あらすじ
人間と魔族の住む世界、プリマイア。この世界は数々の動乱を経て長きにわたる平和を勝ち取った。
そんな世界の片隅の草原で暮らす、動物と仲良しの普通の青年・アイビー。彼はある日、友人たちと遊びに行った先で突如魔族に襲われる。
「どうして……結界があるはずなのに……?」
世界各地で起こる魔族の襲来。その解決のため、彼は友人たちと共に世界を旅することになった……。
人間……この世界の頂点に君臨している。魔族との争いを空の民の助力により制し、現在は魔族を隔離し暮らしている。プリマイアは王都・パンドラの元で運営されている。
魔族……かつて人間と対立し、猛威を奮ったものの現在は排斥された種族。人間の住む区域に貼られた結界の内側には決して入ることができない。
空の民……人に近い見た目、性質を持つが人類ではない。その特徴として、人類より遥かに戦闘能力や耐久力が高く、簡単には死なないある一定の年齢になると見た目の成長が止まる。見た目の止まる年齢は個人差がある。
(アイビー筆頭、ネームドキャラは基本的に空の民と呼ばれる種族であり普段はそれを周りに隠しているという設定があります)
ざっくり人物紹介(見た目等は全員の絵を描き終わってから公開する予定です)
アイビー……主人公。銀髪に群青色の目をしている。乗馬が得意。襟足が長めで髪は基本ふわふわしている。
桃月きせき……苗字はとうげつと読む。ホワイトブロンドの髪をツーサイドアップに結んでいる。桃色の目。中央図書館で司書をしている。幼少期の記憶がない。
ケイ……人をからかうのが好きで物腰も柔らかいが、たまにシビアな発言をする。黒髪で灰色の目。髪を後ろで一つに結んでいて、左目を隠している。
メラーニャ=ラスプーチナ……紫のグラデーションがかかった白い髪、糸目。目の色は紫。古代遺跡や文明を調べることが好き。少し危ないお嬢様といった感じ。
その他の情報は小説内で開示していきます。この配信ではプロローグと一章を配信します
プロローグ 事の始まり
    1
 時計の針の音が響いている。長針と短針が重なり、ボーンボーンと鐘の音が響いた。正午だ。
 ぼんやりと布団の中で鐘の音を聞いていたアイビー・ブレアはのっそりと起き上がった。あくびを一つして緩慢な動きで洗面台へ向かう。
──面倒くさい。何もやる気が起きない。やることもない……。
 アイビーの愛馬、ジョゼフィーヌは他の牧場にデートに行っている。隣の牧場にとっても格好いい方がいたから、今度連れて行ってと彼女に言われたのは一か月前ほどのこと。約束通り、昨日の夜彼女を送った。今日はテレビを見るかゲームでもしようかとリビングに行けば、どちらも先日壊れて修理に出したのを思い出した。大きなため息をついて、ごろんと床に転がる。一人暮らしの欠点は、こういう暇なときにやけに家が広く感じるところだと考えてじたばたと意味もなく暴れてみる。
──今日はもう一日中ベッドの中で転がっていようか、どうせ誰も来ない。
 そうしてぼんやりと天井のシミを数えていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。荷物でも頼んでいたのだろうか。誰も来ないと思ったのに、と少し残念に思いながら扉を開けた。
「やあ。今日は天気がいいね、アイビー」
にんまりとした笑顔が眼前に映った。蛇のような体躯に歌うような口調、左目を隠す黒髪――
ケイだ。彼はアイビーの元同級生で、普段は何をしているのかよくわからない奴だった。
「……ケイ?どうしたの、急に」
「せっかくのいい天気だし、久しぶりに遊びに行かないかと思ってね。見た感じだとアイビーも随分と退屈そうだし、どう?」
「えっと、まあいいけど」
「やった」
先ほどまでの退屈は解決しそうだ。気持ちが晴れて久々の遠出の予感に少し浮き立つような心地になる。
「用意してくるよ。どこに遊びに行くの?」
「最近、サンソンの南の方に新しくショッピングセンターが出来たのは知ってる?のんちゃんが行きたがってたからそこに行く予定だよ」
「きせきさんが?他にも誰か誘ってるの?」
「のんちゃんと私と、あとはラーニャかな」
 ケイ曰く『のんちゃん』と『ラーニャ』──本名はそれぞれ『桃月きせき』と『メラーニャ=ラスプーチナ』──二人とも、アイビーがよく知る人物だ。彼女らもケイと同じくかつての同級生であり、腐れ縁でもある。
 ふと眩しさが目について空を見上げる。ケイの言う通り、雲一つない青空が広がっていた。今日は随分と日差しが強い。上着は持っていかなくてもいいだろう。
 サンソン地方は、アイビーの住むアイワナ草原から馬車でおよそ三十分かかる場所に位置している。娯楽が集中する街の一つで、コテン飴という不思議な味わいの菓子が名物らしい。アイワナ草原はその名前の通り草原が広がっているだけで、娯楽の類もほぼないため、初めて草原以外の世界があると聞いたときは幼いながらに驚いた記憶がうっすらとある。
「そういえば、きせきさん達とはどこで落ち合うの?」
「出入ゲート一番口。ゲートにもクレープの出店があるらしいよ」
「そうなんだ。……朝ご飯、実は食べてないんだけど食べる時間あるかな」
「え、そうなの。二人に言えば多分それくらいの時間は取ってもらえるだろうけど」
 そうして他愛もない話をしているうちに段々と人の声が増えていく。サンソンを取り囲む大きな籠状のドームが見える。
――あれを見るのも久しぶりだな。
