……ゲリラ雷雨、多すぎ。
帰宅時間帯に予告もなく降り出した雨は、予告もなく過ぎ去っていった。
今は雲すら消えて、オレンジ色の空が広がっている。
念の為に、と持たされた傘は、見事にその役目を果たしてびっしょりと濡れている。
おかげでまだ着慣れていないスーツも少しだけ濡れるだけで済んだし、眼鏡も濡れる事なく視界も良好だ。
お礼を兼ねた弁当をテイクアウトして、通い慣れたマンションへと向かう。
その部屋に入る為には、まずチャイムを連続3回押す。
部屋の主は押しに弱くセールスとか追い払う術を持っていないので、そう勝手に決めさせてもらった。在宅ワークで一日中家にいる生活のせいか、セールス以外にもいろんな勧誘も来て嫌だと聞いたからだ。
これならすぐに「俺が来た」とわかってもらえるし、警戒されることも無いし、俺が心配になる事もない。
鳴らせばすぐにガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた。
「よ、おつかれ」
「ただいま」
「お前の家じゃないだろ」
「いつかなるかも知れないだろ?」
「あーー、やっぱ傘持っていって正解だったろ?雨凄かったよなぁ」
部屋の主……ふたつ年上の先輩は、この話をするとすぐに話を逸らす。
セールスにもそうやって話を逸らせられたらいいのに、と嫌味を言ったこともあったが「お前とセールスは違うだろ」と睨まれてしまった。
それでもめげずに同じやりとりを続ける俺は自分でもしつこいと思うが、いつか押されてくれるんじゃないかと淡い期待を持っている。
その証拠に俺の私物が徐々に増えていってるのに怒りもしないし、何泊しても追い出すような真似もしない。
それでも同棲を了解してくれないのは、多分「世間体」だけを気にしているだけだと思うけど、意固地になっている先輩も可愛いと思ってしまってるから俺は末期だ。
シャワーを浴びて私服に着替えてからリビングへ行くと先輩の姿はなかった。
机の上にはシャットダウンされたパソコンが残されているだけ。
ヒュンヒュンと音がする方に目を向ければ、ベランダに先輩がいた。
傘をくるくると回して雫を飛ばしていて、なんだか楽しそうな表情を浮かべている。
ペットボトルの水を飲みながら、ふとあの日の先輩の事を思い出す。
「あ、悪い。雫、飛んだか?」
「……いえ、少しだけ」
「少しだけって、それ飛んでるって事じゃん。ごめんな、新入生」
それが俺達が交わした初めての会話。
あの日の先輩も雨上がりの空に向かって傘をクルクルと回していて、そこにたまたま入学式の花を胸ポケットに付けた俺が通りかかっただけ。
ただそれだけの出来事で終わる筈だった。
子供っぽい上級生だな、っていう第一印象と共にその姿が頭から離れなくて、段々と気になる存在となり、先輩と後輩という間柄で話すようになってからは自然に好意に変わっていった。
恋人になるまでも長期戦だったな、なんて今思えば昔の自分を褒めたくなるくらいだ。
そう、ただそれだけの出来事で終わらせなかった自分も。
テイクアウトしてきた弁当をレンジにかけてると、先輩がベランダから部屋に入ってきた。
「なんかいい匂いするなー」
「傘持たせてくれたお礼に、弁当買ってきた」
弁当が入ってた袋のロゴを見て、先輩の顔がキラキラと輝いた。
その反応、予想通り。
「さっすが、俺の好きなモンわかってんね」
「何年付き合ってると思ってんだよ、先輩」
「し、知るか、そんなの」
憎まれ口叩きながらも、照れ臭そうにくしゃりと笑う。
何年付き合っても変わらない反応に、俺の口元も緩んでしまう。
ただそれだけなのに、こんな時間もたまらなく愛しい。
ベランダに干された傘は、風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。
終
・現実世界
・主人公は成人
・雨傘が登場する
・雨は降らない
・その他自由
2022年05月18日 00:00 ~ 2022年06月01日 00:00
開催ありがとうございます。
初参戦楽しかったです。