ユーレイがどんな夢を見るか、しってる?
 幽霊は眠らない。けれど、夢を見ることができる。ただ「夢を見る」という表現ではすこし語弊があるかもしれない。正しく言えば「人の夢を見る」ことができる。
 やり方は簡単だ。
 寝ている人の額に自分の額を重ね合わせて、目を瞑る。それだけ。
 そのままじっとしていると、意識がドロドロに溶けてひとつに混ざるような感覚がする。それから目を開くと、その人の夢の中にいる。
 わたしは眠れなくなった代わりに、大好きなひーちゃんと同じ夢を見ることができるようになった。
 生きていないと一緒にできないこともあるけれど、生きているわたしには夢の共有はできない。そう考えると、ユーレイもそんなに悪くないと思うんだ。
 ひーちゃんが夢を見ていないときは、どこまでも真っ白な空間に飛ばされる。そういうときはひーちゃんの眠りを妨げないように、夢から自分の意識をそっと切り離して出て行く。
 白い空間は右も左も、上も下も、どこにも終わりがなくてすこし怖い。突然宇宙に放り投げられたみたいに心細くて、最初に来たときは震えが止まらなかった。腹の底からこみ上げる恐怖は、どこまでも冷たい。
 それも何度か経験するうちに慣れてくる。
 耳を澄ますと、生まれる前、まだわたしがお母さんと一体だったときに聞いたような、身体の内側の音がする。その音が心地よくて、白い宇宙の中をふわふわと漂いながら丸まって朝まで眠ることもある。
 ひーちゃんの中にある、わたしだけの特別なベッド。いつだって、どこよりもうんと気持ちがいい。
 その日、わたしが夜の散歩から戻ると、ひーちゃんは布団の端を強く握りしめながら苦しそうに唸り声を上げていた。
 ひーちゃんの額には汗が滲んでいて、いつもサラサラのすこし長い前髪がべたりと張り付いている。髪をかき分けて汗を拭ってあげたいけれど、それができる実体をわたしは持っていない。
 それでも魘されるひーちゃんをなんとかしてあげたくて、じっとりと汗ばむおでこにわたしのおでこを当ててみる。次第に白い靄が絡みついて、身体が重たくなるような感覚がした。
 目を開く。
 視界には横たわるわたしと、その側で膝をつくひーちゃんがいる。
 夢の中のわたしに近付いてみる。
 息をしていない。
 真っ黒な顔色で眠るわたしの首筋には、白く浮き上がるシミのような痕と傷がある。そのままちらりとひーちゃんのほうを見ると、ガタガタと震えて泣きじゃくりながら、自分の手のひらを凝視していた。
「ひーちゃん、大丈夫だよ」
 声をかけても返事はない。近くに寄ってその顔をの覗き込んでみる。
 見開かれた瞳からぼたぼたと涙が溢れ続けていた。きれいなのに、もったいないな。
「ひーちゃん、ほんとのアンナはこっちだよ。ひーちゃんのせいじゃないよ。ひーちゃんはアンナを殺してないよ、だいじょうぶだよ」
 やっぱり返事はなかった。
 たすけてあげたいのに、わたしのことは見えていないらしい。幽霊になって初めて、なんかユーレイみたいだな、なんて思う。どうにもならなくて、身体の内側がずんと重くなる。
 しばらくその場でやきもきした感情とたたかっていると、唐突にひーちゃんがびくりと肩を震わせた。下のまぶたに湛えた涙が、衝撃でぽろりと落下する。一度伏せた睫毛が再びゆっくりと持ち上がり、その目線がわたしを通り越してわたしの背後に向けられた。
 振り返ってみれば、横たわっていた“わたし”が身体を起こしていた。
 “わたし”はいつの間にか全身ずぶ濡れになっていて、重そうに身体を引きずりながらこちらに近付いてくる。
「ひーちゃんのせい」
 わたしの声で、“わたし”がひーちゃんを責め立てる。
「ひーちゃんのせいで死んじゃった」
 ちがう。
「ひーちゃんがアンナを殺したんだ」
 ちがうよ。
「ぜんぶひーちゃんが悪いんだから、ひーちゃんもこっちに来て」
 ひーちゃんの目の前まで這いずってきた“わたし”がひーちゃんの首筋に手を伸ばす。
 そのまま馬乗りになって思いきり首を締め上げる“わたし”に、ひーちゃんは何の抵抗もしなかった。
 途切れ途切れになる息の隙間で、ひーちゃんが
「やっぱり、恨んでたんだ」
と溢した。苦しそうにしながらもぎこちなく笑って、そしてそのまま、動かなくなった。
 だから、ちがうって。やになっちゃうな、ほんと。
 本当のわたしを差し置いて、夢の中のひーちゃんとひーちゃんの夢の中のわたし、死体がふたつ、満足そうな顔をして折り重なった。
 いくらちがうと言っても聞いてくれない分からず屋のひーちゃん。ニセモノのわたしなんかに殺されて、いっそ安心したような表情を浮かべるひーちゃん。
