💛はじめて記念日💛
ある日、俺は唐突に気づいた。
「――そういえば、オールマイトさんの名前ってちゃんと呼んだことねェな……」
出会ったときから、いや、俺が生まれた瞬間にはもうすでに『オールマイト』だった歳上のあの人は、俺が知らないあいだに俺の存在をこの世で発見し、なぜか興味を持ってしまい、どうしてなのか理由だけが分からぬまま駆け出しヒーローだった俺をクレーンゲームの景品みたいな手軽さでゲットして、かれこれ五年ほどご満悦な日々を過ごしている。
俺は当時からあんまり状況が呑みこめていないのだが、三食昼寝とおやつとオールマイト付きなんていう稀有な物件の価値だけはなんとなく理解できたので、自宅で俺のことをものすごく甘やかしてくれる縦長式のかしこいウサーフィーを便利に使いこなしつつ、子どもの頃から密かに憧れだったナンバーワンヒーローを好きな時にまじまじと眺められるといったすてきな生活を俺なりにたいへん楽しんでいた。
ところが、だ。
オールマイトさんと私生活の共有を始めて早数年が経っているにもかかわらず。
俺は今もまだ、家でくつろぐあの人を呼ぶ際にだって本名ではなくついついヒーロー名を口にしてしまうクセが抜けないままだった。
照れ臭いとか、本名を知らないとかいうわけではなく、単純にあの人を見たらどうしたって俺にとっては『オールマイト』さん、でしかないのだ。だって、俺はものすごく希少なタイプのオールマイトにゲットされたのだから、今さら真名で呼べと言われても即日対応できないのは当然なのである。
しかしそれにしたっていいかげん、あの人もプロヒーローを引退すると決めてしまったことだし、俺もオールマイトにばかり重荷を課さずあの人へ歩み寄る努力をしてみようかなと、ふと思い立ったのだった。
これは俺にとって、新たな挑戦の物語なのであ~る。
★
「おはようございます、……さん」
「おはよう相澤くん。どうした? 今朝はなんだか、おとなしいな」
「……さんは…………ですよね……」
「えっ、えっ、ナニ? なんて言ったの!? さ~っぱり聞こえないのだが!」
「……今のは、なかったことにします」
「無かったの!? 確実になにかがあったようだが、無かった方向でオーケイなんだね!?」
「朝からしつこいです。しつこうさぎ」
「私に対する不慮の事故にもほどがある!」
朝一番に新しいことを始めるというのが一日の中で最も成功率が高いという持論を掲げて挑戦したファーストコンタクトは見事に自爆で終わった。
目が覚めた瞬間にはイケる気しかなかったが、腕一杯に抱えた勝機はオールマイトさんの顔を直視したとたん口に入れたA5ランクの米沢牛より早く溶け消えたのだった。
余談だが、朝ごはんに米沢牛丼が食いたくなってきた。
「オールマイトさん、米沢牛丼が食べたい」
「朝の六時から!? 元気な消化器官をお持ちな子だぜ」
「米沢牛はシュッて溶けるから、消化はしなくても大丈夫です」
「そうかい」
結局この日の朝にオールマイトさんの名前を正々堂々と呼んでみるミッションは達成できずに終わったし、朝ごはんに米沢牛丼がでてくるサプライズもなかった。
「朝食に特殊なメニューを所望する場合は二日前までに申請しなさい」
「発注から中二日ですね」
「土日祝と水曜日はお休みだからね」
「業者だ」
目的は未達であるが、とりあえず今朝も俺とオールマイトさんは仲良しである。
★
一度呼ぶと決めたからには、俺は俄然オールマイトさんの目の前であの人の名前をしれっと口に出してやり、勝ち誇った顔をしてニヤニヤしたりしてやりたさが有り余っている。
今までお互い相手の呼称について深く掘り下げたことなどなかったので、これにはあのオールマイトだってまぁまぁびっくりしてくれるはずだ。