 草原に籠りっぱなしだったアイビーにとって、それは数年ぶりに見るものだった。
「あー、そうか。何年籠ってたっけ」
「……五……?」
「君さ。絶対もっと年数行ってるでしょ。……私も久々に見た。ここ最近はドームのない場所にいたから」
 ――あのドームは歴史を遡ること千年以上昔に出来たものだそうだ。
 かつて、この世界は大まかに分けて魔族と人間の二つの種族が存在し、また対立していた。日々争う中で、平和を希った二人の英雄がいた。人間のリーダー・アルトと魔族のリーダー・レオン。それぞれがお互いの手を取り、世界は平和への道を辿ろうとしていた。しかし、それは突如崩れ去った。レオンがアルトを裏切り、世界を闇と混沌渦巻く絶望へと落とそうとしたのだ。圧倒的な魔族の力に対抗するように、天からの使者が現れた。彼らは瞬く間に魔族を退け、人間たちに身を守る術を与えた。その一つが、このドーム――要は結界だ。ドームが機能する限り、魔族は決して人間たちの街に入ることはできない。そして、このドームは世界中のどの町、どの都市にも張り巡らされている。
「魔族とはよく話すけど、お互いと仲良くやっていきたいって奴が相当いたよ。人間にだってそういうのがいるのは当たり前だよね。はは、お互いどうしようもできなくて可哀想だね」
「まあ俺たちがどうこうできる問題じゃないしね。……そろそろ一番口みたいだね」
「本当だ。荷物荷物……」
「ケイ、よくアイビーのこと引っぱり出せたね?何かすごく新鮮な感じ……」
 桃月きせきは美しいホワイトブロンドを揺らし、高揚を露わに踊るように歩く。髪にマゼンタのリボンが揺れているのがかわいらしく映った。
「ふっふっふ。もっと感謝してくれてもいいんだよ」
「ケイほんと神ありがとう愛してる」
「あ、ねえあのお店どう?すごく琴線に触れるものがありそうな気配……」
 きせきの隣でメラーニャが楽しげに笑う。彼女の動きに合わせてふんわりと揺れる濃紫のスカートが、彼女の持つミステリアスな雰囲気によく似合っていた。
 ざわざわとした人の喧騒が心地よく感じる。ショッピングセンターがオープンしたばかりということもあってか、サンソンの街はいつにも増して人が多い。一歩歩けば右から、左から活気にあふれる呼び込みの声が聞こえる。ここまで人に囲まれる事もここ最近はなかったなとぼんやり思った。
「アイビー、君どこか行きたいところ無いの?のんちゃんたちはこの後、三階の雑貨屋に行きたいらしいけど」
「あ、どうしようかな。うーんと、じゃあ二階のスポーツ用品店」
 そう、と笑うとケイはきらきらした服飾店ではしゃいでいる女子陣二人の元にゆったりと歩いて行った。手にはいつの間に買ったのか、真新しい手袋がはまっていた。
「きせのん、これどう思う?ここのフリルがすごく可愛くない?」
「え、いいと思う。リボンもアクセントになってて……」
 ガラス張りの天井から見える青空が美しい。アイビーにはファッションのことがあまりよくわからない。特に女性ものはさっぱりである。きせきとメラーニャの会話はどこか遠い宇宙の言語であるような気さえした。ねえねえこれはどう、と平気な顔をして会話に混ざれるケイのこともよく分からなくなってきた。
――やっぱり外出って疲れるんだよなあ。
 とはいえ、楽しいことは楽しい。もともと好き好んで一人でいるわけではないので、こうしてよく分からない会話を聞きながらでも疲労感と共に満足感を感じている。ふう、とため息をついて三人を眺めていると、きせきが軽快に走りながらこちらに向かってきた。
「アイビー、ちょっとこれ持ってて!あそこのタピオカおいしそうだから買ってくる!」
 どさどさと大きな紙袋を三つ四つ渡される。別段重いと感じることはないが、よくこんな量を買えるものだなと少し驚嘆した。——それはそうとタピオカを買うなら、ついでだから俺にもひとつ買ってほしい。しかし三人は既に店に行ってしまっていて、言うことは叶わなかった。ソファに腰を下ろして横に荷物をまとめて置く。三人の良心に賭けることにしよう。
 その時、ちら、と目に影がかかった。鳥の影だろうか、いやそれにしては随分と大きな影だったような。
 そうして上を見上げた時、アイビーは自分の目を疑った。それと同時に、店内に轟音が響き渡った。ガシャンと硬質な音を立ててガラスが砕け散り、それに続くようにコンクリートの柱が崩れる。悲鳴の響く中、もうもうと立ち上る煙からその元凶がむくりとその体を起こす。
「——グリフォン……!?」
 ここにいるはずのないものが、そこにいた。グルルル、と低く唸り声をあげている。吹き抜け構造であったため、一階まで落ちてきたようだ。ちら、と周りを見ればガラスで切り傷を負った者や瓦礫の間で挟まれそうになっている者、悲鳴を上げることもできず立ち尽くす者……。店員の数名が避難させようと大声をあげているが、パニックになっているようであまり避難は進んでいないようだ。
——怪我を負った者が多い。治療をしなければいけない。いや、まずそれ以前に結界はどうなっている。
 グリフォンの動きを柱の陰から観察する。目が血走っていて、明らかに意思の疎通が取れそうな状態ではない。随分と大きい、後方支援の自分には手に余りそうだ。そうこうしている間に、グリフォンはゆっくりと移動を始めた。人間たちは未だ避難ができていない者も多い。早くどうにかしなければいけない。
 そうして焦っているアイビーの元に軽快なコツコツとした足音が近づいてきた。
