#顔4想定
#へんなところ
#墓地での固有イベント戦闘と河原でのパーティ編成が異なる
#防具にしかない回復不能と母夜剣の防御力ダウンを故意に混同している
#味方メロダークの装備換装と敵としてのルーンの剣ドロップを故意に混同している
「だって、テオルのやつ子持ちでしょう?」
 何とはなしに投げた一言で、目の前のアルソンはぽかんと固まった。
「どうせその辺りで揉めたんでしょ……って、ああ、そこからですか?」
「えっ、そんな……聞いてませんよ、僕! それになんでエメクさんが知ってるんですか!?」
「ご愁傷さま。でも僕があなたより公子殿下と仲がいいってわけでもないですよ」エメクはぐいと酒杯を呷ってから、まだ呆然としているアルソンに言った。「この業界にいると隠し子の気配に敏感になるんです」
 占領軍の首魁、パーシャとバルスムスの会話をエメクたちが盗み聞いたのは、つい昨日のことである。残念ながら、どちらもやる気満々で付け入る隙もなさそうだ。……というのが、エメクの感想で、アルソンは他のことが気になったようだった。
 ――西シーウァのパーシャ王女は、テオルの婚約者だった方なんですよ。
 それがなぜ、と言うものだから、自説を開陳したまでだ。正直なところ、エメク本人はそうして館に侵入した自分が堂々とひばり亭で酒を飲めていることの方が気になっている。市内の営業制限も、不審者への取り締まりも、リーダー達の士気の高さに対して妙に手ぬるい。それだけ遺跡の探索に集中しているということだろうか?
「……そうか、そうですよね。もしも僕が、好きな人と身分違いなんて言われて結婚できなかったら……」
 占領からこちら、アルソンの表情がずいぶんとしょぼくれてしまったままだ。そこからいっそう眉が下がっているのに、人を慮ることは出来る辺り、たいそうな男である。
 ――エメクは。
「テオルも、辛かったでしょうに。相談してくれればよかったのにな……」
 『そんなわけないでしょ』と、言いたくなる。
 そういう自分が、何より嫌いだ。
 シリン村に花が降る。
 村中の尊敬を集める神官の『甥』が、首都の商家の娘と一緒になって出ていくのを、みなが集まって祝っていた。
 エメクも、祝福の言葉を述べた。
 それ以外のすべての言葉、すべての気持ちを、村に来るまでにアダを散々質問責めにして、晴らした後だったから、なんとか笑うことが出来た。
 ――じゃあ新郎殿は、本当のところ息子さんなんですか?
 ――みんな知っていて? 誰もなんとも思わないんですか、毎週集まって聖歌を歌うのに?
 そういうことがあったから、地図を指して授業を受けながら、「この辺りでは、異教徒と神殿軍が戦っていて……」と言われた時は、あれほど取り乱さなかった。
 結婚する神官と、戦争をする神官は、エメクの中でほとんど同じ存在だった。
 聖句をよく学びなさいと、はじめに言われて。誰もがそれを守らないものだと、幼子の頃に諭された。そしてホルムには、幾百幾千の戦場を渡り歩いた戦士が、何食わぬ顔で祈りに来る。
 バルスムスが己を謙遜するたびに、エメクはうすらと笑っていた。
 ――ああ、戦士ではないのだったか。たしかに貴方は卑しい神官だ。
 ほとんど生まれてこのかた彼らの武力に守られて育った片田舎の僧侶の分際で、そんな風に思う、自分が嫌いだ。
 異変が起きてからこちらの状況と引き較べて、数年前のホルムを「平穏」と呼ぶことすら、エメクの心の機微に触れる。
 それでも、いま大忙しのオハラが、まるで堅気の婦人のように日よけの布を巻いて、日ごろまず来ない礼拝に訪れたのはその時でなくてはありえない。
 礼拝といっても、時刻が厳密に定まっているわけではない。人々が集まるだけ集まったと思えば始まって、歌を歌い、祈りを述べて、既に三々五々した後だった。信心深いのか、話し足りないのか、あるいは腰が弱って人混みを避けたのか、老人が数人残っているだけだった。
