「こら春、霊力回すの止めない!指先まで意識を集中させろ!」
「ッ、くう、ぅ……!!」
「始は霊力をそのままドバドバ垂れ流しにするな!自分の霊力も制御できない術師は三流以下だぞ!」
「そう、言われても――ッ、!?」
 ばちん、と音を立てて、始の体が板張りの床に転がる。今日何度目かの失敗に海がため息を吐いた。
「春、一旦休んどけ。隣の部屋にいろいろ用意してあるから。水でも茶でも飲んでいいし、なんでも食っていい。寝てたって構わない。ただ絶対桃は一切れずつ食え」
「は……はい……」
 ふらふらと春が隣の部屋に消えていく。その背中を見送ってから、海は始を助け起こす。
「始。お前、どこで躓いてる?」
「……霊力の、制御、というのがわからない。循環するものをそのまま使うのではいけないのか?」
「アホか。お前がやってるのは常に盥につけた蛇口全開にしてドバドバ水出してんのとおんなじなんだよ。水量調整しねーと肝心な時に足りなくなるぞ」
「水量、調整」
「ん。そう。体内にある霊力の大体の量はわかるだろ……わかるよな?」
「さすがにそのくらいは把握できてる」
「ならよし。そしたら、その霊力に入れ物を作ってやるのを想像するんだ。大きい盥とか、そんなんでいい。霊力が水で、それを入れる入れ物が盥って感じだな」
「……ああ。なんとなく、想像できた」
「よし。そしたら、その盥に蛇口をつけるだろ」
「ああ」
「それの取っ手を、ちょっとずつひねる。水がちょろちょろ流れるのを想像して、それくらいの弱さで全身に行き渡らせる」
「――……少し、皮膚の下が熱い、な?だが、冷たくもある」
「お、上手い上手い!冷たく感じるのは、今お前が霊力の形状を水だと定義してるからだ。溶岩だと定義すれば熱くなるぞ」
「ふむ――それで、この状態で、どうすれば?」
「ああ、そしたら元ある霊力の量と今全身に回してる霊力の量をしっかり覚えておくんだ。そうしたら次は日常生活の中でそれの管理と調整を無意識にできるところまでもっていく。最初のうちは頭痛だったりがあるだろうけど、慣れると本当に無意識でできるようになる。お前はとにかく霊力が半端じゃないから、術だとかよりも先に操作の方法を覚えろ」
「分かった。……かなり、疲れた。春と交代したいんだが」
「よーし、じゃあどうせ寝てるだろうし叩き起こしてこい」
「ああ」
 始が隣の部屋に消えてからきっかり二拍おいて、春の悲鳴が上がる。文字通り「叩き起こした」のだろうと海は呆れたようにため息を吐く。
「か、海……もう休憩おわり?」
「当分始には霊力操作の練習に徹してもらうことにした。っつーわけで、マンツーマンだな?はーる」
「お、お手柔らかに……!」
「なーに、お前がちゃーんとできるようになればすぐ終わるぞ!」
「あ、悪魔だ……」
「おいおい言ってくれるな春ぅ。やる量増やすか?」
「すいませんでした」
「よしよし。謝れる子は好きだぞ」
「え、えっと……それで、次は何をするの?」
「ああ、それな。春は全身に霊力をおんなじ量流すのが苦手っぽいから、そこらへん練習しような」
 海の言葉に、春は淡い瞳を不安げに揺らす。
「その、全身に同じ量……って、その概念がよくわからないんだ。血液のようなものだとわかってはいるんだけれど、ほら、血液は意識して巡らせているわけではないだろ?」
「……ああ。確かに。うん、俺の説明が悪かったな」
 顎に手を当てて少し考え込むような仕草を見せた海は、それでもぽんと手を打った。そしてあからさまに上機嫌な明るい声を上げる。
「春、川を思い浮かべてみてくれ」
「川?」
「おう。さらさら流れる、綺麗な小川があるとするだろ」
「う、うん……」
「そしたら、その川に一滴色水を垂らす」
「……すぐに掻き消えてしまうよ?」
「うう、だって仕方ないだろ、俺の想像力の現界なんだよ。……で、その色水の色が、ずーっと均等に伸びていく感じ。わかるかな、この」
「ああ、うん、なんとなくわかる。全体に色が行き渡る感じだろ?」
「そうそう!よし、一回目を瞑ってくれ」
 言われた通りに春が目を瞑ると、海の手が春の指先を包む。血管の上を指でなぞりながら海は青色を細めた。
