図書館で借りてきて読んだ。首をかしげたくなる所とか自慢もちょいちょいあるけど、読みやすい。
歌謡曲で明菜ちゃんとか好きな人はおすすめ(彼女については記述ないけど)。
P88 純粋に音楽を聴いて、感動したといったら、嘘になるかもしれない。しかし、さまざまな雑念に彩られた音楽があっても一向にかまわないのじゃないか。 第一、あのころのぼくは、純粋に音楽を楽しむなんて余裕はなかった。雑念でいっぱいになって、はりさけそうな自分を音楽にぶつけることがすなわち、音楽を聴くことだった。もちろん、今も変わらないが……。
岡本太郎みを感じた。雑念まみれで音楽を聴くのよくあるよね。
P112〜P113 こういう光景を見ていると、音楽家の頭の中はいったいどうなっているのだろうと思う時がある。譜読みの速さと理解力、理解したと同時に動く左指と右手、他の楽器との和を保つバランス感覚とリズム感。われわれ門外漢には神秘である。特にベルクの楽譜なんざ、いくら眺めていてもなんの音も鳴ってこないような音符が並んでいるので、なんという素晴らしい連中なのだろうとため息をついてしまう。 
音楽じゃないんだけど、最近スプラトゥーンの配信者さんのめっちゃ上手いプレイとか見てると同じような感動を思える。どうなってるの?って思う。素直に嬉しくなる。
P114 (中略)堀米ゆず子が、マールボロ・カレッジにあたっては額の汗をぬぐいながらレッスンからレッスンに飛びまわり、そのたびにこうして譜面台をカチャカチャと音を鳴らして組み立てている姿を見るということは、実に心温まるものがある。室内楽に魅力があるということよりも、音楽そのものの奥深さを知ってしまった人間は、こんなにも素直になって勉強をするということなのだと思う。 
どうでもいいんだけど「ということ」多くね?なかにし礼の文章はこの本で初めて読んだけど、くどくなくて読みやすい。
P123 しるべせよ 跡なき浪にこぐ舟の ゆくへもしらぬ八重の潮風(新古今和歌集・巻の十一) 
 堀米ゆず子の演奏を聴いていると、彼女の勝気そうな横顔の向こう側にいつも、この式子内親王の歌が見えかくれする。だれ一人としてまだ舟を通わせたことのない海の上に漕ぎ出してしまったわれとわが身の心細さよ。どこへ行くのやら一向にわからないのだが、八重の潮路を吹く風よ、どうか水先案内をしておくれといった意味のものぐるおしい恋歌であるが、まことに音楽に恋をして、跡なき浪に漕ぎ出した堀米ゆず子のヴァイオリンにこれほどピッタリな歌は二つとなかろう。
式子内親王の名前が出て「おぉ!」ってなった。今度歌集を読んでみようかな。
P132 (昔の音楽喫茶の話)そのノートに希望の曲名と演奏家を書いて階段を上がる。薄暗い店内の席に腰を下ろすと、ウェイトレスが忍び足でやって来て注文を訊く。小さな声で「コーヒー」と答える。客はほとんど学生で、長い髪で顔の半分をかくしたまま瞑想にふけるかのように聴き入っているのがいるかと思うと、譜面を見ながら聴いてるのがいたり、指や手を動かして指揮をしているつもりなのがいたり、 そうかと思うとフランクなんざ聴きあきたとばかりに、音楽はそっちのけで読書に精を出しているのがいたりする。大きな声でしゃべったり笑ったりする人はもちろん、足音高くトイレに駆け込むような人もいない。今思えば滑稽なくらい、ピリッと張りつめた空気だった。リクエストはコーヒー一杯でLPレコード片面だけ。平等の精神がどういうわけか支配していて、コーヒーをたくさん飲んだからといって、何曲も聴けるものでもなかった。だから、オペラとか大きな曲を聴こうと思ったら大変だった。
レトロでいいな〜!こういう所行ってみたいな。特に聴きたい曲とかはないんだけど。
 P138  二十円をカンカラの中へ音をたてて投げ入れ、赤の他人と将棋をさす。黙々とさす。周りで大勢の人たちがさしている駒の音だけが、パチパチパチパチと聞こえている。背中に日射しを受けて、見た目にはいかにものんびりとしているが、ぼくの胸の中は焦燥と絶望が渦巻いている。「畜生、金が欲しいな」と、口の中で言う。するとメフィストフェレスが語りかけてくる。  
「ひとつ、のびのびと自由に 人生がどんなものかをご経験なさるのですな」
 「やがて時がくれば じっとしていてうまいものが食いたい、 ということになりますよ」
(ゲーテ/ファウスト第一部 大山定一訳)
「恋のきずなにしばられた不幸者め、ヘレナに現をぬかした者は たやすく正気にかえることはできぬのだ」(第二部) 
見た目のんきに過ごしてても、内心ドロドロというか焦燥に焼かれてることって、今も昔も、誰にでもあることなんですかね…。
今やっているTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)って遊びの「エモクロア」ってシステムに、メフィストフェレスが出てくるんだよね!「ファウスト」読んでみようかな〜。
P147 生きている人間に語りかける生きている人間の偉大な力、魔的な力に圧倒されたのだった。 ここで不思議なことがある。フェスティヴァルの演奏会はかならず地元のラジオ局が録音し、翌日とか翌々日にオーストリア全土に放送されるのがほとんど慣習のようになっているのだが、小澤征爾とボストン響のあの日の名演は、なぜか、ユニオンと最後まで折り合いがつかなかったらしく、ついに録音されずじまいだった、という。「奇跡」とは往々にして、そういう運命にあるものだ。奇跡は再現できない。語りつがれるだけだ。 
 