「アイビー!状況を教えて、一体全体どうしたのこれは」
「きせきさん、ちょうど良かった!俺にもよく分からない。けど、いきなりこいつが天井をぶち破って落ちてきたんだ」
「なんで?結界はどうしたの、グリフォンなんて警戒度三の優先的に排除される魔族じゃない」
「そうだよ、結界も後で確かめに行かないと。でもまずはとにかく、早くこの状況を打開しなきゃ。俺はけが人と避難の対処をする、そっちは——」
「あーグリフォンは任せて!ケイはもう戦闘に向けて配置についてる、お嬢もグリフォンの他に何か入り込んでないか探索してるみたい」
「了解。あとは頼んだよ」
 きせきがグリフォンの方へ向かうのを見届け、比較的損壊の少ない場所に移動する。愛用の杖を召喚し、地面に突き立てる。対象は人間。魔力を込めて練り上げていく。
『傷を癒せ、病を治せ。天よ、星よ。我が命を聞き届け、人々の生を守り給え』
 少しばかり鎮静の念も込めて呪文を唱えた。パニック状態の客たちもすぐに落ち着くだろう。回復は済んだ。次は瓦礫の下で動けなくなっている人達を助けに向かわなければいけない。休む暇はないだろう。ああ、せっかくの外出だったのに何でこんなことになったのだろう。
 もう誰もいないショッピングモールの中。ダッ、と勢いよくきせきが跳躍する。手を高く掲げると、まばゆい光と共に彼女の手の中に分厚い本が現れた。
「ケイ!」
「任せて、今やる」
 ジャキ、と弾を装填する音が響く。様々な種類の大量の銃がグリフォンを取り巻くように浮かんだ。ケイはそのうちの一つを手に取り、二階の床に降り立つ。スナイパーライフルか、と小さく呟くとスコープを覗いた。グリフォンの左目を捉える。
「——きせき!」
「おっけ、いくよ!『焔よ、我が元に従え』!」
 きせきの手の中の本から鮮やかなオレンジの炎が立ち上る。すい、と軽く指を動かすとそれは小さなメスのように形を変え、目にもとまらぬ速さでグリフォンめがけて飛んでいく。グリフォンは背中の翼でそれらを避けようとする。しかしそれと同時にケイが放った弾丸が怪物の左目を穿った。ギャアと悲痛な叫びを上げてグリフォンは元居た場所に叩き落される。
「一斉掃射!きせき、グリフォンの弱点ってどこだっけ!?」
「忘れた!そもそもボクたちが知ってるのよりデカいし攻撃の威力、防御も速度も全部が規格外!お嬢も今はいないしとりあえず倒れるまで攻撃を続けるよ」
「当然。」
 グリフォンの体に深々と突き刺さったメスが、ごうと音を立てて燃え盛る炎へと形を変える。グリフォンが暴れる度に鋭い爪と嘴が柱や床、天井を切り裂き破壊していく。柱が一つ崩壊したとき、拳銃、小銃からショットガンやマシンガンなど様々な銃火器で応戦していたケイの足元の床が崩れ落ちた。何とか受け身を取ったものの、転がり出た先は運悪くグリフォンの目の前だった。ひゅ、と息を吸う音がやけに耳についた。息をつく暇もなくぎらりと鈍く光る爪が眼前へ迫る。きせきが焦りと恐怖の表情を浮かべて追撃を放っているのが見えた。最悪の場合はアイビーに何とかしてもらおう、と最後のあがきのつもりで手榴弾を懐から取り出す。
「え、嘘、何!?あーっと、『主よ、我らを守り給え』!」
 ピンを抜こうとした瞬間、目の前に優美な装飾が施されたドアが現れた。ケイは慌ててピンを抜くことをやめた。扉から現れるのは自分の良く知る人物だからだ。
 メラーニャは心底動揺していた。店内を一周し、他の脅威がないことに安堵していた矢先に飛び出た先が絶体絶命の場面だったのだ、多少どころか誰だってかなり動揺するでしょうと心の中で誰に言うのでもない言い訳を並べ立てる。そもそもそんな状況で完璧な守護魔法を使えたことを褒めてほしい。
「ありがとうラーニャ!助かったよ」
「どういたしましてケイ。だけどね、本当にあなたはまず防御を覚えるべきだと思う」
「攻撃は最大の防御っていうんだよ」
「はいはい、さっさと片付けようか!きせのんは大丈夫?私は何をすればいいのかな?」
 きせきはグリフォンの背後で必死に魔法を繰り出している。ケイの弾幕が緩んだせいで更なる攻撃を仕掛けないと自分の命が危うくなりかねない状況に陥っていた。
「ケイは!?」
「無事、私が守った」
「じゃあ後で一発殴らせてって言って!あと焼いたのにこの速さなのは何とかしたいから、鈍麻の呪いか拘束魔法お願い」
「げえ、殴られるの?まあ油断したのはちょっとあるけど」
「軽口叩く暇があったら早く弾幕出してよこっちはめちゃくちゃキツイんだから!」
「ご、ごめんって……」
「ここは拘束魔法かな、今までは何とかなってたみたいだけど、空を飛ばれるのは勘弁だし。よおし、いくよ」
 メラーニャは優雅な笑みを浮かべる。ぱち、と指を鳴らすと彼女の周りをぐるりと囲うように白銀にきらめくナイフが現れた。美しい隊列を描いて静かに浮かぶそれを眺め、流れるように呪文を唱える。
『汝、その形を我に示せ。姿は水に、刃は雨に。汝に触れし悪しきものを流麗なる枷で縛り給え』
 最後の一文字を紡ぎ終えれば、メラーニャの仕事は終わりだ。呪文の通りに水の刃へと形を変えた愛用のナイフたちは、刺さった個所から強固な鎖へと形を変えていく。ギャアギャアとグリフォンが暴れてもびくともしない。嬉々としてメラーニャの陰からケイが、反対側の柱からきせきが飛び出していく。あとはこの戦闘狂二人が何とかしてくれるだろう。先ほどから鼠のようにちょろちょろ動き回っては逃げ遅れた人々を救出して回っている仲間の姿が目につくので、そちらのサポートにでも回ろうと踵を返した。