 そんな頃合いで、エメクももう箒を持ち出して掃除を始めている。オハラはそこにつかつかと歩み寄ってきて、金子をひと袋、差し出した。
「……えー、賽銭ならまず聖杯に……」
「とぼけんじゃないわよ、エメク。あたしが話を付けてきたから、もうあの丁半荘に出入りするのはやめなさい」
「はあ……」エメクは、周囲を見渡した。話を聞かれたくないような人物は、当座のところ見当たらなかった。「あれが店なもんですか。営業許可も取ってませんよ」
「そうね、ここのご領主はああいうのに厳しいから。それで? 違法賭博だけで引っ張れる店を叩き潰す勢いで稼いでいったのは誰かしら」
「……。……あいつら、パリスを……」
「あのバカの治療費ならこんなもんでしょ。余りは寄付してさしあげるから」
 この日が来るのは、なんとなくわかっていたことだった。「やり過ぎた」のは、なんとなく自覚していた。
 でも、「過ぎた」を、誰が決めたんだろう? 口には出さないけれど、いつも納得がいかない。経典にも法にもないことを、たくさんの人が当然のように思っていて、エメクすらその例外ではない。
 浮かない顔のエメクを見て、オハラがため息をついた。
「あのねえ。あいつの頭にタンコブの一つや二つ、本人だって気にしちゃいないわよ。だけどね、あんたが殴られたら百年先まで引きずるの。
 町の人だって、皆のかわいい坊さんが顔に傷付けて帰ってきたら吃驚するわ。そうなると色々回り回って、あたしやパリスが商売しづらくなるって訳」
 ――それがわかんないあんたじゃないでしょ。そう言われると、頷くことしか出来ない。
 友人のために、何かしたかった。お前に出来ることは何もないと言われるのが、嫌だった。……誰に? 自分自身かもしれない。
*
「何も証拠はありませんから」
 自分が嫌いだ。たやすく嘘を吐く。
「……自慢できることではないが、私もここの滞在が長くてね。見ないことにしているがらくたの山なんかが、結構あるんだ」テレージャはそう簡単には許してくれなくて、続けて言った。「叩いて埃を出したくない気持ちはよくわかるが、そこに埃が溜まっていることは、意識しておいた方がいい」
「……肝に銘じます」
 上の空でエメクは言った。オハラに言い淀んだころから、何も成長していなかった。
 スパイとしてテレージャを糾弾した者の中には、いくらか知っている顔があった。人の出入りが多くなったホルムで、土着というだけで相対的に立場を高めた者もいる。
 賭博や密輸をたしなむことは、どれほどの罪だろう。ホルムでは、もう随分長くろくな裁きも行われていない。
「……あの人は……」別れ際に、未練を口にした。「……正直者です」
*
 気付かなかったことにしたい。
 手紙を開封する前と、読了した後とで、エメクの気持ちは何一つ変わらなかった。わかりきったことが、淡々と言葉にされていた。
 まず、エメクは手紙を破った。署名の辺りを念入りに、誰にも読まれないよう散り散りにした。
 それから階段を降りていった。ずいぶん長く自室で悩んでいたせいで、探索者が仲間を誘うような時刻はぼちぼち過ぎてしまっている。それでも、見知った顔がいた。
「パリス」
 ぼんやりと酒を呷る男に、声をかけるのと全く同時に、爪を弾いた。
 男の目の前で、くるりと光がひらめいて、エメクの手の中に収まる。
「……裏? 表?」
「は?」
 パリスは、虚を付かれて目を丸くしていたが、エメクの無表情を見、合わせた手の微動だにしなさを見て、やがておずおずと言った。
「あー……裏」
 答えを聞くか聞かないかの内に、エメクは手を開いた。
 硬貨は裏を向いていた。
「……僕もそう思ってたんだ」
 エメクが一人ひばり亭を出たのは、こんな次第である。
 もう、エメクは諦めていた。
