私にとって秋という季節の思い出は苦い。
なにせこれまでの人生で振られてきた二回とも、季節が秋なのだ。
枝にしがみ付く力の尽きた葉が、はらはらと地上へと舞い落ちる中、告げられる言の葉。足元に積み重なった落ち葉を見て、まるで私だと重ねてしまうくらいの感傷。
いくら運命だとかそういうものを信じないといっても、こうも続くと運命めいたものを感じてしまう。
……そんな思い出を振り返ったのは、自宅の縁側を歩いていて、色付いた落ち葉にふと気が付いたからだった。
はたと足を止める。じぃとそれを眺めながら、潜心する。
しかしそれを邪魔するかのように、身軽に庭へと飛び下りた錆柄の猫が、落ち葉と戯れ始めた。
おかげで、ふ、と集中が途切れてしまった。仕方なし、思考を切り上げて――いや、勢い余って一足飛びに結論を出した私は、スマホを取り出してその光景をぱしゃりと撮ったあと、彼女へとメッセージを送った。
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よくよく考えれば、恋人を自宅よりも先に友人宅へと誘うのは、如何なものだろう。
いや、私にとっては必要な手順というか。逆に自宅の方が誘いにくいというか。どうも昔っからそういうところがあった。
人との距離を取るのが上手いのか、それとも一周回って下手なのか。結局、心の底から信頼できる相手というのは少ないし、そうした相手でさえも積極的に誘わないのだから、やっぱり後者なのかもしれない。
ともあれ、思うところはあったのだ。だからちょうどよかったとも言える。
呼び鈴が鳴る。どことなしに落ち着かなくて、猫を撫で繰り回していた私がびくっと跳ねると、錆猫も驚いたらしくて私の膝の上から飛び下りてしまった。
残念……いや、どの道立たなきゃいけなかったんだから、うん。
早足で、でも気の逸りに自制しつつ玄関の引き戸を開けると、そこにはハルが立っていた。
「いらっしゃい」
「お、お邪魔します!」
どこかギクシャクした様子で、ハルが玄関を上がる。
と、玄関先、居間の手前にある電話台の後ろから、斑猫が顔を出した。
「わっ」
途端にハルが目を輝かせる。勢いよく一歩を踏み込んだところで、ぴたりと止まる。そうして崩れ落ちるようにして屈んだかと思うと、猫と視線を合わせながら、じりじりとにじり寄り始めた。
「……」
とりあえず奇怪……滑稽……面白いので見守ることにする。
詰め寄るハル。なんだこのデカいのは、みたいな目でその行動を注視している猫。
「あぁっ」
あと一メートル、といったところで、猫はだっと踵を返して駆けていった。
「あー……」
情けなく項垂れるハルの後ろ姿がなんだか無性にかわいらしくて、潜めていた息をつい吹き出してしまった。
「猫と目を合わせたりなんかしたら、そりゃ逃げられるわよ」
「え、そうなの?」
「そうなの。ほら、落ち込んでないで、一度部屋に案内するわ」
いつまでも玄関先でこうしているわけにもいかないのでそう促すと、ハルは突然勢いよく立ち上がった。
「そうだった!」
なにがだろう。
廊下を進み自室に入って明かりを点けると、ハルは感嘆の声を上げた。
「ほうほう」
続いて、頷くように呟きながら、部屋のあちこちを見て回る。
「ほうほうほうほう」
ほうが増えた。
「人の部屋をあんまりじろじろ見られるのも恥ずかしいんだけど」
「でも沙弥香先輩だってわたしの部屋見慣れてるでしょ?」
それは、そうだけど。
「……お茶出すわ。あんまり勝手に探ろうとしないでよね」
妥協的に言い残して、居間の方へと歩いていく。別に疚しい物を隠してるとかじゃないんだけど、そうする人は平気でプライベートに土足で上がるような人物だと私は認識する。まぁ、ハルに対してそんな心配はしてないけど、それでもいい気はしないので、一応程度の釘差しだ。
最近は少し冷えてきてることだし、魔法瓶と急須とコップをお盆に載せて部屋に戻ると、ハルは錆の方と正面から睨めっこしていた。
