「げ。」
めちゃくちゃ嫌な音がした、洗濯機から。只今の時刻23時半。こんな時間に回すなってまともな人達からは怒られてしまうんだろうけど許してくれ、こんな時間まで働いてクタクタな私が今しかないと思って洗濯してんの、偉いって褒めてくれなんて言わないから許してくれ。更にこんな時間なのに明らかに故障した洗濯機はすっごい音を響かせたと思ったら沈黙を貫いてる。ふざけるなよ、私の下着のストックはもう無いし明日また職場に着ていく服も濡らした後だろ。中途半端に濡らすだけ濡らして自分はご臨終とか絶対許されない、ほんとに、勘弁してくれ。
泣きそうになりながらべっしょべしょになった可哀想な服達を可哀想な私が静かにカゴに移す。もうこれは今更諦められる状況じゃない、なんとかしないと洗濯も出来ていないただ濡れた服達をただ乾かす更に可哀想な事態に陥ってしまう。しかし唯一の戦力だった洗濯機は我関せず、この命燃やし尽くした!とでも言わんばかりに眠りについている。…仕方がない、コインランドリー探すか。まだ引っ越してきてそんなに経っていないからこの辺にコインランドリーがあるのかさえ知らない。なかったらもう私はほんとに泣く。頼むぞ、ほんとに頼むぞと声に出しながら地図アプリで検索すれば案外近いところに赤いアイコンがピコンと出てきた。年甲斐もなくガッツポーズしてしまった。こんな状況じゃなけりゃこんなに喜んでいない、小さな幸せを噛み締めながら私は洗濯物をつめたカゴを抱えた。
駆け込み寺は割と新しくて、いい匂いがした。最近のコインランドリーめっちゃオシャレじゃん。居心地いいし待つ時間も苦じゃないな〜とか呑気に思いながら誰もいないのをいい事にるんるんで濡れた服達をぶち込んでいく。もうそりゃ小銭もるんるんで入れた。よーし後はちょっと待ってりゃ私の洗濯物も無事に洗い上がる、最高だね。帰ったらお酒飲んじゃお。明日仕事とか知らね〜!そんなことまで思ってしまうくらいには小さな幸せを噛み締めていたのだ。しかも私以外だーれもいない、これまた最高だ。動画垂れ流しちゃおっかな〜暇だし。そう思って動画アプリを開いてお気に入りのゲーム実況を垂れ流す。まぁ一応音は小さめにしといて、急に誰か来ても大丈夫なようにはしてたんだけど。
「あ、」
見始めて1分で人が来てしまった。…やっちまった、イヤホン持ってねぇ〜。早速暇つぶしが出来なくなってしょんぼりしながらアプリを閉じてスマホをいじいじしている間、後から入ってきた男の子はぺぺぺっと洗濯物を放りこんでいた。あの子もここで時間潰すのかな…、そんなことを考えながらじっと見つめる。なにせ私、1人の時間が大好きな人間なのでこういう待合室的なところでも知らない誰かがいるとソワソワしてしまうのである。しかも今イヤホンないから音遮断出来ないし、つんでるわ。あーやらかした〜なんて思いながら仕方なく漫画でも読もうとアプリを起動したとこで手元に陰が落ちる。
「すんません、ちょっといいすか…?」
「え、…はい。」
金髪の若い男の子。多分そんな私と歳離れてないんだろうけど、なんとなーく年下かな?って感じする。ラフな格好してるから近所に住んでるんだろう。てかさっきまで心の中で(まじかよ〜ここにいるのかよ〜)的なことを考えてしまっていた相手に話しかけられてめっちゃ心臓バクバクしてる。え、もしかして声漏れてた…?というのは杞憂だったらしく、彼も私と同じようにお洗濯難民なだけだった。加えてなんだか使い方がよく分からないから教えてくださいって泣きつかれてしまって、そんなことだったらまぁ、と一緒に操作してあげて感謝されて今ココ。
「まじ助かった〜!あざした!俺この辺引っ越してきたばっかでまだ洗濯機届いてないしココのも使い方分かんないしで、お姉さんいなかったら明日の服無くなるとこだった。」
「私も同じ感じだから気持ちわかるよ、洗濯機ってなんでこんな思い通りにならないんだろうね。」
「いやほんと、まじそれ。他の家電揃ってんのにアイツだけ届かねーの。」
「わーそれあるあるだわ、懐かしい。」
さっき知り合ったばかりだというのにお互い洗濯物に追い詰められすぎて異常な距離の縮まり方してたと思う。でも深夜に明日の服がなんとかなった喜びを知ってしまえば皆こんなもんだと思いたい。別に私がこの男の子のことをちょっとカッコいいじゃんとか人懐こいの可愛いじゃんとか、そんなこと思ったから親切に使い方教えてあげたりお喋りに付き合ったりしているなんて、そんなことないので。違うので!1人でいるの好きとか言いながら余裕で喋ってますやんとかそういうのいいんで!まぁなんかグダグダ言い訳しちゃいたくなる展開ではあるけど、別に楽しい時間を過ごせるんならいいかなーとか。
「お姉さんも引っ越してきたばっかりなんだよね?」
「まぁでも半年?くらいは経ってるから流石に家電は揃ってるけど。」
「もうこの辺慣れた?」
「うーーん仕事行って帰ってきて寝るだけだから全然散策も何もしてないんだよね。」
「なーんだ美味しいご飯屋さんとか聞こうと思ったのに。」
「調べりゃ出てくるじゃんそんなの。」
「違くて〜!」
「直接行った人の感想聞きたい、みたいな?」
「じゃなくて〜、…連れてってよみたいな。」
「はぁー?」
若い子怖すぎ。たった十数分前に会ったばかりの女にそんなこと言う?コイツ見た目通りチャラいな。普段なら一気に警戒レベル引き上げるところ、まぁここまでお喋りに付き合ってしまった私も悪いし無難な反応に留めておいた。感謝しなよ若者、流されやすくもなく絶妙な歳の女が唐突なお誘いを拒否しないの珍しいんだから。アンタのその化け物級のコミュニケーション能力と顔に感謝しな。そうだよこの男の顔が好きだよ私は!悪かったな!!洗濯物で浮かれた女は好きな顔の男に誘われて更に浮かれているさ!
