実際問題、オールマイトさんが吸血鬼悪魔だったとしても本日の俺のスケジュール的には関係のない事柄であるので、一旦その話は横に置いておくとして、ソファへ金髪を残したまま俺は黙って自室へ戻る。今日の命題はあくまで『オールマイトさんにヒゲを描くこと』なのである。
自室の机の上に前もって準備しておいた油性マジックペンのマッキューをむんずと掴み、俺は悲願を達成するため即座にリビングへ取って返すのだった!
次にこの部屋へ帰ってくる相澤消太は、ヒゲのあるオールマイトさんをこの目で見たことのある男なのである!
マッキューを右手に握りしめて静かに自室を出ると、さきほど置き去りにしてきたオールマイトさんのいるリビングへ抜き足差し足の動きで慎重に戻る。しくしく泣いているとはいえ相手は吸血鬼みたいな見た目のこわいうさぎである。油断は禁物だし、簡単にヒゲを描かせてくれるとも思えない。一旦相手の心をへし折ることには成功したが、ここからが肝心のかしこい駆け引き的な要素が大切となってくるだろう。
だが、こう見えて俺もなかなかにかしこいので安心して見ていてほしい。
リビングの扉の前まで戻ってくると、室内からは律義に「しくしく」というオールマイトさんの啜り泣きする儚い声が漏れ聞こえた。本日のナキウサギ、ここにありである。
「オールマイトさん、隙あり!!!」
「しくしく……って、ナニいきなり!? 相澤くん!?」
ソファの上で仰向けに寝転がって片手でスマートフォンを操作していたうさぎが、突然聞こえた俺の声に驚いて真新しいバネみたいな元気な動きでびよんと身を起こして俺のほう、リビングの扉付近を慌てて注目した。あろうことか、オールマイトさんは俺がここへすぐに戻ってくると予想して、俺を油断させるためにソファの上でのんびりと嘘泣きをしていたのである! 姿が見えなかったので、俺は本当にオールマイトさんがか弱い感じに泣き濡れていると踏んで今がヒゲのチャンスだと突撃してきたのだが、目論見はもくろみ、のもの字のあたりですでに頓挫していたということに遅ればせながら気づいた。目の前で、今し方の鳴き声はどこへやら……俺を見下ろしてニコニコ、いやニヤニヤ笑っている金髪の男と目が合った瞬間、これはいつもどおりの展開になったぞ、と無事察することができたのも、この人との長い付き合いによる信頼関係の構築が正しくできているからに他ならないのであった。
ようするに、こういう時はどうするのか、俺はちゃんと学んできている。
「はーい、キューッと……んー、もうちょいまる……」
「えー、ちょっと。君が持っているの、油性じゃないか?」
「マッキューです。先生御用達ぶらんどです」
「ブランドって言い慣れてないだろ。おくちがぎこちない」
「オールマイトさん、喋らないでください。ヒゲうまく描けない」
「あ、ヒゲを描いているのかい」
「ん」
「カッコよく描いてくれよ」
「まかせて」
寛大である。
本日の教訓
【オールマイトさんはたまに寛大】
#教訓とは
俺のヒゲを参考にしてリアルでダンディぽい、ワイルドうさぎヒゲを描いたつもりだったが完成したオールマイトさんの顔をソファの上でちょっと離れて確認したらものすごく面白い感じに完成してしまっていたので、あれ? 想像と違うな? とは思ったが、俺はかしこい大人なのですぐに現実から目を背けることに成功した。架空は現実にならなかったが、ヒゲのあるオールマイトさんを間近に見る機会を自らつくることができたのでけっこう満足している。
「出来栄えはいかがかな」
「なかなか……」
「イケてる?」
「笑えます」
「ギャグ枠かぁ」
「オールマイトさん、ヒゲ全然似合わない」
「そう?」
「サンタさんみたいなヒゲなら似合うかも」
そういえば、いつかのクリスマスシーズンにそういった特殊加工のオールマイトは目にしたことがあったかもしれない。
ふとそんなことを思い出してしまったので、途端にワクワクゲージが急降下し始めた俺は口を噤んでしげしげと変な顔になってしまった歳上の男をじっと見上げた。
「なんだ、もう飽きたのか」
「もっと上手に描ける予定だったのです」
「そんなにヘンなの?」
「少なくとも、今は絶対に鏡を見ないでほしいです」
「そう言われると見たいよな」
「俺の中のオールマイトと甚だ解釈が違うので、解釈違いのオールマイトがこの世に存在したという事実を俺以外の誰にも知られたくない」
「ものすごい我儘だ」
「ヒゲは、やっぱり描かないでおいたほうがいいです」
「私には似合わないから?」
「本物だったら似合うかもしれません。俺はもう、それを見ることができませんけれど」
オールマイトさんのヒゲはとうの昔に脱毛されてしまってこの先二度と、ふさふさと生えてくるチャンスはないのだ。
「相澤くん、なんだか拗ねてない?」
「…………」
見れないと思うだに、見たい。オールマイトさんのふさふさのヒゲが何色なのか知りたいし、どのような手触りなのか自分で確かめたい。
ハロウィーンにかこつけて単純にオールマイトさんへ悪戯して遊ぶだけのつもりだったのに、思わぬところでまたひとつ俺が回収できないオールマイトさんのカテゴリに気づいてしまって唖然とした。
「………つるつるのオールマイトさんでも俺は味わい深いと思っていますが……」
「え、君私のこと味わい深く感じていたの?」
「………ですが、俺はふわふわタイプのオールマイトさんも撫でてみたかったんです」
「ねぇ、もしかして私のことサイズの大きいタイプのぬいぐるみだと思ってる?」
心底びっくりした表情で、オールマイトさんが俺の両肩を掴んで前後に揺さぶってくる。見慣れたほそい、尖った顎の周りには俺が試し描きした見慣れぬ黒い線。残念ではあるが、本日の結論は出た。
「オールマイトさんのヒゲ、黒じゃなくて黄色だったら違和感がないのかもしれませんね……」
「さんざん好き勝手しておいて、最後にポジティブすぎないかい!?」
雄英高校の教員室に俺の持っていない黄色のマッキューがあったかどうか考えながら俺はその後もしばらくオールマイトさんの手により前後にガクガクと揺さぶられて、仕舞いには若干酔って気持ちが悪くなったのだった。
もちろん、俺が丹精込めて描いてあげたオールマイトさんのヒゲはそのあと三時間くらいかけてていねいにゴシゴシしてみたが、それからしばらくうっすらと口周りに丸いあとが残ったままだった。
オールマイトさんが俺に寛大な歳上の恋人でよかった。一件落着、来年のハロウィーンは悪戯ではなくお菓子で手を打とうと思う。
「本当にごめんなさい」
「ウチにあるありとあらゆる洗剤を使っても完全に落ちなかったね。お子さんのいらっしゃるご家庭は大変だなぁ」
「心配するとこ、そこなんだ」
長いあいだ擦られ続けて赤くなった膚をさすりながらオールマイトさんがしみじみとそう呟いたのを聞いて、改めて俺は平和の象徴のすごさを実感できたのであった。
みんなも、オールマイトさんが凄いと思ったら高評価・チャンネル登録よろしくお願いします!
それでは、また次回お会いしましょう★
おわり。
ありがとうございました
20201102 Ende.