寺刃ジンペイとそういう付き合いを始めたのは、私が中学3年生に進級してすぐ位のことだった。最終学年という現実を目の前にして、幾分と焦りのようなものが芽生えたのかもしれない。別に今生の別れでもあるまいに、と今でこそ思うものの、渦中であれば何もかもが盲目になるものだ。
 切り出したのは私の方からだったが、その時は「俺が先に言おうと思ってたのに」と随分恨み言を聞かされたものだ。それももう懐かしい記憶となった。
 高等部へと進級して2ヶ月が過ぎた。
 当然のようにそこにあった日常が日常ではなくなってしまった。当初は、日々一抹の寂しさを感じていたものだが。
 人は環境に順応するもので、今ではこれが“当然”になってしまった。だがそれでいい。適応は必要な変化である。
 代わりと言っては何だが、都合のつく週末には、Yライナーを利用して、寺刃が泊まり掛けで遊びに来る事になっている。会おうと思えば毎日顔を合わせることが出来た一年前とは違う。週末の、それも時間が許す時にだけ逢うことが出来る。二人で過ごす事が出来る時間の愛おしさは以前の比ではなかった。
 その待ち遠しい週末が、何を隠そう、今日なのだ。
 予め二人の間に設けた決めごとは2つ。
 一つ。宿題その他、用事は土曜のうちに済ませること。
 二つ。無理はしないこと。
 かくして、「どうにか行けそうだ」と死にそうな声で電話が掛かってきたのが夕方6時を少し回った頃のこと。学園の関係者しかほぼ利用者の無いYライナーの最終便はそう遅くない。加えて土日祝日ともなれば運行本数自体も少ない。恐らく寺刃のことだから、また宿題で苦戦していたのだろう。結構ギリギリだが、ここはよく頑張ったと誉めておくべきか。
 さて、と学習机の上の置き時計に目をやる。寺刃が乗り遅れたり、事故でも無い限りはそろそろ到着時刻だろうか。駅まで迎えに行くか、と考えて、随分浮かれたものだと自嘲する。小さな子供でもあるまいに一人で来られるだろう。初めてでもないのだし。
 この宿舎に引っ越して来る時、寺刃にはだいぶ手伝って貰ったから、最後の頃にはもう、まるであいつの方がこの部屋の住人なのではないかと勘違いしそうな程に隣近所と親しくなっていて。あの人懐こさは、人たらしと言い換えてもいい、天性のものだろうと舌を巻いたものだ。
 などと取り留めもないことを考えていたら、無意識のうち私は駅のホームに立っていた。
 来てしまった。到着時刻まであと5分程だろうか。
 妙に緊張してきた。今更。相手はあの寺刃だというのに。あと4分。チラチラとホームの電光掲示板を意識する。
 例の引っ越し以来、そう言えば実際に寺刃が訪ねて来られたのは片手で数えても余る程度だったか、と記憶を辿る。新生活がスタートして1ヶ月は少なくとも、やれオリエンテーションだ生徒会の顔合わせだでそれどころではなかったのだ。あと3分。
 5月に入ってようやく心身共に余裕ができたものの、今度は馴れない段取りで手間取り、思うようにタイミングが合わない週末が続き……ちょっと待てよ、片手も必要無いではないか。引っ越してから、実に、今日が初めての逢瀬になるとは。
 あと2……1分にデジタルの数字が切り替わる。
 道理で緊張もするわけだ。電話やメッセージのやり取りはしていたからもっと逢っているものと錯覚していた。急に喉の奥がひりついて、上手く息を飲むことも出来なくなった。
 やがて遠くからゴーという空気を押し退けるような音が聞こえてくる。その音が段々と大きく近付いてきて、やがて淀んだ気流を伴いながら目の前でゆっくりと止まった。
 土曜日の最終列車。
 降りてくる人影は存外に多くて、私は通行の妨げにならぬよう数歩後退り、目当ての人物を視線だけで探す。出会った頃はまだ私より背の低かった、今はほんのわずか追い越されてしまったその人影を。そして遂に視界の端に認めたとき、私は敢えて視線を外す。明後日の方を向いて、別に待ちわびてなどいないからな。すぐに私を呼ぶあの人懐こい声が耳に届いた。
「会長! 迎えに来てくれたんだ」
 今気付いた、という顔で声の方を振り返る。少し走ったのだろうか、息を弾ませて寺刃ジンペイはニコニコと人好きのする笑顔を浮かべている。
「買いたいものがあったから、近くだし寄っただけだ」
 心にもない言葉がスルスルと息をするように吐き出されて、我が事ながら感心してしまう。寺刃は取り立ててそれについて触れることもなく、「へへっ、ラッキー」などと素直に喜んでいる。私も思わず顔がほころび、慌てて引き締める。
 回送となった列車がホームを後にし、人影もまばらになった通路を二人並んで歩く。記憶よりまた少し背が伸びている。ほんの二ヶ月逢わなかっただけなのに。
「絶賛成長期だな」
 ほんの少し見上げる形でそう呟く。寺刃は感度の良い耳で私の声を拾い、少し困ったような顔をした。
「最近、身体の節々痛いんだ。成長痛ってやつかな」
「由々しき事態ではないか。無理に来ない方が良かったのではないか?」
 またしても心にもないことを。
「でもさ、絶対会長に撫でて貰ったら治るもん」
 この男もまた息をするように。よくそんな恥ずかしい台詞を吐けるものだ。何とはなく気まずさを覚えて口をつぐむと、相も変わらず飄々と寺刃は言葉を続ける。
「それに、もうずっと会長に触れてないんだもん、俺。もう、我慢の限界」
 不意に腰を抱いて来るものだから、慌ててその腕を払い退ける。
「盛るな、往来で」