 外衣の下には、大剣を吊っている。魔術の品で身を固め、完全武装の様相でも、もはやホルムの人々は学僧ならぬ筆頭探索者のエメクを訝しむことはない。どこか、気持ちの痛む現実だった。人を傷つけぬ者だとは、端から思われていないのだ。
「来てもらおう、エメク。古代皇帝の復活を阻むため――」
 エメクは諦めていた。次に黒衣の男が何を言うのか知った気になって、剣の柄に手を掛けた。
「お前を幽閉する」
 メロダークは諦めていなかった。
 一時心が揺れたのは、そのためだ。
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 メロダークはその怪僧の噂を聞いた時から、殺すより他に道はないと思っていた。
 とどめに振り下ろそうとした刃を、エメクが制した時、またか、と思ったものだ。メロダークから見れば到底会話の通じそうのない相手でも、エメクは話し合おうことがある。
「……情けをかけたつもりかい」
 功を奏す確率は、せいぜいが五分といったところか。いくらなんでも、遺跡深部で枯れ果てつつあった苦行僧が、そちらに転ぶとは思わなかった。一瞬でも隙を見せれば再び襲いかかってくるだろうと、メロダークは最後まで身構えていたのだ。
「ええ、あなたならどこでだってやっていけますよ」
 場違いな明るさで、エメクは言った。この青年の中には、生真面目な潔癖さと露悪的な皮肉主義が同居していて、折に触れ独特な不協和音を奏でる。
「あなたの心はこれほど神から遠いのに、あなたの力はこれほど強い。とても努力されたのでしょうね」
 俗欲を暴かれて負けた苦行僧は、唇を震わせた。そこから小さく「涜神者め」と言葉が漏れると、エメクは満足げに微笑むのだった。
 メロダークが到底救いがたいと思った者を、エメクはそのように残酷に救うことがある。
 『殺すなかれ』の戒律を、彼が重んじているためだろうか。だとしても、ああして魚の腑分けをするように、すべてを暴きたてる必要はない。
 自分が怪仙に感情移入していることに気付いて、メロダークの胃の腑に、ふと苦いものが満ちた。
「……将来の夢は還俗でした」
 それから程なくして、メロダークはエメクの述懐を聞くことになる。
「巫女長さまに、恩こそあれど恨みはありませんけどね。神殿に養育費を返して、普通の男の子になるつもりだったんですよ。なんなら遺跡が見つかったおかげで、早く済むんじゃないかと思ってたぐらいです」
 そう語る瞳は、山岳の厳しい寒さを鑑みてなお、あまりに遠くを見つめている。
「……叶わぬ夢なのか」
「町がああですからね……。ずっと覚悟が付かなかったんですが、少し前から突貫で修行を付けてもらっています。アダ様の跡継ぎになるんですよ、僕は」
「…………」
 高僧が還俗する手続きは、いくらでもある。土地や神殿の別を問うような種類のものでもない。そうした必要はどこにでもあるからだ。
 おそらくホルムの神殿で立志する神官は、他の多くの神殿と同じように、『命ある限り神に仕える』と唱えるのだろう。そしてきっと、エメクにとってそれは通り一遍の決まり文句ではないのだ。
「……いい選択だ。お前は町の者から尊敬されているし、……お前自身が思っているより、良い僧侶だ」
 エメクは、意味ありげに小さく笑った。
 ――彼はこの時、既に町を陥れた下手人がメロダークであることに感付いていたのだろう。そうでなければ、説明が付かない。
「ええ、ホルムとは相思相愛でね。見識が狭いので、故郷より大事に思えるものがないんです」
 エメクは、自分が学僧の身分を得たのは完全にものの偶然で、意思や努力によるものではないという。
 メロダークも、故郷のために戦士となった成り行きに、なんら自分の計画は含まれていなかったと記憶している。
