1つ目は『スーパー』
2つ目は『サイコロ』
3つ目は『謡う』
桑田にとって『買い物』とは日常生活の中でも難しい動作の一つである。なんせあらゆる商品の一つ一つが社会情勢やその年の気候によって大幅に変化するし、それによって総額も変わってくるのだからやりにくいこと他ならない。携帯は連絡を受け取るためにポケットの中に入れて常に両手を開けることができるようにしているが、買い物の時だけはカゴを肘にかけて手に持ち、電卓アプリで常に計算できるようにしているほどであるから相当だ。税込みあるいは税抜き価格の表示はまったく面倒であり、商品の近くにある値札の値段で計算してもその日にセールで値下げをしていたとしたらもう大変で、たとえ総額が安くても会計にかける時間は元の値段以上だ。大体の日常動作はスムーズに済ませることで目立ちたくないゆえ、あまりもたつきたくはない。クレジットカードを作れない身分である以上、買い物というのは大きなミッションとなっていた。
にんじん三本入りで230円。バラ売りで87円。こういう表示をさせるといたく混乱する。電卓アプリはバラ売りで三本を買ったときの価格を表示する。251円。どっちが高いかを考えるのに数秒。袋に入っているにんじんの中から一番大きいものを手に取ってカゴに入れる。じゃがいも、たまねぎも同じようにいちいち計算してカゴに入れているのだから恐ろしく効率が悪い。イライラする。スーパーに入ってから大体15分くらいが経過していて、普通ならばもうそろそろレジに並んでいるところだが、あと一つ、切らしているコショウを買い忘れている。これでさらに時間がかかる。調味料売り場は苦手だ。同じようなものがたくさん並んでいるから。有線放送や客の声、レジの音など耳に入る情報量が多いスーパーマーケットでは何か考えるにも時間がかかる。天井を向いて調味料の棚を探して、そこに向かうために顔を正面に戻す。
醜い。一番最初にそう思わされた。なんせ顔の多くを覆う赤黒い痣が、まるで焼けたばかりの野原みたいに広がっているからだ。顔の半分が白いマスクで覆われているからいいものの、もしこの時勢でなくマスクを取っ払った顔を見ることになったらどういう所感を思い浮かぶのだろうとなるほどだった。その服装は一般的な中年の様子であるからまだいいとしても、やはり何を観察しようにも顔の痣がイメージに邪魔をしてくる。男性にしては小柄なその人物の顔を恐れてか、彼の周りには人がいない。そして桑田も同じように一般的な感性からそう思わされ、そそくさと調味料の棚を目指して歩くことにした。彼がじっと見ている気がしてきて、余計に桑田の足取りを早くさせた。
会計をとにかく早く終わらせたい場合話は早く、一つ大きい桁の札を出せばいい。そうすればセルフレジは勝手におつりを返してくれる。機械化したレジは楽だ。
袋を詰めてスーパーの外に出れば、何かの番組のためかフェアで簡易的なテントが設置してあった。『サイコロで出たカラオケ曲最後まで歌い切れば千円割引』と派手に謳う看板は、サイコロで嫌いな落語家を思い出されて思わず顔が歪む。ちょうど通りすがった主婦が挑戦しているらしく、十数年前の歌謡曲が耳につく。早くスーパーから離れたくて、そそくさと足を動かした。
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