七井さんへのお題は『クリスマス』の季節に『早朝』『カフェ』で『香水』『国境(線)』『ビジネス』のワードが出るものです。
オッケー頑張る。
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冷え切った上に乾燥した空気が店内に居る人間の鼻を刺激する。
扉の無い出入り口から容赦無く流れ込む風が店内を駆け巡り、換気だけはとびきり良い状態だ。
モーテルの一階に在るカフェの店内にはまばらに、もとい三人しか居ない。
しかも、一人は店を切り盛りしている老人なので客は二人きりだった。
一人は女。
派手な朱色の口紅が肌の白さからは少々浮いており、手入れを怠っているのかまとまりの無いくすんだ長い金髪と地味な顔立ちも有ってちぐはぐな印象を受ける。
年の頃は二十歳になるかならないか、と言うところだろうか。
服装は少しくたびれた黒のロングコートに裾が擦り切れたジーンズ。首には淡い水色のスカーフを巻いていた。
もう一人は男。
目鼻立ちは整っているが、肌の色や顔立ちを見るとアジア系の人間だと分かる。
一旦短く切ってから伸ばし続けたのか目元を隠すほどの長さの黒髪は少し硬そうだ。
彫りの浅い顔は若く見えるものの、異国の地で一人きりの割に落ち着いている様子は老成しているようにも感じられた。
こちらの服装は濃い茶色のダウンジャケットに黒いパンツ。膝下まである編み込みブーツは使い込まれていると同時に手入れをしっかりと施されているらしく、天井から降り注ぐ照明を鈍く反射させていた。
女の手元には既に冷め切ったコーヒーが半分ほど残ったカップが。
男の手元にはまだ湯気を立てているコンソメスープ入りのカップが。
女はもう一時間以上もこのカフェに居るが、カップの中身が減る様子は無い。
男は十分ほど前にここに来たばかりで、席に着くなり朝食を注文し、真っ先に出されたスープを一口飲んで小さく息を吐くと椅子の背もたれに身体を預けた。
「サラダ」
「どうも」
老人が、無造作にちぎってガラスボウルに放り込んだだけにしか見えない数種類の葉野菜が混ざった物を男の傍に置く。
一応ドレッシングは掛かっているが、薄い黄色をしたそれが何で出来ているのかは男に説明されなかった。
国境に近い小さな町のカフェ。
長距離バスの乗継地としてそれなりに人間の往来は有るとは言え、人口自体は少なく寂れた雰囲気が漂っている。
その割には葉野菜の質は良いようで、ボウルの中身は瑞々しかった。
単に出しやすい料理から出しているのか、コース料理的な意味合いで順番が決められているのかは分からない。
どちらにしても男は気にしていない様子でテーブルの端に置かれた筒状の容器に突っ込まれたフォークを右手で取り、葉野菜とドレッシングを良くかき混ぜてから幾枚かを突き刺して口へと運んだ。
「……オリーブオイルに、レモン、塩、あと……ローズマリー、か?」
ゆっくりと咀嚼してから飲み込み、呟いたのはドレッシングについてだったらしい。
再びフォークで葉野菜を突き刺しながら緩く首を傾げた男を、コーヒーカップを両手で包み込む形で持ったままの女が見た。
伏せ気味の視線は何処かおどおどとした気配が有り、目の下には隈がはっきりと浮き出ている。
瞳の色はヘーゼルで、真っ直ぐ人を見つめれば魅力的であろうに、実際は覇気の無い暗い光を湛えているだけだった。
じっと見つめられているにも関わらず、男は見つめ返す訳でも無く黙々とサラダを食べ続ける。
やがてボウルの中身を全て平らげ、フォークをそこに入れると空いた右手でカップを持ち上げ、まだ湯気を立ち上らせているコンソメスープを飲んだ。
「レンズ豆のスープ」
「どうも」
老人が次に持って来た皿には、良く煮込まれているのか茶色に染まった豆ととろみの付いたスープが白米に掛けられた物と、付け合せらしき小ぶりなジャガイモが二つ乗っていた。
老人も男も余計な会話は交わさず、皿を置くと入れ替わりにガラスボウルを取り上げて店の奥へと戻って行く老人をよそに、男はフォークが突っ込まれていた容器から新しいフォークを取ると豆をすくい上げて口に入れる。
「……トマトに、玉ねぎ……塩……は入ってねェなこれ。旨味みたいなモンは出てるようだが……」
またも時間を掛けて咀嚼した男だったが、今度は傾げる首の角度が深い。
もう一口分の豆をすくい上げ、口へと運ぶ様子を女は見つめ続けていた。
「やっぱ香辛料とかは無しか……朝食うには美味いよな。コウタロウは朝からでも入れたいだろうけど」
男の声は二人しか客の居ない店内で控えめに響く。
呟きの中に野菜の名でも香辛料の名でもない単語が混ざったのに、今度は女の首が傾げられた。
「何だ。人の独り言が気になるのか」
突然自分に向けられた言葉に、女がびくりと身体を震わせる。
咎める口調ではなかったのだが、余りにも反応が大きかったからだろう。
男は手を止めて、女へと顔を向けた。
「別に怒っちゃいない。俺も一人でぶつぶつ言ってた訳だしな」
気にするなとばかりに上げられた左手が振られる。
「アンタが気になったのは、多分、人の名前だよ」
コウタロウ。ともう一度男が単語を発する。
「滅茶苦茶カレー好きで、普段からカレーばっかり食べてるし、自分でも作ってる」
「……貴方のお友達?」
まだ完全に安心した訳ではないのか、伏せ気味の視線のままで問われると男が笑った。
「友達じゃねェな」
否定した癖に、男の顔からは笑みが消えなかった。
==========今日はここまで===========