「……なにしてるの?」
「隙がなくて」
四つん這いになったまま、ハル。猫はといえば、ふるると咽喉を震わせている。
「威嚇されてるわね」
「なんでかなぁ。初対面のはずなのに」
「初対面だからじゃないかしら」
テーブルにお盆を置き、椅子に腰を下ろしてから再び猫同士の睨み合いを眺める。
静寂が流れる。
そういえば前も似たようなことがあったなぁ、なんて刹那の懐古。
膠着が敗れたのは、一分ほど経過した頃だったろうか。
猫がハルの無防備な顔面にパンチを繰り出して、彼女が怯んだ隙にだっと部屋を出ていった。
「沙弥香先輩、あの子手練れだ」
「そうね。白羽取りできなかったものね」
彼女の手は残念なことに、猫の手という刃を掴むことなく、虚しく合わさっていた。
「とりあえず、お茶飲む?」
「いただきます……あっそうだ」
ようやく身を起こしたハルは、テーブルを見ると私の方へと振り返った。
「どうせならお庭見ながら飲もう」
なるほど。元から猫以外にウチの庭も見たいと言ってたからそのつもりだったのだけど、それはいい考えかもしれない。
「いいわね。そうしましょう」
かくして私がお茶一式、ハルが座布団二つを手に縁側に出る。縁側の硝子戸を開けると、秋風と共に赤と黄色が飛び込んできた。
「おぉー……」
自分の功ではないのだけど、ハルが息を呑むのを見て、どこか嬉しくなる。
「きれー。広いね。すごい。手入れはどうしてるの?」
雑な――というよりも口を衝いただけなのであろう感想に、唐突に現実的な感想が紛れ込む。
「庭師の人が定期的に来てくれるの」
「へー、庭師。お金持ちだ……」
というかこれだけの面積の草木を手入れするのは、素人には不可能だもの。
でも来てくれる庭師の人もだいぶ老齢で、後継となる若手がいないという話だから、これから先も維持できるのかどうか。
ひとまずのところはそのくらいにしておいて、座布団を並べてお茶を淹れ、二人一緒に喫する。
「あー、美味しい……あったまるー……」
「どういたしまして」
改めて思うと、この庭をこうしてじっくりと観賞するなんて初めてかもしれない。お茶を飲みながらなんて言うまでもない。自宅だから、というのもあるかもしれないけど。
でも。それがこうも色めいて見えるのは、きっと……。
「あれ、沙弥香先輩色してるね」
不意にハルがそう声を上げた。
「どこが?」
「髪の色」
「そう? 私の髪はもっと落ち着いてるわよ」
ハルが指差す先の木は見事な黄色を着飾っている。亜麻色をした私の髪よりも、ずっと明るく輝いてる。
「わたしには先輩の髪も輝いて見えるよ」
だけど、ハルは私と真正面から向き合って、そう笑う。
……もう一度木の方を見やる。やっぱり私にはどうしても同じものは見えないけれど。
でも。悪い気はしない。
ううん。嬉しい。
「……じゃあ、あれはハル色ね?」
私が赤く染まった木を指してそう言うと、ハルの頬も葉と同じように色めく。
静かな空気。だけど同じ感情を共有し合っている。そう分かる。
それがまた、殊更に嬉しかった。
うぅ、と照れ臭そうにしていたハルが、顔を上げた。
「そうなんだ、秋なのにね!」
「……」
温かかった二人の間を引き裂くように、北風が吹き付けていく。
無言。それもさっきとは違う温度の。
「ごめん滑った」
「冬じゃないのに?」
私の方もちょっとテンパって無理に返すと、ハルは首を傾げ、ややあってから手を叩いた。
「……あぁ!」
「止めて、ちょっと傷付くから」
やっぱり慣れないことをするもんじゃない。おかげでますます雰囲気が辛いものに。
「あ」
幸いにも、微妙な空気を和ませるかのように、庭先に猫が二匹とも下りていった。
ハルはぐいっとお茶を飲み干し、置いてある草履を履いて再び猫へと接近を試みる。
それを眺めながら、私ももう一度お茶に口を付ける。ぬるい。ほろ苦さと旨味と甘みが、じんわりと舌から溶けて広がっていく。
頬が緩む。
……秋はすっかり、彼女の色に染まっていた。