「ねぇ、秀くん。次の誕生日プレゼントは、何がいいかな。」
何があったというわけでもない。ある、初夏のころの、話。
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「え???誕生日プレゼント…です?」
「そう。何がいいかなぁ。」
「んもー!ミトさん気が早すぎっすよぉ!」
「そうかなぁ…」
仲良く、並んで。のどかな広場の、木陰のベンチに腰掛ける。街は平穏で、子供たちが遊んでいて、中央の噴水がきらきら太陽の光を浴びて輝いていた。二人の青年の足元には、暑そうな大きな黒い犬が冷えた地面の涼しさをめいいっぱい利用しようと足を伸ばしていた。
「ついこないだ祝ってもらったばっかりっスよ?オドさんのケーキとー、ミトさんの紅茶とー、ぶあっつーい薬草図鑑!ベルト付き!」
「それはそうなのだけど…夏にしか、用意できないものだったら、どうしようかと思って。」
「えぇ~…そういう感じです?むしろ俺は二人が欲しいものの方が知りたいってゆーのに…」
「私達?私はもう、欲しいものは側にあるからなぁ。ないかもしれないね。」
短い、茶髪。明るい声色。良く響く元気の良さと人懐っこそうな笑顔の青年は、確かに今、分厚い表紙の本を所持していた。大事そうに抱えて、落とさないようにか専用のベルトまでつけて。ふわふわと、決して跳ねるようではないのだが、どこか地に足ついていなさそうな声色で話す紺髪の青年の青い瞳をじぃと見つめる。
「用意しようとしてくれるのはうれしいですけど……なにか、ありました?」
「何か、とは?」
「それはわかんないっすけど…ミトさん、なんか、ふわふわしてるってゆーか…心ここにあらずー、みたいな?正直、星を見てるときはよくありますケド、なんか珍しいっすね?」
「ふわふわ……。……そうかもしれない。お誕生日プレゼントの事を考えすぎていたのかな。」
「むー。突然そうなるのが不思議なんすよー。昼間だから眠いとか…、その、無理に俺に付き合わなくてもよかったんですよ?いつもは寝てる時間ですし…」
「ううん。眠くはないよ。秀くんには私が付いていきたかったから来ただけだし、気にしないで?」
「それならイイんすけど…。でも、あんまり考えすぎてふわっふわしたらダメっすよ?オドさんも心配しますし、それに俺そんなむずかしいものお願いしませんって!
そりゃ?貰えるのはスゲー嬉しいですけど!!考えてもらえるのも嬉しいですけど!俺の誕生日三月っすよ?まだ前回から半年も経ってないですし、それに毎回貰ってるし、なんつーか、ほんと、そんな、ね?」
あわあわと、宙でろくろ回すみたいに手をわたつかせ。精一杯の嬉しさと、申し訳なさじみた感情と、心配と。それらがおり交ぜになった落ち着きのなさに、くすりとほほえみ溢してまぁまぁと制する。
「うんとね、ただ、思っただけなんだよ。ほら、あそこに生えてるお花が見えるかな。この前のハーブティーにはね、あの花も入っていたんだよ。とてもおいしいと言ってくれていたから、もし同じものを作ろうと思ったら今から用意しないとなぁ、って…」
指さす方には、確かに風に揺れる小さな花がある。秀くん、と呼ばれていた茶髪の青年は、折角と図鑑を開く。ぱらぱら捲れば、紺髪の青年、ミトセルトもその図鑑を指さして、これだよ。と穏やかに示す。確かにそこにはハーブとしての効能も書かれており、ああ成程、こんな街中の広場にもあるものなのだと、学びに一息、はぁ!
