「アズール、監督生さんがあなたを探し回っているみたいですが、お会いしてさしあげないんですか?」
「あぁ、はい、新しい顔が手に入ったら考えます」
 机の上に積みあがった手紙を、そのほとんどが悪意をわざわざご丁寧に成文化したものと知りながら、アズールは一通一通開いてゆく。この学園の生徒は飽きっぽい悪童ばかりであるからして、おそらくもう少しの辛抱といったところだろう。
 人間のなり損ない、デブ、サイコ、異常者、犯罪者、人殺し、ペド、マザコン。もう何でもいいから書いてやれの精神なのだろう。特に厳選されてもいない言葉に、大した威力はない。とうの昔に履修済みの語彙ばかりだからだ。
といっても、デブの一言だけは、長い事抱えて腐った傷が痛んで腹の虫が治まらないので、そう書いた手紙の主には、ママにおしめを変えられる夢を見る呪いを飛ばしてやった。今のアズールはむしろスリムなので、正当かつ相当な抗議である。
「おやおや。加害者でありながら、その気である被害者との話し合いから目を背けるなんて、さすが、マナーは完璧ですね。驚きました。やはり壺入りは違います」
「……あのお人よしは、どうせ何も請求しようとしやしませんよ」
「マァ、それに関しては僕も同意見です」
 ジェイドがニコニコと、契約違反者を絞り上げるときのように、ゆったり迫ってくる。ユウのことなど、そんなに気にしてもいないのにだ。圧倒的に正しい方に立って、間違っている者を叩くポジションプレイが、対アズールに限っては気持ちいいったらないからだ。
「では一体僕に何ができると?」
「開き直りですか」
「…………わからないんですよ。償えもしない、許されるばかりの罪なんか背負ったことがない。それなら許されず、罪悪感に追い立てられていた方が、よほど罪人らしい。もういいだろ、放っておいてくれ」
 結局、必要な手紙など一枚もなかった。アズールは、大量の、手紙だった屑ゴミに向かって発火魔法をかけ、それらが真っ黒な灰になったところを、浮遊魔法でゴミ箱へと飛ばした。
 何もかもが面倒で、鈍い頭のまま、復学したらしいユウのことを思い浮かべる。
傷跡は残っていないと聞くが、本当なのだろうか。魔法がトラウマになって授業に差し支えてはいないか。自分を恨んでくれてはいないか。
 いろいろなことが気になりはするけれど、やはり、許されてたまるかという感情が全てを塗りつぶしていく。評価と実態が伴わないのは、何であろうとみっともない。
 頼むから、誰かこのロクデナシを強く罰してくれ。そうしたら「自分は罰を受けたのだから、償ったのだから」と、堂々と生きてゆけるので。
 アズールは今この瞬間、刑罰の必要性を誰よりも強く感じていた。悪いことをした者は、等しく鞭で打たれるべきだ。強い電気の流れる椅子に縛り付けられるでも、こん棒でつま先の骨をすっかり粉砕されるでもいい。とにかく、罪に相応しい罰で以て許されるべきなのだ。
 罰は人を救う。罪の意識を希薄にするからだ。
「そう言われましても、あなたが罪悪感を独占して酔いしれている様を見て面白いのなんて、精々3日程度ですよ。もう食傷気味です。さっさと監督生さんと交流して、学校中から虐げられているカワイソウな僕たち兄弟を労わってください」
「ハァ? 虐げられるのは弱者の運命でしょう、僕の知ったことか」
「アズール」
 
 断罪してやろうという、ハッキリとした声音だった。紛れもない強者であるジェイドが、今まで逃がしていた不快感を、そんなに罰が欲しいのならくれてやると、馬鹿でも分かるような怒りに変えたのである。アズールは、思わず一瞬目を逸らし、再度気持ちを作り直してから、冷たく吊った二つの目に向き直った。
「グズでノロマなタコがどれだけ惨めったらしい精神を抱えて、加害者特有の小狡い卑怯な自罰傾向に陥っていたって、僕は一向に構いません。ええ、構いません。何度だって言います、湿った場所でゴミを漁ることしかできないドブネズミのように生きたいのならご自由に。ですが、それに僕とフロイドを巻き込まないでいただけますか」
