「バーカ!バーカバーカバーカ!二股なんかしやがって!タンスの角に小指でもぶつけてろー!」
誰も人がいない砂浜で、海に向かって大声で叫ぶ。
あたしの叫びは、打ち寄せる波と、うんざりするほど青い空に吸い込まれて消えていった。
──現世で付き合ってた男に浮気されて、あっさりポイッと捨てられた。
まぁ確かにさ!審神者って結構忙しいから、最近会えなかったりしたけどさ!会えない間に全然知らない女と同棲始めてて、昨日唐突に「別れてくれ」って連絡が来た。
相手の男からは「お前だってさ、仕事でとはいえ、男に囲まれて暮らしてんじゃん」って言われて。それはさ、そうかもしれないけどさぁ……。
「あー腹立つ!」と捨てゼリフのように叫んで振り返ると、一緒に来てくれた浦島が「すっきりした?」と笑った。
「まぁ、多少はね」
なんというか、あまりに腹が立ちすぎて好きだった気持ちはどっかに行ってしまった。
でも、それでよかったような気もしている。ここで未練タラタラってカッコ悪いし。
「………………」
でも、胸の中にぽっかりと穴が開いたような、そんな虚無感がある。なんだかんだ楽しかった、あの時間はもう戻ってはこない。
「ありがとね、浦島」
「ううん、主さんがちょっとでも元気になるなら、俺はいくらでも付き合うぜ」
はぁまったく、よくできた近侍だよ。本当に助かる。
……というのも、海に来たのは浦島の提案だった。あまりにあたしが荒れて、延々と酒を片手にくだを巻いていたのを見かねて、浦島が連れ出してくれたというわけだ。
「……主さん、結局その指輪はどうするの?」
「……え?」
なんだ、バレてたのか。そう小さく笑って、ポケットに入れていた指輪を出す。
アイツがくれたペアリング。そう高いものでもないし、持ってても仕方ないから海に投げ捨ててやろうかと思っていた。
……でも、あたしが毎日接しているのは刀の付喪神。彼らだって元々は物で、この指輪と同じなんだ。浦島の目の前でこれを投げ捨てるのはなんだか気が引ける。きっといい気持ちはしないだろう。
かといって、どうしたらいいかは今は分からない。浦島にどう答えたものかと考えて、「まだ考え中」と笑ってそのままポケットにしまった。
「逆に、浦島はどう思う?」
物として、刀として、付喪神として。指輪に直接は訊けないから、浦島に訊いてみる。
「俺?……まぁ、物としての立場なら、大事に使ってほしいよな」
「ははっ、そりゃそうだよね」
当たり前だ。物として生まれたなら、持ち主には大事にしてほしいだろう。腹が立つのはあの男で、この指輪に罪は無い。……アイツのことを思い出して腹が立ちはするけど。
「……でも、男としてなら、それは持っててほしくはないかな」
「……え?」
男として?とは?と考えてる間に、浦島が近づいて来て距離を詰められる。あたしの手をしっかりと掴んだ手は、幼く見える顔に似合わず案外骨張っていた。
「主さん、さっきの指輪出して」
「え?……はい」
言われた通りポケットから再度指輪を出すと、そのまま浦島が手に取って懐にしまい込む。そして「この指輪、俺が預かるね」と微笑んだ。
「……ねぇ、主さん。俺のことなんとも思ってないでしょ?」
「……え?」
浦島が急にそんなことを言いだしたもんだから混乱して何も言えずにいると、「ほらやっぱり」とあっさり笑う。
「そうかなーとは思ってたよ。まぁ昨日まで彼氏いたからしょうがないよな」
というか、刀剣男士はみんな神様で、仕事仲間だ。そういうのは意識したことは無かった。
……でも、そんなこと思ってたのはあたしだけで、浦島は違うの?って思ったのも束の間。ぐっと腰を抱かれて引き寄せられ、あと少しでキスしそうなところまで顔が近づいた。
「ま、今この瞬間からは、そんなこと言わせないけど」
翡翠色の瞳にじっと見つめられ、言葉が何も出てこない。
静かな海で打ち寄せる波の音だけが響いたかと思えば、浦島は腰を引き寄せた手をパッと離して「ごめんね主さん!びっくりした?」と、いつもの可愛げのある笑顔で笑った。
「でさ、改めて提案なんだけど。次に主さんが恋する相手は俺、っていうのはどう?」