 メラーニャの鎖によって、グリフォンは完全に身動きが取れなくなっていた。爪を振りかざそうとすれば地面に縫い留められる。嘴を開けばぐるりと鎖が絡みつく。声一つ上げられず地面に転がり押さえつけられる様は哀れに見えた。そんなことは構いもせずに二人は攻撃を続けていく。グリフォンが僅かな抵抗もできないほどに弱った頃、ようやく二人はグリフォンの様子に気づいたようだった。弱り切った獲物を何のためらいもなく嬲り殺すことができるほど、二人は心が無いわけではなかった。
「ねえ、こいつにとどめさした方が良いと思う?」
「え、私もなんともいえないよ。正直ちょっとやりすぎたね……」
「でもまあやらないと多分こっちがやられてたからさ。のんちゃん、怪我はない?」
「へーき。あ、そうだ。アイビーに頼もうよ」
「……ああそうだね、アイビーのことすっかり忘れてた。どうやって結界を破ったのかとか色々聞かなきゃいけなかったし。よし、アイビーを呼んでこよう」
「その前に一発殴るね」
「え!今!?ちょっと待って心の準備させて」
「……で、俺はどうすればいいの?もう死にかけのグリフォンにとどめを刺してほしいの?いくら何でもちょっとそれは嫌だな」
「違うよ!とりあえず動けないけど話せる程度に回復させて、どうやって結界の中に入り込んだか聞き出してほしいの!」
「なんかそれはそれでどうかと思うけど」
 グリフォンは薄く目を開いてアイビーたち四人を見つめている。抵抗する気はもう無いようだ。
「ほら、アイビー頼むよ……」
「まあ分かったけどさあ。……あー、えっと」
 のそ、とグリフォンが首を持ち上げてアイビーの群青色の目をじっと見つめる。戦っている最中は余裕もなく気づかなかったが、こうして落ち着いて見てみると様々なことがよく分かる。
――元から、だよね。
 漆黒の翼は薄汚れ、幾分か羽も少ないように感じる。爪や嘴は手入れされず、本来の輝きを失っている。戦闘によって傷ついた四肢も、よく観察すれば治りきっていない傷口や古傷があちらこちらにある。おそらく、元はもっと美しい獣だったのだろう。しかし今は本来の姿が損なわれている。その原因はアイビーには分からないがそれでも、ハシバミ色の鋭い眼光は衰える様子はなかった。その気高さに少しばかりの感動を覚え、ゆっくりと口を開く。
「じゃあ、まずは君の名前を教えて。俺はアイビー。君にいくつか聞きたいことがあるんだ」
 動物との会話はアイビーが最も得意なことの一つだった。心を通わせ、柔らかかったり少し硬めだったりする毛を撫でながら過ごす時間が好きだった。それを、その気持ちをこのいきものにも通じ合わせることが出来たら――。
『……ロゼ』
「ロゼ、かあ。いい名前だね」
『……母、が我にくれた、名だ』
「そうなんだ。ねえ、ロゼ。君にいくつか質問してもいい?俺たち、正直君がいきなり落ちてきたからすごく驚いたんだよ。結界があるのに……」
 ロゼと名乗ったグリフォンは静かに目を伏せて言う。
『……我は、人の営みが見たかった。我の母が、言っていた。人間はいいものだと。だから、降りてきた』
 その言葉はたどたどしかった。しかし、その心は静かにアイビーの心に染み入った。
「ね、アイビー。私にこの子の言葉は分からないけど、君の反応とこの子の態度。……すごく、よく分かるよ。来るときに言ったでしょう。この世界にはこういう風に人間と共存を望む魔族もいるんだって」
「……うん、そうだね。……ロゼ、その前に聞かせて。どうやって結界を破ったの?本当なら、ここに君は来ることは出来ないはずなんだ」
『分かっていた。ここは、ひどく楽しそうだった。壁の外からほんの、少しだけ見ることが出来れば、それで良かった。――だが』
 ハシバミの目がゆっくりと閉じられる。
『北の方から、強い力を感じた。そうしたら、壁が消えた。同時にとても気分がよくなった。全部、今の我ならば、ばらばらに出来ると。気づけば、こうしてお前たちの前に立って、お前たちと戦っていた』
 ロゼの証言をアイビーが伝えると、四人は顔を突き合わせて考え込んだ。結界の弱体化など、今までに類を見ない事態だ。何せこの結界は何百年も前から一度も緩むことは無くそこにあるのだ。今になって結界が崩壊するなどという事態になれば、人類がどうなるかなど容易に想像できる。
「どうするの、これ。結界を緩める力を持つ魔族が現れた?そんなの今までで見たことも聞いたこともないよ」
ケイが普段はあまり見せない厳しい顔をしてぼそりと呟く。
「ボク、あとで図書館で調べてみるけど……でも、もう今では魔族はそうとう弱体化してるらしいし、そもそも今まで読んだ本の中にも、結界を破壊できるほどの力のある強大な魔族なんていなかったよ?」
「でもこれさ、私たちだけで何とかできる?」
「……結界の問題は俺たちじゃどうしようも……魔族が原因ならそれを叩けばいいのかな。正直情報が足りないよ」
「強い力……強い力、ねえ。漠然としてるし……とりあえず、北に行ってみない?そこが原因なのは間違いなさそうでしょう」
「そうだね。……本当に、何事もなく終わるといいんだけど。」
 北の大地は一年中雪に包まれた魔族の領域だ。立ち入れば吹き付ける吹雪と凍るような寒気。魔族の中でも獰猛な性格のものが棲む魔境。そこに潜む恐ろしい何者かの存在を知らせるように、抜けるような青色だった空はいつの間にか鈍く淀み、不気味な音を鳴らしていた。
