はやく大人になりたい。
ずっとそう思っていた。
そんな僕に、ある日「成人式」のお知らせが届いた。大げさかもしれないけど、名実ともに大人になれる大切なセレモニーだ。式の後には中学校の同窓会も予定されている。もちろん、僕は両方に出席しようと思っていた。
仕事で着る作業着とは違って、スーツ姿の自分はいつもよりちょっとだけかっこよく見える。卒業以来ずっと会っていない友達に会えるのを楽しみにしながら、僕は会場へ向かった。
大人になったら……この問いかけを、僕は今まで何度も繰り返してきた。大人になったら、一人暮らしをして、自分の好きなものを選び、お金や時間を自分のためだけに使える。こんなに素晴らしいことはないと思っていた。
働く、っていう響きもすごく良い。僕の両親は働くことが嫌いだったから、うちはいつもお金が無かった。頼みの綱だったじいちゃんの年金も、当然ながらずっと続くはずがない。人の命も、時間と同じで有限だからだ。
家族そろって毎日欠かさず通うパチンコ屋で、じいちゃんはポックリと死んだ。大好きな台で大当たりを出したとき、あまりの興奮で頭の血管がダメになってしまったらしい。僕が高校を卒業してすぐ、じいちゃんはパチンコを教えてくれた。常連のお兄さんはスロットを、そのお兄さんの連れの女性はこっそり煙草を教えてくれた。こんなふうにして、僕は少しずつ大人に近づいていった。
もちろん、ギャンブルばっかりやってたわけじゃない。パチンコ屋に行くこと自体は楽しかったけれど、運に身を任せてお金を失うという虚しさにどうしても馴染めなかった。普通は毎月親の口座から引き落とされるはずの学校の授業料を事務室まで持っていく虚しさを思い出したからかもしれない。授業料として支払われる予定だったお金は、強烈な電飾とけたたましいBGMで溢れる鉄の箱に、これまで何度吸い込まれて行ったのだろう。
そういうわけで、僕は高校を卒業してすぐ就職した。自分で使えるお金と時間を、自分の力で手に入れるためだ。だけど働くって大変だ。その大変さは僕の予想を軽々と超えていく。それでも、その代わりに手に入れた自由は、今まで手にしたものの中でいちばん大切で、価値のあるもののような気がしている。
会場に着くと、見覚えのある顔もあれば、一目では誰だかわからない人もたくさん居た。特に晴れ着に身を包んだ女の子たちは、みんなパッと見では名前が出てこないくらいすごく綺麗だった。同じく和装で来ている男子も居たけど、だいたいはみんなスーツ姿だ。まだちょっとスーツに「着られてる」感じがするものの、みんなとてもよく似合っていた。
「ひさしぶり。卒業以来か。お前も同窓会来るだろ?」
会場に居た一人ひとりに声をかけているのは、学級委員長だ。この場合は、元・学級委員長と言った方がいいんだろうか。
「うん。そのつもり。委員長は今何してるの?」
「普通に大学生だよ。学校行ってバイトして、彼女と遊んでる」
「えっ、委員長、彼女居るの!?」
「失礼だな。俺だって恋愛くらいしますー」
あまり冗談を言うようなタイプではなかったのに……恋愛の力なんだろうか。僕が呆気にとられていると、今度は陸上部の仲間に声をかけられた。
「M中のスプリンター!久しぶり!お前生きてんの?」
「その呼び方やめてって言ってるじゃん……」
中学時代に短距離をやっていた僕は、一部の部員からこう呼ばれていた。足が速いからじゃなく、部活が終わったら家のことをやるためにいつもすぐ帰っていたから、それを揶揄する意味もあったんだと思う。ちょっと気まずい気持ちになりながらも、中学時代よりかなりぽっちゃりした友達のお腹を撫でながら、僕は言った。
「会わない間にかなり育ったね」
「実家から大学通ってるからさ、太る太る。飲み会も多くて」
「みんなまだ勉強してるんだ。すごいね」
「俺は教免とりたいし。お前は?就職したんだっけ?」
「うん。高卒ですぐ」
「俺からしたらそっちの方が凄いと思うけどねえ」
「そうかな」
「そうだよ。俺にはまだ社会に出る勇気が無いわ」
社会に出て働くことに、勇気が要るなんて考えたことが無かった。だけどそのことは口に出さないまま、僕はもう一度「そうかな」と言った。
「同窓会の帰り、どうする?足が無いならキャプテンが乗せてくれるって言ってたぞ」
「本当?タクシーで帰るつもりだったけど、お願いしようかな」
「なんか親に高い車買ってもらったんだと。自慢したいだろうから乗ってやろうぜ」
まあるいお腹を揺らしながら、友達は言った。高い車って、どんなのだろう。確かキャプテンは都会の私立大学に通っているはずだ。学費もかかるだろうに、親がそこまでお金を出せるという事実がちょっと信じられない。