 少し触れられただけで私の方が爆発しそうになる。改札を抜けると辺りはすっかり夜の蒼を纏って、熱くなった頬の赤みを隠してくれた。
 何気ないこのやりとりが、とてつもなく心地良い。既に半ば夢心地で歩みを進めていたら、急に寺刃が立ち止まった。
「会長、買い物に来たんだろ? 寄ってかないの?」
 駅前のコンビニを通り過ぎようとしていた。
「え……あ、ああ、済まない。少し考え事を……」
 しどろもどろになりながら踵を返す。
 店内に入ると、淀みなく足を進めペットボトルのドリンクとちょっとした菓子類、それから飽くまでもこれが目的だったと言い訳用の消しゴムと鉛筆を回収して会計を済ませる。隣のレジで既に何やらの会計を終えた寺刃に目配せしてから店を出た。
「茶菓子も何も準備が無かったのを思い出した。ついでだ」
 聞かれもしないのに、私の手荷物に目をやっている寺刃にそう答える。実際普段スナック菓子など食べないので部屋に買い置きは無いのだが、これはわざわざ事前に用意して待ったりはしないぞというアピールだ。我ながら何と戦っているのかよくわからない。子供っぽい事をしている自覚はあるのだが。
「あ、それ俺の好きなやつ。へへっ、やった
ー!」
 片や目の前のこの男はこんなにも素直に自分の感情をさらけ出しているというのに。この期に及んで素直になれない自分自身と対比して、若干の自己嫌悪。思わず溜め息を漏らしてからハッとする。いけない、これは誤解を招く。
 私はチラと寺刃を見た。
 一瞬目が合って、慌てて逸らす。何という顔をするのだ。胸が締め付けられる。
 寺刃は私の気持ちを知ってか知らずか「んっ」と一つ伸びをして、夜空に浮かぶ丸い月を見上げながら言葉を紡ぐ。
「いいよね、高等部エリアのこの雰囲気。なんか、大人って感じ」
 石畳を歩く影が落ちる。
 学生ばかりの暮らす街。この時間には人影もほとんど無く。
「来年はお前もここにいるだろう。あっという間だ」
「来年かぁ。でもやっぱり、会長のいない中等部はアジフライだなぁ」
 多分、味気ない、と言いたいのだろうが敢えてそこには突っ込みを入れず。それよりも先程から気になっていたのは。
「もう私は会長では無いぞ。会長はお前だろう、寺刃ジンペイ」
 到着した宿舎のドアに手をかけながら視線を送る。
「だって、会長は会長だもん。それに俺、会長らしいこと何もしてないし」
「何、なかなか様になっていると風の噂が届いているぞ」
 実務こそマタロウや他のメンバーがだいぶカバーしているようだが、彼には絶大なカリスマがある。人心を掌握するためのまたとない才能。なにせ私自身、彼に心を握られてしまった一人である。
 そうこうするうち、私の部屋の前までたどり着いた。珍しく何やら難しい顔をしている寺刃を後目に自室の鍵を開け、扉を開き、招き入れる。
「寺刃?」
 その場で手を合わせ拝んでいた寺刃に声を掛ける。なぜ拝む、とは思ったが、彼の言動にいちいち疑問を挟んでいると夜が明けてしまう。私の声に顔を上げた寺刃は、弾かれたように私ごと部屋へと押し入ると、性急にドアを閉め、そのまま唇を押し付けてくる。私は面食らって固まり、請われるまま歯列を開き、射し込まれてくる貪欲な舌を受け入れる。
「ん……」
 口腔を探られる。その馴れた動きに、僅かながら苛立ちが募る。初めて唇を重ねた頃はまだあどけなくて、戸惑い勝ちに舌を絡めていたのが懐かしい。いつの間にこんなキスをするようになったのだろう。だが彼をそう変えたのは他ならぬ私であって、馬鹿みたいに、私は私に嫉妬していることになる。
 やがて満足したのか寺刃の唇がゆっくりと離れていく。眇められた双眸に射抜かれて、息を詰める。
「会長だって、俺のこと“寺刃”って呼ぶじゃん」
 何のことだ、と首を傾げて、ああ、先程の話の続きかと思い至る。
「それは」
 だって、寺刃は寺刃だろう。言い掛けてやめる。彼が言わんとするところはわかっている。
「やっと会長とチューできた。駅からずっと我慢してたんだから、俺、偉くない? 大人になったでしょ?」
 投げられた言葉にこちらが思案していることはお構いなしに、寺刃の話は突然飛ぶ。今度はその話か。チャンネルを合わせるのが忙しい。
「大人は、自分から『大人になったでしょう?』などと確認したりはしないと思うが」
 思わず苦笑すると、目の前の男は満足した様子でにへらと顔を崩す。
「やっと笑った」
 虚を突かれて固まっていると、もう一度寺刃にキスされる。今度は啄むような短い口付け。
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[年齢操作ジラ]うれしはずかし朝帰り(前編)(仮)
初公開日: 2021年05月23日
最終更新日: 2021年05月28日
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会長が高等部に進学してほんの少し遠距離恋愛になったジラの週末お泊まり物語。になると思う多分。
アーカイブを再生する際、カットモードをオンにして、タイムラインバーの右横にある「×1」というところをプルダウンして「×16」くらいにするとサクサク見られると思います。(カットモードは作業空白時間をカットしてくれるモードです)
完成品はpixivに置いてあります(R-18)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15445263