■伍少の短い小説を書く(福袋編)
「あっ」
と壁掛けカレンダーの予定を確認しようとした伍長がカエルを踏んづけたような声を上げたので、思わず「どうした」と声をかけてしまった。
「今年、福袋……買うの忘れました……」
「ふくぶくろ?」
なんだそれは、と問うと、伍長は大きな身体をしょんぼりさせながら、
「年のはじめに、ご覧になったことありませんか? 定価よりも安い値段で詰め込まれた、服とか食品とかの袋が、街で販売されているんですよ」
「うーん」
年のはじめは毎年、家族とゆったり過ごしていたから、市街に出かけることはない。買い物も含めて、年内に全部済ませているから、いまいち想像がつかなかった。
「初売り……って言ったら分かりますか?」
それは聞いたことがある。商人がその年の最初に物を売り出す、市井の年中行事、として覚えていた。
「ふくぶくろ、なあ……。年のはじめに売られるなら、その初売り? の時に買いに行けばいいではないか」
「たしかに、何年か前まではそうだったんですけど」
聞けば最近の『ふくぶくろ』は、十二月に予約がずれていて、早いと十一月末には予約が満了してしまうものらしい。
「気の早いことだな」
「まあ、俺のミスです。出る時期は毎年決まってるので……」
何を買いたかったんだと問うと、「服を……」と尻すぼみに言われた。ああ、と納得する。伍長が着ている服は、いつもメーカーが決まっている。既製品で彼のサイズを置いているところが殆ど無いためだ。大方そのメーカーのふくぶくろを買いたかったが予約を逃した、というところなのだろう。
「なるほど『服』ぶくろ……」
「……? なにか間違えてませんか……?」
見下ろしてくる眉尻が困ったように下がっている。
「幸福の『福』の『袋』と書いて、『福袋』ですよ」
と教えられた。
「そうか。それなら、年内に買うようになったのも一理あるのかもな」
「はあ」
伍長がきょとんとしている。
「来年の『福』を、今年のうちから準備して、心待ちにしているということだろう?」
いい行事だなと微笑むと、傷だらけの顔が、ちょっとつられて笑ってくれたような気がした。
「だいたい、今年買いそこねたなら、来年買えばいいではないか」
何の気なしに言ったつもりだったのだが、
「らいねん……」
見上げた顔が、さああっと赤らんでいく。垂れ目が若干、恥ずかしそうに泳いで、視線を外された。何を想像したのかなんとなく察された気がして、脇腹に手刀を喰らわせておいた。
──それじゃ、来年、福袋の予約が出る頃までは、一緒にいてくれるってことですかね。
どうせそういうことを考えたのだろう。
(何を今更)
そんな顔をされたらこっちまで当てられる。
「ところで」
携帯端末のリマインダーへ早々に来年の福袋の予定を仕込んでいる伍長をみつめながら、当初から思っていた疑問を投げかけた。
「どうして、初売りで服をわざわざ買うんだ?」
「え」
そりゃ、安くて、たくさん買えるからで……と伍長が説明をしてくれたが、やっぱり解せない。なぜなら、
「服なら、テーラーが家まで採寸に来てくれるだろう?」
「えっ……」
「テーラーじゃなくても、ほら、外商とか」
違うのか? と問うと、この大きな同居人は必死に何かを考えているような形相をして、
「あの。少尉」
一言一言、言葉を噛んで切って選ぶように、
「今度は、俺と服、買いに行きましょう」
「ああ…… ?」
思えば、毎シーズン実家に帰るたびに、服は姉たちから贈られているから、『自分で服を買う』ということをしたことがなかったなと思った。
「いいぞ。どこの仕立て屋がいい?」
「あの、そうじゃなくて。いや、突き詰めるとそうなのかもしれないんですけど!」
とにかく、俺と一緒に服、買いに行きましょう……! と半ば強引にウンと頷かされる羽目になった。
「生活……擦り合わせって難しい……」
とごにょごにょ頭を掻きながら自室に戻っていく伍長の背中を見て、来年も色々気づかないでいたこと、知らないことが、たくさん起きるのだろうなと思った。