 違うところと言えば、メロダークはエメクほどの年になる前に、その役目を打ち捨てたことだ。一なる神に捧げた剣を折り、雷帝に誓った忠誠の言葉を自分で理解できる年齢になってからも、『殺すなかれ』の禁を破り続けて、今も人を欺き続けている。
*
 末期のアルケア帝国に広く知られていた、ある噂の類型がある。
 「生き残った皇子」が、帝都のいずこかに身を潜め、帝国の苦境を打破する日が来るというものだ。典型的な終末思想のうちいくつかと、皇室のスキャンダルを皮肉る物語が織り込まれた伝説である。
 皇后の手を逃れ、馬小屋に隠された救いの子。山賊によって育てられ、今では彼らを牛耳っているとか。あるいは当時人気を博した不敗の剣闘士の兜の下に、偉大な秘密が隠されていると囁く者もあったという。
 そんな救い主は、いなかった。受けるべき報いを受けたアルケアに、そのような者が産まれるはずがなかった。
 それがこの物語の一般的な解釈で、帝国末期の荒廃をある意味でその目で見たメロダークにも、得心の行くところであった。
 この神話が、もっともよく知られていた頃。
 「あなたの罪は赦された」と言って、人々の手を取った者がいた。
 方舟の作り手。清き人。大河神殿最初の高僧。聖典に記されるこのエルの言葉は、しかし、歴史の内外からあまりに繰り返し批判されている。
 古い記録のいくつかに、彼の名前は人心乱したる罪人として記されている。当局と対立していた河神教団も、神のごとく振る舞っていると彼を責めていた。それの後を追うように、大神殿は繰り返し会議を開いて、エルの役割についての解釈を侃々諤々としている。
 大河女神の心があまりにタイタスに近かったことぐらい、メロダークにも理解できている。
 圧倒的な都を目にすることで、それを灰塵に帰した更なる力の偉大さに、慄然としたものだ。
 それほどの力ある神に、まるで対等の立場のように、『契約』を行った人間とは、すなわち。
 察しが付いているのならば、行動しなければならない。
 ともすれば自分にも砂粒ほどは残っているかもしれない、あの青年のような律儀さに、報いるために。
  *
「……ごめんなさい、メロダークさん」
 墓所で一人、武装した四人の神官に囲まれて、エメクは静かに言った。
「僕が町を愛していると言ったこと、覚えていてくれたのに。僕とあなたの友人が眠る墓所を、荒らすことなんてあってはいけないのに。これほど沢山の理由を集めて、僕の命を諦めないでいてくれたのに」
 ――買いかぶりだ。
 エメクが語りだした瞬間から、メロダークは交渉決裂を悟って抜剣していた。彼の利き腕は右、聖句の朗唱は育ちに反して西方風、口笛を吹くなら呪歌の前触れ。だいたいのことは知っていた。
 彼が祈るように手を組んだ瞬間に違和感に気付いたのは、そうして過ごした時間のため。違和感の正体に気付かなかったのは、彼の行動を知り尽くしたという驕りのため。
「あなたがたを皆殺しにして、僕は探索を続けます!」
 エメクは、出し抜けに手のひらを振り上げた。中央の指から外してすぐ空に放られた、恐ろしげな返しの付いた指輪から、鮮血が一閃尾を引いて、風向きが異様な方向にねじれたことが知れる。供物の血を存分に吸った魔術的な合金が、その表面に既に呪文を完成させていた。
「――盾を――!」
 同胞へのメロダークの警告は間に合わなかった。
 空気の渦が吸い込まれるように中空が闇に染まり、一瞬、想像しうる全ての苦痛に繋がる魔界の情景が、遠近感を無視して視界を占領する。
 紙一重で、メロダークの障壁の術は間に合った。そうでなければ、小さな指輪が作り出した門から吹き出でる、怒涛のような吹雪に呑まれていただろう。
 メロダークと同じ判断をした神殿兵は、二人いた。そのうち一人にとっての不運は、吹雪すら前触れに過ぎないと判断できなかったことだ。捧げられた魔性の血に応えてあらわれた魔神は、地獄の冷気の中を突進し、ねじれた角で白銀の兜を一突きに貫いて、吠えた。
