「わァ~…ここが東の国?おもしれ〜♡何で窓に紙貼ってんの?」
「アレは障子と呼ばれるものだそうですよ。古来ガラスを作る技術が無かったヒトが、室内に明かりを取り入れつつ、雨風を防ぐために作られたと言われています」
「物知りですね」
 どんチャラ祭囃子が聞こえてくる昼間、国境テレポーター港、通称テレ港から鏡を使って東の国の土地に降り立った3人が居る。二人はそっくりな顔立ちを見合わせてきゃらきゃら笑いながら写真を撮って楽しんでおり、その後ろで二人に比べ小柄な少年が荷物の確認や雇用主に無事辿り着いたことを連絡している。
「アズール何て?」
「浮かれて面倒を起こすなよ、キッチリ仕事をしろ、さもなくば骨の髄まで粘液を絞り尽くす、だそうです」
「フフ。なるほど。かしこまりました」
「めっちゃ通常運転じゃァん!あ〜んな拗ねて駄々こねてたのにね〜♡アハあはアハ」
天候は快晴。
透き通る入道雲を見つめ、少年は思い切り息を吸い込んだ。
 発端は1ヶ月前に遡る。
その日、妙に監督生は運が悪かった。何も無い所で膝の皮が深めに抉れるくらい転けたし、一時間に30回ぐらいよく分からない言い掛かりを付けられて絡まれた。いつも買っていた一番安くてコスパのよいお弁当も目の前で売り切れたし、授業が終わる事に先生に課題集めや薬草の仕分けなどを頼まれた。何より愛用していた眼鏡が真ん中から真っ二つに折れた。何にもしていなかったのに。持った瞬間壊れたのだ。
 これは今日の所は大人しくしていよう。今日は多分ダメな日なのだ。監督生はテープでグルグル巻きにしても斜めにずり落ちる眼鏡を前に深深と肩を落とした。
 そういう時に限って人は巻き込まれるもので、しずしずと注意深く人にぶつからないよう廊下を歩いていると、誰かが急に目に前に飛び出してきた。避けられずおでことおでこがどチンと当たる。
一瞬たたらを踏み、相手に謝ろうと顔を上げるも焦点が合わない。
「すみません」
「いえ、こちらこそ…あぁ、眼鏡…」
 ポッケから飛び出した割れた眼鏡が、上手い具合にテープが外れてどっかに行き、今まさにぶつかったせいで割れたように廊下に落ちていた。
「申し訳ない.......何てことを」
「あ、いえこれは」
「寄りにもよって命より大事な眼鏡を……ッ!」
「いえ、え?あの大丈夫で」
「こんな、死んでも詫びきれない、眼鏡さん!」
 何でNRCの生徒って人の話を聞かないんだろう。コミュニケーション能力に明らかに問題がある。少しぼんやりした視界の中でも、真っ二つに折れた眼鏡を恭しく両手で持って詫びている人の姿が見えた。
「貴方にも何と詫びたら良いか…クッ」
「いや本当にこれは最初から」
「今すぐにでも直してやりたいが生憎ブロットが溜まりに溜まっていて魔法が使えないし今とてもとても急いでいて手作業でも直してやれない済まない!眼鏡屋の威信にかけ完璧に直したいので預かっても……ハァッ!?何だコレは見たことの無い型素材軽量感レンズ!こんなもの見た事ない何故壊してしまったんだ貴重すぎる…」
「息大丈夫ですか?」
 ノンブレスで一気に吐き出された言葉達は無意味に道端に転がった。
とりあえず急いでいるようだし落ち着いて欲しかったので、パッパと服のホコリを払った後、相手の顔の前でパチンと手を合わせる。
 つらつらと狂人のように言葉を並べたてていた人はハッと我に返り、ようやく視線が交わった。
「そうだった!済まないが急用があるため僕はこれで失礼。この眼鏡は僕が直して貴方に返そう。名前を聞いても?」
「オンボロ寮の監督生で分かると思います」
「なるほど了解した!では!」
 言い切るとスタスタと足早に去っていった背中に、眼鏡が好きな人なんだろうな、と思うと同時にあっ、と声が零れる。
「別に直さなくていい、って言えなかったな」
 その日アズールは最高に調子が良かった。
飛行術では文句なしのパーフェクトを叩き出したし、課題では歴代最高得点を取った。抜き打ちテストでもS+評価だったし、ずっと契約を粘られていた食品企業とのコラボ企画もトントン拍子に進み、上手く行けば契約は確実だった。マジカメグラマーのヴィルに取り上げられたおかげでモストロラウンジの店内のインテリアがバズり、老舗のオーダーメイド専門店からずっと欲しかったカトラリーセットを格安で大量に購入出来た。
