ヤンデレショートストーリー   ――ウサギと人形――
 僕は伽奈にある空き家を探検しようと誘われた。
 それは小学生くらいの頃のことで、その時何があったのか、よく覚えていない。ただ、あの、奇妙な人形だけは今も鮮明に覚えている。
 その人形はウサギの人形で、まるで人のように麦わら帽子をかぶってテレビの上に座っていた。しかし、それはとても愛くるしいとは呼べない、生々しくておぞましい姿だった。例えるなら、現実のウサギをそのまま人形にしたかのような、そんな姿だった。まだ生きてるのかもしれない、そう思えるほどに生々しかった。
 高校生になった今でも、時々夢に出てくる。あれは何だったのか。わからないままである。
 学校の帰り、伽奈に声をかけられた。
「ねえ、ゲームセンター行かない?」
 僕は誘われるがままにゲームセンターへ行った。
 ゲームセンターにはクレーンゲームがあって、たくさんの景品が並べられていた。その中に、某有名ウサギキャラクターがあった。それを見て、つい、昔見た麦わら帽子のウサギを思い出してしまった。
「どうしたの? あのウサギちゃん、取ってくれない?」
 僕はクレーンゲームは得意な方だったから、ウサギの人形をとることにした。
 慣れた感覚で操作し、それはすぐに景品の取り出し口に落ちてきた。
「やったー、うさちゃん」
 伽奈は喜んでいた。僕も、くだらないことは忘れて一緒に笑った。
 僕と伽奈は幼馴染で、いつのまにか付き合っていた。それはそれでいいのだが、伽奈はずっと何かを隠しているようだった。
 それは知られたくないことなのだと感じ、きっと触れてはいけないことだと思っていた。親しい仲にも隠し事くらいあってもいいだろうと思い、何も言わなかった。
「またね」
 ウサギのぬいぐるみを持って伽奈は帰っていった。
 僕は家に帰り、あの気持ちの悪いウサギの人形を思い出していた。すぐにかぶりを振って脳内からかき消し、学校の宿題をすることにする。
 机に向かってペンを走らせていた時、ノートに伽奈の字で何か書いてあった。そういえば今日ノートを貸していたんだっけ。
――ノートありがとう。今日、ゲームセンターによると思うけど、ありがとう。
 よく理解できない言葉だった。この言葉を書いた時点では、まだゲームセンターに行くことは決定していないはず。気持ち悪いというか、むずがゆい感じだった。明日、伽奈にきいてみようと思った。
 翌日、学校で伽奈に会った。そしてノートのことをたずねた。
「あれ、どういう意味だったんだ?」
 伽奈は笑いながら言った。
「ただのお礼だよ」
「お礼って……。でもゲームセンターに行くかどうかはあの後に決まっただろう?」
「え? もう決まっていたでしょう?」
「思い込み?」
「思い込みなのかな?」
 伽奈はぽけっとして首をかしげた。そもそも言い出したのは伽奈だし、思い込みの可能性もあるだろう。
「いや、なんでもない」
「うん、わかった。話がかわるけど、今日の帰り道、寄ってみたいところがあるの」
「どこ?」
「秘密かな。ちょっと付いてきて欲しい」
 特段の用事もなかったので、一緒に行くことにした。
 カラスが鳴いていた。斜陽に照らされながら、傾いて今にも崩れそうな家が目の前にある。僕は小学生の時以来のあの場所に来てしまった。
「ここへ、何をしに来たんだ?」
 僕は恐る恐る尋ねた。
「ちょっとミスをしちゃったから」
「ミス?」
「この空き家はね、ウサギの多頭飼いをしてたの。ウサギは繁殖力が強すぎて、そして崩壊してしまった。販売目的だったんだけど、あまりに増えすぎて、家の中は共食いするウサギばかり。血だらけで、家ごと手放すことになった」
 そうか、そんな事情のある家だったのか。
「ペットになれたウサギはラッキーだったな」
 僕の言葉に伽奈は不思議そうな顔をしていた。
「こんなにたくさん、ペットじゃ売れないよ。動物実験用だよ」
「動物実験……」
「ほら、科学の実験で動物実験はよくやるでしょ? 薬の治験にも使うし、脳科学の研究だと開頭して電極刺したり神経に電流流したり」
 ああ、そいう使い方なのか。それなら繁殖力の高いウサギは便利だ。
「でもそういうのって普通、マウスを使うんじゃないのか?」
「ウサギも使い道があったらしい。マウスだとちっちゃすぎたんじゃない?」
 伽奈はおそらく適当に答えていた。
「ここに来て、もう用は済んだのか?」
 僕はあの気持ちの悪い麦わら帽子のウサギの人形のある部屋には行きたくなかった。だからさっさと帰りたかった。
「あの部屋に行かなくちゃ」
 伽奈は僕の手を引いて、家の奥へ奥へと進んでいく。あのテレビの部屋、麦わら帽子のウサギの部屋に近づくかと思うと恐ろしくなってきた。
 そして、例のその部屋に着いた。テレビの上にあったのは、なんてことはない、麦わら帽子と骨だった。あれは人形ではなく、死んだウサギだったのだろう。ただそれだけのこと。驚くに値しない。誰かの悪趣味で、ウサギの死体に麦わら帽子をかぶせて置いていたのだ。ハエとか虫とかが腐乱した肉を食いつくし、綺麗に骨だけになってそこに残っていた。
