現在、この国に居住するすべての国民には、出生届と同時にベーシックIDが付与されている。我々が利用するインフラ、流通、医療機関などなど、生活のすべてに紐付けられているこの14桁の文字列は、名刺であり、身分証明書であり、履歴書であり、それまでのその人物の人生を記録した日記帳の鍵だ。
この国で生活を――まともな、をつける必要はあるが――送っている人間は、必ずこのベーシックIDを持っているのだ。
逆に言うなら、ベーシックIDを持っていない人間は社会的システム上存在しないことになる。
だからこそ、例の「幽霊」の存在は、無数のくだらないネットロアが溢れかえっているメタ・ヴァース「ワイヤード」における「本物」なのではないかとまことしやかに噂されているのだ。
「ハロー、NAVI」
「ハロー、K-s」
いつものように端末の電源を入れてNAVIに音声入力で呼びかけると、いつものように無機質な合成音声の返事。
改造なんて大げさなことをしなくても、クリックひとつでデータをインストールするだけでアニメのキャラクターから大人気アイドルまで、あらゆる音声データを選べるが、俺はこの初期設定の合成音声が気に入っていた。
ユーザーネームを音声入力すると、液晶モニタには自分用にカスタマイズされた検索画面が表示される。
「茶壺<チャツボ>」
ネットロア情報サイトの最大手のひとつにアクセスすると、そこにはいつものように大量のニュースが書き込まれている。しかし、この内の8割はスパムとガセの集合体だ。
このゴミ<トラッシュ>データの山から「本物」を見つけるのが俺の仕事だ。
大量のデータを3時間かけて仕分けた果てに残った「幽霊」に関するニュースはわずか2件。
うち1件は結局どこかの暇人が巧妙に作ったゴミだったが、もう1件のニュースを書き込んでいるユーザーのベーシックIDをやや違法な手段で調べてみたところ、「橘総研」の名前に行き当たった。
これは期待が持てる。