どこかで遠く、ピチチと鳥が鳴いた。縋るような思いで音のする方に顔を巡らせれば、窓の外は薄らと明るく、朝の匂いを滲ませ始めていた。
 爽やかな蒼天が透明な板越しに広がっている。空を羽ばたくには気持ちの良い日になりそうだと思わせる快晴。しかし、小さな体躯をしたダナフクロウの仔にとって、今そのような事象は二の次だった。
「フルルゥ……」
「……」
 布に包まる家族はいつものように撫でてくれるわけでもない。ただ、苦しそうな声を発して小さく身じろぐのみである。それは、月が中天を過ぎた頃から続いている状態だった。
「……フル!」
 フルルの小さなくちばしで布の塊をつついても、その少女は顔も出してくれない。夜中に目を覚まして大事な家族の様子がおかしいと気づいてから、フルルは鳴いてみたりつついてみたり寄り添ってみたりとしていたが、その少女は時折「大丈夫」「ごめんね」と小さく漏らすだけだった。
 小さなフクロウにとって、我慢の限界だった。大事な家族の異常事態。心配は積もり積もってフルルに焦燥感をもたらしていた。
「フル……」
 少女の頭があるであろう場所にフルルも頭をくっつけて、それから小さな羽を広げて窓際へと翔ぶ。透明の板のすぐ側に寄って渾身の力でくちばしを押し付ければ、流れてくる風の気配が羽毛を揺らした。
 壁がなくなった。そう理解したらあとはもう再び翼を広げるだけだ。
 かつて世界中を旅した仲間たち、少女の慕う人間たちのもとへと、フルルは空を羽ばたいていった。
 今にして思えば虫の知らせのようなものだったかもしれないと、フルルの後を追いながらテュオハリムは考える。
 昨晩は特に理由なく酒も入れずに早々に就寝したのが一つ目。それが功を奏して早朝に目が覚めたのが二つ目。
 そして人の気配が少ない宮殿内を散策ついでに歩いていたのが三つ目。一階の中庭付近を通りかかった時、慌てた様子のダナフクロウの仔──フルルがテュオハリム目掛けて体当たりをしてきたのだ。柔らかな衝撃に目を見開き「どうしたのだ」と問いかける前に、フルルは落ち着かない様子で鳴き声を上げて先導するかのように宮殿の外に向かって飛んでいった。
 そこで初めてリンウェルの姿がないことに思い至った。フルルが慌てていた理由について、リンウェルと関係しているのだと。
 玄関ホールを抜けて城門近くの階段まで駆けて行くと、焦れったそうに背後を見やるフルルの大きな瞳と視線が合った。小さく頷けばフルルはやはり前方に向かって翔んで行く。
 リンウェルの身に何があったのか、ざわつく胸を意図的に無視してフルルの後ろ姿を追う。幸いにして、早朝のためかヴィスキントの街中も人の通りは少なかった。
 店の準備をする商人たちのざわめきを躱し、そうしてフルルがくちばしで示したのは旅をしていた頃によく利用していたヴィスキントの入口に位置する宿屋だった。
「……ここかね」
「フル!」
 フルルは一声鳴いてテュオハリムの肩に舞い降りる。それは肯定に他ならない。
 確かにリンウェルとは今日会う予定になっていた。宮殿の客室を提供すると申し出ても「到着する時間がどうなるかわからないから宿で大丈夫だよ」と断られていたのだ。だからリンウェルがこの場にいるのは予定通りのはずである。
 ──いったい、彼女の身に何が起こったのか。しかし、そう思案するよりは彼女を訪ねたほうが早いと扉を見据える。
 顔のすぐ側に感じる温かな生き物の気配に頭を軽く撫でれば、打って変わってフルルは力なく「フルゥ……」と声を漏らした。
 宿に足を踏み入れてみれば、リンウェルの部屋の前に案内されるのは早いものだった。宿屋の主人に事情を説明する前に「テュオハリム様であれば」と部屋の合鍵を預けられてしまったのである。彼にとってはリンウェルは顔なじみの客でもあった上、テュオハリムの仲間であることも把握していた。それならば断る理由もないのだと述べられると、手に乗せられた鍵を握ることしかできなかった。
 せっつくように肩に止まっているフルルが短く鳴き声を上げる。木製の扉を軽く叩いても中から反応はない。
「リンウェル、いるのかね」
 声をかけると中からわずかに気配がした。しかし、リンウェルの返事は返ってこない。
 鍵を半回転させれば、手入れの行き届いた木造は軋む音を立てずに静かに開いた。朝の光が差し込む部屋に、ベッドの上の塊が一つ。小さな円卓の上に置かれた分厚い本や、椅子に掛けられた藍色の衣装には見覚えがある。
 テュオハリムが足を踏み入れると、その塊はもぞりと動いた。
「テュオハリム……?」
「うむ。フルルに呼ばれてね」
「フルル……?」とリンウェルはシーツから顔だけ覗かせる。青白い顔色と目の下の隈にテュオハリムは眉をひそめるが、リンウェルの視線は肩に止まるフルルへと向けられていた。
「ごめん、心配かけちゃったね」
「フルルゥ!」
 いてもたってもいられずといったように、フルルはほぼ体当たりのような形でリンウェルのもとへと飛び込んだ。頬ずりしながら微笑を浮かべる青白い顔に、テュオハリムは口を開く。
「ひどい顔色だ。体調が悪いのかね」
「……」
 問いには応えず、リンウェルはフルルの頭を撫でながらついと視線を逸らした。
 ──その表情には覚えがある。旅の間、キサラから「甘いものばかり食べるな」と言い含められていた時の、後ろめたい何かがある時のそれだ。
「……大丈夫だよ」
「その顔色を見て大丈夫なわけがあるまい」
 やはりリンウェルは繕おうとしたが、間髪入れずにそれを否定する。「うう」と一言呻いて、顔だけを覗かせた少女はそのまま布の中へと引っ込んでいった。
 体勢から推測するに、背中を丸めて腹部を抱え込んでいるような形。「腹を壊したのか」と直接聞くにはさすがに気が引けた。
「あの、テュオハリム。本当に大丈夫だから。ただ、今日はその……ごめん」
 くぐもって耳に届いた声色は、言葉とは裏腹に力なかった。繰り返される「大丈夫」に、テュオハリムは短く嘆息する。
「大丈夫でないのは明らかだ。この問答を続けるのは不毛だと、君にもわかると思うが」
「……」
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テュオリン
初公開日: 2021年11月19日
最終更新日: 2021年11月19日
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