以上プロット。
――クリンブルーム邸。
リヒター・L・クリンブルームの朝は早い。
他のどんな貴族よりも早い。なにせ強制だ。
「おはよおおおおおおおおお!!!」
ばん、と開かれた扉にノックは無し。
大きな声に遠慮は無し。
起き抜けの闘剣に呼び起こすべく、その十字鎗に乱れ無し。
二刻ほど前におふとんに潜り、一刻ほど前にあったかくなってきてうとうとし始めた高貴なる男は、雄鶏の雄たけびよりもうるさいその騒音によって無残にも目を覚まさせられることと相成った。雄鶏は雄たけびを上げない。
「……ぇぇぃ……! まだ日も出ていない時間にぃ……」
それにしたって今日の朝は、払暁と言えるかどうかも怪しい時間だった。
身体の節々が痛むのをこらえて目をこすり、文句を言うべく顔を上げる。
ずんずんと聞こえてきた足音は最早ベッドの鼻の先。
「いいかプリム。僕は……僕は雄鶏ではない」
言い放ってやろうとそう決意した時点で、普段ならおかしいと思うはずだ。
そんな決め顔のように言えた台詞ではない。リヒターが雄鶏でないことは当たり前だ。プリムにすら分かる。
思えばもう、その時十分にまどろみの中に居たのだろう。
そう。夢だ。
これは結局夢でしかなかったのだ。
だから――悪夢と悪夢が合わさっても、不思議なことではなかったのだ。
プリムが口を開く。
「――もっぴーは雌鶏だった……?」
「誰がもっぴーだ、誰がっ………………ぁ?」
「めいどー?」
「あがひゃ」
なぜだろう。
シルエットは確かにおつむがランカスタ。
だが何だか少し身丈が下がって、綺麗な濡れ烏色の髪はパッキンキンのくるっくる。それはもう狂っ狂。
その詐欺じみた端正な顔立ちは気づけば人を舐めたメイドフェイス。
口元がωみたいになって、こちらを見上げるのは明らかに挑発じみた上目遣いだ。
「つぉ……ちょ、ば?」
「もっぴーもっぴー鍛錬の時間ですよぶじんぶじーん! メイド流十字鎗術は天下一、コロッセオでもあらゆる全てちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、投げつけた槌を避けられるものは誰も居なかったのですよ! めいどの拳、味わっていけー?」
「得物なんなの」
そもそもメイドに十字鎗術は存在しない。
だが。
ああ、だが。その問いは。
その問いだけはしてはならなかった。
「メイドの得物? それは――」
「あっ」
さだめ。
――クリンブルーム邸。
「悪夢を見た」
あたたかな紅茶(notくさのしる)を傾けながら、呻くようにリヒターはそう言った。
クリンブルーム邸の庭、普段は朝の鍛錬に使っているその場所へとセットされたガーデンテーブルとガーデンチェア。
束の間のティータイムを楽しむことも出来ず、むしろなんとか頭の中の邪を追い出すために必死な彼の対面に、一人の青年が難しい顔をして腕組みしていた。
「……なんだ、何か言いたげだな」
「いや、その。聞きたいんだけどリヒターさん」
「ん?」
ついにリヒターの愚痴をまともに聞いてくれるのは目の前の青年1人になってしまった今日この頃。
あらかたの話を終えた矢先、彼はそのくさのしるではない紅茶に何だか物足りなさそうな顔で口を付けながら呟いた。
「何が悪夢なんだ?」
「キェエエエエエエエエエアアアアアアアア!!!!!」
ガーデンテーブルが反転した。
「ちょ、ちょ、リヒターさん!?」
慌ててティーカップとポットを抱きかかえ、それからクッキーの入ったバスケットを頭上に載せて緊急避難させる器用なヒモ。
「ぜぇ……はぁ……すまん、発作だ」
「病院行きなよもう……」
「魘されているかもしれんな。確かに」
「魘されているかはちょっとよく分かんないけど」
「おまえをころす」
「なんで!?」
そんなもん、あの夢を魘され判定しないハッピーな野郎だからである。廃人として友を生かしておくくらいなら、もはや楽にしてあげた方が世の為人の為では?
「……まあ、あれだな」
器用に足でガーデンテーブルを直しながら、ヒモ野郎は頷いた。
「たとえばそれがリヒターさんにとっての悪夢だったとして、俺に出来ることとか何かあるかな?」
「お前に出来ることだと……?」
言われてみれば、今回はただの愚痴だ。
相談と違い、解決策を求めていたわけではない。
何を告げてもニコニコスマイル変態部下と違い、こうしてまともな会話になるだけで助かっていたのだ。結果助からなかったが。
だからこそ、彼から相談に乗ると言われれば、ここで一案考えるのもまあ……無しではなかった。
「まず、お前にアレを悪夢と定義して貰うことは諦めた」
「? ああ、うん。分かった」
そのとぼけたツラ、何も心配事などない無敵の無職っぷりにイラっとしつつ。
「さしあたって、何をもって解決とするかといえば、やはりあの悪夢を忘れるということだろう」
「そうか、解決方法が分かってるなら簡単じゃないか」
「っ? ほう、随分と言うじゃないか。僕はこれのせいで半日無駄にしたんだが」
夢を忘れたいと願う1人の青年、リヒター・L・クリンブルーム。
その願いを叶えたいと渇望する彼の友人、フウタ。
ここは王都アイゼンハルト。見果てぬ旅の行く末に辿り着いた者たちが、夢を叶える場所だ――!
