超電導としびれのはなし
「鍵は右側の植木鉢の、左から3つめのしたに入ってるから、開けてくれないか?」
そう言うとレテは目をまんまるに広げ、驚いたようにくちびるをひらいたが、結局ことばを飲み込んでくちびるをとじた。俺の指示に従い鍵をさぐりあて、ロサリアを背負って両手のふさがっている俺のためにドアをひらく。部屋の電気をさぐる手は、密やかに引き攣っている。恐る恐る足を踏み入れはしたが、躊躇いがちに視線を外すレテの貌。そこには罪悪感が滲んでいた。
臆病で礼儀正しいレテ。
ぱちんとトグルがはね上げられて明かりがつく。リビングから連なる3つの扉のうち、寝室は真ん中の、薄いガラスが嵌まったドアの向こうにある。レテにリビングから先へ進む気がないのはあまりにわかりきったことだったので、寝室のドアをさして「ベッドはその先だ」開けてくれと言えば彼女はなんとも言えぬ貌で俺を見たが、結局、俺の言葉通りにドアノブを回した。
そっとドアを押しひらく。ひとひとりが通れるぶんの間隔を開けて、しかし、レテはそれよりさきに進むことなく立ち止まっている。なかに入って──ベッドサイドに明かりをつけてくれ、そう言おうとした俺の目のまえを淡いひかりが通り過ぎていった。小さな、紫のひかりだ。星や窓から差し射る月あかり、電灯のきらめきではなく、紫の──雷元素のひかりだった。
それはレテの手のひらから生まれ、ふわふわと浮かびながらベッドルームへ入っていた。まるで、暗闇のなかを導くように泳ぐ。俺はただ笑って、ほほ笑んでいた。まさか、レテがここまで自分の雷元素を自在に扱えるようになっていたとは知らなかったから。
「器用じゃないか」
まるで、見違えるよう。そう言うとレテは不感症な声で「はい」と答えた。彼女はそれを賞賛と受け取らなかったみたいだが、俺も俺で、きちんとそれが伝わるように、もう1度あえて声にしようとは思わない。
「あまり長くは持ちません」
と、背後からレテが急にそう言った。俺はロサリアを担いでなかに入り、ベッドのうえから掛け布団を剥いで、彼女をそのうえにころがす。「まったく、手間のかかるシスターだな」上掛けをきちんと顎まで掛けてやってから、レテの雷元素のひかりが消えるまえにサイドチェストから紙を探りあてる。残念ながら、すぐ見える場所にペンやインクは置いていなかったので、シャツのポケットから小さな万年筆を取り出して、ロサリアのためにメモを残した。
これで、貸し借りはなし。
「おっと」
しかし、nの文字を書き終えるまえに、むらさきのひかりは霧散した。俺の手元を仄かに照らしたレテの明かりはしずかに消えて、代わりに弱々しい星々の輝きが暗闇のなかにささやきを落とす。俺は手探りで自分の名前を書き当て、ひかりあふれるドアのしたをくぐった。ぐっすり寝入って起きないロサリアのために、静謐のなかに暗闇をとじてやる。
照明が落とす輝きに目が眩み、眼を細めた。そんな俺を見あげるレテの瞳は無防備で、まつ毛の落とす陰までよく見える。「さて、帰るか」と声をかければ、一度大きくひらかれた眼がまたたきの間に元にもどった。一瞬だけさらされた怪訝そうな表情に「意外か?」と尋ねてみれば、「いえ」とレテは素っ気なく答えてくちびるをとじた。今度は、俺が目をまるくする番だった。
「このまま、酒場にお戻りになのではないか、と……おもっていたので」
そう、レテが言い訳じみた物言いでもごもごと言い繕うのを、目を細めて眺めた。焼けた感情がくちびるの縁から潤び、やがて胸のなかで爛れては海になる。かえる場所――お戻りになる――ね。
俺に帰る場所があるとは、わらえる。
そう、嗤ったところでレテを戸惑わせるのは目に見えている。とたん、うろたえ始める彼女をどうフォローしてやることもできないのに、のどの奥で己の嘲りを噛み殺しきれなかったのは、けっきょく俺もよわいにんげんだったということだろうか。
「隊長にも、……、その、休肝日があるのですね」
「は」やわらかな風に胸を突かれれた。目を見開く。瞼を伏せたレテのやわらかな頬は淡く色づいている。己のことばが、いままで苦しまぎれに絞りだされてきたどの言い訳よりずっと、へたくそな話題を変える方法だったと自覚している表情だった。その――恥ずかしさに目を泳がせる、その表情を俺から隠しもしないのが、なによりも――、
ろっ骨をやわらかに灼いていく。「まあな」と言って、俺はおどけたように肩をすくめた。「さすがのガイアさんも休息は必要だ」
そう、大した意味を込めることなく、会話の流れで嘯いた言葉に、レテはあえかに微笑んだ。か細く細められた眼が、嬉しそうに俺を見つめては、言う。
「それはなによりです」
ここは須く煉獄の地。いずれ、救いの絶える場所。
載せるか迷っているところ