「小川が春の血液で、そこに混ぜた色水が霊力だと思え。ずうっと、色水の色が均等に残る感覚で――」
「……、う、わ。すごく、ぽかぽかする」
「ん、それ。それが霊力が指先まで巡ってる証拠な」
「さっき、始は冷たいような感じもしたって聞いたよ?」
「んー……始の時は、霊力を水として定義してたから冷たかったんだ。今は色水。温度は定めてない。だから、あんまり冷たくない。そもそも霊力ってちょっちあったかいしな」
「え、そうなの?」
「いや、わからん。適当に言った」
「……きみ、そういうところあるよね」
 春が苦笑するとちょうど頃合いを見計らったように二人の背後の障子が開く。そこに立っていたのは、どことなくくたびれた顔をしている隼だった。普段ならば絶対に見ないだろうそんな顔に海が思わず動揺を見せる。
「ど、どうしたんだよ隼っ」
「……恋の舞にね、ちょっと……簡単な封印を、しようと思って。駄目だったけれど」
「駄目だった?お前が?」
「ああ。……あれは、ほんとうにあそこで止めさせないとまずいねえ。恋を好いている神様はかなり過保護みたいだ」
「……まじか。とりあえず、怪我はないんだな?」
「うん。無駄に力を使ってしまって、疲れちゃったから逃げてきました。かぁい~、僕頑張ったんだよ?ほら、珍しく頑張ったのに失敗しちゃった僕を慰めて?」
 かなりへこんでいるらしい隼が海に抱き着く。海は隼の頭をあくまで優しく撫で繰り回す。くしゃくしゃとかき混ぜられる白銀は、それでも元のさらりとしたストレートのままだ。
「ああはいはい、よしよし。たまにはそういうこともあるって。おつかれさん、頑張ったな」
「んふふ。海はやさしいねえ。あ、始は?」
「隣にいる。動いてる気配もないし多分寝てるなありゃ」
「ほんと?始、ぐっすり?」
「霊力の操作にかなり苦戦してたし、がっつり体力使っただろうし……まあ、寝てると思うぞ」
「じゃあ、僕も隣で寝ているね」
「ん、おう。春はこのまま俺と特訓な?」
「……逃げられなかった……」
「逃がすわけないだろ。ほらおとなしくする」
「はーい……」
 ――時は少し遡る。霜月隼は、前夜の密会の後も如月恋に加護を与えている神をなんとか抑え込むことはできないかと考えていた。
「よし、僕の力で封印できないか試してみよう!」
「は?おい待て隼お前何企んでるんだよ」
「陽~、そろそろ夜と交代の頃じゃない?」
「……くそっ。お前、マジで変なことすんなよ?絶対だかんな!?」
「はーい、努力します」
「不安しかねえ……!」
 はたして陽のその不安は的中した。隼は誰にもばれないようにこっそりと恋に封印の術を施そうとして――そして、ごっそり霊力を持っていかれるのみに終わったのである。
「そんなわけで、うちの宗主さまは今日使い物にならないから。怪我すんなよ」
「そんな無茶な!」
 春の悲鳴。控えている夜は思わず苦笑する。――春さん、頑張ってください。夜のその笑顔から滲みだす真意に気が付いて助ける気がゼロだと理解したらしい春は更に怯えた。なにせ、海は完全にやる気である。訓練という名の防御結界千本ノックを。
「そんな、待って、勘弁して――」
「実際の状況で待ったはないぞ~」
「ちょっなんでそんなに嬉々として、えっ、ちょ……こんな威力とか聞いてないよ!?あ、あーーーっ!!」
 春の断末魔が、離れに響いた。
「こ、こんにちは~……」
「……ん?あ、葵ちゃんか。どした?」
「実は、ちょっと……陽と話してみたくって。迷惑だった?」
「まさか!俺も話してみたいと思ってたトコ。あんま話したことねーじゃん?気になるなーって」
「ほんと?なら、よかった」
「あ、そんなとこ立ってないでこっち来なよ。たぶんこの椅子が一番座り心地いいし」
 白木の椅子をひょいと持ち上げて、陽は片手で葵を招く。それから小さな建物に引っ込むと小ぶりな水筒と二つの湯呑を持って出てきた。
「今日、寒いからさ。あったけーもんがあるとだいぶマシになるよなー」
「ふふ、そうだね。……俺が貰っちゃっていいの?」
「ん。話してりゃ一杯分は熱くなるだろ」
「……陽って、話すの好きなの?」
