正月というものはどこの家も忙しいが、木ノ葉の名家である日向一族の宗家はその比ではないだろう。他の一族の者から、数多いる分家の者まで昼夜問わず、新年の挨拶にひっきりなしに訪ねてくるのだから。
ヒナタにとって正月は早朝から振袖に着替えさせられ、来る人に新年の挨拶を日没まで行い、夜は夜で一族の新年の宴に参加させられる、物心着いた頃からずっとそんな行事だった。
夜の宴で酒が飲めたら楽しいのかもしれない。しかし、まだ未成年で一滴も飲めない上、朝からずっと気を使い、宴では乾杯の音頭の前に宗家嫡子なので宗主である父、ヒアシの次に新年の挨拶の口上を述べるという大きな勤めがある。それが終わると、何やら疲れがどっと押し寄せてくるのでヒナタからすると毎年この宴は楽しいものではなく、早々に辞去したいものであった。
冬であっても宴では時が過ぎると人の盛り上がりによってだったり、誰もふすまを開けなかったりするので独特の熱気がこもる。それが気にならない人と、気になる人が居る。ヒナタは後者だった。窮屈な振袖を一日中着ていたヒナタはふと、外の冷たい空気が恋しくなった。
さて、ヒナタが周りを見回すと隣にいたハナビは別の席に移動しており、宗家の上の人に捕まっていた。真剣な顔をしながら上の人にお酌をしている。ゆくゆくはハナビがこの家を継ぐことになるだろうから今から自分でも人脈を構築しておかねば、ということなのだろう。
ヒナタはハナビに対してごめんねという気持ちと、偉いなあという彼女に対して姉としての感心の気持ちが芽生えていた。
父、ヒアシもハナビと似たような状態であった。ただ、一点違うのは彼は一族の者からお酌してもらう側だった。酒を並々と注がれても顔色一つ変えずに、しかしいつもよりは僅かに上機嫌な声で会話をしている。
ということは今がそっと抜け出すチャンスだとヒナタが気付くのに時間はそうかからなかった。
ヒナタはごく自然な所作で立ち上がり、静かに宴の間から出た。もし誰かに「どちらに行かれますか?」と聞かれたら「お花を詰みに」と答えようと言い訳を考えていたが、それは必要なかった。
*
ふすまをそっと閉め、縁側に足を踏み出してヒナタが顔を上げるとそこは一面白銀の世界だった。
「わあ……いつの間に!」
宴が始まる前には雪がすこし降り始めていたのは見ていた。
しかし、積もるほどの降り方はしていなかったと記憶していたので、これはヒナタにとって嬉しい誤算だった。弧を緩やかに描いた口元が何よりの証拠である。
シンシンと降り積もる雪。まだ誰も踏み入れていないまっさらな庭。雪が生み出す無音の世界。冬生まれというのもあって、ヒナタはこの風景が好きだった。
雪を触りたいという好奇心がヒナタの胸中でむくむくと心の中で膨れ上がる。すぐ戻ってもただあの席に座るだけであり、それは何だかチャンスを無駄にしたような気がする。それに、あの状態だと自分がいないことに気付く者はそうそういないだろう。
そう思えばやることは一つだ。
ヒナタは玄関までそれは早い足取りで向かい、靴を履いて雪が降ってからは未踏の白い庭に足を踏み入れた。ごく自然な流れである。
ヒナタが歩くとぼふ、ぼふと雪を踏む音がする。この歩きにくさも誰も歩いていない雪の上の特有の感触で何だか楽しい。
雪の上を数歩歩いて、未踏の地面の感触をたっぷり堪能した後、ヒナタはしゃがみこんだ。
「ゆーきやこんこ、あらーれやこんこ」
童謡を上機嫌に歌いながら、ヒナタは雪に触れる。雪は勿論冷たいけれど、雪遊びをする気満々のヒナタにとってはまだ平気だった。
誰も触れていないぼたん雪。あ、これは雪うさぎや雪だるまが作りやすい雪だ!と、長年のカンでヒナタは察した。生まれた環境が環境だったので、外で誰かと遊ぶということを滅多にさせてもらえなかった分、ヒナタはこういったひとり遊びに長けているのである。
雪をちょっとした小山になるくらいかき集め、それを両手で楕円にする。勿論、鼻歌交じりもかかさず。楕円の下の部分は平らにする。雪うさぎを作るつもりだった。
「なかなか良いのが出来たんじゃないかな……!」
小ぶりで、それでいて簡単には崩れなさそうな雪うさぎの身体の部分がヒナタの手のひらの上に収まっている。久しぶりに雪うさぎを作ったが、満足のいくものが出来上がったので普段あまりこういうことはしないのだが、ヒナタは自画自賛をした。
雪うさぎには欠かせないものが他にもある。赤い眼にするためのナンテンの実と耳に使う葉っぱ。これがなければただの楕円状の雪の塊である。
さあ、ナンテンの実を探さなくっちゃ。庭のどこかにあったはず。だって昔、ここで雪うさぎを作ったもの。
そう思ったヒナタが立ち上がろうとした時、頭上からよく見知った声がした。
「こんなところで何をしているんだ、ヒナタ様」
ため息混じりにヒナタの頭に積もった雪を払いながらそう言ったのは、ネジだった。ヒナタは驚いたが、ネジが来てくれたことの嬉しさが勝ったのでとびきり明るい笑顔を見せた。
この家で私に声を掛けてくれる人がいるのなら、ネジ兄さんがいい。ヒナタがいつもそう思っているからこそ出たまことの表情だった。
「ネジ兄さん!どうしてここに?」
「……それはこちらの台詞です」
ネジの声は重い。
「ヒナタ様が外に出てからしばらく戻ってこないから、外に出てみたら庭で誰かがしゃがんでいる。近付いたらアナタだったというわけだ」
「あ、あはは……」
きまりが悪くなってヒナタは苦笑いをした。ネジの表情を見るに、あまり良い流れではないと察した。ネジは腕組みをしてヒナタを見下ろしている。
「今年のヒナタ様の口上、今までで一番堂々としていたのに。……まさか抜け出してひとりで遊んでいるとはね」
すこし小言混じりになったネジの言葉や声色からとある考えがヒナタの頭をよぎる。
――もしかしてネジ兄さん、私のことを心配してくれたの?