というか俺がオールマイトさんにしてやれるサプライズ(プレゼント?)とは、せいぜいがこの程度のものなのかもしれない。誕生日だって、クリスマスだって、その他数々のイベントごとにおいて俺が能動的にあの人へびっくりプレゼントをきちんと贈れたためしなど、過去一度もないままなのだから。ちなみにオールマイトさんが過去一番驚いた俺の所業は、オールマイトさんの冬用コートのポッケにこっそり巨大な松ぼっくりを隠していた件だった。公園で拾った変な形の木の枝の形が気に入ったので、とりあえず手近にあったオールマイトさんのコートのポッケに大事にしまって持って帰ってもらったら、枝ではなくて松ぼっくりだったのでポケットの中で傘が開いたのである。しかも、オールマイトさんの片手のひらほどもある立派な松ぼっくりだったので、たいそう面白かった。手を叩いてはしゃいでいたら、びっくりしたオールマイトさんからわりとガチめに怒られたので、以来俺も外で拾った戦利品をむやみやたらとオールマイトさんの服のポッケにしまうのはよしている。
「は~、案外名前を呼ぶというのも難しいモンだな~」
自室でパソコンの画面と向き合いながら、自然と独り言が漏れた。たかが相手の名前を口にするだけ、だというのに、なぜだかめちゃくちゃ難しい気がしてきた。
「もしかして俺には……オールマイトさんの名前を呼ぶというプログラミングがなされていないのでは……?」
キーボードへ視線を落とし、盛大に現実から目を背ける。俺に無いのはプログラミング処理ではなく、人道的勇気だけなのはAIにだって理解可能だろう。
目の前の作業そっちのけで目的完遂のため自分になにが足りないのかをよくよく考えた結果、俺には作戦より練習のほうが必要だという答えが出た。
「よし。さっそく名前呼ぶ練習しようっと」
目的達成までの道筋が見えたらあとは行動するのみだ。決まれば早い。行動の早さに定評のある俺は、オールマイトさんの名前を呼べるようになるための練習セットを準備するべく、パソコンを開きっぱなしにしたまま自室から飛び出したのであった。
★
「ヨシ。がんばって練習するぞ」
リビングのソファへ即席の練習場を整備した俺は、ソファの座面へ正座して練習台のほうへ身体ごと向き合った。
「アー、あーあー、うん。ノドよし」
対人関係の改善を目的とした自主練を行う場合、一般的には手っ取り早い練習相手として『ぬいぐるみ』などを利用する者が多いらしい。もちろん俺も一般的なほうの人間なので、練習にはぬいぐるみを選ぶつもりだった。
が、ひとつ大きな誤算があった。自分の私物の中に、ぬいぐるみがひとつもなかったのである。当然といえば当然だった。俺は己がそういうフワフワしたほうの人間ではないことをうっかり失念していた。
よって、急遽べつの練習台を用意しなければならなかったのだが。
「相澤くん。朝から様子がおかしいけれど……なにか悩みでもあるのかい。今からお悩み相談室でも始まるの?」
俺が短時間で用意できたぬいぐるみの代替品は、ナマモノタイプの長うさぎだけだったのである。ぬいぐるみには無い喋る機能付きだが、俺の練習の妨げになることは必至なので、気が散るから終わるまで黙っていてほしいものだ。
「ねえ、なんでこわいお顔なの? 怒っているの?」
「うるせェうさぎ。静かにしててください」
「リフジン」
「俺は今から、すごくむずかしい修行をするんですよ」
「え、そうだったのかい。私も手伝おうか?」
「けっこうです。ぜんぜんいらないです」
「全力拒否じゃん。さすがに傷ついた」
「あとでぬいぐるみ病院に送ってあげますから、大人しくしててください」
「ぬいぐるみ……?」
怪訝な顔つきで首を傾げた金髪は、安穏とした態度でソファへ腰掛け脚を組んでいる。こちらが正座で臨んでいるというのに、緊張感の欠片もないありさまである。しつけがなっていない。
しかしぬいぐるみの代替品にそこまで細かい文句を言うのも違うかなと思ったので、俺はムッとした顔をするだけで許してやった。心が広いうえに、俺は大人なので何事もおおめに見ることができるのである。
原稿に戻ります。
見てくださってありがとうございました。