夏
夏休み ひまわり 蝉 花火 かき氷
夏の雨 通り雨 相合傘 雨音
軒先の 赤い「氷」の 一文字に
吸い寄せられる かつての子供
蝉が鳴く
祭りが無くとも
蝉は鳴く
酒 人 喚く 喚いて 泣く お囃子
時間 等しく過ぎる
開かれた 傘に飛び込む 君の肩 狙い通りか 恵みの雨か
折り畳み傘 帰り道 片思い シャンプーの香り 肩が触れる距離 自分は濡れちゃう 高校生?
駆け引き 小悪魔
「うわ。めっちゃ降ってんじゃん」
下校時間を見計らったように降り始めた雨を嘆いて、誰かが言った。生徒昇降口に放置されている傘は、だいたい骨が折れていて使い物にならない。それでも諦めきれない様子で傘立てを物色する男子生徒を追い越して、運動部と思しき男子が軽やかに雨の中へと飛び出していった。制服のワイシャツはあっという間に濡れて、足元も泥だらけになってしまっている。バシャ、バシャ、という足音はどんどん遠くなり、彼の姿は見えなくなった。
雨は、特別好きでも嫌いでもない。そもそも毎日の天気にいちいち感想を持つこと自体意味が無いし、必要な備えをしておけばいいだけの話だろう。湿気で髪がうねると文句を言っている女子生徒を横目に、僕は鞄の中から折り畳み傘を取り出した。この雨量だと靴は濡れてしまうだろうけど、傘が無いよりはましなはずだ。帰ったらスニーカーに新聞紙を丸めて入れておこうと考えながら一歩外へ出たとき、僕の傘の中に甘い香りが飛び込んで来た。
「傘、入れてくれない?」
鞄を大事そうに抱きかかえ、身体をぐっとこちらに寄せてくる彼女。斜め下から僕を見上げる彼女の瞳には、驚きと困惑に満ちた僕の顔が映っている。相手の瞳に自分が映るほどの距離に居るのだと気づいて初めて、僕の心臓は突然暴れ始めた。近くで見ると、その肩は怖いくらいに細い。軽く口角を上げてほほ笑む彼女の視線が突き刺さり、僕はただコクコクと頷くことしか出来なかった。
「駅まで行きたいんだけど、大丈夫?」
「うん……」
「ありがとう。傘持ってそうな人、あなたくらいしか思いつかなくて。予想通りで安心した」
彼女がこちらを向く度に髪が揺れ、さっきの甘い香りが傘の中に充満する。細い肩を濡らすまいと傘を傾けているうちに、僕の左半身はぐっしょり濡れてしまっていた。冷たい雨に体温を奪われているはずなのに、全身は熱いままだ。風邪をひいたときとは違う熱の上がり方に、僕はどうしていいかわからなかった。
彼女とは同じクラスだけど、そんなに話したことは無い。基本的に一人で過ごしている僕とは違って、彼女の周りにはいつも人の輪が出来ている。密かに想いを寄せている男子生徒も居るらしいけど、正直僕は興味が無かった。人の気持ちも天気と同じで、こっちの都合で変えられるものでもないし、変えられないものを気にしていても仕方がないからだ。だけど、これは予想外だった。他の誰かの言葉や行動にこんなにも気持ちを乱されるなんてこと、これが初めてだ。
彼女の歩幅に合わせて歩く。いつもの倍の時間をかけて、僕は駅までたどり着いた。彼女に触れたり触れなかったりしていた右肩が熱い。そんな僕の隣からするりと抜け出して駅舎の中へ滑り込むと、彼女は振り返って言った。
「私、よく傘忘れちゃうんだ。だから雨の日は頼りにしてるね」
ばいばい、と手を振って、彼女が改札の向こうへ消える。僕は今日、初めて雨を好きになれたような気がした。