「じゃあさ、若者。」
「なにその呼び方、」
「私がご飯屋さん連れてくって言うとするじゃん?」
「うん。」
「で、この辺の美味しいとこ行って一緒にご飯食べて楽しくお話しするじゃん?」
「うん、」
「その後終電を気にすることもないこのご近所さんっていう間柄で大人しく帰る気はある?」
「うーーーん多分無いね。」
「正直者でいいね。」
お酒でも飲んでたっけ?おかしいな私まだ一滴もアルコール摂取してないのに、こんな話しちゃってさ。流石に浮かれすぎじゃない?いくらこのコインランドリーにいるのが私達だけで、なんかいい匂いがして、薄着の私にはちょっと肌寒いくらいの空調だからってこの男に気を許しすぎではないか?それにこの男も馬鹿正直になんでも答えるし下心丸出しにしてくるから、余計にこの状況に酔ってしまう。
「ほら俺さ、今ウチに洗濯機ないからさ?お姉さんちで一緒に洗ってもらえたらなぁとか。」
「またここに来ればいいじゃん。」
「そんな寂しいこと言う?」
「…私、匂いで元カレとか思い出しちゃうタイプ。」
「俺もわりといっしょ。お姉さんちの匂い忘れらんなくなると思うよ。」
「いやうち来る前提なのおかしいって、まだご飯行ってないけど。」
「別に今更順番どうでも良くね?だってさ、」
そういって彼がスルリと手を握って、指を絡めてくる。待合室のソファで隣り合って座っていたから顔を直視せずに済んでいたのに、しっかり覗き込まれたらもう逃げらんない。ここで顔逸らすのも負けたみたいで嫌だ。じっと流されないからな、という目で見つめ返したらそれすら面白いとでも言うような目で見つめ返される。
「手繋いでも振り解かないくらい俺の事許しちゃってるじゃん、違う?」
「見た目通りチャラいね、君。」
「…これでもさ、今めっちゃ緊張してんの俺。近所で見かけたどタイプの女の子と偶然こんなとこで会えてさ、話しかけたら割と乗ってくれるし手繋いでも嫌がんないし。誰にでもやってないから、こんな大博打。」
「ずっる、ほんと冗談きつい。」
「マジだって。今度いつすれ違えるかなって毎日ソワソワしてる自分、くそダサくてちょー嫌だったんだけど。だから今日この機会逃したくないわけ。」
急にそんなこと言われても信じられないし、冷静な私はそう頭の中で忠告してくれるんだけどすっかり浮かれている私はもう流されちゃえよって囁いている。だってこんなの、毎日仕事に追われてロクな楽しみもない私に神様が用意してくれたサプライズに違いないじゃん。ゴウンゴウンと音を立てて回る目の前の機械の上部に表示されている数字はどんどん減っていく。彼と一緒にいられる時間は少しずつ減っていく。脱水して乾燥して、中身を取り出してしまえばもう彼とはバイバイしてしまう。それっきりってこともないだろうけど、折角なら小さな幸せをもう少しだけ重ねてもいいんじゃないか?
「もう一押ししていい?」
「…どうぞ。」
「俺とお姉さん、今日の洗濯物ここの匂いになっちゃうから帰っても絶対俺のこと思い出しちゃうよ。匂いで元カレ思い出すんでしょ?」
「…降参。」
「正直者でいいね。」
もうほぼ折れかけてた私に最後の一撃を食らわせた彼は、嬉しそうに笑った。どちらともなく身体を寄せて、顔が近づいて、目を伏せた。触れ合うだけに留めておいたのは、お互いに監視カメラの存在に気づいていたから。残りの時間をここで黙って待つことなんてもちろん出来なくて、まぁ朝方にでも取りに来ればいいでしょって2人で言い訳した。どうせまた洗濯物増えちゃうだろうし仕事の前にもう一回回しにこなきゃな、って言ったら俺んちで回せば?とか言うから流石に呆れてしまった。この男、本当に信じて良かったのか?
「まぁでもここの匂いと俺んちの匂い、どっちでも俺の事思い出せるからいいじゃん?」
「無邪気なフリしてめっちゃ怖いことするねアンタ。」
「でも好き?」
「わりと。」