話をしたいのかな、と思ったら大体違うし。俺のことを置いてどんどん話を進めてしまうし。好きだ、って言われたところで俺の思考は止まってるのに。何から話せばいいのか分からない。
「好き、って、何、鶴丸っていつもいきなりすぎない?」
「そうかい?」
きょとん、と首を傾げた鶴丸は俺の動揺をよそに平然としているからなんだか悔しい。
「別に、伝えるのが今日初めてってだけで、俺は前からきみのことが好きだったぜ」
「っ、はあ……? ま、まえから……? いつから……?」
ようやくむせていたのが落ち着いた俺の横に座り直し、そうだなあ、と鶴丸は照れたように目を細めた。
「俺が鍛刀されたのは、何か月か前だったな。その時点で、この本丸には既に十振り以上の刀がいた。そうだよな」
「うん……まあ」
「それを悔しいと思った時からだ」
「……」
「いつ、と明確に言うのは難しいが、もっと早くきみの元に来ていれば、誰よりも先に、きみの刀になっていればと、そうだったら良かったのに、と自覚した時からだな。きっと」
「そ、それは、お前が刀だから、刀剣男士だから……」
「いや、ちがう」
「ひえっ」
ひやりと冷たい手を重ねられて、掠れた声が漏れた。
「……だったら、こうしたいと思わない。そうじゃないか?」
刀を持つことの方が多い手が、俺の手を掬いあげる。真っ白な頬に触れさせて、俺の手はされるがままに、鶴丸の肌の上を滑った。なあ、と続ける鶴丸の頬がじわりじわりと紅に色づいていく。
「きみに触れたいし、触れられたいんだ。そういう意味での『好き』なんだ。分かるか?」
いつも以上に穏やかな声が、優しく、言い聞かせるように繰り返した。
「きみのことが好きだ。主、きみはどうだ」
「わ、わ、」
「わ?」
強く、振り払うことは出来なかった。柔らかな肌に触れたままの手に力を入れて、ゆっくりと振りほどく。喉から絞り出すように、俺はやっと告げた。
「わからない、そんな、いきなり言われても」
鶴丸の表情が翳り、ずき、と胸が痛む。けれど今の俺に言えることも、出来ることもそれだけだった。空になった皿と湯吞みをまとめて、俺は立ち上がる。まだ心臓が早鐘を打つようで落ち着かなかった。
「こ、これ、まとめて下げてくるから」
そうして、返事を聞く前に逃げるようにその場を後にしたのだった。
ただ、それは本当にその場しのぎでしかなかった。出来る限り時間をかけて皿を片付け、また出来る限り時間をかけて執務室に戻ったおかげで、そっと覗いたそこにはもう鶴丸の姿はなかったけれど、ここは本丸で、俺は本丸の外に出ることはほとんどないし、鶴丸は近侍なので翌朝には結局いつも通り顔を合わせることになった。ただほんの少し時間稼ぎをしただけだ。
「……おはよう」
「おはよう、主」
朝食の支度が出来ている、といつも通り呼びに来た鶴丸の目を真っ直ぐに見られない。気まずいったらないけど、かと言って急に近侍を変えるわけにもいかないし。
「……なあ、主」
広間へ向かう途中、鶴丸は静かに言った。
「俺は、きみのことが好きだ」
「っ、な、だから、さあ」
「返事はしなくていい」
「いきなり、え?」
気まずくて目を逸らしていたけど、反射的に顔を上げると、鶴丸はにやにやと笑みを浮かべていた。
「俺がきみに、好きだと伝えるだけだ。これから何度も。そうしたら、いきなりじゃないだろ?」
「……どういう理屈?」
「きみが言ったんだぜ。いつもいきなりすぎるって」
「そうだけど……」
それは心の準備をさせてくれればいいって意味じゃなかったんだけどな。なんて返していいか迷っている内に、賑やかな広間についてしまって俺は口を噤んだ。鶴丸は返事をしなくていいというし、それならまあ、聞き流せばいいだけか、と思ったからだ。
甘かった。
例えば、出陣を見送る時。
部隊長の鶴丸が「主、ちょっといいか」と真剣な顔で手招きするので、相談事かと顔を寄せると、耳元で「すきだ」と囁かれた。
「は……っ!?」
思わず声が裏返ったものの、他の刀が不思議そうな顔をするので平静を装うしかない。鶴丸はやっぱりニヤニヤと楽しそうに笑っていたけれど。