 まさにアズールを中心として世界が回っていると言っても過言では無いくらい全てが上手くいく。
 高笑いが止まらないアズールの元に、古めかしいベルの音が鳴り響く。アンティークな細身の黒電話を耳に当て話を伺うと、遥か遠方の東の国からの電話だった。
 モストロラウンジの功績を耳に入れた東の国一大きな学園を経営している理事長が、全ての負担はこちらで請け負うので、どうか我が校で運営している喫茶店に経営のノウハウを教えて欲しいと連絡を取ってきたのだ。
 こちらも同じく生徒達だけで運営しているが、順調とは言いがたく、このままでは赤字で店を打ち切らねばならない。それは今まで運営をしてきた生徒達の面目も浮かばれぬ。どうかビジネスというものを叩き込んでやって欲しい。生徒たちも同じ年代同士でも上手く経営しているモストロラウンジを尊敬してうんぬんかんぬん──なんという事だ。カモが自らネギを背負ってやって来た。こんなビジネスチャンスを逃す手は無いと喜び勇んで話を受けた。タダ。なんと素晴らしい響きか。上手く行けばモストロラウンジ東方支店、それでなくても無償で東の国のマーケットリサーチができるなんて!
 アズールは眼鏡を覆うように手をついて、肩を揺らして笑う。それを見ていた双子達は「何アレキモ」「顔面が取り繕えないほど嬉しいことがあったんでしょう」などと好き勝手宣った。
 因果は巡る。天秤は傾く。
偶々、グリムはやらかしてラウンジのスポンジになっていた。
偶々、その日はマジカルワックス(1年保証付き)が塗られた日だった。
偶々、グリムが全身の泡を払おうとブルブル震わせた後の泡が、バックヤードのツルピカな床に落ち、やがて泡だけが消えて水だけが残った。
偶々、上機嫌で浮き足立ったアズールがバックヤードへ訪れた。
偶々、アズールを探していた眼鏡屋の息子が声をかけた。
偶々、振り向いたアズールが、濡れて滑りやすくなった床の上へ1歩踏み出した。
そして、見事にツルっといったアズールが長い御御足をそのままの勢いで前に思いっきり伸ばし。
プリマのように美しい前後開脚が、眼鏡屋の息子の足を払った。
ずる、と恭しくシルクのハンカチに包まれた眼鏡がずり落ち、床に円を描きながらアズールの今にも地面に触れそうな腎部の下へゴールインし、勢いを殺す事も出来なかったアズールの全体重によって
メキャ!
と絶望的な音を立てた。
そしてダメ押しのように眼鏡屋の息子がアズールの上に倒れ込み、ギャチ、とか細い断末魔が上がった。
 サアと顔を青ざめさせるアズール。
目を見開き現実が受け止めきれない眼鏡屋の息子。
双方はお互いの良心でもって、このことを無かったことにしようとしたちょうどそのとき、グリムを迎えに来た監督生がバックヤードの扉を開けた。
「自害する他ない!!!!!」
「エッなに?怖い」
パタンと扉が間抜けに閉まる。
状況を整理出来ない監督生は、縺れあっている二人を見て、察し……とはならなかった。アズールの顔が人魚のように青ざめており、もう1人はひたすら地面に頭を打ち付けていたからだ。正直に言おう。余りにも怖い。
「大丈夫…じゃなさそうですけど、とりあえず怪我は無いですか?」
「とてもではないが起き上がることが出来ない……この……絶望に…」
「うーん。アズール先輩は」
「…大丈夫です、心配ご無用。アイザックさん!申し訳ありません、お怪我…よりも」
 アズールは深深とため息をつきたくなるのを懸命に堪えた。
「眼鏡を壊してしまって申し訳ありません。替えをすぐご用意致します」
「いやそれが無理なんだ。その事で貴方に相談があったんだ…」
グゥと胸に息を押し込むような苦々しさを覚えたアズールは、自分の尻に敷いた眼鏡だったものを取り出し、どうにかならないか確かめようとした瞬間、監督生が口を開く。
「あ。ソレ、自分の眼鏡…」
「は?……ということは」
「異世界産一点物ですね。ははは」
 絶句。
 アズールは内心でちくしょう!と叫んだ。
これまでの幸運のツケが回ってきたってか?
