急ぎ書き直し執筆開始です!
「すみません、ついていくのが遅く、ふぇ……!?」
急に襲う浮遊感。ユウは、何が起こったのか一瞬わからなかった。
「ケガが痛むだろうが、少し我慢しろ」
井上坂の顔がすぐ近くにあった。
「はっ……? え……!?」
まだ状況が把握できずにいるユウを、井上坂は『お姫様抱っこ』していた。
「すまない、急いで離れるぞ」
言うや石畳を一蹴り。
走るというには、一歩分の推進力があまりに強く、スピードが速い。ジャンプというには、高さがなく前方への距離が長かった。
井上坂は、とにかく急いでいる様子で、鳥居から離れていった。
耳に風の音がビュウビュウなだれ込んできて、ユウは彼の首元にしがみつかなければ吹き飛ばされてしまいそうだった。
彼の肩越しに向こうを見やれば、ぐんぐん遠くなっていく鳥居は、淡い光を放ち始め、その形を崩していく。
「巻き込まれたら、二度と戻ってこれないからな」
ユウは、風の切れ間から聞こえる彼のその言葉にゾッとして、しがみつく手に力を込める。
その一方で、彼はユウが落ちてしまわないように、ギュッと自身へ抱き寄せた。
井上坂の言葉を証明するかのように、鳥居は蛍が舞うように小さな光になってゆっくりと消えていった。
完全に消滅したのを目で確認し、井上坂はようやくスピードを落とす。参道脇で灯籠を背もたれにユウを座らせた。
どこをどうケガしているのか、見れば見るほど赤黒いユウの頬を服の袖でそっと拭う井上坂。
「何をどうしたらこんな血まみれになるんだ……!」
「あの……ボクは大丈ぶっ……」
「どこがだっ! 大人が見てもビビるぞ!」
「ぽにょぷらい、ぺあのぷににぱにゃりまぷぇ」
子供特有のやわらかいほっぺをぷにんぷにんと拭われ、うまくしゃべれないユウ。
拭う側は、まだ乾ききらず髪から服から滴る赤い液の量に青ざめている。
「門の中で何があったかは訊かないが、ここまで酷いのは初めてだ」
言いながら、彼は震える体に何とか力を入れて拭い続ける。強く握りしめた手は、ユウの頬を触る感覚がほとんど感じられなかった。
「井上坂さん……大丈夫です」
ゆっくり、囁くように言葉が紡がれた。
ユウは、固く握って壊してしまいそうな井上坂の手に、そっと自身の手を添える。
「ボクは、大丈夫なんです」
赤く染まる小さな子供は、薄菫色の瞳をまっすぐに向ける。その先には、心配と不安で表情が定まらないでいる井上坂。
「……お前のどこをどう見て大丈夫だなんて思えばいいんだよ……」
「え、えっと……」
今にも泣いてしまいそう井上坂に、ユウは立ち上がって自分の体を確認する。
「ほら、こことか……ここも。血がついてるけどケガしてないですよっ」
腕や足を指さして、ケガをしていませんアピールをしていく。しかし井上坂はとうとう蹲ってしまった。
「あの……心配かけてごめんなさい……! ホントにケガはもうしてないから……あ、服! ボクのせいで汚してすみません!」
「……服なんて、いくらでも洗えば済む」
井上坂は膝を抱え込んだまま、拗ねたように言う。
「けど、君は――」
言いかけて口をつぐむ。
ユウの身体は、確かに全身が血にまみれていた。それはすべてユウの血なのか。
井上坂は、口元を腕で隠したまま、じっとユウを見る。
字綴りの力を見せていないのだから、必要ないことなのだろうが、それでも彼は口の動きを見せず、ユウに問いかけた。
「”本当に大丈夫?”」
「はい! 今はもう大丈夫です!」
ユウはしっかりと答えた。
「”ケガはどうだったの?”」
「ええと、体中あちこち切られたりぶつけたりしたんだけど、これくらいならすぐに治るから平気です」
「”ケガ、もう全部治った?”」
「うん」
ユウはケロリとした表情で答えた。
なるほど、と井上坂はユウの手足を見る。先ほど見たときには無数にあった切り裂かれた跡がなくなっていた。
井上坂は、表情を見せないように、進む道を向いて立ち上がる。
「……ケガがないならいい。字綴りを続ける」
「はい!」
「言織は――あるな」
そう言って、血でかすれた言織がユウのズボンに挟まっているのを確認する。
「え? あ、こんなところに……失くしたかと思ってた」
「言織は常に持ち主のすぐそばにある。字綴りは歩きながらになるが――」
井上坂は、ケガがないと言った血まみれの子供をみた。
「ボクなら大丈夫です! 歩けますから」
先だって歩き出そうとするユウ。
「……歩かなくていい」
井上坂は、自分の上着をユウに着せ、頭を優しく撫でた。血の染みついた髪がカサリと揺れる。
「お前は、僕が今から言うことを真似て言ってくれ」