「つまり、あれだよリヒターさん」
「なんだ?」
「プリムの恰好をしたコローナが、目に焼き付いて離れないってことなんだろ?」
「業腹だが、まあそうだ。悪夢と悪夢の悪魔合体。なんの冗談だ。この世の地獄か」
腕を組む彼に、そうかそうかとフウタは頷いた。
ならばきっと、これなら喜んでくれるに違いない。
コローナを悪夢と呼ぶその根性は決して理解出来たものではないが、フウタには強い強い自信があった。
なにせ、なにせだ。
これは、フウタにとって、夢と夢との融合体。
そこに麺とか入る予定はない。あいつは1人でうちの留守番でもしてればいい。
にっこりと微笑むフウタに、妙に嫌な予感がしたリヒター。
第六感がさえわたり、ふと自分のティーカップに目をやった!
「――ところで、お前今日は1人か? 珍しいな」
「いや? まさか。俺が1人で来るわけないじゃないか」
ではなぜnotくさのしる。
瞬間開かれた玄関の扉は、まさしく今朝の悪夢と重なるばばーんと勢いよく開く――……開く。
「いや、違う……まさかっ」
それは決して、蛮族の持つ腕力に任せた、ややもすればリヒターが吹き飛ぶようなそれではない。
ぎぃ、と蝶番の呻く――そう、悲鳴だ。扉が『逃げろ』と悲鳴を上げる。
少なくともリヒターにはそう聞こえた。助けてくれとの懇願も最早無く、ただ主を慮り想う忠臣のそれだ。
……リヒターにそんな忠臣が1人でも居たかといえば、無論そんなことはない。ひょっとしてこの扉が一番の忠臣なんじゃないだろうか。
「――ご き げ ん よ う」
かくて、陽の元に現れた女が1人。
この時リヒターが感じた絶望は筆舌に尽くしがたい。
たとえるならそう、絶対無敵の人類の最大の敵などとおとぎ話で語られる吸血鬼。それがそう、唯一の弱点である陽の光を、目の前でたった今克服されてしまったような、おぞましい絶望。
「おー、コローナ、めっちゃ似合ってる!」
「ふふ。それが姫の魅力ってやつなのですよ、坊や」
「誰だよ」
「姫だよ!」
「そっかー、姫かー」
「ふへへー」
友が帰らぬ人となったことを確認したリヒター。
「な……ぉ……おま……おままままま」
「あら、わたしを魔王と呼ぶのは誰ですかっ」
「上手く真似出来てるようで語尾が完全に弾んじゃってるよコローナ……」
その髪は、冷たい白銀ではなかった。
その瞳は、凍るような蒼ではなかった。
しかしその装いは心と同じ純黒で、あと少しばかり本物よりスタイルが良い。
「どーですかっ。ふっふっふ、世界よ滅べ」
「ライラック様のことなんだと思ってんの……」
「ぺろりんっ」
微笑ましいやり取り(本人視点)を終えたフウタは、一向に返事のないリヒターに振り返って告げる。
「どうだろうか。たまたまコローナが、なぜか姫様の服を借りれたとか何とかで着てくれたんだけど……これで全部うまくいったんじゃないか?」
「フウタ様ったらフウタ様っ。でもでもよくメイドだってわかりましたね! 姫様の恰好したメイド、見抜けないんじゃないかって思った!」
「はっはっは、そんなわけないだろ」
「……? じゃあ姫様がメイドの恰好したら?」
「そんなことあるわけないだろ」
天地がひっくり返ってもあり得ない、と笑うフウタくん。
「――じゃあパスタがメイドの恰好したら?」
「今度は何企んでんだろうな」
「…………メイドがパスタの恰好したら?」
「かわいいね」
「ぶー」
「えっ……地獄じゃん」
今度こそ振り返った先。瞳孔の開き切った男が1人。
「え、地獄じゃん」
「どうしたリヒターさん」
「いや……地獄じゃん」
「リヒターさん!?」
「どうあがいても地獄じゃないか!!!! うわああああん!!」
「リヒターさん!? リヒターさん!?」
両肩を引っ掴むフウタ、乾いた笑いとともに滂沱の涙を流す恐ろしい顔のリヒター。
「めいどー?」
「来るな、今度はアレが何を企んで、お前が何を引っ掻きまわすのか、考えただけであ、あだだだだだ……!」
おなかを抑えてしゃがみ込むリヒター。クッキーでも当たったんだろうか。
「まあいいやリヒターさん」
「まあいいや!?」
「夢忘れられた?」
「……しゅ」
「ん?」
「ころしゅ」
おしまい。