 この任務のために選りすぐった精鋭のうち最後の者は、もっとも果敢な選択をした。エメクが指輪を投げるや否や、雷王の名を唱え、鎚をまっすぐ振り上げた。これほどの大魔術が、まさか魔道具一つで完全に準備されたもので、エメク自身は呪文の一つも唱える必要がないとは、まったく考えもしなかったのである。
 エメクは即座に振り返り、両腕で剣を振り抜いた。武僧の腹はいさおしの声に突っ張った形のまま真っ二つに分かれ、血の一滴も噴き出さなかった。
 メロダークが顔をあげた瞬間に見たのは、エメクの構えた黒刃の大剣が同胞の生命を残らず吸い上げる情景と、それより素早く自分に向かってくる、獣をもっとも忌まわしく組み合わせた異形の魔神であった。
「……!」
 略式の聖句を口の中ですばやく唱えた。護りの術のために下げていた剣を、思いきり振り上げた時には、既にそれは破邪の聖剣となっている。
 ――地上に突如として招来された魔物は、魔力の濃い遺跡の下層よりも、いくらか脆い『つくり』になっていたようだった。傷口から溢れだしたおどろおどろしい体液が、メロダークに振りかかるより先に、大気に呑まれるように霧消していく。幸運だった。――もしもアーガデウムが地上に再臨し、タイタスの魔力が世界に満ちれば、もはやこう簡単には行かないだろう。
 そして、もしもここに、戦将バルスムスがいれば? 彼はエメクに魔神を招来する隙すら与えなかったかもしれない。だが、無意味な想定だった。彼がいくさに出払う瞬間を見計らい、万に一つエメクの命が助かるように説得する機会をと、今回のことを半ば無理矢理計画したのはメロダークである。そうでなければ、メロダークは自分自身を許せない。救いようのない者を救ってきた青年を不意打ちで殺すことが正しい行いであると、己に言い聞かせることが、もう出来なくなっていた。
 剣狼騎士団のつわものが、いま目の前で打ち殺されても。その死体を踏み越えたエメクが、自分に向けて魔剣を振りかぶってきても、なお。
 大剣を振り抜く速度は、メロダークの方が早かった。腹を割り、内蔵を引き裂く手応えがあった。
「う……っ!」
 ――エメクは、武僧ではない。体をよろう魔術の壁は脆く、呪具を扱う高い代償を補うに至らない。痛みと衝撃で集中力を瞬間失ったエメクの剣は、ほとんどただ重力のみに従って、メロダークの鎧を一筋傷つけるに留まった。重装兵に、真銀すら切り裂く理力の剣を持ち出した判断は、正しい。彼の魔力を全神経で叩きつけるより他に、白兵戦を制す見込みはない。
 そうした捨て身の戦い方の訓練を、ホルムの神殿で受ける手段もまた、存在しない。
(……なぜ一人で来た)
 知っている。自分が手紙にそう書いたからだ。人並み外れた直感と、類稀な人望に守られてきた彼が、約束一つでそれらを打ち捨てると、確信した上で。
 体勢を崩したエメクの背後に、最後に一人残った武僧が迫っていくのを見ながら、メロダークは奇妙な感傷に溺れていた。事ここに至っても、自分で彼の首を斬ろうという、意欲が足りなかったのかもしれない。
 メロダークが構わずもう一太刀浴びせていれば、少なくともあの武僧は死なずに済んだ。
 エメクに備わる第六感じみた直感が、彼に挟撃の隙などついぞ与えたことがないと、知っていたはずだった。メロダークが武僧と視線を交わしたことも、エメクは見ていなかった。
 魔剣を握り直しすらせずに振りぬいて、エメクはほとんど転がるように身をひるがえした。ただ、敵の皮膚を一筋傷付けるだけでよかったのだから。次の瞬間、武僧の口が空気を吹き出す形に歪み、一瞬で千年の時を経たように渇きさらばえていく。ほんの小さい傷口から、おびただしい量の血液が溢れだして、黒い刀身を真っ赤に染めた。
