「直哉様、ちょっとそこのコンビニまでお散歩に行きませんか?」
「ハァ?」
珍しいい彼女の提案に直哉は間の抜けた声で返事をした。外はしとしとと雨が降っているし、外に出るのは面倒くさい。
「なんや欲しいもんあるなら小間使いに行かせればええやろ」
「コンビニ、しかも期間も数量も限定のアイスクリームです! ちょうど直哉様とお散歩もしたかったんですけど……」
彼女がコンビニの商品詳細ページが表示されたスマートホンの画面を直哉に向けて言う。直哉はそれをちらりと一瞥するも、興味なさげだ。
「なんでわざわざこんな雨の日に……」
梅雨で雨続きで湿度は高く、不快指数は増すばかり。直哉も最近は書生服でなく軽装が多かった。
「雨の日だから……いえ、なんでもありません。では私はちょっと出かけてまいりますね」
彼女は眉を下げながら笑み直哉の部屋のソファから立ち上がった。直哉は小さく発された言葉も、僅かに下げられた眉も見逃すことはなく、彼女の手首を掴んだ。
「わかったわかった。ほんまこんなワガママ俺に言えるのオマエだけやで」
自分で言いながら直哉は満更でもなくなっていいた。そう、控えめな彼女が珍しく自分にわがままを言ったのだと思ったら愛らしく思えてきて、直哉も立ち上がり玄関へ向かった。
「すみません、ちょっとお待ちいただけますか」
「おん?」
彼女は自分の部屋の方へ小走りに消えていき、ものの数分もせずに戻ってきた。肩からはポシェットが掛けられ、手にはビニール傘が握られている。
「申し訳ありません、お待たせいたしました」
そういう彼女は息があがっているように見えるほど楽しそうで、直哉は彼女の手の内にある傘を見てようやく合点がいった。
それは外側に向かって色が薄くなっていく半透明の水色に、白い筋と丸みを帯びた線で模様が描かれた、ミズクラゲの傘だった。海月が有名な水族館と傘メーカーのコラボ品らしい。直哉は、彼女といつだか水族館へデートに行った時に彼女が熱心に海月の水槽を眺めていたので好きなのかと声をけると、はい、いつまでも見ていられますねと返事が来たのを覚えていて、たまたまSNSのシェア機能で回ってきたそれを買って彼女にプレゼントしたのだった。彼女は大層喜んで、それに気を良くした直哉はたしかに「雨の日はコレ使うてデートしよな」と言ったのを思い出した。彼女の傘が玄関先の傘置き場に置かれていなかったのは、屋敷のものが嫌がらせに悪戯をしないようにだった。
「ほな行こか」
「はい」
彼女はわくわくしながら傘を開いた。幻想的で可愛らしい海月の模様がぱっと広がって彼女は頬をほころばせ、顔を輝かせた。その様子を満足気に見ながら直哉も黒く大きな傘を広げる。
彼女がおそらく無意識に直哉と手をつなごうとして、お互いの傘がぶつかってしまったので彼女は少し慌てた。二人とも傘を差しているのだから当たり前のことなのにどうして気づかなかったのか、少し恥ずかしく、寂しくなって目を逸らした。直哉は特段気にしていない様子だ。
二人で最寄りのコンビニまで歩き出す。雨はさほど強くはない。湿気を含んだ空気が絡みついて僅かに息苦しさを感じるが、道中見つけた紫陽花の美しさに癒やされた。車道脇に出ると直哉はさりげなく彼女を歩道側へ移動させ、自分が車道側を歩いた。
間もなくコンビニにつくと、二人は丁寧に傘を畳み傘立てに差し店内へ入った。外とは打って変わってひやりとした空気が二人を包む。直哉は、冷房が苦手な彼女を意図せず抱き寄せて肩をさすってやっていた。
「寒ないか」
「な、直哉様、ありがたいですが、今は家ではありませんから……」
彼女が照れながら人目を気にして言う。嬉しいことは間違いないが、それ以上に恥ずかしい。
「ああ、まぁどっちでも俺はかめへんけど」
直哉は無表情で彼女の肩から手を離した。
「で、何が欲しいんやったっけ?」
ぼうっと突っ立っている彼女に直哉が声をかけると彼女はハッとしてそうでした! とアイスコーナーへ向かった。
「三種類もあるんですよ。どれにしましょう。迷っちゃうな……」
「全部買うたらええやん。めんど」
彼女は実際、直哉とあの傘を使って散歩をしたいという気持ちの方が大きく、アイスを買うのは殆ど口実に過ぎなかったので、どのアイスを買うかまでは決めていなかった。
冷凍ケースを覗き込んで悩んでいると、直哉がカゴを持ってきてアイスと適当に引っつかんではどんどん放り込んでいった。限定のものは二、三個ずつ、そうでないものも混じっている。
「そんなに沢山要らないですよ!」
「この方が早いやろ。他ほしいもんないな?」
言うや否や直哉はレジへ向かう。いらっしゃいませー、という店員の前にカゴを差し出し、袋一枚、と言う。
「あ、直哉様、これは私が欲しかったものですから私が」
慌てて直哉の後ろをついていき、いそいそとポシェットから財布を出そうとする彼女だが、既に直哉が一括で、とクレジットカードを店員に差し出していた。
「オマエトロいねん。小銭じゃらじゃら鬱陶しいし、そもそもその小遣いもウチから出てるんやから一緒やろ」
