『Reward』(応報)4本目 タイトルどうしよ
 窓を叩く雨の音で目が覚める。カーテンを開けても外はどんよりと暗く、この街ではもはや日常のような雨天は、朝の気怠い眠気を覚ましてくれはしない。
 それでも二回ほど欠伸をすれば、少しばかり頭も冴えてきた。ぐっとひとつ伸びをして、くたびれた寝間着から袖を抜く。料理人の朝は早いのだ。
 店内での私語は禁止していなかった。此処は無数の法典によって縛られた街だ。野良猫が雨宿りするように、張り詰めた糸がふっと解けるように、やってくる客たちは「やあ、今日も相変わらずの雨だね」なんて当たり障りのない言葉から会話をはじめる。
「実はそろそろこの街を出ようと思っててさ」
 カウンター席に腰掛けた常連のひとりが、不意にそう切り出した。今日は特に天候が大荒れだ。外にいればざあざあと地を叩く雨の音で話し声もかき消されそうなほど。こんな日は皆家に引きこもっているのか、それともランチタイムというには少し遅いからか。店内にはこの常連の男と店主のふたりしかいなかった。
 店主の男は『どうして』とは聞かなかった。代わりに常連客のお気に入りの、砂糖をたっぷり入れた紅茶をコトン、とカウンターテーブルに置いてみせる。
「そうなのか。寂しくなるな」
「……この街は、悪いところじゃなかった。ただずっと、違和感があったんだ。此処は自分の居場所じゃないような、そんな小さな違和感が」
 そう言って、常連客は出された紅茶にそっと口をつけた。猫舌な男にも優しい、ぬるくも熱くもないちょうど良い温度。茶葉の香りをかき消さないくらいの砂糖の甘さ。紅茶ひとつじゃない、全てがちょうど良く配慮された居心地の良い店内。だからこそ、男はこの店を気に入ってよく通っていた。
「店主さんは、この街が好きかい?」
 客の男がそう口にすると、店主の双眸がふっとゆるんだ。此処ではないどこか遠くを見ているような瞳。顎にあてられた指がとんとん、と一定のリズムで肌をたたく。
「さあ、どうだろうな。……まあでも、嫌いじゃないからこうやって店なんか出してるんだろうな、とは思うよ」
「はは、確かにそれはそうだ。店主さんの作る飯は美味いから、何処の街でもやっていけそうだけど」
「あんた、相変わらず口が上手いな。案外、中央や西の国なんかが性に合うんじゃないか?」
 本日の日替わりランチのメインプレートの上ではふわふわのオムレツがデミグラスソースの海に溺れている。新鮮な野菜を使ったサラダを小脇に添え、紅茶のカップの隣に置かれた其れに、常連の男は目を輝かせた。相変わらず美味そうだ! と声をあげた男は、がつがつとその中身を口に運んでいく。
 その食いっぷりを眺めつつ、店主の男はふと窓の外に視線を遣った。相変わらず叩きつけるような雨だ。今日はこの常連客が帰ったら店を閉めてしまおうか。そんなことを考えていれば、客の男が不意に切り出した。
「店主さんは聞いたかい? 牢屋の中の北の大盗賊団の頭領が、賢者の魔法使いに選ばれたらしいよ」
 ぴたり、と店主が動きを止める。その反応をどう思ったのか、男はさらに話をすすめた。
「年に一度、大いなる厄災と戦う賢者の魔法使い。この街じゃ、魔法使いは悪者だが……」
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7月の原稿
初公開日: 2022年05月28日
最終更新日: 2022年05月28日
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