 息をつく間も、つかせる間もなく、ジェイドは流れるようにアズールを詰った。結局、慈悲の精神の寮に振り分けられてしまうくらい、甘い男なのである。
「歩み寄る努力を勝手な理屈で踏みつけにする。いつか見た小魚たちのようですね。見下げ果てた根性です。過去が泣きますね」
 言い捨てるやいなや、ジェイドはアズールの首根っこをつかみ、廊下へと放り出した。通りがかりの寮生が、目の前に突如現れた尻もちをつく寮長の姿にキョトン、と呆けている。
「ここで打ち止めだというのならそれでいいです。もう二度と僕の視界に入らないでください。こちらも貴方のことなど、綺麗さっぱり忘れてしまうので。大丈夫ですよ、僕もフロイドもそういうのは得意なので」
「ジェ」
「それでは」
 バタン。口で言ったみたいに、くっきりした音だった。
 自分の部屋なのに、もう自分は入ることができないらしい。
 いよいよ本当に学園内での所在を失ったアズールは、とりあえず痛む尻を持ち上げ、何やら警戒態勢であると噂のオンボロ寮の方へと向かうことにした。二本足とは、なんてったって道を歩くためにあるものだと、ようやく思い出したのである。
 アズールが5000マドルを受け取ってから、2か月と24日目のことだった。
「何しに来たんすか、先輩」
「エースさん、あなたもいらしてたんですか。監督生さんはご在宅で?」
「ウワ、よく平気でいられますね。俺ならムリだわ~~」
 しばらく空き家となっていたオンボロ寮は、以前にも増して古ぼけたようだった。うっかり壊してしまわないよう、ひんやりとしたドアノッカーを四回鳴らすと、果たして出てきたのは監督生ではなかった。いたって予想通りの展開である。
 今にも手が出そうな後輩を前に、アズールは、話を通しやすくなるからここらで一発殴られておくかなどと、やっと通常運転に戻りつつある頭で考える。
「エース」
「な、おい、出てきちゃダメだって! デュースと中居ろって言っただろ」
「こっちこそ言ったでしょ。先輩が会ってくれるなら、そのときは邪魔しないでって」
「いやお前」
「大丈夫。必要ならちゃんと頼れるから、私」
 さあ右でも左でも鳩尾でもどんとこい、とアズールが全身の筋肉を緊張させた瞬間であった。薄く開けられた戸の向こうで、目当ての人物の声がした。挑発的だった後輩はあからさまに狼狽し、完全に意識を背後へと飛ばした。
 つけ入る隙があるのなら逃がすな。多少の傷を負ったって、絡めとったらこちらの勝ち。
 ずっとそうやって生きてきたアズールが、絶好のチャンスを逃すはずが、逃せるはずがなかった。
 軽くなった戸を押し開き、グイと薄い身体を滑り込ませ、ずっと怖れていた無傷の異世界人だけを見つめる。
「監督生さん」
声は震えるはずもなかった。ここ最近うだうだグルグル考えていたことなど、もう忘れてしまった。自分がまだ取り返せる場所に、まっすぐ二本足で立っている実感が、全てを塗り替えていた。
「先輩! ね、エース」
「…………なんかあったら呼んで、絶対。隣の部屋いるから」
「ん、絶対」
 ユウが頷くと、一度ギロリとアズールを睨めつけてから、エースは廊下の奥の部屋に入っていった。それから、ユウが「どうぞ」とその手前の部屋のドアを開けた。
「……監督生さん、今更ということは重々承知しています。貴方が復学されてから、逃げ回っていたことも否定しません。ですが……」
「すみません、先に一つ」
「何でしょう」
「私も先輩に申し訳ないと思ってることと、あの日の空が綺麗で、私が幸せだったことは知っておいてください」
「は」
「先輩が今からしてくださるであろう謝罪は受け入れますよ。なんかちょっと違っちゃいますけど、避けられたことはそこそこムカつきましたし」
「ハァ」
「でもホント、やばかったらしい期間は、当たり前ですけどこれっぽっちも意識なかったから、私は全然辛くなかったし。念願の空を飛べて楽しかったし……これはまた別の話なんですけど、個人的なゴールも再確認したし」
「僕が言うことではないですが、貴方死にかけた自覚ありますか?」
「実を言うとあんまないですね。ほら、辛くなかったから。痛みがなけりゃ、人間に実感なんてありませんよ」
