井戸の中から現れた魔物グールを倒し、消えてしまったクロに別れを告げた後、明音と海音は一言も言葉を発さずに家へと戻った。
 まだクロが消えてしまったことに整理がつかなかったのか、食事もほとんど手を付けずにそのまま寝てしまう。
 顔も合わせようとしてくれない海音のことは心配だが、魔法少女としての任務が終わった以上、明日にはこの島を出なければならない。よほどのことがない限り、もうこの島を訪れることはないだろう。
 そうなってしまう前に、明音には一つやり残していることがあった。
「ごめんくださーい」
 次の日、明音は島中を歩き回り、これまでお世話になってきた人に挨拶をして回った。
 この島に来て一週間しか居なかったが、いつの間にか島の一員のように可愛がってくれ、泣いて止めようとしてくれた人も居てついもらい泣きしてしまった。
 これまで関わりのあった島民全員に別れを告げ、明音は港へと戻る。この島での暮らしが楽しかったからこそ、ここは一番最後に訪れようと心に決めていた。
「あれ、武田くんじゃないか。ここに来るなんて珍しいね。ちょっと待って、今お茶を入れてくるから」
「いえ、すぐ済む話なのでお構いなく。実は間先生に言っておかなくちゃならないことがあって……」
 それは、明音がこの島に来て船酔いで苦しんでいるときに連れてきてもらった診療所だった。
 明音は午後に出る定期便に乗って本土へと帰らないといけないことを伝え、軽い世間話を交えながら別れの挨拶を告げる。
 まさかもう帰ることになるとは思っていなかったのか、他の島民の人たちと同じように間先生も突然の別れを悲しんでくれ、また機会があれば遊びに来てねと笑顔で見送ってくれたが、明音は笑顔を返すことができなかった。
「ところで間先生、私が本土に帰る前に一つ聞いておかなければいけないことがあるんですけど、いいですか」
「なんだい、私が答えられるようなことであれば全然構わないよ。あまりにも難しいことを聞かれたら返答に困ってしまうかもしれないけど」
「大丈夫ですよ、これは間先生ご自身のことなんで。私、どうしても確認しなければならないことがあるんですよ」
 残念ながら、私が間先生に恋をして独身かどうかを聞いているわけではない。間先生に対してそのような気は一切ないが、もしそうだったらどれだけよかっただろうか。
 恋愛的な対象としては考えられないが、間先生はとてもいい人で、この島の人から愛されていることだろう。だから明音は次の言葉を発するのが嫌で、怖い。
 この島でとても愛されている間先生に対し、断罪をしなければならないのだから。
「間先生って、本当に先生なんですかね」
 先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた間の鼻がピクリと動く。顔には出ていないが、無意識のうちに動いてしまったのだろう。
 とぼけることもなくただ黙っている間に対し、同意もしないが否定もしないのでとりあえず話を続けてくれと捉え、明音は昨日布団に入りながら考えていた仮説について話始めた。
「昨日、私はある一匹の魔物グールを討伐しました。その魔物グールはみんながお墓と呼んでいる井戸から生まれ、私たちを襲おうとしていました。まず初めに引っかかったのはそこです。なぜ、魔物グールはそんなところから生まれてしまったのでしょうか」
「なぜって、そこがお墓だからだろう。魔物グールは人の負の感情から生まれやすいって、武田くんが説明してくれてたじゃないか」
「えぇ、確かにしました。けど、それは生きている人が発している負の感情から生まれてくるものです。普通、お墓から魔物グールで発生することなんてまずありえないんですよ。だって、死人に感情なんてあるはずがないんですから」
 明音がずっと引っかかっているのはそこである。亡くなった方を埋葬するためにある井戸で、なぜあれほどまでに強力な魔物グールが発生してしまったのか。
 魔物グールの強さは負の感情の強さと比例しているため、よほど強く人を憎みながら死んでいったのだろうと思うと更に分からなくなる。
 島の人に話を聞いてもここ最近に行方不明になった人は誰一人としていなかったし、不審な死を遂げているものもいなかった。亡くなったのは昨年の海難事故で治療にあたっている人たちや、寿命を迎えて亡くなった方だけである。