「う……そうですけど……」
直哉は毎月彼女に生活や娯楽に不自由が無い程度の充分な小遣いを渡していた。しかし彼女はほとんどそれを使う機会がなかった。小遣いを渡した上で、もし彼女が何か欲しがったら直哉が買ってしまうし、言わなくても買ってきてしまうからだ。また何もしていな自分がお金をもらっているのも彼女は申し訳なく思っていた。
そうこうしているうちに会計は済み、直哉が大量のアイスが入った袋を持って二人で退店した。彼女は一応自分で持ちますと言ってみたが予想通り一蹴された。
雨は止んではおらず、再び傘を開いて歩き出した。彼女は、こんなにたくさんのアイスをどうしようと頭を悩ませた。自分一人ではとても食べ切れないだろうし、自分が買ってきた、もしくは直哉が彼女の為に買ってきたとわかれば屋敷の者は手をつけないだろう。時間をかけて少しずつ食べていくしか無いか、この夏はアイスには困らなそうだと思うと最早面白く思えてきてふふ、と笑った。
その時、直哉が僅かに彼女側に寄って、傘がぶつかるのも厭わず手を伸ばしてきた。彼女の手を取ってつなぐと、傘と傘の間から雨水がぽたぽたと落ちてきた。
「直哉様?! 腕が濡れてしまいます!」
彼女は驚いて反射で微かに手を引こうとしたが直哉は手をかっちりと掴んでいて放さない。
「かめへんから。俺がこうしてたいんや。オマエもやろ?」
「……はい」
直哉は先程彼女が手を伸ばそうとして辞めたのをしっかりと見ていたので、自分から手を繋いでやった。
見る間に直哉の腕に雨が滴って、彼女の手をも濡らした。
「すまんな、オマエの手も濡れてもうた」
「かまいません、このままで」
直哉は片手でアイスと傘を持っていた。彼女には力が足りずできなかっただろう。この為に直哉は自分でアイスを持つと言ったのだ。そのどれをとっても彼女は嬉しくなってしまって、頬が緩むのを止められなかった。
「帰ったら一緒に食べませんか? 案外美味しいかもしれませんよ」
「オマエが食べさせてくれるならしゃーなし一口もらったろうかな」
直哉は彼女を見てニヤリと笑いながら言う。彼女は直哉の思いがけない返答にぱっと赤面してガ、ガンバリマス、と片言で呟いた。
帰宅すると、彼女が気になったアイスを一つ袋から取り出し残りは冷凍庫へしまって、海月の傘は拭いてから持って直哉の部屋へ向かった。直哉の部屋の方が広いので、冷房の風が直接当たりづらい為最近は直哉の部屋をよく使っていた。テーブルにはアイスのカップが一つとお茶が入ったグラスが二つ。いずれも汗をかいている。
彼女がアイスの蓋を開けた。コンビニから帰ってくる間で丁度よいくらいに柔らかくなっていて、スプーンはすっと入った。まずは彼女が一口食べてみる。
「美味しいです! 直哉様、ありがとうございます」
「よかったやん」
直哉は足を組み頬杖をつき、にやにやとした笑みを張り付けながら彼女を見ている。その意味がわからないではない彼女はぎくしゃくとしながらもう一度アイスにスプーンを差し、掬って直哉の方へ持っていった。
「何?」
「な、なにって」
「黙ってたらわからへんやん」
彼女を揶揄う直哉は至極楽しそうだ。彼女はスプーンに乗ったアイスが溶けて直哉の服を汚したりでもしたらいけないと思って、恥ずかしさを押し殺して言った。
「あーん……」
「ん」
直哉は素直にアイスを食べた。口の中で溶けていくそれにあっま、とこぼす。それでもまぁ悪くない、と思いながらも物足りないのはなぜだろう。
彼女がまたアイスを掬って自分の口へ運んでいる。彼女は直哉が一口食べてくれただけで満足したようで、先の動きを繰り返しアイスを減らしていっている。そのうち直哉がじっと彼女を見つめていることに気付いた。
「直哉様? どうされました?」
彼女がアイスを掬って口に含む。
「やっぱこっちのがええわ」
すかさず直哉が彼女の唇を奪う。直哉の舌で容易く割り開かれた唇は冷たいアイスの上に熱い直哉の舌を受け入れる。直哉は彼女の舌を中心になぞり、吸い、甘噛みして、アイスの味などとうにしなくなってから離れていった。
「美味いやん」
「ん……はぁ。今のでは、アイスの味などわからないではないですか」
「せやな、もっとうまそうなもん見つけたし」
直哉は今度は彼女の後頭部をきっちりと押さえ込んでまた深い口づけを落とす。今度は口腔全体を、歯列を上顎をなぞり弄びながら自分が捕食者であるとわからせるように彼女の口内を荒らしていく。そして彼女をそのままソファに押し倒した。
「な、直哉様! アイスが溶けてしまいます!」
「アイスならぎょうさん買うたやろ。あれで足りひんならまた買いに行ってもええし誰かに行かせてもええし」
「限定品ですよ」
「ほんなら取り寄せたる」
「こんなところで禪院の力使わないでください!」
彼女はなんとか直哉を押し返そうとするもそれは形ばかりでとても抵抗と呼べるものにはなっていない。それは元々の力がそうであるからとも言えるし、彼女は直哉の全てに逆らえないからとも言える。
「これから暑なるで」
直哉はニィと口角をあげて彼女の首元に顔を埋めた。