 生命そのものを吸い尽くして、エメクに活力を取り戻させる。過剰なエネルギーが口から血塊として零れ落ちていくのも意に介さず、彼は腕を突き出して命じた。
「"思い出せ"」
 メロダークは、ひととき自分の動きがひどく鈍くなったように感じた。己の精神めがけて、神の威光を打ちおろされたかのように感じた。
 思えば、それほどひどい思い上がりもない。
「"川の娘よ、まなこを開けよ 未だ尽きせぬ 怒りを見せよ"」
 変わっているのは、世界のすべてだ。踏みしめた草が音を立てて開くことがない。さきほどまで冷気にさらされていた地面が、異常な粘度でまとわりついてくるように感じる。
「"大地よ、伏して罪を見よ"」
 遠くで鳴く鳥の声すら聞こえなくなったのに、目の前の青年だけが朗誦を続けている。
 ――エメクは、ホルムの学僧である。この地域の伝承での大河女神は、時にはハァルよりも激しく振る舞う。「水を操る魔術」など、最初は禁術だと思ったものだ。彼らは、かの大神を「娘」と呼びならわして親しみながら、同時に、メロダークよりもずっとその脅威を知っている。
 そしておそらく、その怒りをもたらしたものも。
「"お前の名前を、思い出せ――"」
 悪夢の中を、もがくようにして。メロダークは口を開けたが、声が出なかった。
 何を言おうとしたのだろう? なんでもよかった。いまここで彼を殺せる言葉を知っていたなら、それを吐いた。
 ――ホルムとは相思相愛でね。
 精神の働きだけは明瞭で、メロダークはエメクのいつか言ったことを思い出すことができた。
「"其、アーガデウムなり"!」
 ありとあらゆるものが、土石流に大変化する、さなか。
 彼に『心にもないこと』を言わせた罪悪感が、一足先にメロダークを突き刺した。
*
 轟々と炎が燃えている。
 山の頂上に至るまでに、何度も嘆息した。色の無い火が、ほとんど自分を焼かないのが、嫌だった。自分がこれまで抱えてきた罪悪感が、まるで軽石のように扱われるのが、嫌だった。
(……こういうところが、)半ば、『そうだろう』と察しの付いていたことでは、あったけれど。(僕は、僧侶に向いてない)
 嘆息した。自分のことばかり考えている、自分に向けて。
 裁きを求めるような者が、どうして懺悔室の奥に座れようか。自ら惑う者が、どうして人の心を和らげて、悪から遠ざけることが出来ようか。あの謎めいた女性はそのようにして、自分を庇護しようとしたではないか。
 オハラに釘を刺された時から、エメクはひとつも成長していない。
 山頂で、彼を見た。
 その足は、火傷で深く抉れていた。体重を支えて歩いてくることが出来たのは、ここが物の道理の通らない、奇妙な世界であるためだ。
 それでも歩くことを選んだ彼が、自分と比して、随分と傷つけられているのが、嫌だった。彼の痛みと、自分のそれに、誰かが違う値段を付けているようで、嫌だった。
「では僕も、ここから突き落としてください」
 言葉にしながら、もう後悔していた。ありふれた悪夢と同じように、すぐ後に何が起きるかわかっていたのだ。そして知っていたところで、変わることは何もない。
 御使いはゆっくりと首を振った。
 エメクがはっきり覚えているのは、それぐらいだ。
 意識を取り戻した時、自分は半身水に漬かっているのかと錯覚した。体が重い。一拍遅れて、痛みがやってきた。魔剣の力で血を流しやすくなった体に、ぱっくりと傷が開いている。いつの間に、ではなく、まだ、と言うべきだ。自分は武僧の集団に剣を向け、死なば諸共と大水を呼んで、偶然にも岸辺に流れ着いた、その直後なのだから。
 エメクは、そのまま目を閉じてしまいたかった。重い怪我だったし、ひどく疲れていた。岩だらけの岸辺は、長い夢で見ていたどこかに似ている。脳裏に焼き付いた死と再生のイメージが、ちかちかと明滅し続けていた。
