手術台の上に、首のない女性の体が横たえられている。
その胴体は首元から下腹部へと垂直に切り開かれているが、そこにあるはずの内臓は全て取り除かれていた。
また、全身の至る所には点滴針のようなものが挿されており、チューブを伝って何らかの液剤がその体へと注入されていた。
『何だか……変な気分ね』
その様子を見つめているライカが、居心地の悪さを感じているような口調で呟いた。胸部から腹部にかけて大きく切開され、全身が針だらけになったその体は、他ならぬライカのものだった。
「変な気分?」
ライカの呟きに、チノエ・ハクヤが問いかける。「どんな感じだい?」
『あそこに横たわっているのは、私の体。その体が、見るも無残な姿になっている。多分、普通の状態だったら、全身に走る痛みに耐えきれずに、頭がおかしくなっていたかもしれない』
「ああ。”普通の状態”だったらね。だけど今の君は――」
『普通の状態、じゃなくなってる』
ライカが小さく笑った。だって、とライカは視線を下方へと落とし、
『頭と胴体が切り離されているんだもの。なのに、私はこうして喋れてる。そして、自分の体が受けている悲惨な仕打ちを、冷静に眺めている。どう考えたって、異常な状態よね』
そう、今のライカは、先に改造手術を受けた頭部を切り離され、脳を始めとした知覚器官の活動を維持するための専用の装置に繋がれて、自分の体に施されようとしている機械化手術の様子を眺めているのだった。
ライカの言葉に、ハクヤは安堵したようなため息をついた。
「安心したよ。君が今までと変わらず、落ち着いた様子を見せてくれていて」
『そう? これでも、内心じゃショックを受けている部分もあったりするんだけど』
「そんな風に自分の状態を冷静に言えるところなんか、いつものライカと同じさ。今度の潜入作戦で部隊長に選ばれたのも頷けるよ」
『ありがとう。ハクヤにそう言ってもらえると、心強いよ』
ライカが真正面を向いたまま微笑んだ。彼女の本心としては、傍らに立っているハクヤへと微笑みかけたかったところだが、専用の装置に繋がれ頭部を固定されている現状では、それもままならない。
2人がそんな会話を交わしている間も、ライカの体は徐々に変化しつつあった。ほのかに褐色がかった皮膚は乳白色に染まり、質感もゴムのようなものへとなっていく。また、切り開かれた胸部から覗き見える肋骨は黒い輝きを放ち始め、人間の骨とは異質なものになりつつあった。
『ねえ、ハクヤ』
先ほどまで浮かべていた笑みを引っ込め、変化しつつある自分の体を真剣な様子で見つめていたライカが尋ねた。
『私の体、今はどんな状態になっているの?』
「どんなに過酷な戦闘に巻き込まれても、決して破壊されたりしない体を作るための下準備……といったところかな」
『下準備?』
ああ、とハクヤは頷くと、ライカの体に注入されている液剤のボトルを指し示した。
「君の体に注入している液剤の1つは、君の筋肉を強化ゴムへと変質させるものだ。機械化によって身体能力が向上して、人間の体では耐え切れないほどの高負荷がかかっても、決して断裂しないほどの強靭さを備えた人工筋肉に作り変えるのさ」
『なるほどね。だけど、それは内部の変化よね? 皮膚の色が変わっていっているのはどうして?』
「筋肉を作り変えると同時に、皮膚――体表面の組織も変えているんだ。こちらは、高い衝撃耐性を備えた素材にね。こうすることで、これから君の体に埋め込まれる様々な機器を、外部衝撃から可能な限り保護するんだ」
『確かにそれは重要ね。それじゃあ――』
カメラアイへと置き換わったライカの瞳が、黒光りする肋骨へとフォーカスされる。
『ここから見えるのは肋骨だけだけど、私の体の中に残っている骨も、あんな風に変化しているの?』
「もちろん。さっきとは別の種類の液剤を注入しているからね」
『それはどういう効果があるの?』
それはね、とハクヤはライカの体に近づき、黒く変質した肋骨を軽く叩いた。チン、という音が響いた。それはとても微かな音だったが、高性能の集音装置へと置き換わったライカの新たな耳は、その微かな音もしっかりと捉えていた。
「君の骨に注入しているのは、君の骨を強化するための液剤さ。カーボンファイバー製の骨格に変える、というのが近いかな? もちろん、耐久性は人間の骨よりも格段に増す」
『それもまた、機械化された後のパワーに耐えうる……ってことよね?』
その通り、とハクヤがライカの頭部へと振り向き、笑顔で頷いた。
「僕ら技術班の目的は、ライカたち実働部隊が100%……いや、それ以上の状態で作戦を遂行し、尚且つ無事に帰還出来る体の製造だ。