 しかし、伽奈はさらに奥の部屋に進んだ。そしてキッチンのような場所に着くと、そのままになっていた冷蔵庫を開けた。
 そこには昨日、ゲームセンターで取ってきた、あのウサギのぬいぐるみが入れられていた。
「時間ってね、取っておけないんだ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。時間は不可逆的に進行し続ける。ウサギは死ぬし、人形にしても腐る。だから冷蔵庫に入れておいた」
「人形にしても腐るって……、あの人形を作ったのは伽奈なのか?」
「あの、っていうのがどれを指しているのかはわからないけど、死んだウサギを形成して、麦わら帽子をかぶせたことはあるかな。大事にとっておこうと思ったけど、持たなかった」
「ちょっと待て、この家が手放されたのはいつだ? 知ってるんだろう?」
 小学生の頃、ここに来たとき、建物は古かったとはいえ人が住まなくなってさほど時間が経った場所のようにも見えなかった。
「そうだね、私が小学校低学年の頃かな。私が家に帰りたいって泣いたら、きみは付いてきてくれたよね。あのころから優しかった」
 伽奈は嬉しそうに微笑んだ。
「そんな優しいきみも、いつかは年を取って病気になって死んでしまう。事故かもしれない。時間が経つということは、死に向かっているってこと。だから、絶対的な時間を止める方法を考えたの」
 伽奈はキッチンの奥へ歩いて行き、戸棚から包丁を取り出した。錆びていて、よく切れないのではないだろうか。
「きみを死に至らせればいい。つまり、時間の停止した状態まで一気に持っていけばいい。私は時間のゆれを感じながら、大切な時間をとっておく方法をずっと考えていた。ゲームセンターに行くという未来を先に書いてしまったのは、未来を先に書いたのではなくて、あなたの”遅れ”に気付かせてしまったということ。あなたは、世界より少し遅れて生きている。みんな遅れているけれども、予期することで調整してる。私はあなたの未来を奪ったの。だってほら、あなたは未来を想像できる? 意味が分からないって顔してるね。そう。だって、あなたはずっと過去に向かって生きているから。過去を見つめながら、未来という前方に背を向けながら、後退するように進んでいる。そういう後の祭りみたいな時間感覚の生き方をしている」
 よく理解ができなかった。僕にだって未来はある。想像できる。そう言い返したかった。死に至らしめるだなんて、そんなことができるはずがないと思っていた。伽奈はその言動を封じていった。
「あなたはこれが欲しかったんでしょう?」
 そういって錆びついた包丁を僕に手渡した。僕は伽奈の顔と見比べた。
「ここは死に満たされた家。大切な時間を保存する実験室。ウサギは失敗したけど、あなたのことは、成功させたいな」
 僕は死にたくないという自明の考えは頭に浮かばなかった。錆びついた包丁に古めかしさを感じたとき、過去への哀愁と希求、そして未来の逃避をしていることに、自ら気が付いた。
「ねぇ、その包丁で自分の首を刺すことは簡単でしょう? やり方を教えてあげるわ」
 包丁を握りしめる僕の手に、そっと彼女の冷たい手が添えられた。
 僕は包丁を思いきり首に刺した。錆びついた包丁は激痛を伴わせたが、何の後悔もなかった。ただ、最後に少しだけ伽奈が寂しそうな表情をしているのが目に入ったとき、実験は失敗したんだな、と感じた。
 私は、息をしていない彼の瞼をそっと閉じさせた。首からは血液が流れ、体は冷たくなっている。
 私は彼から未来を奪った。それは最初にこの家に彼と一緒に来たときに。彼はこの家の人形の虜になり、その記憶は瞬間凍結されてしまった。いわゆるトラウマのようなものだ。ほかのことも思い出していたかもしれない。それはわからない。ただ、彼は私たち普通の人と同じ地平に生きていなかった。あのウサギの人形のせいで、彼は未来を思い描くことを失ってしまった。ずっと、ウサギの人形という過去にとらわれ続けることになってしまった。それは、未来を奪たということ。彼が抵抗なく自殺したのは、きっとそんな不安定さを自覚したからだろう。
 実験は失敗だ。彼もまた、腐乱していく。綺麗なままではいてくれない。冷蔵庫に入れても無駄だろう。
 私は、最後の時間停止手段をとることにした。彼の手元に落ちている包丁を取り上げると――思いきり私の首に刺した。
 
 痛みなんて感じなかった。むしろ、これからすべてが停止した、終わりの世界に至る喜びに浸っていた。
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即興ヤンデレショートストーリー
初公開日: 2022年05月14日
最終更新日: 2022年05月14日
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