「まさか、まだ亡くなられていない人を亡くなったことにしていたなんてことはないですよね」
 そこで明音は気づきたくもない真実に気づくこととなった。これまで亡くなってきた人は全てこの神慮所で治療を受けていたり、通院をしていた。
 この半年間で亡くなった誰が魔物グールになっていようとも、間先生は全ての人に対して繋がりを持っており、その人が亡くなったりもう手遅れなことを決めるのは間先生ただ一人なのである。
「……よく気づきましたね。絶対にバレることはないと思っていたんですけど」
 間はさぞかし感心したかのように手を叩き、脚を組み直して続きを話すようにと促してくる。
 その笑みが人を小馬鹿にしているようで、心底腹が立った。
「念のため聞いておいてあげます。なんでそんな非人道的なことをしたんですか」
「なんでって、人を助けるのも大変なんですよ。昏睡状態に陥っている人を生かし続けるのにもお金がかかるし、薬品は船に積んできてもらわないと入手できないし。ならいっそのこと死んでもらった方が今後のためになるじゃないですか」
 まるで自分がさぞ正しい選択をしたかのような物言いに、明音は怒りを通り過ぎてただ呆れることしかできなくなる。先ほどまで残っていた情が嘘のように消えていくのが分かった。
「ま、助かるかもしれない命を無視した時点でもう私は医者ではないさ。で、私をどうする気だい。この島から追放するなり、逮捕して一生を檻の中で過ごさせてもらっても構わないよ」
「そうですか、じゃあ貴方はもう少しこの島に居てください。すぐに代わりの医者をこの島に寄こすようにするんで」
「…………は?」
 開き直りともとれるような態度を取る間に対し、明音はこの島での生活を続けることと本土から代わりの医者が来るまでは診療所に常勤し続けるようにと重い罪を言い渡す。
 間先生は納得がいかないような顔をしているが、魔物グールがどのような経緯で発生して誰が原因となっているかなんて分かるはずがない。
 私は歴代最長の魔法少女であり、魔物グールから人を守ることを生業としているのであって、人を裁いたり罪に追いやったりすることはできない。あとはこの島の人たちがどのように判断するかだけである。
「じゃ、私はもう出ないといけないんで。本土から代わりの人が来るまでは先生を続けててくださいよ、間先生」
 明音は口を開けて呆けている間先生に別れを告げ、診療所を後にする。
 もし間先生が故意に人を殺していたのであれば然るべきところに報告するつもりだったが、その必要はなかった。あとはこの島の人たちの判断に任せるつもりだ。最も、間先生がこの島から出ようものなら島中の皆が猛反発するだろうけど。
「さ、私は延々に船に揺られながら懐かしの故郷に帰りますかね。もう船酔いしなければいいけど」
 明音は今から始まる船酔い地獄に備え、この島に来た時にもらった船酔い用の薬をあらかじめ飲んでおく。あとは無事に本土に着けるように祈るばかりだ。
 船着き場に着くとこの島に住んでいるほとんどの人が待っており、明音は大量のお土産を渡されながら最後の挨拶をする。その中には海音ちゃんの姿もあって、寂しそうに手を振ってくれてついもらい泣きしそうになった。
 本当であればもっと別れを惜しむ時間が欲しかったが、あっという間に船が出る時間となってしまったので明音は船に乗り込んで赤名島に別れを告げる。
 慣れない島での暮らしに四苦八苦しながらの特殊な任務だったが、その思い出は明音の中でずっと生き続けているのであった。
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酒飲み魔法少女は夢を見る_8 話_20220519
初公開日: 2022年05月19日
最終更新日: 2022年05月21日
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酒飲み魔法少女は夢を見る_10話_20220605
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桜花
酒飲み魔法少女は夢を見る_9話_20220529
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桜花
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