かと思えばやっぱり八つ時に食べていた煎餅が最後に一枚残ったのを譲ってくれたりして、「いいの? ありがとう」と言えば、「かまわないさ、このくらい。きみのことが好きだからな」と返してくる。唇の端に煎餅の滓がくっついていても様になっているのが妙に悔しくて、教えてやるもんかと思った。花見をすれば「きみと見ているから格別に美しく見えるな」と笑い、買い出しに行けば荷物持ちについてきて「きみに何だってしてやりたいんだから、このくらい」と涼やかな顔をする。一緒に酒を飲めば、鶴丸の白い肌はいつぞやのようにすぐ赤くなって、「きみと飲む酒は格別にうまい!」と声を張った。ずっとその調子で、俺は毎日のように、鶴丸に口説かれていた。毎日のように口説かれて、毎日のように、俺は困っていた。
俺を口説く鶴丸はいつだって楽しそうだし、返事はしなくていい、と言ってから変に吹っ切れたみたいだった。対して、俺はと言えば、聞き流せばいいやと思えていたのは最初だけで、毎回毎回、違う口説き文句で、回数を重ねて雑になるかと思いきやそんなことはなくむしろ毎回毎回しっかりと気持ちが籠っているのが分かるから、日に日に罪悪感、みたいなものが増していった。告白をただ享受しているだけというのは、思いのほか居心地が悪い。同時に、慣れずに毎回狼狽えてしまう俺をニヤニヤしながら眺めてくる鶴丸に色々思うところもあった。全く、人の気持ちも知らないで!
だから、意趣返しみたいなつもりもあった。
もう何十回目か分からない大阪城踏破記念の祝賀会で、ただ理由をつけて飲みたいだけの面々が集まって、俺も刀達と飲むのは嫌いじゃないからその集まりに加わっていた。
鶴丸も当然のように隣に座っていたので、たまにはいいだろ、と無理やり俺から酒を注いだ。案の定、べろべろに酔っ払った鶴丸は真っ赤な顔をして、呂律の回らない舌で、それでもいつもそうするように、俺の肩に寄りかかった。周りの数振りは心配そうに、何振りかは「またやってるな」みたいな顔で笑っていたけれど、大丈夫だよ、という俺の目配せで気にしない振りをしてくれている。
「あ、うじ、あるじ」
「なに?」
酒のせいか、その日の口説き文句はとてもシンプルだった。
「すきだ……きみのことが、だい、すきで……ほんとに、すきで……しってるか?おれがきみのことを、ほんとうに、あいしてるって……まじなやつだ、これは……」
肩口に乗った顔が喋る度、危なっかしく揺れている。柔らかい髪の毛が肌にあたってくすぐったかった。むにゃむにゃ言ってる鶴丸をそっと並べた座布団の上に横たえる。みんなもいるし、暫く横にさせておいた方がいいだろう。そうやってから、身をかがめて、うつらうつらしている鶴丸の耳元でそっと囁いた。
「知ってるよ」
それから。
「俺も、鶴丸のことが好きだよ」
「うぇ…?」
半分寝落ちかけていた鶴丸は僅かに頭を持ち上げようとしたけれど、座布団の上に押し返すように頭を押し付けてやれば、酔いと眠気に抗えずに大人しくなった。
広間に残っている刀たちに後のことを任せて、俺は俺で自分の部屋に戻ることにする。
酒はあまり飲んでいないはずだけど、頬が熱くて仕方なかった。明日どんな顔をして鶴丸に会えばいいんだろう、と思ったけれど、もう後には引けなかった。そもそも、鶴丸が人の気持ちも知らないで、毎日毎日口説いてくるからいけないんだよな。
本当は、俺もずっと前から、鶴丸のことが好きだった。
好きだったけれど、主と臣下であるとか、人間と刀剣男士であるとか、そういうことを考えたら伝えるべきじゃないと考えて素知らぬ振りをしていたのに、まさか鶴丸の方から突然告白されるだなんて思っていなかった。だからつい、「分からない」なんて返事をしてしまった俺にも責任があるのかもしれないけど。
それでまさか毎日のように口説かれるなんて思わないし、俺は鶴丸のことが好きだから、返事はしなくていいと言われてただただ一方的に口説かれるなんて、耐えられるわけがなかった。だからもう、聞き流すのはやめにしたのだ。それだけの話だった。少しはいつも俺がされているみたいに鶴丸を驚かせたくて、不意打ちでその上返事が出来ない状態まで酔い潰してしまったけれど、鶴丸は酔っても記憶が飛ばないタイプだから俺の言葉を覚えてはいるだろう。
起きた鶴丸は、きっといつものように俺の部屋に来る。そうしたら、今までの分、俺が鶴丸にたくさん好きと伝えたい。