「いつもは、作りたいものを決めて採集、なんてしないから。あのお茶も、旅の中で偶然出会ったもので作ったものだから、同じものが、つくれるかなぁ、って。」
「……成程?えっと、それをそんなに一生懸命考えてくれてたんです?」
「そういうことだね。だってとても数字のキリのよい誕生日だし、と思って…。」
「……もー!びっくりしちゃったじゃないですかー!確かに美味しかったですケド、俺、ミトさんの作るハーブティー、毎回ぜーんぶおいしいー!って思ってますよ!なんつーか?毎回ちょっとずつ違って、それがこう…ミトさん達との旅の思い出っていうか…道程でできていくものじゃないですか。そりゃ、たまにちょーっとすっぱいとかにがいとか、ありますけど、それも含めて、思い出の味っていうか…一緒に過ごしたことの証っていうか……」
ああ、なんだか言っていて、どんどん恥ずかしくなっていく、ような。見つめてくる青い瞳が、あまりにも真っすぐで、透き通っていて、静かに、うん、うん。と頷いてくるものだから。崩れることのない微笑が、溢れんばかりの愛情であることをもう知っているから、なんだか妙に気恥ずかしくなって。どんどんと尻すぼみ。遂には止まってしまったが、図鑑の上でそっと手を握られてちょっと肩が跳ねた。
「……ふふ。うん。わかってるよ。秀くんが言おうとしてること。ちゃんと、伝わるよ。私も、自分でお茶を作るのはね、そういう所が好きなんだ。道程や、季節、同じことは決して起こらない、でも変わらない日々を、ああやって、カップに収めて楽しむのが。
秀くんも同じでよかった。今度は一緒に作ろうね。それはそれとして、ちゃんと考えておくから。」
「へへ…。コレも貰えましたし、俺も色々覚えます!沢山教えてくださいねミトさん!」
顔を上げて、笑顔を浮かべて。元気な弟と、頼りになる兄。その姿そのもの、だけれど。握られた手をそっと握り返して続く。
「…その…無理して、プレゼント選ばなくても、いいんですよ。俺にとって、あの、祝ってくれるのが、一番幸せで……。
…だから、もし、俺がお願いするなら…、……これからも、お茶会して、祝ってほしいです…。家族みんなで」
…に、なるかな…?と。家族。家族。青年にとってはとても重い言葉。これからも。真剣にと思えば思う程、それは口から出すには鈍く。家族だと、これからもずっと一緒だと、そう約束して、笑いあったから、だから言える、大事な言葉。
有馬秀、という一人の人間にとって、その言葉が、存在が、どれほど大きく重い物であったのか。そのすべてを、家族となったミトセルトが知ることはない。わかることも、ないかもしれない。しかし、家族という存在が、ミトセルトにとっても、大きく重いものであるのだから。…だから、その言葉と、お願いの想いの強さは。しっかりと、伝わる。
「…ああ。勿論だとも。これからも、ずっと。ずっと。君の誕生日を、君がうまれてきてくれたことを、感謝して、祝おうね。」
ふわ、ふわ。揺らいでいた声が。確りと。間違いなく、ここに。握り返して触れ合った、あたたかさと、ほんのりとした冷たさと。人肌の境界。存在の証明。カタチあるもの。そうやって、触れて、確かめて。認めて。ようやく、ほっと安堵の息を吐けるのだ。
「大丈夫。どこにもいかないよ。」
たましいのざわめきを、知っているのか、わかるのか。言葉の契りを告げてようやく。不安のようなゆらめきが、落ち着いて。
がう、がぁぅ。大きな犬の大きな欠伸で、風の温度の変化を知る。木陰の位置の傾きに気が付く。そうして二人は立ち上がり、また歩き出す。散歩をして、買い物をして、時折見つける野草を調べては、笑顔を浮かべて歩いていくのだ。
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「……と、いう話をしたんだ。」
「……そうか」
夜風は未だ涼しさの方が勝るか。宿のテラスに、他の部屋に人はいなかった。夜闇に融けていくような紺色。その横にはリボンで結った癖の強い黒髪の青年が、二人でフェンスに腕掛け空を見上げていた。
「確かにミトはどっか行っちまいそうになる時があるからな。不安になるのもわかる」
「…オド。君まで。そんなにも言われるほどかい?」
「そうだよ。それは否定しねェ。でも、確かに昼間っからそうなるのは珍しいな」
ちらり、黒髪が部屋の中に視線を向ける。部屋の中では、茶髪の青年が犬たちに囲まれてすやすやと寝息を立てていた。紺色、ミトセルトはただ星空を見上げ続ける。まるで満天の輝原を丸めたみたいな青い瞳は、確かに、何を、何処を、見つめているのか、わからないのだ。
「……誕生日の事とか、嘘だろ。考えてたの」
「……半分くらいは、本当だよ。」
「ああ、核心の部分は違う、ってことだな?」
「……そうともいうね。」
「ミトは嘘が下手なんだよなぁ」
はは、と呆れ気味に笑うが、それが小声なのは、決して夜だから、というだけではないのだろう。
「秀くんにも、バレていたかな。」