 わたしが恨めば、ひーちゃんは楽に生きていくことができるのだろうか。
 でも、どうしてもできそうにない。
 苦しめてごめんね、ひーちゃん。
 出かけるけど、とぶっきらぼうに言い放つひーちゃんに「行く!」と即答して、車に乗り込み街に出た。
 ひーちゃんはめったに人の多い場所へ出かけようとしない。あまりのめずらしさに、わたしはひーちゃんの頭の周囲をぐるぐると飛び回りながら「めずらしいね、なにか用事?」と聞いてみた。
「や、」
 ひーちゃんは一瞬口を開いてから周りを見渡すと、スマートフォンに何か打ち込み始めた。
 アンタが好きでしょ。賑やかなところ。
「大好き!」
 空振りになるとわかっていて、思いきりひーちゃんを抱き締める。当然、腕が身体を通り抜けてしまった。それでも知らんぷりをしてぎゅっと抱き締める振りをする。賑やかなとこ、大好き。でも、わたしのために苦手な場所に来てくれるひーちゃんが、いちばん好き。
 大好き大好き、ひーちゃん好きー! と身体に纏わり付くと、ひーちゃんは小さな声で「うざ」と言って笑った。
 街に出たもののこれといった目的もなく、人通りの多い道をぶらぶらと歩いてみる。
 人のざわめきが一体になっていく感じが好きだ。
 濃いのと薄いのとが視界の中に溢れているのが楽しい。
「ちょっとあなた」
 一纏まりのざわめきから、声がひとつ飛び出した。
「ちょっと!」
 その声がこちらに向けられている、と認識する前にひーちゃんの腕が誰かに引かれた。
「ちょ、何っ」
 振り返ると、知らないおばさんが立っていた。わたしは見たことがないし、ひーちゃんも覚えがない、という顔をしている。
「……何ですか?」
 怪しい人を見るような目つきで、ひーちゃんが渋々応える。
「あなた、呪われてるわよ!」
 怪しい人だ!
 周囲の人もちらちらとひーちゃんとおばさんの方を見始めていた。
「あの、すいません……行きますね」
 手を払って背を向けるひーちゃんに、おばさんは尚も声をかける。
「小さい女の子……十歳くらいの……全身濡れてて……あなた、思い当たらないの?」
 側を通りすがる人たちがクスクスと笑い声を立てる中、ひーちゃんがひゅっと息をのむ音がした。
「……すみません、」
 言葉を詰まらせて、今度こそひーちゃんはおばさんを背に走り出した。人々をかき分け、ぶつかりながら走って行く。あぶな、と聞こえてくる声も、溢れ出る舌打ちもお構いなしに、走って行く。何かから逃げているかのように、必死に、ただひたすらに。
 わたしはもちろん、ひーちゃんを呪ってなんかいない。でも、ひーちゃんはきっとそう思っている。突然現れたおばさんの言葉を受け取って、当たっている、そう思ったのだろう。
 はたして、何から逃げようとして、どこへ走っているのだろう。ひーちゃんはわたしから逃げたいのかもしれない。わたしがいるから、悪夢を見るのかもしれない。
 息を切らして路地裏に入り壁にもたれかかるひーちゃんの姿を、すこし離れた位置から見つめる。向こう側に落ちた影が、こちらとあちらを明確に線引きしているようで、それ以上近付くことができなかった。
 ひーちゃんは、わたしといるとつらいですか。楽になりたいですか。
 浮かんだ問いを投げかけることもできない。
 聞かなくても、いくら恨んでないと言っても、自分の存在が苦しみの原像であることは明白だった。
 それをわかっていて尚離れられないのは、ある種わたしからひーちゃんに与える呪いにも等しいのかもしれない。
 ひーちゃんのことが大切で、大好きで、幽霊になってもずっと一緒にいたいわたしは、永遠にひーちゃんを苦しめ続ける。今この瞬間も、ひーちゃんに呪いをかけ続けている。
 呪いを解いてあげる覚悟は、まだない。だって、どんな手段を使ったとしても、どんな形であっても良いから、いつまでもふたりで一緒でありたいのだ。わがままでごめんね、ひーちゃん。
おわり わーい ねれるぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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向き
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呪詛まで愛して
初公開日: 2022年04月16日
最終更新日: 2022年04月16日
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