 
P152 それにしても不思議なことだ。この美しいザルツブルクに生まれながら、この美しいザルツブルクをふるさとに持ちながら、モーツァルトはザルツブルクについてひと言も語らない。膨大な量のモーツァルトの手紙は、饒舌なくせに、ザルツブルクについては一向に頓着しない。この街があまり好きでなかったこともたしかだが、自分の心の中を見るのに忙しすぎて、とても、外を見る余裕などなかったのだ、と、ぼくは大小の鐘が奏でる『ドン・ジョヴァンニ』のメヌエットを聴きながら考えた。 
 
 
P166 「私たち歌手は音符だけでなく、言葉も持っている」
とマリア・カラスは言ったが、まさにそのとおりで、人間の声ほど素晴らしい楽器はない。それは音を奏でると同時に意味をも伝えることができるのだから。
(中略)いうまでもなくメロディという言葉はメロス(旋律)とオード(詩・言葉)が合体してできたものである。たとえ詩がついていなくても、メロディとは本来言葉を内包したものである。だから普通の楽器によって一つのメロディが鳴らされれば、当然のことながらそこには言葉ならぬ言葉が表現されているわけで、ジャジャジャジャーン! と運命のテーマが鳴れば、同時に私たちには意味不明なドイツ語が大声で叫ばれている
P167〜P168  昭和二十四年といえば、カラスがイタリアにデビューした頃に当たるが、その年、小林秀雄が『モオツァルト』を書いた。その中にこんな言葉がある。
「我が国では、モオツァルトの歌劇の上演に接する機会がないが、僕は別段不服にも思わない。上演されても眼をつぶって聞くだろうから。それで間違いないと思っている。彼の歌劇には、歌劇作者より寧ろシンフォニィ作者が立っている」
「眼をつぶって聞く」という言葉は、西洋音楽を理解したい一心のわがままで性急な戦後の日本人の心にまことにぴたっとはまったのだった。以来、私たち日本人はずうっと眼をつぶってオペラを聴いてきた。つまりシンフォニーを聴くような思いで、純粋に音だけに耳を澄ませてオペラを聴いてきた。音楽から言語とか肌の色とか民族の体臭というような衣装をはぎとって素っ裸にして聴けば、核心に迫れると錯覚していたのだ。
(中略)そして五十年経った。で、私たちは考える。
作曲家がその中で生活している限り、言葉は作曲家の生命の律動を担っているはずだ。言葉は人間の舌と切りはなすことができない。舌は呼吸と切りはなすことができない。すなわち音と音楽は、間に呼吸と心臓という生命の源を挟んで不即不離の関係にあるものなのである。
(中略)「伝統楽器を使って西洋音楽のまねごとみたいなことをやるのは、西洋音楽のいいところも持っていなければ、日本音楽の特徴も持っていない。ごみみたいなものです。お互いに殺し合って、どちらのいいところもなくなるということが、われわれを絶望させる原因なのです」
(小泉文夫『フィールドワーク』)
伝統楽器とは何も琵琶、尺八、三味線の類だけを指しているのではない。忘れてもらっては困るが、伝統楽器の中には歌手の「声」も入るのである。
カラスの声はブズーキというギリシャの民族楽器の音色になんと似ていることだろう。 
 
