たん、たん、たん、たん、……、
リズミカルな音が鼓膜を揺さ振る。
それに気付いて、ノートに集中していた意識がふつと音の方へと逸れる。
一拍、二拍。逡巡。その間も、音は私の胸を叩くように続いている。
ちらりと時計を見やると、ノートを広げてから二時間近くになると知った。集中も途切れてしまったし、そろそろ休憩を入れた方がいいだろう。
立ち上がって薄く窓を開けると、ぬくまった部屋に寒気が流れ込んでくる。そこから見える庭には、餅を搗く両親や親戚、お手伝いさんにご近所さんの姿があった。
……年の瀬になり、一年が終わろうとしている。
一年。一年だ。気付けば私の一年は、恐れと不安と怒りに塗り潰されていた。
最初の三ヶ月こそ、そうしたものは薄っすらとしたものでしかなく、それも初めて人を好きになった昂揚があったから。果たして恋の麻酔は切れ、再びかけられることのないまま、無体に夢から叩き起こされた。
あるいは、きちんと関係を終わらせてもらえたのは、恐れと不安からの解放とも言えようが、一方的な通告と身勝手さには真っ白な怒りしか覚えなかった。
そうして残ったものは、ぐちゃぐちゃになった心と苦い経験のみ。あとにはなにもなかった。なにも。
ほとんど反射的に友澄から離れると決め、受験勉強に励んだはいいものの、今度はこの一年の勉強への身の入ってなさに愕然としたものだ。どれだけ現を抜かしていたのか、と。
半ば焦りと、なにかに没頭していたい思いもあって、この三ヶ月ほど勉強漬けしてようやく合格ラインに余裕を持てるようになった。
するとまた身が入らなくなる。中々勉強のモチベーションを保つのは難しい。私にはやりたいことというのがないものだから、なおさら。
なんでも一通り努力すれば一定程度はできる器用さはあった。けど、その全てに一定以上を求めると手が回らない。だからある程度汎用性の効いて好奇心を満たせる勉学を選んだというのに、本末転倒の感は否めない。
そういう意味で、私は本当は器用でもないのかもしれない。少なくとも、心の面においては。
……この一年、どれだけ自分の感情が振り回されたことだろう。
杵で搗き回される餅をぼんやり眺めながら思う。
蒸気に蒸され、叩いて叩いて柔らかく硬くさせられる。まるで絆された私みたいだ。
なら私はきっと鏡餅だったのだろう。硬めてお飾りとして飾られ、正月も過ぎれば叩き割られる。そんな。
元の糯米にも、柔らかい餅にも戻れない。
それも、私の心がいいように捏ねられていたから。それを私自身が望んでいたから。
だったら最初から硬くあればいい。誰かに乱されることのないよう、硬い心であれば。
それが臆病の故の逃避であったとしても。
「沙弥香」
は、と物思いから覚める。庭にいる父からだった。
「休憩なら体を動かしたらどうだ?」
杵と臼を指差す父に、私はまた逡巡し、頷いた。
玄関から庭に回って、促されるまま杵を握る。
臼の中には、蒸し上がったばかりの餅が湯気を立てている。
……これは私。そして、あの人。
未だ胸に巣食う感情を籠めて、私はふっと杵を振るうと、たん、と弾力性のある悲鳴が上がった。