「かもな。結構鋭いから。でも、つっこンでくるタイプじゃないからな、秀は」
「そうだね。それに救われている部分は、沢山ある。」
「今回もか」
「…そうかもしれないね。」
「……」
夜は、彼を連れていきそうだ。どこかへ。どこかへ。我々には認知できないどこか。識ることも視ることもできないどこか。彼にしか感じることのできない領域。そこに何を求め何を想うのかすら、わからないのだけれど。
しかし彼が、ミトセルトが、そういった場所に、答えを求めようとしているのは、ずっと隣で過ごしてきた家族だからこそ、わかる。…と、オドは思っていた。
それに。それに。なんとなく、そう、なんとなくでしかないが、わかるのだ。オドにも。黒髪が揺れる。ミトセルトをじっと見つめて、なぁ、と声を掛ける。静かな夜だ。静かだ。静かだ。誰もいない。何の声もしない。静謐。
「…俺は、覚えてる、と、思ってンだが」
「ああ。」
「この前――秀に図鑑をやったよな。三ヶ月前だ。ハーブとか、薬草の知識があれば、俺たちの旅にもきっと役立つだろうって言ってたから、二人で選んだ」
「そうだね。間違いない。」
星が世界を見下ろす。この灯りの照らす場所だけが、この世界なのだと、錯覚させるほどに、夜の闇は深い。
「前の誕生日プレゼントは、カバンだったよな。丈夫な、使い易そうなカバンだよ。枝が引っ掛かって簡単に破けたりしないようなさ」
「今もよく使ってくれているね。」
「そうだな。そうなンだよ。だから、間違いない。俺たちは秀の誕生日をいつも祝ってるし、俺たちの誕生日っぽい時期にも、祝ってくれてる」
「その前には、少し早めにと、冬の間にマフラーと手袋を。あげているよ。君の記憶通りだと思う。」
「ああ、そうだ。覚えてるよ。憶えてる。秀も覚えてるだろ、もう、何度も、誕生日会をしてて、プレゼントをやってるってさ」
「覚えていると思うよ。忘れることはないだろうね、むしろ。本当に、全てを大事にしてくれている。心から。」
夜は美しい、眠りの時。死と例えた者もいる。そんな夜に魅入り魅入られた星見の御子は、どこか光を帯びているようだった。
「……なぁ、ミトセルト…、いや、ミトセルト様。これは、貴方の御力ですか?」
「畏まらないでおくれ、オド。違うよ。私ではない。私では、ないんだ。これは。だから、わからない。私にできるのは、そう、整えるだけ。形を。それなら、できるかもしれない。」
「……俺にはよくわからないんだが、それは…俺の抱いている疑問は、間違ってないって、こと、だよな?」
「恐らく。きっと。でも、ああ。あまり、言葉にしない方がいい。存在というものは、とても危ういんだ。おぼろげだ。きっと、そういうものだ。私にもまだわからない。でも、きっと、たぶん、そうだ。」
ミトセルトの言葉は、雨の様に、ぽつぽつ。降って、当たって、音を立てる。そんな、とぎれとぎれの水音。天上より投げかけられる音の粒を、その目で、耳で、拾っては告げる。要領を得ない、しかし、そうであるとしかいえないものたち。
オドにはそれがわからない。星の声も、神の宣告も、何もわからない。しかし。しかし。
「じゃあ、これだけ、言わせてくれ」
きっとこれは、間違いないのだ。
「秀は、また二十五歳になるんだな?」
ミトセルトは、静かに星から視線を外し、
「とこしえに。」
と。告げた。
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気付けば君とは幾年の時を共に過ごした。兄弟として。家族として。血は違えど、種も違えど、それでも同じ時を過ごした。君は若々しく、快活で明るい、善き人間だ。
思えばそう、いつでも気付くことはできたのだろう。しかし、それを拒否していたのは、自分自身だった。気付かねば。変わらぬまま。こうしていられるのだと思った。そう、いうなれば、忘れていた。それほどに、ささいな変化であるのだから、まだ、しばらくは、よいだろうと。そっと蓋をした。
しかし。あまりにも変わらぬのだと、揺らぐ花を見て思い出した。枯れ、また同じ姿に芽吹くのとはわけが違う。君に与えられた時間は、私よりもずっと少ないはずだろうに、それなのに君は、私と同じように、同じ時を生きることに気が付いたのだ。
そして同じく、私もまた、そんな君と同じ時を生きることに、気が付いてしまった。それは、私の家族達も、皆同様であると。それにも、気が付いてしまった。まだ、それを言うつもりはないが、いずれわかるだろう。自ずと気が付く、その時には。きっと、私たちのこの在り方が、当たり前になっている。
君は二十五歳の有馬秀。そして私とオドはその兄で、ころとくろも家族で。きっとそれが、カタチ揺らがぬ限り、永遠に続く。そんな、いのちとはかけ離れたものを、きっと私は愛してしまう。
言う事はない。定義することはない。そっと、そっと、胸に。変わらぬ日々を愛そう。変わらぬ毎日を過ごそう。そうして、そうして、しあわせに、いきよう。ずっと。家族みんなで。
変わることのない、愛おしい君が生まれたことを、祝おう。