(アルパカコネクト@ホワイトレターのサンプルを執筆中)
人と人が交われば縁が生じると言うけれど。
その片割れが失われたとき、縁はいったいどこへ行くのだろう。
「オッサン!」
……おっさん、と表現されるにはまだ若干早めの印象がある、ガードの制服を着込んだ背中が強張った。最近ポルタルとして配属されてきた浩宇(ハオユー)の手には、雑多にまとめられた紙束がある。乾いたいい風が吹き込んでいる窓辺から離れ、年かさのガードは壁際の机へ歩み寄った。
「おっさんはなかろうよ、おっさんは……オレまだ32なんだけど」
「充分オッサンじゃねーか」
「別にオレ相手だけなら何も言わねえよ、これから配達業務に関わるんならそれ相応の言葉遣いってもんを覚えるべきだ」
「はぁーい」
ふてくされたような諦めたような顔で、浩宇は使い込まれて良い色になった机の上へ紙束を乗せた。琥珀色を通り越し、深みのあるキャラメル色になって、どうかしたら甘い味がしそうな良い色。
時刻は午後、快晴の昼下がり。急ぎの仕事もなく、保留中の懸念事項もなく、業務規定がなければ長椅子で午睡でもと考えるほど長閑な、そんな午後。
「で、ポルタルってどういう仕事すんのさ」
机の前に据えられた藤の椅子に飛び乗り、浩宇はまだシワ一つない制服の裾をためつすがめつるする。まだ真新しいお仕着せの制服にやや着られている感のある、新米ポルタルの記念すべき初業務日だった。
イーリスの翼の素養があると見出され、スカウトを経てこの小さな分局に配属されてきた浩宇を任されたのがオッサンもとい、ガードであるアータシュ=ザイヤートである。何故そんな物騒な役職のものが分局も分局、下から数えて五本の指に入るくらいの零細分局にいるのかと問われれば――まあ話は長くなる。
浩宇が運んできた紙束の四隅を整え、アータシュは一番上のものをぺらりと捲った。
そこには国際郵便機構のシンボルが大きく印刷されてある。
「ざっくり聞いてはいるだろう、手紙を運ぶ。それがお前の仕事だ」
「そんなもの知ってるよ」
国際郵便機構の顔、配達部に属する特務局員(エージェント)。手紙を差出人から受取人へ、手渡しで運ぶ国際郵便機構の花形職でもある。しかし【手紙】がもたらす運命変容の力により、様々な不幸が手紙そのものや特務局員に降りかかることがままあった。配達を担うポルタルは配達業務の最前線で、日々そんな細々とした不運や災難はもとより、モイライの楔と呼ばれる魔術の暴走に対処しなければならない。
「手紙を預かって、届ける。祝福ならいいけど、手紙の中には何が詰まってるかなんてわかんない。まあわかる事もあるけど、そんなのおれの手に負えるはずないし」
運ぶ手紙を選べないことは、アータシュは黙っておくことにしたらしい。その時はその時、ということなのだろう。
「まあそんな所だ。それをお前は自力で、あるいは他の局員の協力も得ながら解決していかなきゃならない。それはわかっているな?」
「うん」
「なら良し」
引き出しの中から大型ホチキスを取り出し、アータシュは紙束の長辺を二カ所を留めた。
「服務規程だ。覚えなくていいから少しずつ毎日読め」
「うええぇ……やな予感してたけどやっぱりそれかよ……」
「覚えなくていいと言っただろうが。できる範囲で少しずつ毎日読め」
そのうち頭に入る、とアータシュが紙束を渡すと、浩宇はがくりと首を前へ倒した。局員になるほどなのだから文字は読めないはずはないが、さて。
「ところでさ、なんでガードのオッサンがおれの教育係なわけ? こういうのって別の……なんだっけ、セイジとか先輩ポルタルがするもんじゃないの?」
「別に教育係はどこ所属って決まりなんかねえぞ、特にこの分局は零細だしな。この仕事はどこがやるべき、なんて言ってたら何も始まらん」
「でもさ」
まだ10歳を少し過ぎたばかりというわりには、浩宇の眼光は油断ならない鋭さを持っていることがある。
「それにオッサン、ただのマスターズじゃないよね?」
「おお怖、子供の勘って怖いねえ」
けらけらと笑いながら自分の椅子を引くと、アータシュはやや訝しげな表情でいる浩宇にうすく笑った。
「……そこはただのマスターズってことにしといてくれや。人間にゃ探られたくない腹が当たり前にふたつみっつあるもんだ」
「まあ、いいけど」
浩宇はひとつ鼻を鳴らして背もたれにふんぞり返る。
人と人が交われば縁が生じるとこの世界では言うけれど。
片割れが失われてしまった縁はいったいどうなるのだろう。消えてしまうのか、それともいまだどこかで繋がっているものなのか。
糸の端が片方宙ぶらりんになってしまった縁は、いつかどこかの誰かが捕まえてくれるものなのだろうか。それとも片割れが失われた時点で、それは縁に見えているだけの別物になりはてているのだろうか――。
(完成)