記憶がない……
日向ヒナタは小さな拳を握り締め、自室でひとり思い詰めた顔でいた。
別にいきなり記憶障害になったわけではない。任務中にうっかり敵の罠に落ちたわけでもない。
それに、憶えてはいるのだ。時系列に従って、自分の身の上に起きたことはほぼ正確に把握してはいる。現実から逃げているわけでもない。けれど。
――あまりにも自分の許容量を超えた事態のオンパレードに、身体の防衛機能が働いてしまったのだろうか。
昨晩、めでたく夫となったナルトと初夜を迎える運びとなった。結婚式を終え、入籍も果たして二人きりの新居の夜、誰に憚ることもない。夫婦として初めての共同作業だ。
少々の気恥ずかしさはありつつも床に入った時には日付が変わろうかという刻にさしかかっていた。慣れたとはいえ、こんな状況ではキスさえも緊張する。それでも熱の籠った彼の視線を認めればあとは雪崩れ込むだけだった。まだ肌寒さの残る春の夜の空気。震えは寒さからくるのか、それとも肌の上を滑る熱からくるものなのか分からず、ひやりとした布地の上に身体ごと押し付けられてしまえばそのうちどうでもよくなってしまった。
頬から発火するんじゃないかと思うほど顔に熱が集まり、勝手に涙が溢れて瞳が潤む。跳ねる鼓動は自分だけのものではなく、重なったもうひとつの身体からも伝わるのが嬉しかった。幸せだった。
――そして、問題はそのあとだ。
「はあ…………」
思わず重く長い溜め息を漏らす。
今日ナルトはひとりで猿飛木の葉丸の家まで出掛けている。結婚休暇中で二人とも非番だが、何やら用があるらしかった。ヒナタも一度日向の家に顔を出す予定がある。明日から新婚旅行で少々長く家を空けるため、その間のことをお願いしておくのだ。
帰りはそれほど遅くないから、夕飯時にはまたふたり顔を合わせるだろう。
ふう。ヒナタは自分を落ち着かせるために静かに息を吐く。
あんなことになるとは思わなかったのだ。お互い初めてだし、辿々しくも穏やかな触れあいで終わるだろう、女の子は最初は痛いというから少し怖い気もするけれど、なんといっても大好きなナルトなのだから自分は痛くても大丈夫、受け入れられると。
……そう思っていたのに。
ふぅ。ヒナタは詮なき考えを振り払うように首を振ると、部屋の掃除をするべく立ち上がった。火照った頬が、身体の至るところが熱い。邪魔にならぬように長い髪を耳の後ろで束ねて窓を開ける。間隙を待ち構えていたかのように入り込んだ涼やかな風が、うなじに落ちたささやかな後れ毛を揺らす。
憶えていない。けれど――確かに。
身体のあちこちに、残った感触がちりちりと疼いた。
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