「ああ、貴方本当に致命的な馬鹿なんですね、可哀想に……」
「待って。謝る気あります?」
「なんか失せました」
「はぁ!?」
 こんなはずじゃなかった。本当に、こんなはずじゃなかった。何がと聞かれれば難しいが、とにかくもっと深刻な、何も間違えてはいけない時間を過ごしに来たのに、どうして。
 アズールは軽口をたたきながら、とにかく困惑しきりであった。こんなことがあっていいのかと、叫んでしまいたかった。しかし一方で、そういえばこいつはこういうやつだった、と深く納得もする。
「声が大きいですよ」
「いや先輩がそうさせてるんですけど」
「分かりました分かりました、一回しか言わないので、その小さな脳によく刻んでください」
スゥ、と久々に意識して呼吸をする。肺呼吸にも随分慣れた。最初は気持ち悪かった空気の感覚が、今は何やら清々しくすらある。
「……この度は。本当に、申し訳ありませんでした。魔法が使えないばかりか、貴方のことを自分の知識だけで判断し、危険に曝しました。今日まで、この場を設けることを放棄したことも重ねてお詫びします」
 一度頭を深く下げ、しばらくユウの靴を見つめ、再びゆっくりと起き上がる。予想通り、ユウは安堵した表情をしていた。
「……やっぱり、先輩はそうですよね」
「そう、とは?」
「上を見てる人ってことです。必要のないこと、身を落とすことには自分を一片だってくれてやるものかって、そういう感じの。犯罪なんてもってのほかでしょう」
「……まあ、はい」
「先輩のお心がそんなに安くないことは結構知ってるつもりなので、今回のことで私が怒ったり悲しむことなんて何もありませんよ。私も先輩も、知りながらこれからも生きてく、それだけです」
 言うと、ユウは、あの日5000マドルを渡した時のようにニカッと笑った。それでアズールは本当に「それだけ」に思えた。
 そして実際、「それだけ」で良いらしかった。気づけば、エーデュースをはじめとする学園中の生徒が、ただアズールを困者扱いするだけの日々であった。
 結局、空を飛ぼうがなんだろうが、「それだけ」なのである。
「なんかさぁ、別に愛校心があるとかってわけじゃねぇんだけど、向こうの奴らが悪ぶってえらく調子づいちゃってんの普通にムカつかん? だせぇし弱ぇ、魔法もうちより低レベルのくせして、勝手にこっちをライバル視してんじゃん。悪いけど、フリでも社会に適合できない奴らとか、こっちは眼中にもねぇから、って感じだけど」
「反抗期を真剣にやっちゃってる感じ、もう見てらんないよな。肩ぶつかったら乱闘とか、普通にいつの時代のチンピラだよ」
「治安世紀末すぎ、全員犯罪者予備軍だろ。でさ、向こうに信じらんねぇお人よしのウスノロがいんだけど」
「あぁ、アルアジームの坊ちゃん?」
「そいつもだけど、別の」
「他にもいんのかよ、闇の鏡ぶっこわれてんじゃねーの?」
「いやそれが割とガチかもっつー話なんだけど……ちょっと”おかしな”話してもいい?」
「そうゆ~の大好き」
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azu監
初公開日: 2022年01月29日
最終更新日: 2022年01月29日
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twstの二次創作です。数か月ぶりに書くので、まず自分が何を書いていて、これからどうしなきゃいけないのか整理しながらのゆっくりだらだらになります。
azu監
内容について:twstの二次創作、アズ監です。アーカイブについて:リアルタイムで見てくださっていた方…
勇魚
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twstの二次創作です。メモしておいたクル先と監のお喋りを夏休みが終わってしまう前に、小さくまとめた…
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