 
P175〜P177 ハンガリー出身の作曲家としてはフランツ・ リストがすぐ思い浮かぶが、リストもヨーロッパにあってはやはり孤独な田舎っぺにすぎなかった。いかに自分は世界人だ、ヨーロッパ人だと宣言しようと、彼の骨の髄はハンガリー人であった。そのことはたぶんリスト自身が一番知っていたのではないだろうか。だからリストははなから「情緒」という文化の面で戦おうとはしなかった。彼の武器はあくまでも超人的技巧と華麗なオーケストレーションであり、絵とか物語から受けたインスピレーションを激情の音楽として大袈裟な身振りで現出してみせることだった。人は、その音楽には啓示(ひらめき)とか神業とかはあるが苦悩と悲しみに欠けると言う。
(中略)もしリストが深刻ぶった顔をして人を泣かせようと思ったら、そんなことは朝飯前だったろうに。饒舌でなくてはいられなかったところにリストの独創性があり、リストの悲哀があった。
で、リストよりもさらに饒舌なピアニストがいる。ジョルジュ・シフラである。シフラの指はリストがこれ以上なかろうと埋め尽くした楽譜のそのわずかな隙間を、難なく埋め尽くしていく。この超々々絶技巧をゲテモノと呼んで切り捨てる人がいるが、保守的というよりヨーロッパ中心主義の文化的貴族たちやそのエピゴーネン(亜流)の不感症というべきだろう。
大戦では兵士として戦い、戦後、国外脱出を計って失敗し、三年の禁固刑をくらい、が、ついに一九五六年のハンガリー動乱の際にフランスへ亡命した男。国境の鉄条網をかいくぐった時、右手に怪我を負った。その傷は最後まで癒えなかったが、それにもめげずあれほどの演奏をした男の胸にあったものは、悲しみとか苦悩などというそんななまやさしいものではなかったはずである。
ちょうど同じ年にハンガリーからやはりフランスへ亡命して女流作家となったアゴタ・クリストフの『悪童日記』や一連の作品を読むと、祖国を失ったものの悲しみと、二つに裂かれた魂の痛みに胸塞がれる。
彼女は言う。「一冊の本は、どんなに悲しい本でも、一つの人生ほど悲しくはあり得ません」(『第三の嘘』)と。
 
P186〜P187 『暗いはしけ(艀)』 が歌われるまでは、ポルトガルの人や一部の趣味人をはぶいて、だれもファドなんてものの存在を知らなかった。バイヨン風のリズムをたたきだす素朴な太鼓の響きと哀切な小節にふるえるギターラを伴奏にして、まるで海に向かってあられもなく泣き叫んでいるような悲痛な歌を聴いて世界じゅうがびっくりしたのである。ファドと、それを歌ったアマリア・ロドリゲスは一躍世界的に有名になった。
(中略)国家の栄光の陰には個人の悲劇があり、個人はそれを宿命とうけとめる。いや、宿命としてうけとめようとする。宿命と思うにはあまりに理不尽であるがゆえに哀しい。その哀しみが胸からほとばしりでてファドになった。
ファドfadoの語源はラテン語のfatum(宿命)だそうで、リスボンで歌いつがれた叙情歌にブラジル黒人の舞曲が融合して、十九世紀中頃に完成したとされる。が、ファドくらい、人生の厳しさをむきだしに表現した歌は、世界広しといえどもそうあるものではない 
 
P193 リッカルド・ムーティという指揮者が好きだ。イタリアの若き獅子といわれてデビューして、いつの間にか彼も五十七歳、それでもやはり彼には、若き獅子という形容が似合う。いかにも尊大で気位が高く、傲岸不遜な印象をうけるが(と、フィラデルフィア管弦楽団と来日した時なんかそう感じた)、なんといっても彼には若々しい「熱」があるからである。技術とか音楽性などというものは、人を感心させても感動させない。そんなものはあって当たり前で、なによりも大事なものは「熱」である、ということを私は彼のなまの姿を見るたびに感じる。彼の熱は、そのあまり大きくはない身体からまるで焔のように立ち上り、オーケストラを熱し、舞台を燃やし、客席を圧倒するのである。演目がなんであれ、ムーティが指揮台に立つと、あたりが燃え上がるのである。
 
 P201 こういう音楽の聴き方は不純だ、堕落だと言う人がいるかもしれない。(中略)
しかし、こんな禅問答みたいなことを言ってられるか。目の前に足の不自由な人がいて、その人が天才の中の天才ともいうべき演奏をしている。この時、その音楽だけを聴いて、演奏美がどうしたこうしたと、もし言うとしたら滑稽である。第一、素直じゃない。人間はもっと素直に驚く。驚くことによって、音楽を聴く耳が濁る。しかし、濁ることも快感なのである。冷静な耳で聴くことだけが常に正しいとは限らない。
演奏とはつまり、とりもなおさずパフォーマンス(実演)である。パフォーマンスといえば演劇を常に連想する。演奏することも演技することも、英語で言えば「プレイ」となる。プレイ(戯れる)という言葉を、それを生かしつづけたのは歴史の力なんだから嫌ったって仕方がないのだけれど、日本人は嫌う。あげくに「演奏美」なんて言葉をつくってしまう。演奏はすなわち「プレイ」であり、ステージの上にいる人物はプレイヤー(戯れる人)である。私たちはそれを見ている。つまり人間を見ているのである。演奏と演技の違いは、その人物が、楽器を奏でているか、芝居をしているかの差であって、どちらも、人間が自分の命とものの見事に戯れているところを他人に楽しませるという実演を行なっていることに、なんの違いもないのである。
 