    2
「リリスの館?」
 アイビーが問いかけると、きせきはこくりと頷いて手に持った臙脂色の重厚な本を中央のテーブルに広げた。
 ショッピングモールの一件から数日が経ったある昼下がり。四人は、きせきが司書を務めている国立中央図書館に集まっていた。ロゼを結界の外に逃がした直後、怪物退治のために武装した兵士たちがやって来た。化け物はどこかと聞いた彼らをなんとか丸め込んで帰した後、アイビー達はそれぞれ北の異変を調べ、成果を報告しあおうということを決めた。魔族も人間も、この世界の理から外れている彼らにとっては守るべきものたちだ。もし、意図的に両種族の対立をさらに広げようとする者がいるのなら、止めなければならない。
「リリスの館には、大昔から蛇の怪物が棲みついてる。館の名前の由来は、その怪物が……『守り人』となった子供を、さらって食べちゃうことからついたみたい」
「人食い蛇ってコト?」
「有り体に言えばそうだよ。ねえケイ、蛇ってイケる?」
「いけるよ。アイビーは?」
「俺はちょっと……メラーニャは?」
「だぁいすき。」
 そ、そっか……とアイビーが所在なさげに苦笑する。人食い蛇というくらいなのだから相当大きいのだろう。想像しただけでもぞっとする。そうして蛇に思いを馳せていたアイビーは、ふと今のきせきの言葉の中に理解できない言葉があることに気が付いた。
「ねえ、きせきさん。『守り人』って……何?」
「え、アイビー知らないっけ?忘れちゃったのかな」
 きせきは目をぱちくりと瞬かせ、少し驚いたように声を上げる。
「仕方ないよ、アイビーは五年も引きこもってたし。そもそもその前だってここの近くから離れたことも無かったし……」
 ケイが横からそっとたしなめるように言う。ケイが言っていることは事実だ。だが、言い方が少しいただけない。何せにまにま笑いながら言っている。まるで自分がいわゆるニートだったかのような言い方だ。そんなことは無い。きちんと牧場の経営をしていただけだ。
「ふふ、まあ冗談はここまでにするよ。ちゃんと説明するから。もう相当前から行われている——悪習だよ。正直に言って愚かの極みだね。人食い蛇よりもっと最悪。その歴史は百年以上昔まで遡るよ」
「そんなに……?というかケイがここまで言うなんて、本当にそれはいったい何なの?」
「……まあ、ケイがここまで言うのも分かるよ。ボクも初めて聞いたときはあーあって思ったし」
「どんな時、どんな場所でも権力を握った個人ってのはろくなことしないよ。ほぼ意味のないことをなんでやろうとするんだろうね?」
きせきとメラーニャもわずかに嫌悪感を滲ませて続ける。状況についていけないアイビーは薄ら寒ささえ感じさせる笑みを浮かべたケイに目を向けた。
「——人身御供、ってのが一番近いかも。生まれつき魔力が高い、七歳以下の子供を北にある最果ての滝の上から突き落とすのさ」
「え……?」
「祭事部と軍部の奴らが結託して始めたらしいよ。表向きには魔力の高い子供は神様の子だから『御返し』して、世界の『守り人』となってもらうんだってさ」
「表向きってことは……裏も、あるんだよね?」
「裏……?それは、ボクも聞いたことない。ケイ、どういうこと」
 がた、と天鵞絨の椅子を引いてケイが立ち上がる。
「アイビー。私たちは世界からはじかれた者。分かるよね?」
「あ、え、うん……。それは、俺たちが空の民だってことが言いたいんだよね?」
「私たちは空の民。人間とも、魔族とも違う。人間の街の結界には妨害されず、けれど人間とははるかに別格の生命力、身体能力、戦闘力……ねえ、きせき。人間に結界を与えたのは?」
 そこでアイビーははっと気づいた。自分たちの出自とその魂に隠された秘密を。
「——空の民だよ。私たちより何代も前の」
 きせきは強張った顔で古びた本の背を撫でて言った。
「人間は過度に突出した力を持つものが嫌いだ。魔族はコントロールできた。しかし、私たちは?その出自は?どう増えるのか?なにも奴らには分かっていない。けれど、私たちには生まれつき備わっているものがある。そうでしょ」
「……魔力が俺たちは生まれつき高い。一人でも生きていけるように……。でも、それが利用されたってこと?幼いうちの魔力量を調べて、危険な空の民を無力なうちに殺す——それが、裏の目的。」
 そういうこと、とケイは頷く。きせきがぽつりと続ける。
「生まれつき魔力の強い子供なんて本当に少ない。……国の思惑も、分かるよ」
「まあ、正直そんなことしたって空の民として生まれた子ならまず死なない。けど、そうやって生まれる子はほとんどがただの人間。運悪く偶然高い魔力を持って生まれた人間の子ばかり殺されて悲惨ってだけだよ」
 先ほどまでの異様な気配を一瞬で霧散させて、ケイはからっとした顔で言った。きせきもメラーニャももうこの話をする気は無いようだった。ここのルートから攻めてみようか、いやここは最近魔族が云々と談笑している三人をぼんやりと見て、アイビーは『守り人』と呼ばれた子に思いを馳せた。
——『守り人』。魔力が強く生まれただけで、死ななければならない子。
 アイビーは三人のようにこの事実を淡々と処理することはできなかった。たまたま生まれて、厭われて死ぬ。きっと愛されることも無い。たとえ運よく生き残っても、リリスに食われて死ぬ。そう考えると、気が重かった。——どうにかしてあげたい、いや自分に何かできる力があるのか?