 それでもまだ、死んではならない。手のひらは水にふやけていて、体を持ち上げるために力を込めただけで浅く切れた。ぜえぜえ言いながら辺りを見渡そうとするか、しないかの内に、視界に黒い影がひらめいた。
 あっ、と、上げそうになった声が、乾いた喉に詰まって消えた。この岸辺に、他に動く者がいる。
 ずぶ濡れの黒衣の男が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。後ろ手に、角の丸まった、鉈めいた大刀を引きずっている。――激流の中で失ったのだろうか、あの剣は墓地でエメクの血を吸ったものではない――と、どこか呑気に考えていた。
 眠る前のようにおぼろげだった記憶は、もうはっきりと蘇っていた。
 メロダークは訓練と経験を積んだ武僧である。エメクが打ち合って勝てる相手では、ない。
*
 まだ、メロダークが古帝国に関する知識をほとんど隠していたころのことだ。
「……え、そっちの不滅なんですか?」
「そうとも。遺体が傷んでいくことで、人の魂が損なわれると信じられていたわけだ。……ん、そっち? 何をどう読んだんだね君」
 酒場で古代文書に関する考察を声高にしてはばからないテレージャに対して、エメクが、かすかに周囲をうかがう素振りをしていたことを覚えている。――メロダークは、同じように『知らないふり』をしていたからだ。
「えーと……いや、新鮮なうちに血と内臓を取り出せば、その、経済的に利用できるんだろうな、と……」
「――成程! なんだ、いい視点じゃないか! そう裕福でない層にも施術が広まった原因の一端かもしれないな……こうしてはいられない、もう一度図書館を調べに行こう! さっきは後回しにした書架に――」
 息まくテレージャを、そのあたりでエメクが止めていた。仮にも僧侶が、というような説得だっただろうか。
 メロダークが死者の書に関する彼らの論述を記憶にとどめているのは、何も歴史に興味があったからではない。あれは証拠の一つにすぎないが、確実に一つにはなる。
 タイタスは刈り取る者である。彼の律法は、徴収のためにある。彼の徴収は、その血肉たる帝国を太らせるためにある。最後の意味に一足飛びにたどり着くことが、その化身の『才能』でなくて、なんであろう。
*
 メロダークは、一時動けなかった。明らかに魔術の朗誦である言葉が、自分の精神に作用したかのように感じた。
「"川の娘よ、棺を開けよ"」
 吹雪の余韻が、いまだ墓地に吹き荒れている。凍気のために動けないのだと言えないように、メロダークは自分の足に魔術の焔を灯した。
「"未だ尽きせぬ、嘆きを見せよ"」
 エメクが呼びかけているのは、敵であるメロダークではない。神の呼び方は、この地方に独特なものだ。
「"大地よ、伏して罪を見よ"」
 ――エメクは、土地の学僧である。棄児でありながらその生地で育った、タイタスと同じように。
「"お前の名前を、思い出せ――"」
 極寒の草地に黒焦げた足跡を残しながら、メロダークは急いだ。もう、自分以外にいない。
 彼を殺さなくてはならないと、はっきりと思った。ホルムの青年に、言葉を続けてほしくなかった。
「"其、アーガデウムなり"!」
 波が弾ける音が、
 
 岩が打ち砕かれる音が、意思を持つ風の音が、誰かの悲鳴が、遠くで聞こえた。
 エメクのすぐ近くでは、熱を持たない炎が無限に燃焼するのみである。
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【書きかけ】(るいな二次)蛇の道は蛇
初公開日: 2022年09月26日
最終更新日: 2024年09月13日
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やさぐれエメクとメロダークがお互いに「俺みたいになるな……」って思ってる