P220〜P221 (シェリングについて)これほどの演奏家なのになぜか影が薄い。「ヴァイオリニストは無論俳優ではないが、歌手についで俳優的な性質を多く持った演奏家であろう」(小林秀雄「ヴァイオリニスト」)。そのとおりで、普通、私たちがヴァイオリンの演奏を聴くということは、ヴァイオリニストの音色に身をまかせることである。作曲家とかその作品はヴァイオリニストをひきたたせるための素材にすぎない。だから名人の演奏を聴いたあとは、作曲した当のベートーヴェンやブラームスよりもはるかに演奏家のほうが燦然と輝いてみえる。こういうめくらましを与えてくれることを俳優的性質というのだろうが、シェリングというヴァイオリニストは、そういう意味からいうと、俳優的なものからもっとも遠い存在の演奏家かもしれない。無個性の個性とでもいおうか、なんとなく喝采を拒否するような素振りがその演奏に感じられる。
ところがバッハの音楽となると、演奏家の俳優的性質が大いに邪魔になる。個性的な音色が、独特の解釈が、過剰な表現がバッハの音楽をこわしてしまう。
ではなぜ、バッハの音楽だけは、演奏家の俳優的性質を必要としないのか。
宗教改革のお陰で、ヨーロッパの人々は、神と対話することの喜びを知った。聖職者の助けをかりなくても、聖書を開けばそこに神があった。特にバッハはルター派の敬虔な信者であったから、日常生活のすみずみまで神の意思によって彩られていた(その徹底ぶりは、妻アンナ・マグダレーナの『手記』に明らかであり、また感動的でもある)。つまりバッハにとって、生きるということ、作曲し演奏するということのすべてが神との対話であったということだ。
そこに神と向かい合う一人の人間がいる。
そのことを表現することがバッハ演奏のすべてである。そしてまた、バッハの音楽を聴くということは、己の中の神と向き合う作業でもある。この時、その音を奏でる人はかぎりなく無に近い個性の人がふさわしい。と言ったらシェリングは怒るだろうか。
 
P246 が、もうそれはいいんじゃないか。登りつめたら今度は降りるのが自然じゃないのか。長い音楽の歴史の中で、ベートーヴェンの音楽も大人になったのだ。バックハウスを人格完成の壮年期とするならば、バレンボイムの現在に至っては老年期と呼んでいいのかもしれない。もう、そう激しく泣きもしない。天をあおいで髪をかきむしりもしない。欲求不満を鍵盤にぶっつけもしない。そう情熱的にもならないし、大声を上げて喜びもしない。すべてがむかしのことのように、バレンボイムの演奏には、ベートーヴェンの音楽の“精”だけがゆらめいている。ひたすらに美しい。その美しさだけを私は信じる。あとのことは、あとのベートーヴェンらしきものは実は不純な夾雑物だったかもしれないではないか。
(中略)どうしてベートーヴェン一人が不滅でいられよう。われわれ人間はベートーヴェンを越える音楽を未来永劫、創りえないというのか。それほど人間は非力なのか。そんなことがあるはずないじゃないか。そう思うと、バレンボイムの演奏は、まさに奇跡的といっていいほどの完璧さにつつまれている。
 
P266〜P267 なかにしさんは、音楽関係のエッセイを集めた『音楽への恋文』という本で、われわれがふつうクラシック音楽と呼んでいるものに対して、尽きない愛を語った。クラシック音楽はいわば河童の頭のサラの水のようなもので、これが乾いてくると、呼吸が苦しくなり、顔色まで悪くなると書いている。
(中略)しかし、自分が好きで好きで仕方のないものを棄てたと一時は思っても、そのものはかならず回帰してくる。それが人生だ。「神も仏もないものか」と思ったとき、いちばん神や仏に接近しているのだ、と書いたのは武田泰淳だった。クラシック音楽の、なかにしさんへの回帰は、おそらく現代でもっとも幸福な出来事だったとわたくしは思う。
 
クラシックにはあまり詳しくないけど、おもしろい話をたくさん聞かせてもらった。
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読書メモ②「音楽の話をしよう」完成
初公開日: 2022年01月15日
最終更新日: 2022年01月25日
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読書メモ④「身体が『ノー』と言うとき 抑圧された感情の代価」
ガボール・マテ著「身体が『ノー』と言うとき 抑圧された感情の代価」という本の中の、好きな記述を引用し…
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えめり
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