「アイビー?大丈夫?」
「……メラーニャ……うん。少し考え事してた」
「まあ、私も人身御供の裏の話は知らなかったけどね。まさか、私たちの同族を殺すためだったとは……でもね。これは私たちが気にするべきことじゃないよ。もしあなたが人間の子に同情してるなら少し残酷な言い方をするけど、そういう子は私たちがいてもいなくても利用されるだけ利用されて後はポイ、ってことがほとんどだよ」
 メラーニャはいつも伏せている目を鋭く光らせて吐き捨てるように言った。ぐ、と無意識に手に力が入る。
「そう、なのかな」
「ケイも言ってたけどね。人間って自分たちに制御できない強大なものをどうしたって嫌ってしまうから。憧憬、畏怖、嫉妬。そして、憎悪する。自分より優れている者が基本的に気に食わないの」
——メラーニャの言うことは、きっと正しいのだろう。
 じっと押し黙ってしまったアイビーを見てメラーニャはため息をついた。そっとねぎらうように言葉を続ける。
「でも、アイビーの考え方は間違っていないと思うよ」
「……」
「誰かを助けたいって思う気持ちに、打算とか偽善とか……無いとは言わないけど。でも、そうやって助けたいって考えてくれるのは、私は嬉しい。名前も顔も知らなくても、自分を応援してくれるのなら……私は素直にその気持ちを受け取りたい。誰かがそうやって自分のことで悩んだり、願ったりしてくれることがどれほど幸せなことか」
——そう、思ってくれたなら確かに俺も嬉しい。
 目を閉じてそっと『守り人』の子供たちに思いを馳せた。
「お嬢、これどうする?今そこの郵便箱に入ってた」
「……何それ。どういうこと?」
 妙に玄関口が騒がしい。何かあったのだろうかと目を向ける。少し青ざめた顔をしたきせきとメラーニャの姿が目に入る。二人は深刻そうな顔で、まるでそれが爆発物か何かであるかのように見入っている。
 別室のドアが開き、陶器のカチャカチャという音を立てながらのんきな様子でケイがコーヒーセットを持って入ってきた。そしてケイの存在に気づいていないかのように話し込んでいる二人を見て怪訝そうな顔をした。テーブルの上にトレーを置いて、二人の方に駆け寄っていった。一言二言話した後、ケイも二人の手元にある紙を覗き込む。そして、二人と同じようにみるみる顔色が悪くなり、またもや深刻そうな顔で二人と話している。
 アイビーも流石にただ事ではないぞ、と考え三人に近寄る。三人もアイビーが近づいてくることに気が付いたのか、青を通り越して土気色になった顔を向けた。
「ねえ、何があったの?その紙は?」
「……王都からの招集状」
「……え?」
 王都——この世界の中央に位置する巨大要塞都市・パンドラ。そこからの、招集。
「ど、どうして!?」
「分からないよ!何で王都が私たちをわざわざ呼びつける必要があると思うの!」
 きせきは涙目になりながら叫ぶ。その顔からは明らかな怯えが見て取れる。
「心当たりは、あるよ。この間のグリフォン討伐……でも、ほとんどの人が避難してから、私たちは戦いに出た。アイビーが呼ばれるのは……わかるよ。避難の手助けをしてたのはアイビーだから。でも、これで私たちまで呼ばれることが分からないし、何よりも見てよココ!」
——この招集を拒否することはできません。一週間内に王城までお越しください
「こんなの……こんなの、絶対信用できない。だって、ただ褒章を授けるだけなら強制である必要がない。裏があるに決まってる。……それに、」
——私たち、空の民なんだよ?
 きせきが諦念を滲ませた声で言うと、四人は何も言えなくなった。
 空の民として生まれたおかげで、頑強な体と生命力を得た。しかし、失うものも多かった。
「……魔族の討伐をすれば、今度は私たちが恐れられて殺された。人間の手助けをすれば要求がどんどんエスカレートして、私たちだけではできないようなことも押し付けられるようになった。出来なかったら追放。そんな前例、本で散々見たよ。かといってかつて仲間だった王都の人間に声をかければ、反逆者だって言われて捕まった。私たちを知りたいとか言って、人間にできないような実験に協力させられた者だっている」
 同族に昔起きた悲劇は、皆が知っている。どんよりと空気がよどんでいく。
「……でも、これ行かないとまずいよね。私が行くよ」
「ケイ!?何言ってるの、王都だよ!?さっきだって自分で言ってたじゃん!王都の連中は空の民を抹殺したがってる。一人でのこのこ行ったら、どんなことをされるか……!」
「分かるよ。でもね、のんちゃん。私にとってそんなのは割と大した問題じゃないんだわ」
 ケイが真面目な顔できせきの肩にそっと触れる。不安をあおられていた中で、ケイの発言を聞いて今にも泣きだしそうになっていたきせきは困惑したように問いかける。
「……どういうこと……?」
「え、単純に私は皆より頑丈だからね。普通に殺そうとしただけじゃ何の瑕疵にもならない。だってその前に再生できるし……まあ殺そうとかかってきても無意味だし私なら大丈夫でしょ」
「体を再生するようなことが起きるって考えてるんじゃん!そういうことなら絶対に行かせないもん!」
「あー、違う!違うって!ちょ、あ、離してのんちゃん帯解けちゃうから」
 先ほどまで沈んでいた空気はいったい何だったのだろう。じたばたと暴れる二人を見ていると真面目に考えていた自分が少し情けなくなってきたような気もする。
「あのね、この世界にはまだまだ魔族が沢山いる。それらに対抗する術を、人間たちはまだ持っていない。だから、どうしたって僕らの力が必要になってくるんだよ」
「……へえ?なるほどね。抑止力って訳?」
「だから、大丈夫?」
「そゆこと」
 しれっとケイは返してきせきの腕からするりと抜け出した。
「まあ、歴史書を見る限りでは率直に言って空の民が一方的にやられてたみたいに捉えられるけど、そんなことあるわけないでしょ?だって、どうしてろくな力もない人間に私たちが武力で負けると思う?」
「……たしかに」
「彼らが不幸な目に遭ったのは当然人間が原因だけど、死んでしまったり処刑されるまでそれを放っておいてしまったのは空の民の瑕疵だよ。その情が自分の身を滅ぼしたんだ」
「ううう……」
 きせきは言い返せないのか唸るように情けない声をあげて、かといってケイの行動には納得がいかないのかそれを咎めるようにぽすぽすと叩き始めた。痛い痛い、とケイは言ったが、顔が笑っているうえにきせきの拳に力が入っていないのが見て取れるのでケイもきせきの気持ちは分かっているのだろう。しかし、アイビーはそんな二人の会話を聞いて一つ思ったことがあった。
「ねえ、それなら皆で行っても何の問題も無いんじゃない?空の民だってことが相手に分かってないならそのまま帰ればいいし、空の民であることが把握されていたとしても、僕らなら逃げられる程度の力があるじゃない。攻撃さえしなければいちゃもんつける理由にもならないんじゃ……」
 きせきとケイの二人は一瞬ぽかん、とした顔でじゃれあいを止めた。そうしてゆっくり顔を見合わせて呟く。
「……そう、だね?」
「あー、そうじゃん。ってことでみんなで行こうね!あとケイは後でやっぱり一発殴らせて」
「……へーい」
 後ろでメラーニャが手紙を弄びながらけらけらと笑う声が聞こえる。あんなにも恐ろしく、得体の知れないものに感じた手紙は、今はただの紙切れだとしか感じられなくなった。案外心配することは無いのかもしれない。アイビーは少し微笑んで、出発の支度をしようと立ち上がった。
  3
