好きだと伝えてないのに思わず長谷部にキスしてしまった審神者。瞬時にやってしまったと後悔して体を離すと、今度は長谷部が抱きついてきて口付けてきたので、何はともあれめでたく収まった。
ℋ𝒶𝓅𝓅𝓎 ℰ𝓃𝒹
「っあ、ごめん」
「いえ」
危なかった。執務室で近侍の長谷部と二人、畳に書類を広げ、額を突き合わせてああでもないこうでもないと、部隊編成や内番の組み直しについて言葉を交わしていると、気付かない内に顔が近くなり、危うく額同士をぶつけるところだった。寸前で慌てて体ごと身を引くと、長谷部の方も初めて距離の近さに気付いたようで、目を丸くしていた。見開かれた瞳の藤色がはっきりと見えて、思わず見蕩れる。いやこれも危ない。俺は咳ばらいを零して、改めて姿勢を正した。体や顔が近付いたのは決して故意ではないが、何せ俺はへし切長谷部のことを臣下として以上の気持ちで好いてしまっているので、二人っきりという状況に緊張しながらも無意識のうちに寄ってしまった可能性だってなくはない。無意識にやらかしてしまうくらい、俺は長谷部のことが好きだ。ただ、それを伝えたことはないし、これからも伝えることはない。至らないところも多いとは言え俺は一介の審神者でしかないし、長谷部はそんな俺を支えてくれる優秀な臣下だ。好きになってしまった時点で手遅れではあるが、公私混同も甚だしい。長谷部は優秀な上に気遣いが出来て優しい刀だから、俺がこうしてたまに距離感を間違えてしまってもただ小さく笑うだけでゆるしてくれているが、どこに出しても恥ずかしいセクシャルハラスメントである。優しい長谷部じゃなかったら多分十回くらい訴えられてる。
長谷部の優しさに甘えてんじゃねえ! と心の中で自分を叱咤しつつ、俺は気を取り直して編成表を、隣に座る長谷部にも見えるように机に並べ直す。二人で下を見てるから気付かない内に額がぶつかりそうになるんだよな。
「ええと、第一部隊は引き続き長谷部が隊長で、それは問題ないよな?」
「拝命致します」
「第二は清光、第三は鶴丸、第四は大俱利伽羅、と。基本あんまり動かさなくていいとは思うけど、笹貫をどこに入れるかだよなあ……」
「第一か、第二が妥当かと思いますが」
「だよね、俺もそう思うけど、そうすると第一か第二の誰かを動かさないといけないじゃん? 第一だと太刀が多いかな、ってなるし、第二だと今度は太刀一振りか、ってなるし……でもどちらかというと清光のとこの方が相性はよさそうかなあ、とか……いっそ第二組み直すのもありかな」
「そうですね……ただ同田貫は」
「最近出陣が減ってるから、フラストレーション溜まってそうだよね……」
「加州と同田貫はそのままで、他の連、…、者を入れ替えるのはどうでしょう。俺は鶴丸をこちらに入れても良いかと」
「ああー、確かに。部隊長組二人いると安心かも」
「とすると――」
意識して体を離したせいか、今度は途中でぶつかるなんてこともなく、話はスムーズに進んだ。新人を迎えてからの部隊編成と内番の調整、部屋割については俺一人で勝手に決めたところで文句が出たりはしないんだが、やっぱり本丸のことを理解している男士から意見を貰った方が捗る。べ、べつに長谷部と少しでも長く一緒にいたいとかいう職権乱用じゃないし。多分。なんて、考えながら少し油断していたのかもしれない。
「これで大体できたかな。じゃあ一旦これは片付けて――」
「では俺が――」
俺と長谷部が、机に広がった書類をどけようと手を置いたのは同時だった。しまった、と思ったときにはもう遅く、長谷部の手の上に俺の手が完全に重なっていた。汚れひとつない、白い手袋越しに、しっかりと長谷部の温度とか、少し骨ばった手の節の感じだとかが伝わってくる。すぐに離せばよかったのに、さっきみたいに、ごめん、って謝って体を離せば誤魔化せたかもしれないのに、少し、こうしていたいと思ってしまって、あまりの身勝手さに青くなった。たっぷり3秒は重ねてしまっていただろうか。
「ご、ごめん、俺、……」
恐る恐る顔を上げると、二人同時に同じ書類に手を置いていたせいで、気付けば目と鼻の先に長谷部のびっくりした顔がある。ごめん、またやっちゃった、とか、ごめん、これセクハラだよな、とか、こういう時は振り払っていいんだよ、とか、言った方がいいことは色々あったはずなのに、俺は、
「っ、ん」
少し身を乗り出すだけで、俺は長谷部の唇に自分の唇を重ねていた。というか、ほんとに、少し、ほんの少し身を乗り出すだけで触れてしまうくらい近くに、長谷部の顔があった。いや、これは言い訳だ。今度こそやってしまった! と瞬時に身を離す。唇が触れていたのはほんの一瞬だとは思うけど、それでも唇に、かさついた長谷部の唇の感触が残っている。
「は、せべ、ごめん、俺、ほんとに……」
机に置いた長谷部の手が、くしゃりと書類を握って皺を作った。あー、まじでやってしまった。いくら長谷部のことが好きで、業務中に何度も体が触れたり手が重なったりしても長谷部が笑って許してくれるからって、これはいくら長谷部が優しくても、もう、
「あるじ」
血の気がざあっと引いて、貧血みたいに頭がぐらりとし始めて、けれどそのまま気が遠くなってしまう前に、体に軽い衝撃があって、俺は畳にひっくり返った。怒った長谷部に突き飛ばされた、というわけでは全然ない。それにしては、ぶつかられたとか突き飛ばされたというより、これは抱き締められて、そのまま倒されたような――
反射的にぎゅうとかたく瞑ってしまった目をそっと開くと、見慣れた天井をバックに、顔を真っ赤にした長谷部の顔が俺を見下ろしている、と思った次の瞬間には、その顔が段々近付いて、何か言う前に、今度は長谷部が俺の唇を塞いでいた。それも、さっきの事故みたいな軽いものじゃなくて、唇の感触を確かめるように、ちゅ、ちゅ、と何度も食まれ、角度を変えて何度も音を立てて唇を吸われた。
「んっ、う、ま、まって、長谷部、んむ、ぁ」
「はぁ……主、あるじ…っ」
じたばたしながら長谷部の胸を押したものの、俺程度の力で刀剣男士を押しのけられるはずもなく、