だから、反応が遅れた。ヒナタはじっとネジを見上げる。
「……どうしました?」
ネジは眉根を寄せて、不機嫌さを隠さず言った。
「あ、あの……ネ、ネジ兄さん心配させてごめんね……」
「いえ……別に。アナタが無事ならそれでいい」
「うん……!」
ネジの言葉に甘えて、というわけではないがここは素直にヒナタは頷いた。すこし厳しめなことは言っているものの、ネジの声色が先ほどよりも低いものでは無かったのもあった。
「ネジ兄さん、口上も聞いてくれていたんだね」
「それはまあ……オレがヒナタ様の修行を見るようになってからは特に」
「そうなの?」
「ええ。一族の者たちにヒナタ様がどれくらい成長しているかを見せられる絶好の機会ですから」
得意げに言うネジを見て、ヒナタはクスリと笑った。
一族始まって以来の天才と呼ばれていて、一見厳しいように見えるけれど本当は優しいネジ兄さん。そんなネジ兄さんが私の口上を聞いてくれて。私はいい師匠を持ったなあと。
「それで今年は一番良かったの?」
「良かったと思いますよ」
「そっかあ……それは良かった」
「それにしても……」
ネジが顎に手を当てながら、苦悶の表情を浮かべた。また雪遊びについて何か言及されるのではないかとヒナタは身構えた。幼稚と思われるのも何だか悲しいものだから。
「今、ヒナタ様に言って思ったんだが……オレは毎年アナタの口上をきちんと聞いていたんだな」
「……へ?」
あまりにも真剣な顔でネジが言うので、ヒナタは思わず驚いた声を上げた。今それ言うんだ!?と。しかし当の本人の顔は至極真面目である。クールで現実主義なネジがたまに出す天然発言の威力はすごい。(ハナビはこれをネジ兄の天然爆弾とこっそり呼んでいた。)聞いているこちらが段々心拍数が上がってくる。
「い、いや、今のはやはり無かったことにしてくれ……!」
何を言ったのか気付いたらしい。ネジは照れ隠しのつもりか、顔をそむけた。ヒナタはそこまで聞いて、両手で顔を覆った。ああ、もうネジ兄さんずるいなあ。
ネジとヒナタ。二人とも頬がしっかり赤く染まってしまった。
仕切り直しが必要かもしれない。そう考えたヒナタは相変わらず自分の側でずっと立ったままのネジを見上げて、口を開いた。
「ネ、ネジ兄さんもよ、良かったら、い、一緒に雪うさぎ作る……?」
「……それは名案だ」
いつもよりほんの僅かに早くネジはヒナタの提案に返事をした。ヒナタの誘いも一回考える男が、である。
この何だか名前を付けるには難しい、ドキドキともやもやが入り混じった雰囲気をどうにかしたいというのは二人とも利害が一致していた。
ヒナタは自分の隣にしゃがみこんだネジを見てにっこり微笑む。それぞれの口から出る白い吐息がさっきまで上下に分かれていたのに、隣に並ぶだけでこんなにも嬉しい。
さっきヒナタが作っていた手順とほぼ同じように、ネジも雪をかき集めていた。こういった遊びをしそうにないネジが真剣な顔で雪を触っている。こうして見ると、ネジ兄さんって整った顔しているんだなあとヒナタは改めて思った。
「しかし……久しぶりに触ると冷たいな。ヒナタ様、寒くないですか?」
「わ、私は平気……!」
「そうですか」
「任務の時は暑さや寒さとかあまり感じないのに、任務じゃない時はどうして感じちゃうんだろうね」
「……それがオレ達がずっと忍に徹していない証拠なのかもしれませんね」
自分の近くへ集めた雪を今度は丸めながら、ネジが言った。
「昔はそれが自分でも許せなかった。まだオレは完全に忍になれていないと。もっと感情を無くさないと、と」
「……そ、そんな」
「でも、段々こう思うようになったのです。任務や修行の時以外では普通の人々と近い感情を持ち合わせてもいいのではないかと。そうすることによって、任務の時とメリハリがついてまたオレ達は頑張れる」
「な、なるほど……!や、やっぱりネジ兄さんはすごいね……そこまで考えているなんて」
「……そう思わせてくれた人が、オレの近くにいたからですよ」
ネジはそっと微笑んだ。
キリがいいのでここでおわります!
長時間ありがとうございました!!お陰様で進みました!
天然発言ネジくんのところらへんから書いているこちらも楽しかったです。
ネジヒナ最高!!!!!!!