 この中央図書館から王城までは普通に行けば馬車で三日、徒歩で一週間はかかる。しかし、魔法しかなかった昔と科学技術の発展した現代では勝手が違う。
「……ここからで合ってるよね」
 四人の目の前には荘厳で優美な装飾の施された門がそびえたっている。『転移の門』——その名前の通り、遠く離れた人間の街同士を一瞬で行き来できる、技術の結晶。転移する人数を門の前の端末に入力し、行き先を書いて門をくぐれば、もうそこは自分の行きたい場所だ。
 ただし、悪用されないように門の前には重々しく武装した兵士が常に警備をしている上、この端末に触れるまでに数々の書類等を記入しなければならない。事前の手続きだけで四人は既に疲れていた。
「もう嫌……書類なんて書きたくない……自分の名前、もう見たくない……」
「ごめんなさい……字が汚くてごめんなさい……ちゃんと、ちゃんと書くから……」
「あーもう!ケイ、アイビー行くよ?ちゃんと通れるんだから行こうよ、ほら!」
 どんよりと雲を背負っているケイとアイビーをずりずりと引きずりながらきせきは門をくぐった。メラーニャも手元の資料をしげしげと眺めながらそれに続く。ふわ、とした感覚がして次の瞬間には辺りがまばゆく光る。そうして目を開ければ、そこは既に王都・パンドラだ。お疲れさまでした、と優しげな案内の声を聞き流してきせきは辺りを見回した。整然とした街並み、右を見れば奥に市場が見える。がやがやとした人の声が聞こえてきて、少し高揚した。
「ねえ、先に市場を見て回りたいんだけど、どう?」
「別にいいよー、ケイとアイビーは?」
「……行く。コーヒーが飲みたい。あとパンケーキも」
「俺も行く……ゆっくりできるところなら何でもいい……」
 よーし、ときせきが上機嫌に歩き出す。とりあえず目指すのはおしゃれなカフェがいい。今の時間はランチタイムも終わる微妙な時間だ。人もそこまでいないでしょ、と見当をつけて目に入ったアンティークな雰囲気の喫茶店に向かっていった。
「今のお店、いい所だったねえ」
 カランカランというベルの音とありがとうございました、という店主の声を聴きながら、一行は喫茶店を後にした。アイビーはコーヒーとサンドイッチを頼んだ。柔らかく麦の香りがほんのりとするパンと、とろりとしつつも歯ごたえのある卵の相性が最高だった。コーヒーももちろん、格別にアイビーがいつも飲んでいるものより数倍は香りも味も良かった。また行きたいな、と思いつつ当初の目的地に向かう。
「それにしても……はあ、大きいねえ」
「圧巻だよね。私、あそこの塔のてっぺんから街を見下ろしてみたいんだけど……無理か」
 パンドラは、町の外部から中心に建つ王城に向かって盛り上がった地形だ。町の外側からでも見える、王城を取り囲む真っ白な壁。その先にはいくつもの塔が建ち、荘厳な城が鎮座している。城の壁もまた、白い大理石で出来ていて、青い屋根が映えて美しい。それをこうして、目の前で眺めている。もし真下から見れば上を見上げても頂上が見えないのではと錯覚する高さに、アイビーは感嘆した。
「これから中に入って、王様と謁見かあ……あ、アイビー。招待状は?」
「ここだよ。というかまだまだ先みたいだね。遠いなあ……」
「ここは王都だからね。さっすが、全部が規格外だ」
 気の遠くなるほど長い美しく舗装された道を歩く。丁寧に刈られた植木も、さらさらと音を立てる噴水や道の端を流れる川も、アイビーは初めて見た。やはり王都、恐ろしい。と思いながら歩き続けると、横の道からいかにも高級そうなリムジンが近づいてきた。真っ白に輝く車体に、王家の紋章がきらめいている。
「うわ……なんか来た……うわ……」
「ケイ、二回も言わなくていいから……」
 きせきがそっとたしなめたが、その顔はやはり呆れたように歪んでいる。
「いやでもこれは流石にさ、いかにもって感じすぎない?」
「お嬢……うん……」
 正直なところ、アイビーもその通りだと思った。そうこうしているうちにリムジンは一行の真横で停車した。ガチャ、とドアが開き、中から上品で理知的な初老の執事らしき人が出てくる。
「ようこそいらっしゃいました。アイビー・ブレア様、桃月きせき様、ケイ=スピネル様、メラーニャ=ラスプーチナ様でお間違えないでしょうか?」
にっこりと笑うその姿に一瞬拍子抜けするが、よく見ればその眼には鋭い光が宿っている。こちらを見定めているかのような目だ。アイビー達は警戒しつつ答える。
「……ええ。それは俺……いや、僕たちのことで合ってます」
「そうでしたか。では、こちらに。城までお送り致します」
 リムジンの中は、外見に見合ってとても広かった。恐る恐る腰掛けてみればぽふ、とクッションの絶妙な弾力が伝わってくる。アイビーの家にあるお気に入りの椅子だってこれほど座り心地が良くない。きせきとケイがうわぁふかふか、冷蔵庫がある!などと言っているのが聞こえる。メラーニャはどこのメーカーのものかしら、と言っているあたり生活レベルの違いを感じる。
——というか、冷蔵庫あるんだ。
「さて、突然の呼び止め大変失礼いたしました。では自己紹介をいたします。わたくしはプリマイア国王、ルークス様の執事を勤めさせていただいております、ジェイルと申します。王城までの貴方様方のご案内を担当させていただきます。どうぞ、お見知りおきを」
 初老の男性——ジェイルは優雅に一礼した。とりあえずこちらもよろしくお願いします、と
言うと、ジェイルは笑顔のままはい、と答えた。
「自己紹介も済んだところですので、この城についてのお話をしようと思いますが……いかがいたしましょうか?」
「あ、お願いします。俺たち……あ、僕たち、正直なところここについて全くと言っていいほどわかっていなくて」
「おや、そうなのですか。それでしたら、私も気合が入るものです。存分にここ、パンドラ城のことを知って行ってください」
 ジェイルがパチンと指を鳴らすと、リムジンの中の大きなテレビスクリーンが点灯した。
「ます、このパンドラ城の敷地を説明いたします。東西500m、南北に300m、そして庭園や様々な塔や別棟を含めますと、敷地面積はおよそ8万㎡にも上ります。この大きさは他のどの城にも追随を許しません」
 まあ、大きいことがいいこととは限りませんが何せ国のトップのお城ですからねえ、とジェイルは少し笑いながら続ける。
「パンドラの街は、敷地面積に入っておりません。あそこは国有でありながら自由都市となっております。一定の資格を得ることができれば、誰でもパンドラに住むことができますし、許可を得れば商売をすることもできます」
 城下町、しかも王都の街なのだから貴族や上流階級の人ばかりが歩いているのではと思っていたが、実際に来てみるとそんなことは無く、多くの人でにぎわい様々な人が入り乱れていたのはそういうことか、とアイビーは思った。
「今代の国王、ルークス様は非常に科学技術に関心を持っておりますゆえ、ここより東にあります先端技術発展都市・ハートギアシティに多大なご支援をされています。ハートギアには国立科学研究所がありまして、そこは国の発展及び科学技術の発展に大きな貢献をしている場所でございます。お帰りになるときに、ぜひお立ち寄りください」
 モニターに映し出された光景を見てアイビー達は絶句した。
 それは、どう考えてもアイビー達の生活圏とはかけ離れた光景だった。林立するガラス張りのビル、よく分からない形をした乗り物、空中に浮かぶディスプレイの中でキラキラした服をまとった人が手を振っていたり、謎の板に乗って人が空を飛んでいたりしていた。
「え……何これ、世界観違くない……?」
「いやいやいや、おかしいでしょ。私たちが前に見たときはもっとこう……のどかだったよね?ええ……」