クソッタレ、こんなことで!
そう、こんなことでアイザックとの関係を悪くする訳にはいかない!
何を隠そう、アイザックの親が経営する眼鏡店はとんでも高級店だ。眼鏡ブランドの中でも一線を画す、知る人ぞ知る名店である。
 陸に上がったときに落ちた視力で、どんな視力矯正器具も合わず悩んでいたアズールに眼鏡オタクのアイザックが声をかけた事がキッカケで、アズールにしては珍しく対等で良好なビジネス関係を築き上げてきた。
それをこんな…!
「いやいいですよ。さっきも言いましたけど最初から壊れていたものだし……なんならあげても良かったんです。どんな役に立つか分かりませんけど。貴重…なのは間違い無いし」
 「はぇ?」
 とんだ間抜けな声を出したアズールの脳内で、走るシナプスがN1101銀河を描いた。
余りに理解出来ない現象に遭遇すると思考が宇宙に飛ぶのは全種族共通なのか。
 背後に宇宙を背負ったアズールとは裏腹に、アイザックがぶるぶるとその身を震わせる。
「……なんだって?この…眼鏡を?あげても良かった……?」
「ん、まぁ…昔から愛用してたものですけど、壊れてしまったから。自分じゃどうあっても直せないし、それだったら貴重だって言って貰える人の所に行った方がいいと思います」
 だって、もったいないし。
そう微笑んだ監督生を見たアイザックの脊髄に、ピシャーン!と雷が落ちる。
未だかつて無い衝撃だった。何せアイザックの眼鏡好きは異常だ。NRCに在籍している時点でお察しだろうが、彼の愛と気遣いは眼鏡にしか向かない。貴重な眼鏡の為ならばあらゆる手段を使ってでも手に入れてきた。そう、眼鏡屋ならね。
  しかしその何より貴重な眼鏡を壊してしまったというのに、彼は自分を許すどころか、あげても良かったという。価値がわかる人の所へ行った方が眼鏡も浮かばれると。
 アイザックは胸を震わせながら声をあげた。
「……素晴らしい!不肖ながらこのアイザック、感銘を受けた!貴方に何か捧げたい!」
「あれ、おかしいな。話が全く通じない」
「何でも言ってくれ!僕に用意出来るものなら用意しよう!眼鏡か?それとも眼鏡か?」
「実質一択ですね」
 監督生は眉を八の字に下げてチラッと斜め上を見た。
特に何も思い浮かばないし、そもそも詫びなどいいと言う話だったはずなのに…。しかし、これ以上の問答は無用だろう。ぶっちゃけ意味無さそうだし。
 首を捻りながら少し唸る。欲しい物?欲しい物…。
「あ」
「何本!?」
「いや、東の国の調味料とか欲しいなぁ、って」
 そこでアズールが宇宙から戻ってきた。
しめた!東の国へ行くついでに買ってくれば、費用はあちら持ち、アイザックには恩を売り、監督生への借りはチャラ。しかも自分の懐は痛まない!なんて素晴らしい。やはり今日はツイてる!
「東の国の調味料?この僕にお任せを!丁度アテがありましてね。必ずご用意致します!」
「わぁ嬉しい」
「いいえ、いいえ。こちらにも責任がございます。アイザックさんへの謝罪も込めて、僕が全て解決いたしま」
「…足りない」
 ゆら、とアイザックが片足を踏み出す。
幽鬼のような顔でキッと監督生を睨みつけたかと思うと、肩を結構な力で掴みかかった。
「そんな程度では全く足りない!君!」
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向き
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監イド監でキスしないと出れない部屋〜セックスしたら死〜
初公開日: 2022年06月23日
最終更新日: 2022年09月09日
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コメント
全年齢で可能な限りエロくしたい
という気持ち
リバっぽい