「え?……どうだろ。よくわかんねーかな。俺はどっちかっていうと舞ってる方が好き~」
「そういえば、夜ともいつも舞っているんだっけ」
「まあ、うん。そうしないとなーんか落ち着かなくてさ。なんだろうな、アレ。完全に定着しちゃった習慣っていうんだろうな……ま、楽しいからいいかって感じ?」
 共に力場の管理――国内に目的不明の侵入者が入り込んだという一報からは術師を中心とした守護となったが――についているひとつ上の兄である透にひらひらと手を振りつつ、陽は淡い菫色を閉じる。吹きつける冷風に身震いをしながらも彼はふっと笑みを零す。
「実際、夜の顔見て二人で舞わないと一日が終わったって感じがしないんだよなー。いつからやり出したのかは全く覚えてねーんだけどさ」
「……なんか、いいね。そういう、なんていうんだろう――家族ともまた違う、ちょっと不思議な関係」
「ああいうのは腐れ縁っていうんだろ?離れようとしても離れられない。なんかもう、そういう存在になってんだろうな。お互いの人生の一部っていうか。なんつうんだっけ……一心同体?一蓮托生?みたいな。……ま、葵ちゃんたちも似たようなもんじゃね?」
「そう、かな……そうなのかも」
 陽の言葉に、葵は気恥ずかしそうに微笑む。その時だった。
「――、――!!」
「……陽、あっち、なんか騒がしくない……?」
「ホントだ。……、葵ちゃん、式飛ばせる?」
 葵が示した方向へ視線を飛ばした陽は傍らに立てかけてあった槍を手に取って葵へ指示を出す。
「式?う、うん」
「じゃあ、伝言ヨロシク。“力場が汚染されるかもだから涙呼んで”って」
「わ、わかった。……陽は?」
「俺はここを守るのがオシゴト。だから、ちょっと戦ってくる。……だいじょーぶ、俺強いから。頼むぜ葵ちゃん!」
「……うん、わかった!」
 金属音の方向へ駆けながら、陽は目を眇める。その目が捉えたのは、薄墨の衣。
「郁と海が交戦したって奴らか……!透っ!!」
「ッ、陽!」
「オヤジに連絡は!?」
「もう飛ばしてある!!すぐ行くって返ってきた!!」
「っし、じゃあ十五分稼げば問題ねーカンジ?」
「ま、そういうカンジ」
「……何人行ける?俺六人はイケる」
「じゃあ俺十人~」
「は!?だったら俺は十六人やるわ」
「ならどっちが多くやれるか勝負しようぜ」
「……いや、やめとこうぜ。オヤジのカミナリの気配がする」
「それは同感。んじゃ、まあ――やられるなよ、陽」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」
 葉月の次男と三男は、互いの背中に身を預けた。
「――陽、生きてる?」
 涙が陽の顔を覗き込む。数度咳き込んだ陽は菫色を瞬かせた。
「おーおー、失礼な聞き方してくれんじゃねーの……俺も透も、何とか生きてるぜ」
「そっか。よかった。……力場は?」
「たぶん、やられてる」
「わかった。あ、夜がちょっと早いけど来てくれるって」
「ん、そっか……」
「……これ。隼がくれたよ。ちょっとした回復のおまじないがかかってるんだって言ってた」
「マジ?サンキュ。……透、口開けろ。……ん。よし。悪い、浄化頼むわ」
「うん、任せて。いくよ、駆。練習通りにやればいいからね」
「う、うん……!」
 後ろで様子を窺っていた駆が、緊張した様子で四月輪を翳す。涙の真榊のひと振りがその場の空気を塗り替えていく。
「――へえ」
「透。もう起きれんのかよ」
「霜月の宗主様、やべえよ。マジでもう元気。お前も早く食いな」
「え、マジ?……いや、なんか気になってるみてーな声出したのはなんなんだ?」
「ああ、それ?いや、あのちっちゃい子さぁ、陰の気をずいぶん引き寄せてんなと思って。そういう技なのかねえ」
「……ふーん?」
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月花書く(音声なし)
初公開日: 2021年10月23日
最終更新日: 2021年10月23日
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月踊百花の⑦をかきます たぶんおわらない