翔はそう言って、私の胸を押した。
いつものことだ。次に私が笑いながら彼を押し返すのが定式化された動きだった。ひょっとしたら今日はいつもより少しだけ強く押されたのかもしれない。それだけのことなのに。
「ちょっとやめて……よ」
「あ、ごえ、ごめん」
彼は顔を真っ赤にして、幽霊でも見たように唇を震わせ、上ずった声をあげる。そして私と自身の手に何度も視線を行き来させた。
「おれ、先行くわ……」
行き場のない手が、私の思考と同じように宙を彷徨う。
「なにが?」
私の胸を押したときの翔の表情を思い出して、服の中に手を入れる。そこは自分でも気付かなかったほどに僅かに膨らんでいた。
ゾッとした。私自身ですら知らなかった女の予兆を、彼はあのとき確かに、悟ったのだ。
「気持ち悪い」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
男女の関係なんて意識すらしたくない。欲を孕んだ暴力的な感情が理性を殴り倒すことが、身体の大切なところに他人の手垢がつくことが、恐ろしくて堪らない。
長姉を殺し、私たちを捨てたあの女≪母親≫が性に溺れた様を未だに忘れられない。血の繋がった私はきっと同じことを繰り返す。そんなの嫌だ。蛇が尾を飲むような真似はしたくない。
でもいずれそうなってしまう。年が明けたら中学生だ。喪服のようなあの衣装が、私たちを性で縛り、刷り込んでいく。
子供のままでいたいなんて私の自分勝手だ。何もできない私がそんな理想論を吐いたって意味がないことは解ってる。それでも恐怖心が、嫌悪感がそこら中で待っている。私とその周囲の人間を飲み込もうとしている。腹部の痛みがその証だった。
死んでしまいたい。
獣に成り下がるくらいなら死んだ方がましだ。
水道から出た水が勢いよく鍋に突撃する音が聞こえる。帰ってきたお姉様が襖を挟んだ向こうで夕飯の準備を始めたのだ。
「家族なんていらない」