ガイアがレテを己の副官に選んだのは、なにも、彼女が優秀な騎士だったかというわけではなかった。確かにレテは神の目を有し、書類仕事や雑務において、彼女の繊細な才能を発揮しはじめてはいたが、そもそもガイアがレテにはじめて会ったとき、彼女は己の神の目を持て余していた。
「おい、レテ。いいかげんにしろ」
雨が洞窟を伝い、背すじを滑っていく。レテがぴくりとふるえたのは、寒さのせいだけではないだろう。低い声を出した自覚がある。今日のレテの単独行動には、ほとほと嫌気がさしていた。なにを焦っているのか知らないが、
「くそ」
不協和音のこえがざわめく。氷のアビスの魔術師が嗤い、ふわふわと浮遊している。座り込んだレテから紫電のかがやきがはしった。雨が水を誘発して自分たちもを凍らせる可能性があるなら、俺は不用意に動けない。そのうえ相手が氷アビスなら、俺にできるのはただ、剣を振るうことだけ。血で剣を持つ手がすべらないよう、袖をきつく縛り付ける。右足に痛みを抱えるレテが、なんとか立ち上がって、槍に紫のかがやきを灯す。
左足が土を蹴って一閃。レテが雷の刺突で、アビスの魔術師のバリアを駆け抜けた。そのあいだに2度、3度、硬い被膜をすばやく叩く。その剣戟の合間に、レテが姿勢を整えてふり向き、3度重ねて槍を叩きつける。やっとひび割れたバリアの合間に鋒を突き刺してひねる。勢いよく横に薙がれたレテの刃が、バリアを叩き割り、とうとうアビスの魔術師を守るものはなにもなくなった。柄を手のひらでくるりと回したレテが、紫のひかりを発して消えた。雷のかがやきが縦横無尽にあたりを駆けて、元素の攻撃がひらめき、そして、落ちる。落下するレテの槍に串刺されて、アビスの魔術師はもう虫の息だった。――だが、まだ生きている。
「おとなしくしやがれ」
魔術師をまもる盾がなければ、ためらう必要はない。氷元素の息吹に呼吸を沈めて、超電導のかがやきをもたらす。音もなく砕け散ったアビスの死体に目もくれず、暗闇の中、するどく息を吸ったのレテだった。彼女は動揺したように俺を見つめ、くちびるをひらいては閉じる。
レテがなにを聞き、なにを考えていたのかに予想はついていた。けれど、こうも面白みもなく、彼女の意図が詳らかになってしまえば、わずかに燃えあがった俺の興味も、いまは灰になってしまった。俺のこころに留まったものは呆れと、失望――そして、すこしの退屈さだけが埋み火となってじりじりとくすぶっている。
「ロサリアになにを聞いたのか、知らないが」
言い、跪く。「そんなことのために、右足を失ったのか?」
レテの右足は浅くない切り傷を有し、擦過傷と凍傷に苛まれてはいたが、元素による治療を受ければすぐにでも快復するだろう。だが、戦いのさなかに己の肢体を完全に支配することができなければ、意味がない。這う這うの体で、槍に体重を預けてようやく立っていられるだけのレテの右足のまえに跪いた。「……、ッ!」血をぬぐう。微かにうめくレテを無視して上衣を脱いだ。シャツの袖を引き千切る。
「ガイア隊長の元素は、力がつよいと聞きました」
と、レテは言った。「長い時間、凍傷に侵されるとからだの器官は弱ります。ガイア隊長は氷元素をお使いになられますから、その影響を無視するのは良くないと、おもいます」
加えて、とレテはさらに滔々と言った。
「雷元素は痺れを誘発します。痛みの感覚が鈍くなれば、もし、細胞の組織に損傷が生じていた場合、気づくことができません。それは致命的です!ですから、……ッ」
「必要ない」
そう言えばレテは息を呑んだ。「確かに、俺の元素は永く凍結できる。だが、それがなんなんだ?おまえとの任務に支障が生じたか?対戦において不利に働いたことがあるか?──ないよな。なら、これは議論する価値のある問題か?」
「ちがいます!わたしが言いたいのはそうではなくて、……」
「もう一度聞く。レテ、それはおまえがアビスの魔術師との戦闘中に、右足を落としてまで意識を割くべき事柄だったか?」
下からレテを見あげるように彼女の眼を見つめれば、彼女は一瞬怯み、言葉をためらった。しかし、なんとか俺を説得しようとひらきかけたくちびるが音を紡ぐまえに、傷口へ布地を巻いてやった。ぐっ、としずかに痛みに呻いたレテを無視して、できるだけきつく巻きつける。やがて血も流れるのをやめるだろう。気丈なレテは、まだ黙るのをやめないが。
「それは、──ッ、う、……ん、……ッ」
「痛いか?」
そう言って、レテの傷跡を指でたどる。深くはないが、痕になる傷だった。「牧師に手当してもらえば、すぐに癒える」
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超伝導2
初公開日: 2022年02月25日
最終更新日: 2022年03月12日
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