耳の奥に、破裂音が木霊する。
降谷がその手を血に染めたのは、果たして幾度目だろうか。すでに数知れないそれを。炎の赤とともに目に収めたのは、つい先程のことだった。
組織の任務とは残酷である。相手の弱みにつけ込み対等な取引と見せかけて丸め込み、それに気がついた取引相手はすぐにでも闇に消し去る。裏社会で絶対的な力を持つ犯罪組織であるからこそできる技。文句があろうと、反抗出来る者も集団もどこにもいない。金と権力と力、それらだけがものを言う世界では、殺し合いなど日常に過ぎない。
情報屋だからといって、殺人をしないなどという甘ったれたことが許されるわけもない。逆に情報を扱うからこそ命を狙われるし、時には殺してでも聞き出したり隠蔽したりしなければならないことだってある。それが腕のいい情報屋なら尚更。降谷ことバーボンのような、巨大犯罪組織の幹部に上り詰めた腕前を持つと言うのならもはや言うまでもないだろう。そんな日々をかれこれ五年余りも続けてきたのだから今更それに抵抗もなく、降谷は、これこそ正義であるのだと淀む気持ちをたびたび飲み込んでいた。
でも、それはどうやら相手が少なからず犯罪に手を染めてきたからこその抵抗感のなさであったようで。
焦げ付く煙の匂い。耳に残る、何かが破裂する音。
爆発の音。咄嗟のことで避けきれず吸い込んだ黒煙の苦い味。
――今日の組織の任務は、取引だった。それもどうやら訳ありな案件であったようで、降谷の潜入している組織と馴染みが深い取引相手の一団からの派遣であったにも関わらず、幹部である降谷が呼ばれて。ジンに必要とあらば殺せと言われたこともあり慎重に向かった先、そこで降谷が対峙したのは。
降谷もよく知る、公安部の老練の潜入捜査官であった。降谷が組織に、景光とともに潜入の手がかりを探し始めた頃は組織に所属していて、二人が入り込む隙間作りにほんの少し手を貸してくれた計算高い人。仕事外ではごく普通の好々爺で、強者だらけの公安部で和みを得る一助となっていたその人は、ほんの一年ほど前に組織の命令でその取引相手の方を探るようにと言われていたことを思い出す。そういえば最近、本庁以外で会うことは少なかったなと思い返し……そして、さっと青ざめた。
ほんの一時間ほど前。かかってきたジンからの電話で、降谷はなんと言われていたか。
必要とあらば殺せ、と。そう言われてはいなかっただろうか。
目の前の相手に目を向けると、そこには馴染みのある顔が、笑みにわずかに困ったような雰囲気を混ぜたそんな表情を浮かべて降谷を見ていた。その瞳に宿る光は強い。
――殺せ、と。光は降谷に、しきりにそう訴えかけていた。
周りの気配をそっとうかがうと、果たしてそこには取引相手の手の者だったり組織の構成員であったり、多くの人が殺気を持って佇んでいた。それを感じて、降谷は悟った。必要とあらば、なんかじゃない。
ジンは、降谷の反応を見ていたのだと。
いまだに降谷をNOCではないかと疑い疑わしきは罰せよとの信念を持つジンは、ことあるごとに降谷のことを試すような真似をしている。これもその一環、ということか。もし気づかずに取引を完遂させてきたのなら、潜入捜査官として殺されるまではいかなくとも情報屋として築いてきた幹部の地位を危うくさせられていたことだろう。そして、目の前にいるこの人は。
どう足掻いても、もう先には死しかないのだろう。
だとしたら――。
そう判断して、腰元のホルスターから出した拳銃を構えて。怯えた演技をする相手と調子を合わせ、小手先の芝居を一つ、二つ。
引き金に指をかけた、その瞬間。
激しい地鳴りと音をたて、目の前に土砂が崩れ落ちてきて。ついさっきまで見えていた向こう側の風景とくたびれた優しい表情を持つ老練の先輩は、土砂の中に消え去っていた。取引場所であった廃倉庫は、降谷の立つ側だけが無事で、向こう側の惨状は考えるに堪えない。かかってきた電話をとり、半ば無意識に応答した。
「もしもし」
『バーボン。テメェ、随分と派手にやったな』
にやつくジンの表情が、手にとるように頭に浮かんだ。
「知らないふりですか。やったのはジン、貴方でしょう。まだ僕を疑っているんですか?」
『フン。テメェにネズミの始末を任せたら、どこに逃すかわかったもんじゃねぇからな。少なくとも、拳銃を構える素振りを見せた以上、組織を裏切る様子は確認できなかったが』
「どこに逃すと言うんです、何度も言ってますけど、人を二股男のように言わないでいただけますか。……用がないなら切りますよ、それじゃあ」
問答無用で電話を切る。一度だけ廃倉庫を振り返って……そういえば、爆発の瞬間、倉庫内には自分たち二人の気配しか感じられなかったな、などと思いながらその場を後にする。
それにしても。
「よりによって爆弾か」
通話を切ったスマホの画面に表示される日付は、十一月七日。ハロウィンから七日目の夜。
降谷の同期たちが、爆弾で死んだ日で。それとこれを結びつけるのは違うと知っていながら、つい一週間前にその同期たちにあったということと、降谷という同志に殺されたいと望んだ先達の、爆弾で殺された最後を思って。
「本当に」
警察なんて、クソ食らえだよ、と。
不意に思ってしまったのは必然か。