「いつの間にこんなに、というか大丈夫なのかなこれ」
「ジェイルさん、これ、何なんですか……?」
 アイビー達が慌てふためいている姿にははは、とジェイルが笑って返す。
「ここまでの発展を遂げたのはここ最近の話です。そして、それはとある方々のおかげなのですよ」
「とある方々……?」
「国立科学研究所は、一般研究所と高等研究所に分かれています。一般研究所は、環境や日々の暮らしに役立つ科学道具の開発等を行うのに対し、高等研究所では未来予測の研究や新エネルギーの開発、研究などを行っております。他にも高等研究所での研究は多岐に渡っていますが、それらは我々一般市民に公表されることはありません。国の核をなす重要な研究を取り扱っているらしいので、万が一にも外部へ流出させることがあってはいけないのだとか。高等研究所はそれゆえ、プシュケー——『魂』を意味するこの称号を、先々代の王から賜ったそうです。……話が逸れましたね。その『とある方々』というのは、プシュケーの第十一期生の方たちです」
「十一期生?」
「プシュケーは常に優秀な人材を必要としています。ですので、専門の学校があるのですよ。そこの成績優秀者に声をかけて、更なる発展を常に遂げているそうです。そして、十一期生の方々は歴代の中でも飛びぬけた才を発揮し、わずか三年で従来であれば最低でも十年はかかると言われていた技術のうち六割を実現。そしてハートギアは今までの何十倍ものスピードで発展することとなったのです……おっと、そろそろ城門です。招待状をしっかりお持ちになってください」
 いつの間にか白亜の壁が目前に迫っていた。ずん、と聳えるプリマイア最上の城の姿に気圧されつつも、アイビーはどこか高揚を覚えていた。きせきが隣でごくりと唾を飲み込んだ。正直、ここから先で何が起こるかわからない。先ほどまで友好的に話していたジェイルとて、お互い完全に気を許しているわけではない。——が。それでも、アイビーは高揚していた。
 何が起こるのだろうかという不安よりも、これから見る景色、自分の知らない様々なことがこの世界にあるということへの期待が、そこにあった。
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彩林
チャット大歓迎ですのでいつでもどうぞ🥰
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彩林
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ななし@af9c96
きせのんの中の人です()やほ
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彩林
やあ
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ななし@af9c96
やあ
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彩林
土日にまたちょいちょい加筆配信やろうかなって思ってるのでよかったら見に来て
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ななし@af9c96
うい
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ななし@af9c96
久しぶりに読んだわぁ
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ななし@af9c96
本にしたら買わせてね
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彩林
いくらか更新したんやで
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彩林
ええで
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ななし@0f4c36
やぽ
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通話はちょっと待ってな
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彩林
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今魔女宅見てるの
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ですこかな
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ですこ使ったことないから
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みつこからかけてきてね
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今パソコン手元にないんじゃ
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彩林
りょりょ
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11時くらいに見終わる予定
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彩林
ん 更新分見れたかい?
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見てる見てる
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彩林
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リアルタイムで物語観れるのってやばいね、見ててすごい楽しい
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彩林
あ、ディスコのチャンネルの愉快なマリトッツォあるやん
185:24
ななし@0f4c36
あるね
185:35
彩林
そこのボイチャで通話開始しとるんで良かったラドぞ
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りょっ
187:58
彩林
ちょい抜けます一分くらいで戻る
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Code of Cyclops ( ノ ゚ー゚)ノオリジナルファンタジーを書くよ
初公開日: 2022年04月08日
最終更新日: 2022年05月05日
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コメント
タイトル未定のオリジナルなんちゃってSFっぽい要素もある(まだSF要素は薄い)ファンタジーを書いていく配信です
後々ゲームにする予定
地の文多めです
興味を持ってくださったらいつでも見に来てください!チャットも大歓迎です🥰
カクヨムで連載を始めました!https://kakuyomu.jp/works/16816927863016196844